
「智食良果」研究開発チームは、スマート農業で商機を狙うだけでなく社会に役立つようにと、IoT対応制御盤の設計製造を行う。
センシング技術(センサーを使って環境中の情報を数値化する技術)やモノのインターネット(IoT)を駆使したスマート農業は、もはや大規模農場だけのものではない。台湾のスタートアップ企業「智食良果(Kiao Farming)」が開発した「スマート制御盤」は、LINEを使って水遣りや施肥を遠隔操作できるシステムだ。従来の大型制御盤の10分の1の価格なので農家にとっても投資し易いし、農村の人手不足や高齢化といった問題の解決にもつながる。
それだけではなく、この台湾のスマート農業実践経験は、タイの「ロイヤルプロジェクト基金」が手掛けるチェンマイの農場運営にも導入されているのだ。
『台湾光華』取材班は高雄市旗山区にある楽霖農場を訪れた。ここは、バダヴィアやエンダイブといったサラダ用葉物野菜をスーパー「カルフール」に卸している。農場とはいえ、社長は留守、従業員は冷房の効いた事務所で働いている。そのわけは、スマホのLINE画面をタッチするだけで遠くの「スマート制御盤」に指令を送り、水遣りや施肥が行えるからだ。
農場の後方に人の背丈より高い肥料タンクが並ぶ。中にはそれぞれ異なる濃縮液が入っており、タンクから複雑に伸びるパイプはすべて壁の制御盤につながっている。この制御盤のメーカー「智食良果」のCEOである呉昱鋒が、同社の主要技術である「ブロック型」制御盤について説明してくれた。各制御盤は二つの機能を実行でき、プログラムによって4面の制御盤が指令を出すことで、モーターやファンの起動と停止、水遣りや施肥の管理といった多機能のタスクを交差的に同時に実行する。

「智食良果」の「スマート制御盤」を使えば、LINEによる遠隔操作で水遣りや施肥が行える。
テクノロジーで農業を変える
「この制御盤は水遣りや施肥を定時に行ってくれるだけでなく、気温や湿度などの天候や作物の生長段階に合わせ、いつでもどこにいてもLINEを通して調整できるという真のスマート化を実現しました」と呉昱鋒は言う。
以前なら農家のニーズに基づいてプログラムを作成し、あらゆる機能を一つの大型制御盤に組み込んでいた。そのため費用も20~30万元以上になり、スマート農業を始めようとする農家にとって価格が大きな壁となっていた。
制御盤を小さくするという考えは、起業して徐々に農家の苦労を知ったことによると呉昱鋒は言う。電気工学を学んだ後、オンライン・プラットフォームで起業したこともある彼は、「ハイテク·オタク」であるとの自負があり、3年前に100万元を投資して、ハイテクによるキノコ栽培にも手を出した。マッシュルームをパガス(サトウキビの搾りカス)に植えて栽培する方法をプログラミングし、自動栽培を行おうとしたのだ。だが成功しなかった。失敗の原因は「技術者の傲慢」だと彼は悟った。農業には、自動化では対応できない細かなノウハウが多くあるのだと。
そんな謙虚な思いに至るには、農家の真のニーズを理解する頼信忠との出会いがあった。桃園農業改良場の研究員である頼信忠は、短期間で野菜や果物の栽培ができる技術や知識を、クラウドプラットフォームを使って農家に広めたいと考えていた。だが、1束20~30元の野菜を扱う農家にとって、30万元もする設備投資は利益回収も難しい。そんな設備が使えるのは、大規模農場や蘭など高単価なものを扱う農家だけだった。
だが「テクノロジーで農業を変える」という夢を持つ呉昱鋒が、ビジネスチャンスを見出した。制御盤をシンプルにすればいいのだ。そこで、プログラミングやツール開発の得意な郭晋良、そしてマーケティング担当の楊倩雯に相談し、3人の意見が一致した。2022年9月、「智食良果」が設立される(英語名のKiaoは台湾語の「巧」で、「聡明」の意)。これを商機と見るだけでなく、スマート農業を社会に役立てようと、IoT対応制御盤の設計製造に投資することになった。

照りつく太陽の下での農作業からの解放という理想を、スマート農業は実現するかもしれない。
農業の観点からのテクノロジー
価格低減のため、智食良果はブロック型プログラミングによる制御盤を開発した。これだと大量生産でき、コストを抑えられる。ブロック型とは、今の小学生が授業で習うような、ブロック(積み木)を組み合わせるように視覚的にプログラミングができるもので、難しいコードを学ぶ必要もない。従来の大型制御盤をこうした制御盤に代えることも、いわば単純化だった。
例えばドラゴンフルーツは、気温が高過ぎると落果が起こり易く、温度を下げるために水を散布し過ぎると今度は病虫害を招く。改良場研究員の頼信忠が開発した制御システムは、温度35度以上、湿度75%以下で水を散布するもので、上述の二つの問題を回避できた。そして智食良果の制御盤なら、1面の2回路を使って、こうしたスマート水遣りができるのだ。

「智食良果」の制御盤は、国際合作発展基金会を通じてタイに導入された。
LINEで水遣りがタイでも
コストが低く、近所の電気配管工でも設置できることが、制御盤普及のカギとなった。小規模農家だけでなく、食農教育を実施する学校や、集合住宅の屋上菜園など、現在670カ所で使われている。週末は休みで水遣りの人手がない学校などでは特に重宝されている。
台湾で利用率の最も高いLINEをアプリ代わりに使用し、電源のオン・オフなどの指令を出せるだけでなく、遠くにいるユーザーへの通知機能もある。農家はテクノロジーに対する不安をさほど感じずに使用できるのだ。
おりしも、LINE使用率が93%に達するタイでは、政府による長期経済開発計画「タイランド4.0」が進められており、スマート農業もその項目の一つだ。そのサポートに台湾の国際合作発展基金会(以下「国合会」)が関わっているが、国合会が選んだのが農業部(農業省)推薦の智食良果の制御盤だった。呉昱鋒によれば、タイの「ロイヤルプロジェクト基金」との協力はすでに始まっており、同基金に輸出するIoTメーカーとして智食良果は、チェンマイにある花卉や青果の農業ステーション5ヵ所との協力から着手する。
国合会の高級管理師である許慧玲は、台湾政府が東南アジア諸国と多くの協力プロジェクトを進める中、国合会は台湾のスタートアップを推薦して官民協力を実現させており、彼らが東南アジア市場を開拓できるよう努めていると語る。
智食良果は最近、行政院(内閣)国家発展基金による「創業天使投資プログラム」から資金を得た。呉昱鋒はこう説明する。農業に最も必要なのは灌漑だが、酷暑の今、畜産業に最も必要なのは扇風機だ。しかも夜になると気温が下がるので、扇風機を消す必要がある。そこで智食良果は台湾糖業公司と協力し、スマートIoT豚舎の導入を進めている。農業から畜産業まで、また国内から海外まで、スマート農業が人間の労働に取って代わる状況が進んでいる。灼熱の太陽の下で額に汗して働くようなことはしなくていい。そんな未来も夢ではないかもしれない。

国合会は、タイの農家でスマホを使うスマート農業をサポートする。(国合会提供)

「智食良果」のCEO・呉昱鋒(右)は、LINEを使ったスマート農業をサポートする。