国家災害防救科技センター提供
2022年は穏やかな一年ではなかった。気候変動による極端現象が頻発し、世界各地でさまざまな災害が発生した。ハリケーン「イアン」はアメリカとブラジルを襲って1000億米ドルの損害をもたらした。夏にはヨーロッパが熱波に見舞われ、山火事や干ばつが起き、パキスタンでは百年に一度というレベルの大洪水が起きて国土の8分の1が冠水した。2023年の年初にはトルコとシリアで大地震が発生した。それより先には、スマトラ島沖地震(インド洋大津波)や日本の311東日本大震災があり、誰もがショックを受け、無力感を覚えたものだ。人間は大自然の力にはかなわないのである。
私たちは皆、この青い惑星の同じ空のもとに暮らしており、運命は一つにつながっていて、神がいつ、どこを指差すかは誰にもわからない。私たちにできる唯一のことは、減災と回避に力を注ぎ、大自然を敬い、天災と共存していくことなのである。
台湾では5月~11の降水量が最も多い。雨は豊富な水資源をもたらすが、水害も発生しやすくなる。国家災害防救科技センター(NCDR)の陳宏宇主任は、2月になると台湾の22の県や市を次々と訪問し始め、各自治体が災害を乗り越えられるよう、日頃収集してきた情報を地方の第一線で防災に当たる指揮官に伝える。
災害防救科技センターが障碍者とともに設計した万年カレンダーは、国連がサポートするゼロプロジェクトの賞を受けた。(災害防救科技センター提供)
台湾は「炭鉱のカナリア」
学界出身で、地質学的災害などを専門とする陳宏宇は、30年近くにわたって台湾のさまざまな災害の現場に足を運んできた。
「台湾は環太平洋火山帯にあるですから、もともと地震を避けることはできません」と陳宏宇は言う。プレート運動が盛んな位置にある台湾の大地は、毎年平均5~7ミリ隆起している。「台湾島が形成されたのが600万年前だとして、このペースで隆起すれば、台湾は標高3万メートルになっているはずですが、台湾の最高峰である玉山は標高3952メートルです。これはなぜなだと思いますか」と陳宏宇は問いかける。2003年、陳宏宇はケンブリッジ大学の学者とともに研究した成果を「Nature」誌に投稿した。それによると、台湾で長年にわたって台風や河川の浸食によって流出した土砂の量を計算した結果、「台湾の面積は3万6000平方キロで、世界の陸地面積の0.024%を占めるにすぎないが、その浸食力は世界の2%に達する」ことが分かった。言い換えれば、台湾の多くの地域は地質学的に脆弱であり、地震や台風、豪雨などによって深刻な被害が発生しやすいのである。
著名な気象予報士の彭啓明は「毎年、太平洋上には平均27の台風が発生し、そのうち3~4が台湾に影響をもたらします」と言う。ここ数年は、直接台湾を襲う台風は少なくなったが、それも決して良いことばかりではない。逆に水不足という問題が生じるのである。
台湾のもう一つの特色は降水量が多いことだ。高山が多いため、気流によって極端な豪雨が発生する。例えば、宜蘭県南澳郷の西帽山気象ステーションでは、年間降水量1万2027ミリを記録したことがある。ここに近年の極端現象が加わって短時間の豪雨が増え、1時間に200ミリに達したこともあり、いずれも世界の過去最多である。「気候変動による世界的な極端現象において、台湾は炭鉱のカナリアのような存在で、常に他に先駆けて発生し、過去にない記録となるのです」と彭啓明は台湾の境遇を語る。
極端現象は人々の生命や財産を脅かす。こうした境遇の中でどのように対応するかは台湾にとって重要な課題である。
「災害情資ネット」は各部門のモニタリングデータをつなぎ、中央と地方の情報統合を強化している。情報の公開によって平時からの防災意識も高まる。(災害防救科技センター提供)
ビッグデータの統合
台風が発生し、台湾への影響が予測される時、まず中央災害応変センターが開設され、災害防救科技センターは迅速に災害情報による判断と警戒対応を建言する。しばしば海外視察に招待される陳宏宇によると、台湾の災害対応の起動体制は世界でも最も迅速だという。指揮官が着任すると、「災害情資ネット」を通してすぐに台湾各地の防災情報が見られ、警報発令のタイミングが確保されるのである。
災害防救科技センターでは各分野の学者・専門家の知識を結集し、防災情報を提供する。平時は防災・減災テクノロジーを研究するとともに、大きな被害が予測される地域に関しては事前に防災計画を立てている。
情報やデータの面では、災害防救科技センターは政府各機関のデータを統合している。内政部営建署、交通部中央気象局、経済部水利署、公路総局、農業委員会水土保持局などの部門が観測したデータを「災害情資ネット」プラットフォームに統合している。「政府各部門の資料をひとつのプラットフォームにつなぐことで、オリジナルのデータの価値を高めています。また数字を可視化して一目瞭然の図やグラフにし、リアルタイムの情報として提供します。これによって、中央災害応変センターでは、全国の気象、水象、土壌の情報を掌握できるのです」と言う。
このプラットフォームでは、台湾が開発した衛星の福衛7号(FORMOSAT-7)、アメリカのNOAA、日本の気象衛星ひまわり、EUのコペルニクスなどのリソースもつなぎ、データ分析に活用している。陳宏宇は「災害情資ネット」の中の海量情報を見せてくれた。その中の一枚のスライドは、2017年のNissa台風が上陸する前の予報図で、5ヶ国以上の気象当局による予想経路が描き込まれている。国によっては予測経路は150キロも離れている。「台風が台湾に上陸する前から私たちは事前に準備し、西寄りか東寄りかによってどの地域への影響が大きくなるかを図で示し、リアルタイムで自治体に送り、早めの防災措置が採れるようにしています」と言う。水利署が河川に設けたカメラの映像もリアルタイムで見ることができる。降水量や水位が警戒ラインを超えた時は、地方の消防局に通知し、避難を建言する。
さらにSNSも活用される。SNSとビッグデータ技術が発達し、災害防救科技センターでもSNS災害情報プラットフォームを設けている。一般市民がSNSでシェアした災害情報を収集することで、迅速に対応することができる。
地震や台風のほかに、空気の質や降水量、ダムの状況、火山活動、低温情報などもすべてプラットフォーム上の地図に示されている。台湾各地のダムの水量はすべて可視化されており、また火山については、モニタリング指標である微震動、二酸化炭素濃度、温度、ラドン濃度などもすべて公開されている。
陳宏宇は、防災の主要な任務は減災と回避で、ビッグデータを統合することによってのみ、早めの準備が可能になると語る。
災害から学ぶ
災害研究と防災推進においては、災害から学ぶことが常に重視されてきた。2001年にタンカーのアマルガス号から重油が漏れ出した事件では、墾丁国立公園内の生態に被害が及んだ。これをきっかけに、災害防救科技センターでは台湾周辺海域の船舶情報を掌握し、台風が接近した時には避難を求めるようにしている。また、2016年の寒波で40億元近い農業被害が出たことから、災害防救科技センターは農業委員会の委託を受け、気象局の情報から低温予報を出し、農家や漁業者が早めに対応できるようにしている。
オフラインの活動も進めている。国連は「仙台防災枠組2015-2030」の中で、各国は心身障碍者の減災需要を重視すべきだと強調している。災害防救科技センターの体系・社会経済組長の李香潔によると、同センターでは2020年から心身障碍者を招き、共同で防災万年カレンダーを設計した。身体や目の不自由な人にとって重要な事前準備、災害時の対応、災害後の復旧などの情報を提供している。これは2023年、国連がサポートするゼロプロジェクトから賞を受けた。
「現在私が最も強調しているのは減災と回避です。災害による死者や負傷者を最小限にとどめることです」と陳宏宇は言う。現在、災害情資ネットのアクセス数はのべ431万人に達している。災害が発生した時には、ネットやショートメッセージでリアルタイムの情報が全国民に提供される。情報が公開されることで、人々は自分が置かれた環境に関心を寄せるようになり、日頃から防災意識を持つことにもつながる。
気候変動による極端現象において台湾は「炭鉱のカナリア」のような存在で、他の地域より早く災害が発生する。彭啓明は、災害との共存を学ぶことが唯一の答えだと語る。
オープンデータ
彭啓明は台湾のオープンデータ連盟の会長も兼任しており、公的部門に対して多数のデータの公開を求めてきた。民間や学界の専門家がさまざまな視点からデータを分析できるようにすれば、イノベーションを通してデータの価値を高めることができるからだ。例えば国家科学委員会が立ち上げた「民生公共IoT」が挙げられる。全国の多数の場所に設置されているモニタリングカメラのデータを能動的に民間の使用に提供しているのである。「民間が政府のデータに接触してそれを拡散すれば、より高い効果が得られ、産業クラスターが形成できます」と言う。例えば、台湾の防災産業には、防災バッグや消火器、建設業などがあるが、そのほかにこれらのデータを分析してソフトとハードを統合した環境モニタリングシステムが開発されれば、極端現象による災害に、より有効に対応できるようになる。
彭啓明によると、昔から防災のためのデータ分析は行なわれてきたが、リアルタイムのものではなかった。現在はIoTや5Gなどの通信速度もますます速くなり、「データの掌握は昔とは比べものになりません」と言う。「データ量が拡充すると、そのマネジメントも新たな段階に入ります。データマネジメントによって人為的かつ不必要な判断ミスや誤差を減らすことができます。台湾は現在その段階へ進もうとしている状態で、データによるさらに精確な判断を目指しています」と言う。将来的には、人工知能による効率的なビッグデータ分析が行なわれるようになり、それが台湾の防災の強みになることだろう。
持続可能な未来を迎えるためには、自然災害に対して謙虚でなければならない。
災害との共存
極端気候への対応については「Live with the disaster、災害と共存すること」が彭啓明の唯一の答えだ。陳宏宇も、長年にわたる経験から「人間は大自然には勝てない」と語っている。人間にできるのは可能な限り災害を避け、被害を少なくすることだけで、大自然を敬い、それと共存することが重要なのである。
陳宏宇は2015年の台風13号を例に挙げる。「この台風が上陸する前日、空には一片の雲もなく、ひどい暑さでした。経験的に、こういう異常こそ警戒しなければなりません」と言う。そこで専門部門として災害防救科技センターでは、桃園市復興郷の合流集落に事前の避難を建言した。その予測通り、その日の夜には土石流が発生し、同集落の24戸の住宅が流された。早めの避難によって24戸の人命が救われたのである。「十時間の不便が一生の幸福を守るのです」という言葉で陳宏宇は呼びかける。その時を振り返ると、実は予測の精度は3~4割だったそうだ。「それでも、多くの人命を救うことができて満足しています。災害が起きなければ避難した住民からは不満の声が出るでしょうが、それは受け止めるつもりです」と陳宏宇は災害対応の態度を示す。極端な気象現象は増えつつあり、私たちはより厳しい試練に直面している。災害を前に謙虚になってこそ、持続可能な未来を迎えられるのである。
災害防救科技センターが障碍者とともに設計した万年カレンダーは、国連がサポートするゼロプロジェクトの賞を受けた。(災害防救科技センター提供)
低温予報を出すことによって農家は早めに対応し、損害を減らすことができる。(荘坤儒撮影)
災害救助は一刻を争う。災害防救科技センターは被災状況の分析と警報を迅速に提出し、早めの行動を促す。(災害防救科技センター提供)
台風や地震が多い台湾では、災害の中から学ぶことが重要だ。(外交部資料)