ドキュメンタリー『擬音』の誕生
フォーリーの仕事は「裏方中の裏方」で「映画人の中にもその役割を知らない人が少なくありません」と胡定一は話す。曹源峰は「胡定一師匠はハリウッドでも一流のフォーリー・アーティストとして通用するはずです。ただ台湾では産業として確立していないので、生涯これを続けてきたにもかかわらず、知られていません」と言う。王婉柔は『島嶼写作』シリーズの制作で中影公司のポストプロダクションチームを訪ね、胡定一と出会った。「彼のスタジオを見学した時、胡師匠がどのように仕事をするのか、神秘的に思えました」という。そこで王婉柔はドキュメンタリーフィルム『擬音』を制作し、胡定一の効果音の魔術を記録することにしたのである。
ドキュメンタリーフィルム『擬音』の中には、胡定一の録音スタジオを上から見下ろすシーンがある。スタジオの中央には赤いマイクスタンドが立ち、床には四角い窪みが8ヶ所並んでいる。それぞれの窪みには水や土、砂、丸石などが入っていて、周囲にはさまざまな物が雑然と置かれている。フラフープ、折り畳み椅子、ヘルメット、消火器、レントゲンフィルム、それに使い古しの布団やバスケットボールなど、いずれも胡定一が集めてきた「音源」である。彼は長年にわたり、この空間で無数の効果音を作り出してきた。数十足のハイヒールも並んでいる。ベネチア国際映画祭で金獅賞を受賞した蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の『愛情万歳』の中で、楊貴媚がハイヒールを履いて大安森林公園の泥の上を歩くシーンがあるが、さまざまな感情が込められたこの足音も、胡定一がスタジオで歩いて出した音である。王婉柔はこれを例に、胡定一は「音の俳優」であり、彼のフォーリーは一つ一つが音の創作なのだと考えている。
ドキュメンタリー『擬音』は、胡定一の物語に始まり、台湾映画界のベテラン声優や音楽担当者などを訪ね、さらに海峡を渡って北京や上海、香港の映画音声製作の状況も取材する。映画評論家の藍祖蔚は、『擬音』は中影公司の歴史と映画音声史を重ね合わせていると言う。かつて王童監督が『バナナ天国』撮影時に、カメラの歯車の音が入らないように、分厚い布団でカメラをくるんで撮影した貴重な映像も入っている。
『擬音』の中では、映画『喜怒哀楽』の中で白景瑞監督が担当した「喜」も紹介している。この作品は台詞はなく、さまざまな効果音と音楽だけでストーリーを展開しており、台湾映画における映画音声を語るには見過ごせない作品であり、ここからも王婉柔の意気込みがうかがえる。藍祖蔚は『擬音』を評して、「映画音声の青写真を描き出し、観客はそれをたどっていくことができる」と語る。王婉柔は、この作品を通して台湾映画の音声に関する議論が深まることを願っている。
2017年4月、『擬音』は正式に公開された。この作品の宣伝のために、胡定一は一日に4回もテレビやラジオの取材に応じたが、表に出るのは苦手だと言う。映画の長いエンディングロールでスタッフの中に小さく名前が出るだけなのと同様、彼は非常に控えめだ。前面に出るスターや監督とは違い、胡定一は40年にわたる貢献の末、ようやく台湾映画史にその名を残すこととなったのである。
若い頃に王小 棣 監督 の映画『飛天』の録音 を担当した時の様子。 (胡定一提供)
胡定一はこのスタジオ で40年にわたって無数 のフォーリーサウンド を生み出してきた。
全神経を映像に集中さ せ、効果音を入れてい く。周囲のものは何も 目に入らない。
デジタルでは表現でき ない効果音は、フォー リーが頼りとなる。
胡定一が効果音を出すために使う道具はさまざまだ。発泡スチロールを、手で強く握ったり緩めたりすると、天秤棒が揺れる「ギシギシ」という音が出る。
胡定一が効果音を出すために使う道具はさまざまだ。(林旻萱撮影)
骨が砕ける音はどの 道具で作り出すのだろう。(林旻萱撮影)
胡定一が効果音を出すために使う道具はさまざまだ。(林旻萱撮影)
剣を鞘から抜く音は、どの 道具で作り出すのだろう。(林旻萱撮影)
王婉柔と胡定一は 「音」の縁で出会った。 (林旻萱撮影)
スタジオの壁にあるNG、 OK、テスト、本番、音合 わせのライトは、フォー リー・アーティストと録音 技師の合図となる。