苦難は前世の因果
「食堂を始めたのも観音様のお導きです」と言う。もともと食堂を経営していた友人が交通事故に遭ってしまい、彼女に助けを求めてきたのだ。その後、店が繁盛しているのを見た家主が家賃を値上げしたので、その友人は店を移転するほかなくなった。だが、それから8カ月も店舗の借り手はつかず、その家主は彼女を訪ねてきて、家賃は値上げしないので、店を続けてほしいと言ってきた。そこで彼女は店を借りることにしたのだが、思いもしないことに、それが新たな苦労の始まりだった。「店を開いたばかりの頃、借金を返済するために借金を繰り返すことになり、追い込まれて、もう生きていけないと思ったほどです」と、20年前を思い出して涙ぐむ。「借金まみれな上、食事に来た同郷がツケにしてくれと言って代金を払わないことも多く、ツケをためたまま強制送還されてしまう人までいました」。不運はこれだけでなかった。「販売していた電話カードを6万元分も盗まれ、扱っていた酒やタバコも持っていかれ、カラオケ機の中の硬貨まで盗まれてしまったのです」と言う。それでも店を開ければ、食材は現金で仕入れなければならないし、家賃も払わなければならず、一度は夜逃げまで考えた。さらに、ストッキングを履き替えたいというお客に部屋を使わせてあげたら、その人に食材仕入れ用の現金8000元まで盗まれてしまった。
肉体の疲労以上に、心も疲れ果ててしまった。当時、店の貯蔵庫に寝泊まりしていた彼女は、店じまいした後、そのまま床に倒れこんだ。暗闇の中、涙があふれ出てきた。「きっと前世でたくさんの借りを作ったから、今生でそれを返さなければならないのでしょう」。数十年分の思いがこみ上げてくる。
「その後、弟や妹が手伝いに来てくれて、すべてがようやく好転し始めました」。苦難と挫折の日々を乗り越え、趙秀蘭さんの暮らしにようやく陽が差し込み始めた。「数年前、ようやく何とか借金を返し終えました。観音様のご加護に感謝しています」と言う。店内には基隆からいただいてきた観音菩薩像が祀られている。
「私は台湾料理が好きで、特に牛肉麺が大好きなんですが、観音様へのお礼のため、牛肉は食べていません」と言う。台湾に来たばかりの頃、20歳だった彼女は滑って転び、そのままベッドから起き上がれなくなった。「その時、観音様にお願いしたんです。何とか歩けるようになりますように、身体が元通りになったら、一生牛肉は食べません、と誓いました」。その気持ちが通じて身体は回復し、以来30年余り、趙秀蘭さんは一度も牛肉を口にしていない。
タイ料理の魂とも言えるスパイス。趙秀蘭さんは自らタイへ帰って仕入れてくる。