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スーパー台風の謎を解き明かす

スーパー台風の謎を解き明かす

学際研究の第一人者 ——科学者 林依依

文・陳群芳  写真・林依依 翻訳・山口 雪菜

6月 2022

林旻萱撮影

衛星観測、大気科学、海洋科学を専門とする台湾大学大気科学学科の林依依·特別教授は、学際研究が現在のように盛んでなかった20年前に、熱帯低気圧や炭素循環、大気と海洋の相互作用などの研究を開始し、その研究はスーパー台風に対する人々の理解を深めてきた。彼女はまた台風や火山噴火が炭素循環におよぼす影響も研究する。その高い実績から、米国のNASAやフランス国立宇宙研究センター、AP通信、USA Today、CNN、そしてNHKなどでも紹介され、台湾の科学研究の実力を世界に見せつけている。

彼女の成功は、多くの女性科学者の向上心をかき立てるものでもある。

昨年(2021年)に台湾の傑出女性科学者賞に輝いた台湾大学大気科学科·特別教授の林依依は、今年3月には我が国最高レベルの研究奨励賞である第25回国家講座主宰者賞に輝いた。

科学研究は時間との競争で、少しでも早く成果を出すために、日々走り続けなければならない。常に精力的な林依依は、講義と研究、そして母親としての務めを果たしつつ、疲れを口にすることはなく、いかに時間を有効活用するかだけを考えている。その研究に対する情熱と、研究室における後進の育成から見えるのは、まさに「やさしさと確固たる信念」である。

研究者、教師、母親などの役割にバランスを見出しながら素晴らしい研究成果をあげる林依依は、女性科学者たちの向上心をかき立てる。

スーパー台風の謎を暴く

台湾大学大気科学学科出身の林依依は、卒業後はケンブリッジ大学に留学して衛星観測を専攻、博士の学位を取得する。その後はシンガポール国立大学リモート·センシング·センターで衛星と海洋の研究に従事していた。大気科学、衛星観測、海洋科学という異分野にまたがる研究は、20余年前には非常に珍しかった。

学際研究を進めるために、衛星と海洋と大気に関する論文を同時に読み、三つの分野の国際会議に参加し、欧米やオーストラリアなど、時差のある地域の研究者と連携を取る。そのため、睡眠時間は分割しなければならない。昼は教壇に立ち、研究を進め、夜は国際会議に参加する。そんな林依依は、いつも同じデザインで色や柄の異なるワンピースを着ている。こうすることで着衣に悩む必要がなくなるからだ。ショッピングもしないし、SNSもやらない。そうしなければ研究の時間が取れないからだと言う。

人より多くの時間と労力がかかるが、学際研究の中に彼女は契機を見出した。NASAの衛星から送られた海洋深層の水温データから、海面下には温度の異なる多数の渦があり、常に水温が変化していることを知る。その海水温のデータと2003年の世界最大の熱帯低気圧となった台風14号の経路を重ねてみた。すると最初はカテゴリー1の弱い台風だったのが海面下の暖かい渦によって24時間以内にスーパー台風にまで強化されたことが分かったのである。林依依によると、従来の観測方法ではこれほどの急速強化は予測できなかったという。そこで彼女は、海中の温暖な渦が台風の急速強化の重要な要因であることを指摘した。この研究の影響は大きく、世界の学界では台風と海洋の渦の相互作用の研究が始まり、ホットなテーマとなったのである。

独創的な研究をする林依依はしばしば国際会議に招かれて講演し、海外メディアの取材を受けるなど、台湾の科学研究の実力を世界に知らしめている。

国際協力で台湾の実力を示す

衛星観測の研究もしている林依依は、学生たちには、衛星が宇宙から地球を観測するように、マクロな視点で斬新な科学的テーマを探してこそ新たな議論が生まれると語る。学術研究においては、積極的に海外と協力してブレーンストーミングを行ない、台湾の実力を世界に示している。

2013年、当時の博士課程の学生で、現在は中央大学水文·海洋科学大学院助教の潘任飛とともに長期にわたる衛星観測データをもとにフィリピン周辺の海洋の変化を研究していた。そこで分ったのは、同エリアの暖水層が20年にわたって蓄積されて厚みを増していることだった。そして同年8月に発表した論文の中で、このような特殊な条件にある海域を台風が通過すれば、おそらく急速に強化するだろうと予測した。果たして、11月にフィリピンを襲った台風30号は、まさにその分厚い海洋暖水層によって強化されたのだった。その台風の強さは過去最大で、現在もその記録を超える台風は発生していない。

林依依とそのチームが、台風30号の生成前後に一連の論文を発表すると、すぐに著名な学術誌『サイエンス』で紹介され、日本のNHKも特別報道を行なった。その後も林依依は地球温暖化やエルニーニョ現象と台風の相互の影響を研究しており、将来的な海洋の変化がどのように台風の強度に影響を及ぼすかを解き明かし、防災に貢献したいと考えている。

林依依とそのチームが衛星データを緻密に計算した結果、2003年の台風14号は海中の暖かい渦の影響を受けてカテゴリー1から一日でスーパー台風にまで急速に強化したことがわかった。この成果によって台風と海洋の渦との関係に関する世界的研究が始まった。

CO2削減の契機

常に明確な目標を持っているように見える林依依だが、2000年に帰国した時には迷いがあった。子供の教育環境を考え、彼女はシンガポールでの高待遇の仕事を辞し、台湾で再スタートを切ることにした。同時期に博士号を取得した人は、すでに教授や所長になっており、彼女は焦りを感じて1ヶ月にわたって考えた。「私にとって科学は人類に貢献できる崇高な道です。私は他の人が試みたことのない研究を志し、そのために学際研究に取り組んできました。これによって新たな問題を解決できるからです」と力強く語る。

林依依は炭素循環(カーボン·サイクル)の研究として海洋の藻にも注目している。世界中の科学者が二酸化炭素削減の研究に取り組む中、二酸化炭素の固定と削減の力を持つ浮遊植物が大きな力を発揮するかも知れないという。

NASAの海洋表面の色彩データを分析していた林依依は、台風が通過する前後で、葉緑素に変化が生じていることを発見した。もとは澄んでいた海が台風によって攪拌され、栄養豊富な深層水が海面に移動し、海洋の生産力が高まって藻類が爆発的に増殖する。その藻類が光合成によって大気中の二酸化炭素を吸収·固定するのである。

どの発見も、すべて林依依とその研究チームが複雑な衛星データを緻密に計算し、まとまりのない膨大な数字の中からあらゆる可能性を探って得たものである。その背後には無数の仮説と検証の失敗の積み重ねがあるが、林依依は失敗を挫折ととらえたことはない。いずれも必要な過程だと考え、それが科学研究への情熱を損ねることはない。彼女にとって、研究は不思議の国のアリスの旅のようなもので、先に何が待ち構えているのか分からないからこそ人を興奮させ、期待させるのだという。衛星のデータも、思いもかけない現象を教えてくれるのである。

また火山の噴火と言えば、一般には地質や大気汚染などに関わる研究が行なわれているが、林依依は9種類の衛星データを分析することで、グアム島付近で噴火があった後、周辺の海域で藻類の活動が増えたことに気付いた。さらに研究を進めるために、彼女は4つめの異分野である火山の研究にも踏み込み、数年をかけて関連する論文を大量に読み込んだ。そして現地で資料を採集する火山学者がいることを知り、興奮して夜中の3時にアメリカにいるこの学者に電話をかけた。相手は林依依が電話をしてきた理由を聞くと、すぐに火山灰のサンプルを台湾に送ると言ってくれ、中央研究院が分析に協力してくれることとなった。彼女はこのようにして国際協力の道を開き、他に先駆けて、低クロロフィルの熱帯太平洋に火山灰がもたらす影響と炭素循環に関する研究論文を発表したのである。

女性科学者を育成するために

林依依の尽きることのない研究エネルギーに刺激を受けた人は、その研究チームに加わりたいと思うようだ。彼女の研究室の博士候補生である黄筱晴は、台湾大学大気学科在学中、カリキュラムに興味を持てず、他の学科に変更しようかと考えていた。だが、3年生の時に林依依の大気観測学の授業を受け、衛星研究の範囲の広さに気付かされた。さまざまなデータの中に想像を膨らませていけば、新たな発見が得られるかもしれず、そこに黄筱晴は大きな可能性を感じた。

黄筱晴が17年前に林依依の実験室に入ったばかりの時、林依依の子供は2歳で、どうしようもない時は幼い子供を傍らに置いて仕事をしていた。黄筱晴は、林依依が人生におけるさまざまな役割を切り替える姿を見てきた。暮らしの中で、しばしば困難に直面することもあったが、彼女の目に映る林依依は常に感情を調整し、真正面から目の前の難題と向き合い、研究に対する熱意を保ち続けていたという。黄筱晴は、林依依を女性科学者の手本とし、彼女の道を追って地球科学研究の道に進むことを決意した。

林依依によると、科学研究に性別は関係なく、世界には優秀な女性研究者が大勢いると言う。ただ、母親としての役割との両立は容易なことではない。「母という役割は喜んで全うするつもりですが、もし研究環境がもっと母親にやさしければ、より多くの若い女性研究者が生まれると思います」と言う。その話によると、学齢前の幼児には手をかける必要があるため、多くの女性科学者は研究と育児の狭間で心身ともに疲れ果て、最後には研究をあきらめてしまうこともある。そうした時に、フレキシブルな兼職制度や在宅勤務の制度があれば、ママさん科学者たちの研究が途絶えることもないだろう。

母親と科学者という二つの役割を両立させることの難しさを良く知る林依依は、会議を開く時も研究室のメンバーが子供の送り迎えをしなければならない時間帯を避けるようにしている。どうしても子供を職場に連れてこなければならない人がいる時のために、玩具やシールなども用意してある。子育てにフレンドリーな研究環境を作り出すことで、母親でもある研究者は安心して全力で研究に取り組むことができるのである。

だが、科学研究の環境を整えるには、女性が女性にやさしくするだけでは不十分だ。彼女は昨年、台湾大学に「ともにウィンウィンを生み出す——女性科学者たちの努力と展望」というカリキュラムを開いた。男女を問わず、若い学生たちに、研究と家庭を両立させる時に直面する境遇を知ってもらうことで、将来の研究環境を変えていきたいと考えるからだ。

林依依は、聖書の「イザヤ書」の言葉「しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、鷲のように翼をはって、のぼることができる」を引用して、果敢にチャレンジするよう女性科学者たちを励ます。常に研究への情熱を保つことこそ彼女が貫いてきた信念であり、若い女性科学者に望むことなのである。