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グローバル・アウトルック

ブラックホール撮影成功に

ブラックホール撮影成功に

台湾天文学チームが貢献

文・謝宜婷  写真・陳明堂提供 翻訳・山口 雪菜

10月 2022

グリーンランド望遠鏡は台湾の中央研究院が中心となって建造し運営している。北極圏内で初めてのサブミリ波干渉計である。

アインシュタインは、宇宙には「質量がきわめて大きく、体積がきわめて小さく、強大な重力を持つ」ものが存在すると考え、以来、世界中の科学者がこの謎を解くためにさまざまな理論を立ててきた。

宇宙には、光さえ抜け出せないブラックホールが存在する。ブラックホールの周囲には「イベント·ホライズン(事象の地平面)」、つまり情報伝達の限界範囲がある。アメリカの科学者シェパード·ドールマンは世界中の科学者を招き、望遠鏡を用いてブラックホールを観測し、画像を解析する「イベント·ホライズン·テレスコープ(EHT)」チームを結成した。科学技術の進歩により、2017年に科学者たちは望遠鏡を通してM87銀河を観測し、2019年にはその中心のブラックホールの画像撮影に成功し、ついにアインシュタインの理論が証明されたのである。

イベントホライズンテレスコープ(EHT)の分布図。図に示してあるのが、台湾が建造と運営に参加している望遠鏡である。

イベント·ホライズン·テレスコープ

2019年、台湾の中央研究院は、ブリュッセル、サンティアゴ、上海、東京、ワシントンDCと同時に記者会見を開き、人類が初めてとらえたブラックホールの写真を発表した。それまで多くのシミュレーション画像はあったが、イベント·ホライズン·テレスコープによって、はじめて5500万光年の果てにあるM87星雲のブラックホールをとらえることに成功したのである。

世界の11か所にあるイベント·ホライズン·テレスコープは、ミリ波·サブミリ波によってM87銀河の中心にあるブラックホールをとらえた。地球の各地に望遠鏡を設置し、それらをつないで地球サイズの電波望遠鏡を形成し、画像解像度を高めることに成功したのである。この地球規模の研究において、台湾は4つの望遠鏡の製造と運転に参加してきた。ハワイのサブミリ波干渉計 (SMA)と、ジェームズ·クラーク·マクスウェル望遠鏡(JCMT)、チリのアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)、それに北極圏に位置するグリーンランド望遠鏡(GLT)だ。

天体観測には乾燥した環境が必要であるため、望遠鏡は高山に設置されることが多い。ハワイのSMAは、中央研究院とアメリカのスミソニアン天体物理観測所が共同で、ハワイのマウナケア山の標高4000メートルを超える位置に設けた。これは、中央研究院天文及び天文物理研究所(以下、天文研究所)が正式に設立する前に、世界に向けて台湾が宇宙観測能力を持つことを証明する重要な機会となった。SMAは8基の望遠鏡からなり、台湾はそのうちの2基を担当した。中央研究院がパラボラアンテナ部分を支えるカーボンファイバー複合材料のメーカーを探していたところ、ドイツのメーカーから、台湾に優れたメーカーがあると教えられた。

中央研究院天文研究所ハワイ運転副所長の陳昭堂によると、彼らは国家中山科学研究院航空研究所と漢翔航空工業と話し合い、協力関係を結ぶこととなった。

陳昭堂によると、台湾がハワイSMA計画に着手した時は外国製のカーボンファイバーパイプを使う予定だったが、乾燥した高山の気候に耐えられずに亀裂が入ってしまい、その後すべて台湾製に変えて成功したのだという。

ハワイ、マウナケアのサブミリ波干渉計 (SMA)。

台湾のALMA実験室

チリのALMA計画は、アメリカ国立電波天文台、ヨーロッパ南天天文台、日本の国立自然科学研究機構が参加して進められ、台湾は後から北米と日本のチームに参加した。そして台湾で「東アジア受信機前段統合テストセンター」を設立、受信システムの統合と試験を行なった。

統合センター設立のきっかけについて、中山科学研究院の技術者である黄基典はこう語る。日本でアンテナが完成した後、5年後にならないと北米とヨーロッパの実験室でのテストができないというので、日本と協力していた中央研究院は台湾に同規格の実験室を設けることとなり、航空研究所所長の斉立平と黄基典がアメリカの実験室に学びにいったのである。

黄基典によると、各国のサブシステムがALMA実験室に送られてきて、それらのテストを経てシステムとしてアセンブリし、箱に収めてチリへ送り、それを現地のスタッフが望遠鏡内に設置するという流れである。平凡な作業のように思えるが、多くの精密な技術を要する。そのため受信機前段統合テストセンターは世界でアメリカとイギリスと台湾の3か所にしかないのである。

中山科学研究院航空研究所は精密な技術を提供することで、中央研究院による電波望遠鏡や関連機器の製造に協力している。(林旻萱撮影)

北極圏のグリーンランドへ

こうして台湾は、望遠鏡の建造と稼働に関して豊富な経験を積んできた。ブラックホール観察においては、中央研究院天文研究所アカデミー会員の賀曾樸が日本の電波天文学者である井上允を招いてチームに加わってもらった。2009年、井上は天文学博士の浅田圭一とともに中央研究院天文研究所に加わり、VLBI(超長基線電波干渉法)による観測プロジェクトをスタートさせた。世界各地に分布する望遠鏡を一つの巨大な望遠鏡と見なし、同時に観測した宇宙からの信号をスーパーコンピュータで分析し、画像化するというプロジェクトである。

2010年、アメリカ国立科学財団はALMAプロジェクトのメンバーから「北米アルマ望遠鏡原型機」の使用構想を募った。ニューメキシコ州の砂漠にあるこの望遠鏡は、長年放置されていたのである。中央研究院天文研究所は、この原型機を操作する機会を得たいと考え、浅田圭一の指揮の下、その望遠鏡の設置にふさわしい場所を探した。乾燥していて標高が高く、ハワイのSMAとチリのALMAと陣を組める位置が求められ、最終的に地球の最北端、グリーンランドを選んだ。

グリーンランド望遠鏡の建造計画を指揮した陳明堂によると、この計画を知った時、海外の学者の多くは台湾チームは「頭がおかしい」と思ったそうだ。だが、中央研究院と中山科学研究院が手を組み、各国の技術者の協力を得て、ついにこの「不可能な任務」が完了した。

中山科学研究院の技術者である夏協鵬は、グリーンランドでの作業は冒険だったと振り返る。「飛行機は北極の強風にあおられ、窓の外を見ると、あと1メートルで氷にぶつかるところでした」。極寒の風の中で、3~4階の高さのある望遠鏡に設備を取り付けなければならない。「高いところに上ると、もっと寒いのです。しばらく作業をしたら、手をポケットに入れて温めなければなりませんでした」と言う。資源の乏しい環境で、台湾の技術者たちは現地で修理の設備を調達し、優れた対応能力を発揮した。

グリーンランドのメンテナンス作業も中央研究院天文研究所の技術者が行なうこととなった。ここ数年は、コロナ禍でメンテナンスが先延ばしになっていたが、望遠鏡のコールドヘッドを交換しなければ、ブラックホール観測の質に影響してしまう。そこで張書豪は冬の極夜のグリーンランドで作業をすることとなった。現地での作業では、皆が助け合い、現地にいたデンマークのチームが「無」から機材を生み出し、材料不足の解消に協力してくれたという。

毎年4月が最も良好な観測の時期で、台湾チームは順調な作業のために予行演習も行なう。

グリーンランド望遠鏡(GLT)は北米アルマ望遠鏡原型機を再利用したもので、台湾がこれをニューメキシコ州からグリーランドへ移して改修した。

次のブラックホールの画像

浅田圭一によると、チームは現在、グリーンランド望遠鏡が加わった後の2018年に収集したデータを処理している。これより先に撮影された2枚の写真――M87楕円銀河と、いて座A*の写真はややぼやけているが、グリーンランド望遠鏡が加わった後の解像度は大幅に高まり、よりはっきりとブラックホールの影が見えるようになった。

 「いて座A*の観測に多くの時間がかかり、現在ようやく2018年のM87のデータ処理に着手できるようになりました」と研究をサポートする学者の黄智威は、この間の奮闘を語る。そして浅田圭一を指さして「いて座A*は変化が非常に速く、彼ももう見たくないと言うほどでした」と笑う。浅田圭一も笑いながら「ナイトメア(悪夢)ですよ」と言う。

このプロジェクトにおいて、台湾は絶えず天文学分野の力を発揮してきた。中山科学研究院航空研究所の斉立平によると、中央研究院が中山科学研究院に提出した案件は、世界的にも革新的な計画で、チームは自ら模索しながら作業手順を書いていかなければならなかった。それが最終的には国際的に高く評価され、台湾チームが協力に招かれるようになったのである。例えば、ALMAプロジェクトの後期において、ヨーロッパでALMAの前段システムを統合する作業が遅れていた時には台湾が協力を求められ、中山科学研究院はすぐに生産ラインを1本増やし、ヨーロッパに代わって2割の生産量を達成した。

技術者の黄基典によると、かつて台湾のチームはアメリカから技術を学ぶ必要があったが、後にALMAのバンド1受信機(惑星の形成を観測する)を開発する段階では、中央研究院と中山科学研究院が自力で開発製造するようになった。2年前に受信機をチリに送付して設置した後、アメリカの科学者はその運転レポートを見て、台湾のチームに「もう卒業ですね」と言った。台湾の天文学分野の研究開発力は、すでに国際レベルに達しているのである。

国際的な天文観測のチームは、国連にも似ている。台湾はこれまで20年、少しずつ己のポジションを見出し、各国との協力モデルを確立してきた。ハワイの高山、チリの高原、そしてグリーンランドの氷原で、皆が同じ目標に向かい、競争ではなく協力して宇宙の謎を解き明かそうとしているのである。

中央研究院天文学研究所の浅田圭一·副研究員(右)が、科学者の黄智威博士(左)によるグリーランド望遠鏡の遠隔操作をサポートする。(林旻萱撮影)

観測史上2枚目のブラックホールの画像。銀河の中心部にあるブラックホールはいて座A*である。(中央研究院天文及び天文物理研究所提供)