
白身魚にローズマリーとラディッシュが添えられた料理が出され、皿の横に1瓶の塩が置かれる。中華料理に慣れたお客は不思議に思うが、ウェイターは「よろしかったら、塩を振りかけてください。味が変わりますよ」と言う。
「私たちはレストランの立場から考えるのではなく、環境に有益なことであれば、何でも試みています」と、呷米(JIAMI)友善レストランのCEO、ジェニファー(王淑珍)さんは、ベジタリアンレストランでシーフードを扱うようになった経緯を語る。このレストランは常にグリーンフード推進の先鋒たらんとしており、同業者がその影響を受けて、安全でヘルシーで持続可能な「食」を重視してくれることを願っている。
コロナ禍の影響でそれまでの努力が水泡と化し、レストランも移転や内装のやり直しを余儀なくされたが、彼女は常にこうした信念を貫いてきた。台北の城中区に移転した後、彼女はかつて有名ホテルやアメリカンレストランで働いた経験のあるハワード(陳営豪)をシェフに招いた。そしてスタッフと力を合わせて、それまでの「ベジタリアン=高価」「サステナビリティ=馴染みがない」というイメージを覆そうと努力してきた。どの料理もおいしく、台湾のクリーンな大地の滋味が味わえることを目指してきたのである。その中で「台湾の塩」は重要な要素だった。

目ではほとんど見えない塩だが、料理の成敗を決める重要な調味料だ。
塩を味わう
海塩を直径5~6センチほどの竹筒に入れ、特製の窯で焼くと化学反応が起き、まるで北投温泉の硫黄のような味わいの「竹塩」ができる。この塩でソテーした澎湖産のニベに味をつけると、鮮魚の香りが際立つ。料理に添えるのはマッシュしたエンドウ豆だ。塩が奇跡のように豆臭さを消し、ほんのりと甘みを感じさせる。
もう一つの料理は、養殖のスズキと玉ネギ、ジン、地元産のローズマリーなどを紙で包んでオーブンで焼いたものだ。純粋なシーフードを味わう料理で、これに柑橘系の香りがする「呷米塩」を振りかけると、食材のおいしさが一層ひきたてられる。
海塩の他に、山には羅氏塩膚木(ウルシ科ヌルデの仲間)がある。この樹木は幹が塩分を分泌するだけでなく、果実も良い香りの中に塩気を含んでいる。この実を乾燥させたものと、干したクランベリーやレーズン、アプリコットなどを合わせて麺に和えると、どの果実の効果かはわからないが豊かな風味とさっぱりとした甘みと香りが広がる。この風味を後押ししているのが「塩味」なのである。

ジェニファーさん(右)とハワードさん(左)は食材の産地を訪ね歩く中で、台湾の大地に秘められた無限の可能性を見出した。
食卓で実践するグリーンフード
多くの台湾人は、「塩は毎日の食卓になくてはならず、身体にも必須の存在だが、食材として意識したことはない」だろうとジェニファーさんは指摘する。しかしローカルの食材を大切にする呷米レストランでは、単に塩を重視するだけでなく、台湾産の自然塩を6種類使い分け、グリーンフードを実現しているのである。
この理念についてハワードさんは「私たちは、お天道様次第のレストランです」と言う。一般のレストランが安定した食材供給を重視するのと違い、彼らはその日に仕入れた食材を見て、どのようなメニューにするか考えるのである。だが、ハワードさんはこれを困難とは考えず、むしろ己に対する挑戦の機会ととらえている。
彼はジェニファーさんと一緒に、時間をかけて食材の産地を巡り、台湾ローカルの農産物を探している。多くのレストランが輸入品にこだわる食材でも、実際には台湾産の方が品質が良いものもあり、また普段は注目されない食材が台湾の大地のポテンシャルを秘めていることもある。こうして数々の産地を訪問する途中で、彼らはたまたま嘉義県布袋の洲南塩場を通り、台湾の風土が生み出した呷米塩と出会ったのである。

6種類の台湾塩は料理に振りかけるとそれぞれに異なる味わいを出す。
台湾の風土から生まれる塩
呷米塩はヨーロッパの料理にしばしば用いられる「塩の花」で、強い日差しを浴びた塩田の表面に浮いた薄い塩の結晶である。この塩はナトリウム含有量が低く、さっさりしているので、料理の最後の仕上げにふさわしい。
洲南塩場の蔡炅樵さんは、この塩が独特の風味を持つのは、昔から塩田に生息してきたドナリエラ(シオヒゲムシ)という藻類の影響を受ける結果だという。
ドナリエラは藻類としては珍しく塩分濃度の高い場所で繁殖する緑藻で、日差しを受けてグリセロールやカロテノイドを産生するため、塩田はオレンジ色やピンク色に染まる。このロマンチックな色を見ようと多くの観光客が塩田を訪れるが、塩田の作業員にとっては日常的な風景の一つに過ぎない。
しかしある日、塩田に入った蔡炅樵さんは、まるで温泉の熱気のように藻の香りが向こうから押し寄せてくるのを感じ、ドナリエラを軽く見てはならない、と感じたそうだ。その時から彼は、ドナリエラが塩の風味にもたらす影響を考慮して製品のラインアップに加えようと考え、こうして「藻塩花」が生まれたのである。
その話によると、雨が続けば塩田の海水が薄められて藻類が大量に繁殖する。夏が近づき梅雨に入ると雨の日と日差しの強い日が繰り返され、7~8月には時々豪雨が襲う。こうした環境の変化は数学の複雑な方程式のように作用し、ドナリエラは塩にさまざまな影響をおよぼし、思いがけない風味をもたらすのだという。
塩田の塩と天候の関係を研究するため、蔡炅樵さんは記録表を作っている。ロットごとに「塩の花」を採集した時期や温度、天気、雨量などを記録し、ドナリエラの影響を受けたものと、そうではないものを分け、2020年に「夏至」「大暑」「小暑」といった商品を打ち出した。これらは、その年の気候の変化を受けた塩であるため「気候変動特別商品」とされている。
これらは、二度と同じものが作れない塩であり、蔡炅樵さんが市場とコミュニケーションをとるツールにもなっている。

羅氏塩膚木(ウルシ科ヌルデの仲間)の実を口に含むと塩気と甘みがあり、台湾伝統のスモモの蜜漬けのような風味を感じる。
塩辛いだけではない
呷米レストランが料理を通して食材や生産者、土地の物語を語るように、蔡炅樵さんの塩の物語も、料理人を腕を通して語られる。
台南の阿霞飯店のシェフ、呉健豪さんは「おたくの塩を使ったら、他の塩には戻れませんよ」と蔡炅樵さんに言い、現在ではすべてのメニューに洲南塩場の塩を使っている。春節の料理に欠かせないカラスミの塩漬けにも、洲南塩場に特注した3.5ミリの粗塩を使っている。
台北晶華酒店(リージェント・タイペイ)では蔡炅樵さんを通して多くの塩職人と協力し、さまざまな塩を打ち出している。彰化鹿港の浦田竹塩、屏東県車城の後湾海硓塩、台東県緑島の珊瑚海塩、澎湖県湖西の海菜霜塩など、8種類の台湾産の塩を中心とした「晶選塩コース」を打ち出した。ホテルではさらに「塩ソムリエ」を育成している。別の器に盛った各種の塩を料理に添えることで、お客はさまざまな塩を味わうことができる。そしてそれぞれの塩の背後にある職人の物語にも触れられ、さらに食とSDGsのつながりを考えることもできる。
中でもユニークなのは、雲林県斗六の萬豊醤油が製造する「蔭塩花」だ。これは蔭油(黒豆醤油)を醸造する過程で、甕の中に出来た塩分を含む水分を利用したものだ。これを繰り返し蒸発させて結晶させると、醤油の風味を持つ独特の「蔭塩花」ができる。
萬豊醤油の三代目である呉国賓さんによると、蔭油花は本来は醤油の醸造過程に生まれる副産物に過ぎなかったが、蔡炅樵さんがこれに目をつけ、料理人に薦めて試してみてもらったところ、思いがけず大好評を得た。年間の生産量はごくわずかで供給も安定しないが、次々と注文が舞い込んでいるという。
蔡炅樵さんによると、塩は果物と同じように、その年の降水量や日照時間、微妙な環境の変化などの影響を受けて毎年少しずつ個性の異なるものが採れる。「果物が一つひとつ違うように、塩も異なります。ただ私たちはその繊細な差をあまり強調しないだけです」と言う。これこそ台湾の塩の価値と言える。自然に従い、大地の風味を大切にするということだ。
気候の影響を受けて微妙に変化する塩だが、他の調味料と比べると決して目立つことはなく、食材の風味を際立たせる「最優秀助演俳優」と言えるかもしれない。「塩は自分の姿を完全に消して、一つの料理のおいしさを完成させるのです」と蔡炅樵さんは言う。

台湾の塩産業の発展と推進に大きな役割を果たしてきた蔡炅樵さんは、業界では「洲南塩承続(洲南塩を引き継ぐ者)」と呼ばれている。
塩が語る台湾の物語
現在、蔡炅樵さんは台湾の塩の次の段階のビジョンを描いている。「台湾全土の塩職人を友達のようにつないでいき、手造りの塩とその特色を打ち出せる加工業者や付加価値を高める業者と一緒に努力をして進歩していきたいと思っています。その次の目標は、台湾塩を通して世界と交流することです」と言う。
今後5~10年、彼は国内の職業高校や大学のレストラン学科で、料理人を目指す若者に台湾塩について知ってもらいたいと考えている。「塩を語るだけでなく、その背景の風土や漬物などについても語ることで、塩を料理の背後にある物語にしたいのです」と語る。
廃止されていた塩田が再開され、台湾の自然塩はその奥底にある文化とともに復活した。これからは塩職人たちの工夫によってさらなる挑戦が始まり、塩を通して大地と自然を大切にする台湾人の姿を見せてくれることだろう。

醤油の香りがする「䕃塩花」は料理の味付けに使えるだけではない。チョコレートを使ったスイーツともよくマッチし、カカオの風味を際立たせる。


蔡炅樵さんは台湾各地の塩職人と手を組み、台湾が誇る塩を世界に見せようと台北の華山1914文化産業創意園区で「塩選島滋味」特別展を開催した。
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台北晶華酒店(リージェント・タイペイ)は産地と食卓のつながりを重視し、消費者には料理を味わうと同時に、塩と大地の物語を感じてもらいたいと考えている。(台北晶華酒店提供)
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蔡炅樵さんは、労働集約型のきつい仕事という塩作りのイメージを払拭し、現代社会で人々との新たなつながりと物語を見出したいと考えている。(洲南塩場提供)

塩田を絶えず観察してきた蔡炅樵さんは、気候の微妙な変化と塩の風味には密接な関係があることを発見した。