台湾とフィリピンは地理的に近いため、襲ってくる自然災害もよく似ている。また地球規模の気候変動のせいで、両国とも暴風雨などの異常気象に見舞われる。こうした共通のリスクがあることで、台湾とフィリピンは共同で科学研究に取り組むようになった。
旧友たちがよくやるように、台湾とフィリピンは2年に1回顔を合わせる機会を設けている。両国によるこの会議は2007年に始まり、地域的な科学協力の可能性や展望を話し合ってきた。2016年の第5回会議では、火山、海洋、台風、地震の分野での地域共同研究「VOTE(Volcano, Ocean, Typhoon, Earthquake)プログラム」を発足、同時にVOTEテクニカルワーキンググループ(VOTE TWG)も設立された。昨年(2023年)の第8回科学技術会議では、協力の優れた成果を踏まえ、2024年も引き続いてVOTE第3期プログラムを開始することが決議された。
地理的に近い台湾とフィリピンは見舞われる自然災害も共通している。上の図は2023年にフィリピンと台湾の両方を襲った台風5号(Doksuri)の経路図。先にフィリピンの東の海上から西へ移動した後、大きく向きを変えて台湾の方へ北上した。(中央気象署提供)
互いに補う協力関係
実は台湾とフィリピンの協力は、気象分野ではVOTEプログラムよりも早くから行われていた。両国とも西太平洋に位置し、台風などの過酷な気象現象にたびたび見舞われる。「特にフィリピンは1年に平均20以上の台風が排他的経済水域に入り、上陸或いは通過する台風も約9個に及びます。台湾は平均2~3個です」と交通部(交通省)中央気象署の副署長・馮欽賜が、両国共通の問題を説明してくれた。過去の統計を見ても、台湾に影響を及ぼした台風の50%以上が先にフィリピンを通過しているという。
台湾大学大気科学学科の名誉教授・周仲島は、2009年に台湾に大きな被害をもたらした台風8号(Morakot)についてまず語る。当時、国立防災救助科学技術センター(NCDR)気象チームの座長だった周仲島は、激しい気象の動きの特徴をより正確に把握すること、そして台風に充分に備えられるよう、台風の予警報発表の時期を早めたり、予測をより正確にすることを提言した。「地理的にフィリピンは台湾の上流にあると言えるので、フィリピンとの協力を強化してルソン島やその近海での観測データを早めに入手できれば、台湾の台風監視・予測に大きく役立ちます」
そこで2009年から、台湾の支援でフィリピンに15の自動気象観測所や、データ監視センター、高層気象観測所などが次々と建設され、双方の台風動向予測能力の向上や台風被害軽減に役立てている。また2009年には、APEC(アジア太平洋経済協力)の枠組みの下、台湾とフィリピンによる「APEC台風及び社会研究センター」が設立された。周仲島は同センターの初代CEOに就任し、各国の台風に関するデータや研究成果を集めるとともに、台風が地域社会や経済に及ぼす影響について研究した。さらに、2016年に始まったVOTEプログラムでは、学術界や両国の気象機関と連携して科学研究の推進に努め、フィリピンからリアルタイムのレーダー観測情報を得るなど、気象観測能力をさらに南へ拡大している。
馮欽賜は「気象予報はその国の総合的な科学技術力を示すものだ」と言う。
人材育成やデータ共有
「気象予報はその国の総合的な科学技術力を示すものです。台湾はこの分野の発展が比較的早く、輸出可能な技術も多くあります」と馮欽賜は言う。周仲島が指摘するのは、フィリピンには単純な気候データを処理できる人材は多いが、複雑で変化の激しい天気のデータは扱えないという点だ。天気は気候とは異なる。天気はほんの短時間で変化する大気の状態のことで、変動性がある。「天気を予測するには、リアルタイムでデータを迅速に処理して分析する能力が必要です」
各地の観測所では、温度、湿度、雨量、風速、風向、気圧など複雑かつ詳細なデータが集められる。それらは現在の天気状況把握に用いられるだけでなく、気象モデルによってシミュレーションされ、予報の正確さを高める。馮欽賜によれば、これらのデータの処理やフィルタリング、そして運用はいずれも、気象学の分野で「データ同化」と呼ばれる科学技術だ。
データは同化された後、再びコンピューターの気象モデルに取り込まれる。世界で使用される気象モデルはほぼ共通しているとはいえ、正確なものにするには各地の気象条件によって調整する必要がある。台湾は長年にわたり、フィリピン大気地球物理天文局(PAGASA)に台湾の先進的な台風予報・対応措置決定情報システムをシェアすることで、フィリピンが気象モデルを構築し、台風対策の効果を高めるのを支援してきた。また、レーダーによる降水量推定、海洋気象モデル、短期気候予測などの分野でフィリピンの人材を育成し、数年間ですでに一定の成果を上げている。それら協力の成果の一部は、PAGASAの公式サイトで見ることができる。
周仲島は専門の気象分野だけでなく、台湾で農業部(農業省)農村發展及水土保持署と協力した経験を活かし、フィリピンの山地での豪雨予測の技術も支援した。具体的には雨滴計を設置し、地上付近の降水粒子のデータを収集するもので、これは土石流警報システム構築の基礎となる。
フィリピン側からも、現地のレーダーや高層気象台からのリアルタイムのデータがシェアされ、台湾が台風の進路をかなり早くに予測したり、より詳細に天気を予測することに役立っている。周仲島は2023年の台風14号(Koinu)を例に挙げ、「台風の進路もさることながら、我々がもっと注目したのはその形でした。雲の密集度が南北で不均衡、つまり北側には雲がほとんどなく、南側に多く密集していたのです。このような情報があれば、災害への備えや緊急対応、資源分配を効率的に行えます」と言う。2016年の大型台風14号(Meranti)でも、台湾とフィリピンのデータを合わせ、ほぼ完璧な気象レーダー画像を描くことができた。このような生の情報は、台風が起こし得る災害に対し、より完全な防御メカニズムを構築することに結びつく。
また、台湾は世界気象機関(WMO)に加盟していないため、他国に比べて気象データの入手に手間がかかる。だがフィリピンからのデータ提供のおかげで、気象観測や予測の精度向上につながっている。しかもフィリピンは国際機関への参加を利用して、台湾も招かれて経験をシェアし、各国と交流できるよう計らってくれることがよくある。こうした相互関係が双方に有益な結果をもたらしている。
フィリピンには台湾島の形成に関するさらに多くの手がかりがあるので、台湾を知るにはフィリピンに行く必要があると、李元希は説明する。
海底での国際協力
中央大学地球科学学部の学部長・許樹坤を訪ねた。国家科学及技術委員会VOTE TWGの首席でもある彼は、「私の研究は主に物理学的手法で地球を調べることなのですが、ほとんど海上で仕事をしているので、この分野は海洋地球物理とも呼ばれます」と言う。海底ケーブルの敷設、洋上風力発電機の設置、黒潮エネルギーの測定、海洋油田の探査、水中に眠る文化財の回収など、どれもまずは海底の構造を調査する必要があり、彼の専門分野に関わる。さらに「多くの地震はプレートの沈み込み帯や海溝で起こります。プレートや海溝の地質構造を知るにも、私たちの調査が必要です」と言う。
海底の地質の状態を知るために、科学者たちはソナーを使う。許樹坤によれば、電磁波は海中ですぐに減衰するが、音は非常に遠くまで伝わる。水中に発した音波の屈折と反射によって、海底の地層構造が把握できる。もし地層に不連続な箇所があれば、それは外力によって地層が変化したこと、つまりそこでかつて大地震があったことを表す。「必要な時は岩石コアを採取して中の生物の殻を取り出せば、炭素によって年代を測定できます。こうしてこの場所で何が起こったかがわかるのです」
研究方法を分かり易く説明してくれた後、許樹坤が語ったのはVOTEプログラムの目的の一つについてで、それは台湾からフィリピンの間にあるマニラ海溝のプレート沈み込み帯の海底地形を調べることだった。「沖縄から台湾、フィリピンに至るまで、我々は等しくフィリピン海プレートとユーラシアプレートの衝突地点にいて、いわば運命共同体なのです」と言う。プレート沈み込み帯ではしばしば地震が発生するが、マニラ海溝の状況については20年余り前のデータがあるだけで、さらに昔のものとなると大雑把な資料しかなく、マニラ海溝でかつて大地震や津波が発生したかどうかは明確にわかっていなかった。
だが今は、VOTEプログラムを通じて許樹坤のチームがソナー反射波を解析したことで、海底堆積物に明らかな圧縮が見られ、亀裂もあることを発見した。これはこの沈み込み帯でかつてプレート間のずれによる幾度かの大地震があったことを示唆するものだ。地層の構造を調べることは、過去にどのような変化があったのかを推測するのに役立つ。地層に不連続面があれば、それはずれが1度あったことを意味し、もしそれが重なり、かつ断層があれば、それは地震発生が1度だけではなかったことを表す。科学者は科学的な実証に基づき、警告を発しようと試みるものだ。「科学研究は一定の予測はできますが、いつ起こるかまでは言えません。ですが調査によって以前に起こったことはわかるので、また起こる可能性が高いとは言えます」
「これも大きな契機となりました。この研究は互いの理解に役立ちます。そして、東南アジアの海洋研究では比較的進んでいる台湾が、国境を越えたこの研究に加わることは、隣国に利益をもたらすと同時に、我々自身の理解にも役立っているのです」と許樹坤は思いを込めて語る。
フィリピンでの現地調査を通し、李元希は台湾とフィリピンが地質的に似ていると感じることが多い。写真は、台湾東部と似ているミンドロ島東北側の山地。岩石のタイプもよく似ている。(李元希提供)
台湾を知るならフィリピンへ
「気象の研究は空軍のようなもの、許樹坤先生の研究は海軍で、私は陸軍です」とVOTEプログラムの役割分担を一口で説明するのは、中正大学地球與環境科学学科の教授・李元希だ。それから話は自分の興味ある分野に移った。「私は、台湾の山がどのようにできたかというような造山運動の研究がとても好きなのです。我々のいるユーラシア大陸の端っこで、約6500万年前の新生代から現在に至る変化はどのようなもので、プレートはどのように動いたのでしょうか」
台湾島は、フィリピン海プレートとユーラシアプレートとの衝突によって押し上げられた造山運動でできた。ではその始まりはいつか、プレートはどう動いたのか、それらの変化の全体像を李元希はさらに細かく探る。「実はプレート運動のモデルには諸説あります。ただ理論というのは測定などによる検証がなければ正しいと説得できません。自分の立てたモデルの正しさを検証すること、これが大切なのです」これもまた、彼がVOTEに加わり、フィリピンや日本にまで赴く理由だ。「三つの場所で同じ証拠が示されれば、そのモデルが正しい可能性が高くなります」
彼はフィリピンのミンドロ島での研究の話をした。フィリピンで7番目に大きいこの島は驚くほど台湾と類似点が多い。島の中央を山脈が縦に貫き、4000メートル級の主峰がある台湾に対し、ミンドロ島の山脈は2500メートルしかないが、どちらも東部ではよく似た花崗岩が見つかる。ミンドロ島の造山運動の時期については、これまで学術界で異なる見解があったが、李元希の研究により、ミンドロ島と台湾島はほぼ同時期の3700万年前だということがわかった。これも両島が似ている原因の一つかもしれない。「この研究の面白い点は、我々は兄弟だったのだという点です」
彼は秘密をもう一つ教えてくれた。「台湾東部の海岸山脈が実はルソン火山弧の一部だったのを知っていますか」と言って彼は、プレートの運動モデルを見せながら説明した。「台湾は造山運動で隆起した部分のほかに、ルソン火山弧から移動してきた部分もあり、海岸山脈がそれなのです。だからフィリピンに行けば、ルソン火山弧の変遷全体や台湾の海岸山脈のこともわかるのです」
李元希はよく学生にこう言う。「台湾を知るなら、台湾だけを見ていてもわからない。地質変化の過程を表す情報は台湾に残っていないものも多く、だから日本やフィリピンにも行かなくてはいけない」と。まさに、世界は一つの家族として共存すべきだということではないだろうか。
周仲島は、フィリピンで雨滴計を設置し、地上付近の降水粒子のデータの収集に協力した。これは土石流警報システム構築の基礎となる。
海洋地球物理が専門の許樹坤は、災害の予警報構築のために、マニラ海溝の地殻構造を研究する。
東南アジアの海洋研究で比較的進んでいる台湾が国境を越えた研究に加わることは、隣国に利益をもたらすと同時に、我々自身の理解にも役立つ。写真は台湾の海洋研究船「励進号」。(許樹坤提供)
台湾とフィリピンのデータを合わせ、2016年の大型台風14号(Meranti)の完璧な気象レーダー画像を描くことができた。(中央気象署提供)
台湾はフィリピンとのVOTEプログラムを通じ、フィリピンにおける気象モデルの構築や、現地スタッフの気象予報能力養成を支援している。(中央気象署提供)
ミンドロ島を180度回転させて(左)、台湾(右)と並べると、驚くほど似ている。(李元希提供)
エアガンの発する音波が地層を通った反射信号によって地層構造がわかる。図はマニラ海溝の地質探査の結果。(許樹坤提供)
2009年の台風8号(Morakot)は台湾に大きな被害をもたらした。同年に周仲島は「フィリピンと協力し、ルソン島とその近海における台風の観測データをより早く得ることが、台湾の台風観測・予報に大きく役立つ」と提言した。