映画『デイ・アフター・トゥモロー』は地球温暖化がもたらす異常気象を描いている。大西洋の海流の変化によって災害が頻発するようになり、地球は氷河期へと入っていく。映画が公開された当時は、こうした現象が生じることに対する疑問の声が上がったが、現在は学界でも可能性は肯定されている。だが、そうした悲劇が起こる前に地球の温暖化は進み、すでに食料作物の生長に影響を及ぼし始めている。そこで世界各国では、将来の食料を確保するためにシードバンク(種子銀行)や遺伝資源貯蔵庫を設立し始めた。
台湾の国家作物種原センター(National Plant Genetic Resources Center)では台湾原生種のイネやアワ、雑穀などの種子を収集・貯蔵している。また、温帯果樹の平地での栽培にも成功しており、将来的には、台湾は温帯果樹の最南端の種子保存基地となる可能性がある。また、台南市の善化にある世界の野菜の「ノアの方舟」である亜蔬―世界野菜センター(亜蔬-世界蔬菜中心/World Vegetable Center)では、世界で最も多くの野菜の種子を保存しており、台湾は逆境に置かれた食料の守護神になろうとしている。
2022年、国連のIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)は第6次評価報告書(AR6)において、地球温暖化が加速していると指摘した。温暖化によって異常気象が増え、同年、北米は厳しい寒波に、ヨーロッパは熱波に見舞われた。
多くの専門家は次のように警鐘を鳴らす。地球温暖化によって極端な気象現象が起きるようになり、高温や水害、寒害、さらに病虫害などが農作物の生長に影響を及ぼし、食料の供給不足が生じる可能性がある。台湾大学農芸学科の郭華仁名誉教授は、そうなった時、食物の価格は高騰し、新たな環境に適応できる品種が必要になると指摘する。その新品種はシードバンクの中から選んで育種する必要がある、と。
郭華仁によると、大昔から農家は自分たちで作物の種子を貯蔵してきた。彼らは、その年に良く育った作物の株の種子を翌年のために保存したのである。生長した作物の高さや実り具合などを見て、良い株の種子を選び、翌年はそれをまいてきた。こうして多様な遺伝子が残されてきたのであるのである。だが、種苗会社が販売する種子はそうではない。商業的に改良された品種は「純度」が高く、遺伝子の差が大きくないため、環境が大きく変化すると適応できないのである。
台中市霧峰にある国家作物種原センターには、台湾の「希望の苗」である作物の種子が保存されている。(荘坤儒撮影)
食用作物の「ノアの方舟」
しかし、利益の最大化が求められる時代、大部分の農家は本来の品種を放棄して商業品種を栽培するようになり、新しい遺伝特性を備えた種子を保存する機会を失っている。これは地球温暖化の中にあって深刻な課題だ。
1970年代、多くの農業専門家は、商業品種ばかりになることで遺伝資源が次第に失われると危機感を抱くようになり、そこでシードバンクの設立を提唱してきた。研究者は農地を訪れて農家が捨てた種子を集めて保存してきた。こうすることで大災害に見舞われた時、復興のために必要な作物を育てることができる。
学界の統計によると、世界には1750のシードバンクやジーンバンク(遺伝資源貯蔵庫)があり、例えばノルウェーのスヴァールバル世界種子貯蔵庫には世界各地の食糧と植物の種子が保存されている。台湾の台南市善化に1973年に設置された亜蔬―世界野菜センター(亜洲蔬菜中心) は世界で最も多くの野菜の種子を収蔵している非営利組織である。また、台中市霧峰に1993年に設立された国家作物種原(遺伝資源)センターは台湾のイネや雑穀などの種子を保存している。両者はすでに世界のシードバンクの一部を成している。
国家作物種原センターでは、台湾の水稲やアワ、雑穀などの種子を完全な形で保存している。(荘坤儒撮影)
温帯果樹の保存
食卓から食べ物が消えるというのは、物産の豊富な台湾の人々には想像しがたいことだが、実際にはすでに食糧危機が始まっている。
「台湾では食用作物の7割を輸入に頼っており、自給率は低いのです」と郭華仁は言う。例えば、台湾ではかつてソラマメやベニバナインゲン、リョクトウなどを国内で栽培していたが、現在の栽培量は非常に少ない。夏の暑気払いとして重宝されるリョクトウはインドネシアやミャンマーからの輸入に頼っているのが現状だ。また、2009年の台風8号災害の後に環境が大きく変化したため、多くの集落ではアワを植えなくなり、本来の原生の種子も失われてしまった。だが幸いなことにアメリカの国立植物遺伝資源システムに台湾の原住民集落のアワの種子が96種保存されており、これを取り寄せてようやく故郷での栽培が再開できた。
台中市霧峰の農業委員会農業試験所内にある国家作物種原センターは台湾の作物の種子を保存する使命を担っており、災害後の復興に「希望の苗」を提供することができる。
春分の頃、「光華」取材班が国家作物種原センターを訪れると、スタッフは耕運機を用いて試験所内の農地を耕していた。ここで水稲を試験栽培するという。
ここから2キロ離れたところにある遺伝資源保存園では、さまざまな品種のアワや、低温要求量が少ない(必要な低温時間数が比較的短い)モモやウメ、サクランボなどの果樹を栽培している。「ウメの花は山に咲くというイメージがありますが、霧峰は標高89メートルでもよく花が咲くものもあります。花をつけない木があると、台湾の冬は十分に気温が下がらず、平地での栽培に適さないことを意味します」と種原組アシスタント研究員の黄群哲は言う。
もう一つのエリアには低温要求量の少ないモモが植えられている。そのうちの一本は「つぼみも少なく、今年の環境はあまり合わないようです。私たちは枝を切り、実験室で低温試験をする予定です」と言う。もう一つのエリアではアメリカのフロリダ州から取り寄せたサクランボを栽培しており、台湾の環境によく適応している。
亜蔬―世界野菜センターが最も多く提供しているのはトマトで、タンザニアのトマトの2個に1個は世界野菜センターが提供した品種だ。
台湾における種子保存の特色
農業試験所作物種原組長の陳述は次のように説明する。台湾は亜熱帯と熱帯にまたがっているので、熱帯の果樹が栽培できるだけでなく、低温要求量の少ない温帯果樹も育つ。「将来的に、私たちは温帯果樹の最南端の種子保存基地となり得ます」と言う。
また陳述によると、台湾の作物は高温と水不足という課題に直面している。極端な気象現象が増えて水資源が均等に行き渡らなくなり、豊富な灌漑用水を必要とする水稲も危機に直面している。そこで、干ばつや病虫害に強い作物の選択を目標に、同センターでは台湾原生の山地の陸稲や野生の水稲などの遺伝資源を収集している。これらの品種はあまりおいしくないため、これまで放棄されてきたものかもしれないが、こうした地方の品種は病虫害や水不足、洪水に遭っても生き残る特性を持っていることが多いのである。「これらの品種は多くの宝を持っていて、交配や選別を通して将来の環境に適応できる新品種を見出せる可能性があります」と言う。
現在、国家作物種原センターは1万種の台湾の水稲を保存することに成功している。世界最南端のジャポニカ米や台湾の農家が栽培をやめたアマ、原住民文化として伝わってきた100種ものアワなど、すべて保存されている。
台湾で保存されている水稲の遺伝資源は他の国での応用にも提供されている。作物種原組の魏趨開によると、インドで栽培されている水稲の中には多数の台湾の品種が含まれている。またフィリピンにある国際稲研究所とも交流がある。
大理石で建てられた国家作物種原センターは吹き抜けのある2階建てで、ここには10万に上る穀類や野菜の種子が、目的別に、短期、中期、長期の保管庫に保存されている。短期保管は研究用、中期保管は交換や繁殖用で、定期的に保存畑に植えられ、発芽率を計測する。長期保管はマイナス20℃の低温・低湿の環境で永久保存しており、品種によって50~100年保存される。
1999年の台湾大地震で霧峰は甚大な被害に遭った。農業試験所は車籠埔断層から500メートルしか離れていないため、試験所の正門前の道路も隆起したという。しかし、内部の保管庫では棚が一つ歪んだだけで「種子は一粒も落ちませんでした」と陳述は振り返る。政府が建てたシードバンクは耐震性の高いものだったのである。保管している種子の安全を確保するために、国家作物種原センターでは水稲や雑穀、野菜などの1万2000の種子をノルウェーのスヴァールバル世界種子貯蔵庫にも保管している。
世界野菜センターは世界で最も多品種、多様な野菜の遺伝資源を保管している。
亜蔬―世界野菜センター
1973年に台南市善化に設けられた亜蔬―世界野菜センターは世界的な農業研究機関で、世界でも最も豊富な野菜の遺伝資源を保存している。同センターは次のように説明している。台湾は地理的に熱帯と亜熱帯にまたがり、もともと生物が多様である。さらに優れた農業技術を持ち、台南や嘉南平野は作物栽培に適しているため、多くの人がここに定住した。研究スタッフは世界各地から種子を収集し、亜蔬―世界野菜センターの「心臓」とも呼べる保管庫に集めてくる。さらに、育種や栄養、病害、教育などの研究チームがあり、より強く、栄養があり、収穫率の良い野菜を見出そうとしている。
各地から集められた種子はまず保管庫に入るが、その種子の潜在力はどのように判断するのだろう。種原組のアシスタント研究員の陳彦匡によると、南アジアや東南アジア、赤道付近の地域は湿度が高く、洪水も多いため、それらの地域で育つ植物の遺伝子は耐熱、耐湿の潜在力を持つと考えられる。
亜蔬―世界野菜センターの繁殖畑では世界中から集められた各種野菜を栽培し、発芽率や現地での適応力を観察している。
種子を採り、選び、保管する
敷地面積116ヘクタールの世界野菜センターを訪れると、広大な農地があり、休耕地もあれば、トマトやナス、フジマメなどの畑もある。世界各地から集められた品種が色とりどりの実をつけ、畑にはにぎやかな雰囲気がある。
保管庫前の空き地では、スタッフがさまざまな品種のナスの種を選別していた。果肉を砕いて水を注ぎ、果肉と種子を分離させる。水に浮いた種子は空なので取り除き、残った種子の膜を除いて低温で乾燥させる。もう一つのグループは、種子をより分け、種類や数を確認し、重さを量って袋に入れて入庫する。トウガラシの種を担当するスタッフは辛さで涙ぐんでいる。
これまでに世界野菜センターでは、157ヶ国から330を超える品種、6.5万粒の種子を収集し、研究機関や民間、さらに世界の204の国や地域に無償で提供してきた。中でもトマト、リョクトウ、トウガラシが多数を占め、トマトは全体の3分の1強を占める。タンザニアで栽培されているトマトの2個に1個は同センターが提供した種子から栽培したものだ。
亜蔬―世界野菜センターが3番目に多く提供しているのはトウガラシだ。
世界へトマトを
世界野菜センター種原組アシスタント研究員の陳彦匡によると、トマトは世界中で常食されているが、タンザニアの原生トマトは、産地から市場までの輸送過程で劣化する割合が非常に高かった。そこで世界野菜センターは同国のアルーシャに支部を設け、台湾で育種したトマトを栽培して現地の条件に最もふさわしい品種を選び、現地での栽培に提供した。現在タンザニアではトマトが自給自足できるようになっているという。
2022年末、台湾南部では降水量が少なく、高雄のトマト産地では病害が発生し、生産量が激減した。「一般の人々の多くはトマトが買えるかどうかはあまり気にしていませんが、トマトのないパスタやピザを想像できるでしょうか」と陳彦匡はその影響の大きさを語る。また、アフリカではトウガラシの品種ジョロキアが好まれるが、ジョロキアは病気に抵抗する遺伝子を持たない。そこで育種家たちは耐病性の強い遺伝子を持つトウガラシとジョロキアを交配させ、辛味が強く、病気にも強い遺伝子を持つジョロキアをアフリカに提供した。
30年前、世界野菜センターは東南アジアを訪ねて野菜の種子を採集し、東南アジアおよび南アジアの183品種を保存した。近年は東南アジアの農業技術が飛躍的に発展し、地方の品種が消失の危機にさらされている。そこで昨年、世界野菜センターと外交部は手を組んで「台湾・東南アジア野菜遺伝資源イニシアティブ」を打ち出し、現地で収集した原生種を返還し、野菜の遺伝資源をシェアすることとなった。
世界野菜センターの遺伝資源は政府機関や民間機関による新品種開発に提供されるほか、数年前には災害支援の種子パックを作り、アジアやアフリカ、太平洋、カリブ海などの被災地へ送った。台湾の台風被災地やスマトラ島沖大地震の被災地にも食糧供給復興のために送られた。
国連食糧農業機関(FAO)は、1900年から2000年の間に作物の多様性は75%失われたと報告している。シードバンクは人類の食糧危機に備えるための一つの手段だが、人々が地球温暖化に対して無策のままだと、私たちの食卓だけでなく、生存そのものへの脅威も止まらないのである。
亜蔬―世界野菜センターの畑では、東南アジアから集めた色とりどりのヘチマが栽培されている。
台南市善化にある「亜蔬―世界野菜センター」では、30数ヶ国から来た400名余りの研究スタッフが、環境に適応でき、栄養価が高く、収穫率の高い野菜の品種を研究している。
世界野菜センターは世界で最も多品種、多様な野菜の遺伝資源を保管している。
世界野菜センター主任のMarco Wopereis博士(後列右から4人目)はアフリカのベナン共和国で栄養プロジェクトを実施し、現地の子供たちと交流した。(亜蔬―世界野菜センター提供)
国家作物種原センターでは、サツマイモやジャガイモ、ヤマイモなど、国内の重要な無性生殖作物の遺伝資源を試験管で培養している。(荘坤儒撮影)
国家作物種原センターは、低温要求量の少ない温帯果樹の栽培に成功した。地球温暖化が進んだ場合、これらの台湾の遺伝資源を緯度の高い地域に提供することができる。(荘坤儒撮影)