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アメリカの人気ドラマ『ビッグバン★セオリー ギーグなボクらの恋愛法則』は、カリフォ ルニア工科大学の物理学者を主人公に、高いIQを持つ天才たちの生活が一般とは大きく異なる様を描いてヒットした。台湾にも、こうした人々の集まる場所がある。それは台湾最高の学術研究機関、中央研究院だ。
かつては遙か高みにあった中央研究院だが、最近は世間の話題によく上る。2017年4月からはサイト「研之有物」を立ち上げ、研究論文を下地にした、おもしろく読ませる文章を次々と公開している。サト訪問者から院長への質問を集めたページや、院内各スポットの紹介もあり、科学に興味ある若者やブロガーがアクセスしている。それまで院内だけの催しだった講座も、中央研究院90周年の2018年には初めて台南や花蓮で開か れた。10月末のオープンハウスの日には15万人の見学者が訪れ、日頃は研究室にこもったきりの研究員も姿を現し、研究成果を披露した。
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中央研究院が設置したグリーンランド望遠鏡。すでに「事象の地平線望遠鏡 (EHT)」プロジェクトに加わっており、世界各地の電波望遠鏡とつなげてブラックホールを観測している。(中央研究院天文及び天文物理研究所提供)
基礎研究に焦点を
台湾の最高学術研究機関として中央研究院は、アカデミー会員で構成される「栄誉社団(h o n o r society)」と、研究員が属する研究機関からなり、総統府に直属し、国からの任命で基礎研究の任務を担う。
応用科学が即時に問題を解決し、経済的価値も生むのに対し、抽象的な学問である基礎研究は庶民とどのような関係があるのだろう。
2016年に院長に就任した廖俊智は、基礎研究は建物の基礎工事に似て、基礎がきちんと作られてこそ、その上に物を建てていくことができるのだと説明する。
基礎と応用はかけ離れたことではない。生命科学で言えば、基礎研究で細胞の進化や分裂、増殖、代謝、死への過程を探究することが、新薬の開発や臨床応用へとつながる。廖は「基礎というのは日々感じるものではなく、潜在化したり長い年月を要するという特質があります」と言う。
基礎研究の多くは、空しく時を費やし、失敗を 繰り返すものだ。だがいったん成果を生むと画期的な変化につながる、いわばハイリスク、ハイリターンの仕事だ。情報科学研究所研究員であり、「研之有物」編集担当の陳昇瑋は、失敗率が高いからこそ、国のサポートが必要なのだと言う。近年身近になった人工知能も、60年前には世界各国でその潜在力が注目されており、研究に投資されてきた。それが今日やっと開花したのである。
優れた研究成果を上げる中央研究院だが、一般市民には縁遠かった。だが廖俊智は、院の研究費が税金で賄われている以上、基礎研究の意義や価値 を国民に説明し、成果を発表する必要があると考えた。そこで、皆がわかるように説明する場を作ろうということになった。サイト運営の経験がある陳昇瑋が自ら進んでその任を引き受け、外部からも人材を募ってチームを作り、「研之有物」を立ち上げた。

中央研究院には多くの精密機器があり、オープンハウスで見学することができる。
新たなメディア「研之有物」
アカデミー会員の王汎森がかつて「わからないことがあれば、中央研究院の廊下ですれ違った3人に聞けば必ずわかる」と形容したように、彼らは豊かな学識を持つ。が、その研究論文は一般には難解だ。「研之有物」編集責任者の林婷嫻は、広告代理店勤務の経験があり、こうした専門的文章を誰でもわかるような平易な言葉に直し、それにユーモラスでトレンディなタトルをつける。美術担当の張語辰は、各研究員の似顔絵をゲーム・キャラクターさながらに魅力的に描いた。
研究には科学的根拠が欠かせないが、ブランド作りにも成果の数値化が必要だ。陳昇瑋たちは文章のタイトルに感嘆符や疑問符をつけると読者の注意を引きやすいことに気づいた。林婷嫻もこう言う。「研之有物」はGoogleアナリティクスを用いて読者の習慣や好みを分析し、文章やスタイル、図の配置などを調整する。サイトの位置づけは「大人向けポピュラーサイエンス」だ。
数理科学、生命科学、人文社会科学の3部門を 有する中央研究院の生み出す知識は膨大だ。「研之有物」編集チームは、それらをできるだけ庶民の生活に関連付ける努力をする。例えば、巷で は宮廷ドラマがブームなので、社会学研究所の呉齊殷・研究員を訪ね、そうした歴史を青少年のいじめ問題と結びつけた。また生物多様性研究セ ンターの鍾国芳・副研究員の研究成果を紹介し、 東アジアやインドシナ半島に分布するカジノキの DNAから、台湾とオーストロネシア語族との関連性が証明できることを説明した。

院長に就任して間もない廖俊智は、中央研究院の対外交流を重視しており、一歩ずつ民間への開放を進めている。
雑草が糖尿病治療藥に
発信を続けて1年余り、今年のオープンハウスはかつてない盛況だった。来場者でごった返す中、農業生物科学技術センターの楊文欽・研究員が注目を浴びていた。彼は、台湾で草地などに生えるセンダングサの仲間に含まれる化合物が、糖尿病治療に使えることを証明した。糖尿病への関心は高く、当日も多くの来場者が興味を示した。
「植物で人が救え、地球が救えます」と楊文欽は言う。センダングサは畑に生えれば引き抜かれてしまう雑草だ。だが民間では飲み物や漢方薬に使われてきた。世界各地でも糖尿病治療の薬草に使う例はあるものの、それを西洋医学の基準に合った薬として開発するのは難しかった。
楊文欽によれば、自然界で17万種以上の化合物が発見されており、そのうち8割は植物に含まれるが、それを抽出する研究には膨大な時間や費用、労力がかかる。研究チームを率いて16年、彼はついにセンダングサに含まれるサイトピロインという化合物が膵臓のランゲルハンス島の機能を高め、細胞を保護することを突き止めた。現在の西洋薬では糖尿病の悪化を食い止めることはできず、治療はさらに難しい。この発見は糖尿病治療に新たな局面を生み出すに違いない。
商品開発は中央研究院の任務ではないが、現在までの研究成果はすでに国内メーカーに技術移転しており、サプリメントが作られている。楊文欽の次の目標は、人への臨床試験によって糖尿病の新薬を開発することだ。庶民の関心事である価格については「人々の税金から研究経費も出るのですから、メーカーには価格を高くしないよう言ってあります」と彼は言う。

中央研究院には多くの精密機器があり、オープンハウスで見学することができる。
グリーンランド望遠鏡
廖俊智は、基礎研究は人類の好奇心を満足させ るためにあると言う。とりわけ宇宙に対し、人類は好奇心を抱き続けてきた。そして好奇心こそ、人類の知や文明の進歩の動力となる。
一般大衆も宇宙への好奇心に満ちている。そんな人々のために、オープンハウス当日、天文及び天文物理研究所の韓之強・研究副技師は、2017年5 月にグリーンランドで、中央研究院主導の多国籍チームが世界で初めて北極圏に望遠鏡を設置したことを説明した。
韓によれば、グリーンランド望遠鏡は、アメリカ国立科学財団などの寄付によるアタカマ大 型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)の原型機を改造したもので、価格800万米ドル、高さ12メートルに及ぶが、米ニューメキシコ州から遠くグリーンランドまで運んだ。しかも零下70度の北極圏の極寒に耐え得るよう、さらに5年と1000万米ドルを費やして改造した。運搬から組立て、 設置まで台湾主導で行い、現地での操作、遠隔操作ともに台湾の科学者の高い実力を証明してみせた。
またグリーンランド望遠鏡は、超大質量ブラックホールの観測を目標とする「事象の地平線望遠鏡(EHT)」プロジェクトに加わっている。 これは、世界各地の電波望遠鏡をつなげて観測するもので、あたかも地球上に巨大な人工の目を出現させるようなものだ。グリーンランド望遠鏡をチリのアルマ望遠鏡とつなげば、南北最長の基線となり、その解像度は最先端の光学望遠鏡の1000倍に達するという。

研究員が研究成果を発表することで、若い学生たちの知識欲を刺激できる。
貴重な文化財の数々
一世紀近い歩みの中で、中央研究院には多くの文化財が集まっており、それらを外部にも公開している。院長を務めた胡適、銭思亮、蔡元培、呉大猷の名前を冠した記念館や小型図書館があるし、歴史文物陳列館や、清代晩期嶺南画派の作品を集めた嶺南美術館も人気が高い。秘書処処長も務める、政治学研究所の呉重礼・研究 員によれば、国宝が多く集まるのは故宮博物館と思われがちだが、歴史文物陳列館は36万件以上を収蔵しており、しかも宮廷工芸品中心の故宮と異なり、多くが民間の文物なので、多様性が高い。
象牙の塔を開放し始めた中央研究院だが、その学術的地位は不変だ。今後の展望を廖俊智はこう語る。「基礎研究に携わる科学者には使命感が必要です。学術界に対しては、自らの研究の価値や将来性、独創性を示す。納税者には、基礎研究の重要性や意義を説明する。そして世界に対する使命として、地球温暖化や気候変動、高齢化社会等の問題解決の道を探らなければなりません」

林婷嫻(右)と張語辰(左)が結成した「研之有物」チームは、中央研究院の雰囲気を変えつつある。

90年を歩んできた中央研究院は、真実を追求する研究の精神を貫きつつ、一歩ずつ象牙の塔を開放しつつある。