
葉郁菁教授は、新住民の親が子供と一緒に読み、言語教材を通して子供の語彙を豊かにすることを勧める。
台湾には、子どもが言葉を学ぶ豊かなリソースがある。小学校は東南アジア言語の選択履修を導入している。これに加えて、政府教育部が5年の歳月を費やし、3セット30冊からなる「新住民家庭母語教材」を編纂した。結婚などで東南アジアから台湾に移り住んだ外国人(ニューカマー)である「新住民」の子どもたちが、母語の基礎をしっかり身につけ、愛と包容の中で学んでいる。
台湾では、小学生は誰でも、東南アジアから移住してきた「新住民」の言葉を選択履修することができる。だが、年齢がもっと下の幼児向けの本は、市場にほとんど出回っていない。
「初めはベトナムから教材を運びました」台湾大学のベテランベトナム語教師‧阮蓮香さんは在台22年、一男二女を育てた。自分の子に母語を教えようと台湾中を探したが、幼児用の母語教材はなく、自分でなんとかするしかなかった。

7ヶ国言語の母語教材は新住民の文化や生活を絵本の形で表現してある。児童文学でもあり、暮らしに根付いた言語教材でもある。
一貫した母語教材を同時に7言語発行
「新住民」の幼児向け言語教材は、長い間ないままだった。教育部が国立嘉義大学に編纂を委託した「新住民家庭母語教材」は、全3部30巻からなる。言語はベトナム、インドネシア、フィリピン、マレーシア、ミャンマー、カンボジア、タイの7ヶ国をカバーしており、母親たちに新たな選択肢が生まれた。
「これまでも公的機関が作った多文化教材はありましたが、どちらかというと教科書のようなものでした」プロジェクト主催者である嘉義大学幼児教育学科教授‧葉郁菁さんは大規模な編集チームを招集し、母語教材全冊を作り上げた。当初、0歳から8歳の幼児を対象に考え、教材は全て2言語対照にした。印刷版とデジタル版、人の声による標準発音の電子書籍、オンラインテストゲームもあり、トータルな内容になっており、きめ細かな配慮がなされている。

嘉義大学幼児教育学科の葉郁菁教授は、家庭こそ母語教育の源で、良い家庭教育は子供の一生に大きな影響をおよぼすと考えている。
ことばのテキストは童話の絵本
二十数年前、葉郁菁さんはお話グループの活動を始め、新住民のお母さんたちを育成して「お話ができる人」にできたらいいのにと考えていた。後に教育部生涯教育司の支持を得て「新住民家庭母語教材編纂‧推進計画」をスタートし、新住民の子どものために幼児向けの教材を作ることになったのだった。
葉郁菁さんのイメージは、母語教材は親が家で、母語で子どもに教える物語絵本だった。「母語とは、家で自然にできるようになることばです」小難しい教科書ではなく、興味のわく媒介として、可愛い挿絵と生き生きした物語がある。「お母さんが子どもと一緒に読んで楽しみ、暮らしの中で子どもとの対話を生み出すのです」
教材をよりよくするために、葉郁菁さんは嘉義大学幼児教育学科の何祥如さん、南台科技大学幼保学科の沈玫宜さんに編集チームを担当してもらうことにした。内容は幼児教育学科の専門家が執筆するほか、児童文学作家も募集し、監修は移民署と中央広播電台(RTI、台湾国際放送)が推薦する母語の専門家に依頼、7か国語の中央諮問委員グループを組織して、内容の正確さを期した。教材の美しい挿絵は絵本アーティスト林柏廷さんと鄒明貴さんによる。かわいいウサギやライオンなど、動物たちが子どもを魅了する。

『新住民母語教材』を推薦する台湾大学のベトナム語教師、阮蓮香さん。これを使うことで母親たちは早くから子供たちに母語を教えることができ、親子の貴重な時間を過ごすことができると言う。
楽しい学び
母語教材は第1部から、やさしい内容から徐々に難しくなっていく。幼児の言語の発達理論と特性をもとに設計してある。第1部のテーマは身体の部位の名前、数字、家庭生活と自然との対話、目上の人へのあいさつ、家で食べる朝食、お母さんが卵を焼く、公園で遊ぶ等である。
第2部は文が長くなっていく。文の構造とオノマトペを繰り返して、子どもの言語能力を高める。第3部は5歳から小学2年生を対象に、語彙の難度を上げ、多文化のシーンや気づきを盛り込む。インドネシアのパンダンリーフのケーキの話や、東南アジアの遊びなどである。

新住民の親たちは、教材の内容と教え方を理解するために、お話グループに積極的に参加した。(葉郁菁提供)
修正を重ねた編集
教材設計にも工夫が凝らされている。前2部は小さい子向けなので、ゲームを各所に盛り込み、ごっこ遊びで親子でウサギやおんどり、小鳥、蝶などになったり、家にある洗濯カゴやバスタオルで子どもと遊べるようになっている。
全30巻、それを7か国語分である。編集の苦労を葉郁菁さんが語る。東南アジアの言語は表音文字であり、まったく何が書いてあるかわからない。編集者の目には正しいように見える割付や改行に、母語の教師が驚愕する。句読点の位置が間違っていれば、母語教師に修正される。「これは『はらい』じゃなくて、毛虫みたいな線です」
阮蓮香さんはベトナム語の編集委員の業務、ベトナム語の監修と録音を引き受け、編集の過程で絶えず会議を重ねたという。「録音だけでもどれだけ変更したか。本当にたいへんでした」言語が違えば、文法構造も文化も大きく異なる。初稿、翻訳、挿絵から録音に到るまで、絶えず修正を余儀なくされ、母語の専門家に何度も監修を依頼したから、誰もが混乱を極めた。

『新住民母語教材』は絵本のようなデザインで、どの物語も子供たちを夢中にさせる。
小さな変化が台湾と東南アジアを繋ぐ
異郷にふるさとの母語の本があるということは、新住民の母親にとって大きな意味がある。たくさんの母親が、教材を宣伝する保護者団体の集会に応募した。桃園保護者団体の宣伝集会の開催を担当した桃園市平鎮区東安小付属幼稚園の李詠恩先生は、父親が新住民の奥さんと子どもをスクーターに乗せて来たり、母親が本を手に取るなり子どもに読み聞かせたりするのを目にした。「お母さんたちに大人気で、そのとき手許にあったインドネシア語の教材は、全部もらわれていきました」と李先生は振り返る。
葉郁菁さんに、ある母親が言った。絵本を持ち帰ってからというもの、本を読んでほしいと子どもが毎日急かすようになり、親子で上の階に隠れてお話をしていたところ、父親が何事かと様子を見に来たことで、「お話の時間」が家族団らんの大切な時間になった。ある子どもは、遠くベトナムにいる祖父母とビデオ通話をしたときにベトナム語で挨拶したところ、祖父母は驚き喜んだ。台湾の祖父母も、嫁が孫に母語を教えることに前向きである。「あっちの言葉を習うのもいいことです。大きくなったら商売にも有利だろうし」と、台湾人は多様な言語文化にもおおらかである。

新住民は台湾社会の重要なメンバーである。写真は屏東好好協会が開催した新住民マーケットで、各国出身の母親たちが母国の伝統舞踊を披露する様子。
世界に開かれた窓を子どもに
「家庭は母語の源であり、子どもの言語の発達に重大な影響を与えます」葉郁菁さんの6年にわたる追跡調査研究で、多くの新住民の母親と子どもとの対話に、家庭の語彙が少ないことがわかった。「中途半端な中国語で子どもと話をしていて、命令する言葉で、文が短く、語彙の変化も乏しいため、子どもの小二の国語テストはたいてい成績が思わしくありません」さらに、母親が子どもに与える言語の刺激は、子どもの言語発達だけでなく「他の分野も影響を受けるのです」
葉郁菁さんは、だからこそ、お母さんたちに時間をかけて子どもと向き合ってほしいと願う。子どもにもっと多くの語彙の刺激を与え「毎日5分間、子どもと本を読む時間を作ることが、子どもに長期にわたる影響を生み出します」
阮蓮香さんは、親子の読書を早く始めるよう勧める。「多くの研究が、赤ちゃんはお腹の中で言葉を学び始めているといっています。妊娠中にこの教材を子どもに聞かせるといいのではないでしょうか」また、子どもが母語を学ぶとき、たくさん褒めてあげてほしいという。そうすれば子どもはその言葉を本当に好きになるからだ。
台湾政府は新住民の言語学習を推進し、台湾社会がもつ文化のダイバーシティに対する懐の深さと自信を示している。東南アジア言語は将来、「新台湾の子」の母語であるだけでなく、すべての台湾の子にとって、英語以外の第二選択として、子どものために世界に開かれた窓となり、文化の違いを尊重し、共存共栄し、互いを受け入れる社会を築くことを教えてくれるだろう。
