
北屯眷恋山光好宅(公営住宅)
ビルや建物はなぜ建てられるのだろう。建築物は人々の暮らしのさまざまなニーズを満たす。長年にわたって公共建築の分野で活躍してきた建築家の姜楽静は、住宅であれ、公共空間であれ、気にかけるのは、いかにしてその空間においてより多くの「出会い」の機会を作れるかだと言う。
公共建築を手掛けるようになったきっかけを姜楽静に問うと、30余年前に大学を卒業した頃の話から始めなければならないと言う。
東海大学建築学科を卒業した彼女は、先輩のチームに加わり、革命的とされた「理想国」の案件や柯比意広場の設計に携わった。これらの案件はすべて「公共性」を持つもので、それが彼女の心の中に種を植えることとなる。
当時、建築家の郭中端は日本から帰国して宜蘭県の冬山河で「ランドスケープ革命」を起こし、同級生の黄声遠も宜蘭県で着実に実績を上げていた。彼らが「思いを込めて」変革を起こす姿を見て、姜楽静も故郷の台中のために何かできないかと考えるようになった。
彼女の作品が注目されるきっかけとなったのは、台中駅後車站(駅裏)に放置されていた20号倉庫で、彼女にとっては初めての公共建設だった。リソースが不十分な中、多くの民間のサポートを得ることができ、多くの人と議論を交わし、誰もが納得できるクリエイティブなアート空間を生み出した。
その後、1999年の台湾大地震が大きな転機となった。彼女は幸朝明神父とともに被災地を見て回り、東海大学の建築チームとともに山地の学校再建に加わった。南投県信義郷の潭南小学校再建では、ブヌン族の家屋の概念を設計に取り入れて復興への希望のシンボルとし、台湾の「新キャンパス運動」の先駆けとなった。
少しずつ公共建築に携わっていく中で、姜楽静は最良の建築は一人で決めるものではなく、「一般大衆のために設計する」という信念を持つことだと確信するようになった。

公営住宅の2階にある広間は10メートル近い吹き抜けの半屋外の公共スペースだ。床には色鮮やかなラバーシートが敷かれ、住民たちはここで交流することができる。
北屯眷恋山光好宅

姜楽静は建物の設計にあたって、その空間で人と出会う機会をいかに増やせるかを考える。
大切な「住みやすさ」
台中の太原駅から徒歩5分ほど行くと、白をベースに淡い緑色の横線の入った10階建ての「北屯眷恋山光好宅」が見えてくる。ここはかつて台湾省政府新聞処の官舎だった「長安新村」の一部で、今は弱者が優先的に入居する賃貸の公営住宅となっている。
「私は、眷村(1949年に国民政府とともに大陸から移住してきた軍人やその家族が集まって暮らしたエリア)のような近所同士が気軽に行き来する人間関係が懐かしいのです」と姜楽静は言う。彼女はそのような理想を設計に取り入れた。本来の都市機能として敷地内の通りを残し、公営住宅は2棟に分け、それぞれが独立しつつ広いスペースでつながるようにした。「1フロア当たり10世帯ほどというのが最適の数です」と姜楽静は説明する。これぐらいなら隣近所が互いに知り合いになれるが、10世帯を超えると見知らぬ関係になりがちだと言う。
2棟がつながるスペースは2階と5階にある。高さ10メートル近い吹き抜けの半屋外の空間だ。床はラバーシートで高齢者や子供の安全に配慮してあり、黄色、オレンジ色、青、緑と大胆な色彩を配し、住民同士が活発に交流できる生き生きとした空間を目指した。周囲は壁ではなく手すりにすることで、眷村の竹垣のようなイメージを作り出した。姜楽静は芸術家の友人のアドバイスを受け、木の色、オレンジ色、銀色の3色を用い、1対1対3の割合でリズム感を出している。
姜楽静は、この公共空間は一つの劇場であり、皆がそれぞれに自分が快適に感じるスペースを見いだせればと考えた。「この公営住宅には10数ヶ所、おもしろい場所があり、退屈することはありません」と言う。最上階は、1戸1世帯という形ではない。ここに暮らす5世帯は、それぞれ自分の浴室やトイレを持つが、一部のスペースには共同のリビングや食堂、キッチンがある。人と交流するのが好きな人や、若者と高齢者の組み合わせなどにふさわしい。これは設計者による社会実験であり、未来の暮らしに対する一種のイマジネーションなのである。
一般の住宅では面積の使用効率を重視するが、姜楽静は容積率いっぱいまで建てることはせず、220世帯のためにより多くの公共の場を設け、また大自然と緑のための空間を残した。
「長安新村」は1963年に官舎として建てられ、その時に植えられたマンゴーやリュウガン、ライチ、スターフルーツなどの果樹が今では3~4階の高さにまで達している。姜楽静はこれらの樹木を切るのではなく、できるだけ周囲に移し、建物は後方に設けることにした。さらには老樹が枝葉を伸ばせるように3階の一部を犠牲にしたのである。良好な通風と採光は住宅にとって最も重要な要素なので、2棟の間の距離は広めに取り、建物は周囲の建物より高くして涼しい風が通るように工夫した。
さらに、すべての部屋に窓を設けて四季の陽光を取り入れられるようにしている。設計上は一般の住宅より手間がかかったが、日照権は住居の基本的権利なのである。
公営住宅は立体の集落のようなもので、さまざまな人が入居する。「私は、一般大衆のための設計に合っているのだと思います」と言う通り、建築家は設計の魔法を活かし、「住みやすさ」の多様なイメージにさまざまな可能性をもたらした。

緑川にかかる木構造の橋は、都市の暮らしに多様な可能性をもたらす。
緑川にかかる木構造の橋

台中市の「動物の家」后里園区が生まれ変わり、「保護犬・猫の中継地」となった。
単なる橋ではなく
「小京都」と呼ばれる台中の旧市街地は、実は水辺の都市でもある。緑川と柳川という二つの重要な河川が流れているのだ。台中市は近年その整備を終え、姜楽静も、緑川の第二期景観改造に加わった。
人や車が行き交う台中市復興路から一本裏へ入ると、水の流れる音や鳥の声が聞こえ、緑が風にそよいでいる。遠くには六角形が特徴的な木構造の橋が見える。台中で生まれ育った姜楽静がかけた新たなランドスケープ「緑川書橋」だ。
建築設計に携わる者にとって「橋」は構造物であるだけでなく、一つの仲介物である。通り道であり、つなぐものであり、さまざまな出会いを生む空間でもある。子供の頃は外でばかり遊んでいたと語る姜楽静は、通りに面した屋根のある半屋外の空間が好きだと言う。店内の職人の姿が見られたりするのが楽しいからだ。
「設計は一種のイメージを提供するもので、建築物は劇場でもあります。自分が設計した空間で、どのような集いが発生するかを想像できなければいけません」と言う。一本の橋にはいくつの機能があるのだろう。通行、休憩、写真撮影は基本である。六角形の木構造はトンネルのようで、陽の光の下で構造の光と影を読むことができる。建築家は橋の上に書架と椅子を設けており、本を持ってきてここで読む人がいる。以前は橋の横に書店があり、店主が不定期に橋の上で物語の会などを開いていた。姜楽静も橋の上で音楽会を開いたことがある。橋はマーケットにもなり、また憩いの場にもなる。「本当に大切なのは『生活』であって、建築物でも塑像でも一つの物件でもありません」と姜楽静は言う。

台中「動物の家」后里園区

建て直された台中「動物の家」后里園区はデザイン性に富み、台湾で最も美しい動物の家と称えられている。
動物との出会いの場
2021年に改築が終わると、高い評価を得て有名になったのが台中「動物の家」后里園区である。マスメディアからは「台湾で最も美しい動物の家」と称えられており、ここも姜楽静が手掛けた。「このように保護犬・猫を世話する空間ができたということは、台湾社会が一定程度まで成熟したことを意味します」と姜楽静は語る。
この動物の家は敷地が細長いため、姜楽静は建物を長くし、角度を45度動かして、犬や猫たちが十分に陽の光を浴びられるようにした。弧を描いた空間は白を基調とし、窓枠や椅子にはレモンイエローを配して、印象に残る空間にした。人間と動物とでは当然ニーズがまったく異なるため、姜楽静は獣医に教えを請い、犬や猫の習性を学んだ。猫は緊張しやすいため、犬と猫の空間は分けてある。また動物は音よりも匂いに敏感なので通風が重要になる。彼女は、犬舎を北側に設けて床を高くし、空気が流れやすいようにした。猫は寒がりなので、猫舎は南側に設け、高い位置の窓で自動的に喚起できるようにした。
犬は社交を好むが、単独で過ごす空間も必要とする。そこで1階の犬舎は2匹で一部屋とし、個別のスペースも設けてある。犬が静かに過ごしたい時は専属のコーナーへ行き、共有スペースでは一緒に過ごすことができる。また、里親として動物を引き取ろうと見学に来た人が犬を観察する場にもなる。
2階は子犬の犬舎で、1部屋で6匹が一緒に暮らし、社会化を促す。姜楽静は、獣医学部の学部長である王麗貞から、階段の高さは犬の関節によくないことや、子犬は階段を降りるのが苦手であることなどを聞き、犬たちが快適に移動できるように斜面を設けた。
猫は単独で過ごしたがるため、1匹ごとに部屋が与えられる。ほとんどの部屋には外が見える窓があり、窓辺でぼんやり過ごすこともできるため、その美しい姿を観賞するには最適だ。また猫が身を隠したり、遊んだりできるような工夫もしてある。
姜楽静は、スタッフの仕事の流れも詳しく聞き、ボランティアによる清掃の動線と見学者の動線を分け、見学者が良い印象を抱けるようにした。動物の家の話になると止まらないことからも、姜楽静がいかに犬や猫のことを考えているかがうかがえる。
「動物の家」は収容を目的とするのではなく、里親として引き取ることを推進するために設けられている。そのため、人と猫が触れ合える大きな部屋も必要となる。もし引き取りたいと思う猫と出会ったら、園の許可を得て大猫室に移り、直接猫と触れ合うことができる。園のスタッフも、その様子を見ながら里親として合うかどうかを見る。「保護犬・猫を収容した後の、引き取りこそ重要な仕事です。動物の家は、人々が縁のある動物と出会う機会を提供する場なのです」と姜楽静が話す通りの設計となっている。

動物の習性に配慮して設計された保護犬・猫の居住空間。ボランティアが世話をしやすいような工夫もされている。


動物の家は保護犬・猫と里親との出会いの空間である。無事に里親に引き取られていった動物たちの写真も飾られている。