マーク‧クリリー提供
自由で活気に満ちた台湾の出版文化は、漫画業界に絶えず新しいエネルギーをもたらし、近年では多くの外国人漫画家を惹きつけている。彼らは台湾で作品を出版したり、外国の視点から「台湾」の物語を描いたりしているのだ。
米国デトロイト生まれの漫画家マーク‧クリリー(Mark Crilley)はプロデビューして25年、これまで数多くの賞を獲得してきた。彼の漫画技法を教えるシリーズ『Mastering Manga』はすでに8ヶ国語に翻訳されている。インタビューの際、彼は台湾で中国語版が出版されたことを光栄だとし、これを機に台湾の読者にぜひ新作『Lost in Taiwan』を楽しんでもらいたいと語った。
マーク‧クリリー『Lost in Taiwan』(マーク‧クリリー提供)
ポールと一緒に台湾を探索
『Lost in Taiwan』は台湾には来たが外国のことには全く興味がないZ世代の米国人少年ポールが主人公だ。彼はゲーム機を買おうと従兄テオのアパートを出たところ、スマホが故障してしまう。スマホも友達もなく異国の地で道に迷ってしまった彼は台湾の少女ペイジンとその従兄ウォレスと出会う。親切な2人はアパートに帰る道を一緒に探してくれるのだが、家路探しの中でポールは台湾の文化、宗教、食べ物に触れ、あらためて台湾という土地を知り、それによって彼自身の人生に大きな変化がもたらされるというお話だ。
物語は第三者の視点から語られ、読者はポールとともに見知らぬ街で冒険の旅に出る。
クリリーは今回、初めて1日のうちに起きた出来事を物語にした。「これは楽しい読書体験になると思います。読者はポールと一緒にこの魔法のような1日を過ごすことで次第に台湾を好きになっていくんです。かつての僕のようにね」
マーク‧クリリー提供
「台湾は見過ごされている」
実はクリリーは大学卒業後、友人に勧められて台湾で英語教師になった。漫画家になる前のことだが、30年経った今でも彼の心に残っているのは、親切で温かい台湾の人々の姿だ。
「台湾は世界から見過ごされているように感じるんです」とクリリーは言う。だからこそ彼は『Lost in Taiwan』を通じて海外の読者が台湾をより深く理解し、台湾を訪れたり、住んだりするきっかけになればと願っている。
けれども、ドラマティックで緊張感に満ちた以前の作品と比べ、『Lost in Taiwan』はより穏やかな物語になっており、そのため、読者が退屈に感じるのではないかと心配もした。しかし、編集者のアンドレア‧コルビン(Andrea Colvin)は「心配しないで。自然に描けばいい。あなたが実際に経験したことをそのまま」と言ってくれた。
台湾の人々と触れ合い、その温かさ知った彼は台湾に「ラブレター」を書くことを決めた。「ポールは最後に真の喜びを得るんです」そう語るクリリーの笑顔は30年前に台湾の生徒たちと撮った写真の中の彼と同じように輝いていた。
コカ‧コーラの中国語は「可口可樂」。コーラ缶の文字「樂」はポールの旅を象徴している。(マーク‧クリリー提供)
新世界におけるアートの夢
ブラジルのサルバドール出身のルーカス‧パイション(Lucas Paixão)は、2023年に『性星冒険記(セックスランド‧アドベンチャー)』という短編コミックを出版した。このアダルト漫画は、ジェンダーやキャリアなどに対する彼の見方を示している。たとえば「畢卡索強迫症(ピカソの強迫性障害)」の中の主人公ピカソが抱く不安は、ブラジル社会が芸術家に対して持つ「芸術家になったら食べていけない」というステレオタイプな認識を反映したものだ。
それはパイションの悩みでもあった。大学でグラフィックデザインを専攻した彼は、将来のことで悩んでいた。そして彼はかつて台湾のガールズグループS.H.Eが好きで台湾に憧れを抱いていたことから、最終的に地球の反対側にある台湾で美術の修士号を取得することを決めた。
中国語や台湾文化が好きだったパイションはほとんど苦労せずに台湾での暮らしに適応したが、思い描いていた芸術を見つけることはそれほどスムーズではなかった。
最終的に彼の運命を決定づける鍵となったのは、2015年の台湾の同人誌即売イベント「コミック‧ワールド‧タイワン」だった。パイションはその時のことを思い出してこう語る。「台湾では多くの人が漫画を描いていること知り、私も描き始めることにしたんです。それは私の子供の頃の夢でもあったから」そして翌年、「シャオ‧ルー」というペンネームで第4回東立オリジナルコミックコンテストに応募したところ、彼の作品『魔筆(魔法のペン)』は少女マンガ部門で銅賞を受賞した。また同年、彼は漫画と小説のスマートデバイス向けプラットフォーム「Comico」で『檳榔美少女』の連載を開始し好評を得た。
マーク‧クリリーの自画像(マーク‧クリリー提供)
真実から見える多様性
『檳榔美少女』は期待の新星と称えられたブラジルのサッカー選手ルッシオ‧サントスの物語だ。大切な家族の最期に駆け付けることができなかった彼は悲しみを抱えたまま台湾を訪れ、檳榔売りの少女‧包小葉と出会い、恋に落ちる。
いかにも台湾らしいセリフ、日本漫画のような「顔芸」、そしてパイションの緻密で鮮やかな画風によって描かれた『檳榔美少女』は異文化をミックスしたフュージョン料理のような味わいだ。そして地域と文化の融合によって生まれたこの珍味の主役は、「檳榔西施」だ。
「檳榔西施」とはセクシーな出で立ちで檳榔やたばこを売る若い女性を指す言葉で、2008年の台湾映画『幇幇我愛神(Help Me Eros)』を見たパイションは彼女たちに強い印象を受けた。けれども台湾に来て初めて、独特な姿で檳榔を売るこの職業が台湾社会においていかに「特異な」存在であるかを知った。
友人やマスコミを通じてさらに知識を得たパイションは、その思いをより強め、友人と一緒に近所の檳榔売りのスタンドを訪ね「プロフェッショナルとの対話」を試みたという。
「彼女は激しい態度で私たちを追い出しました」彼は二度とその店に足を踏み入れなかったが、その体験は無駄ではなかった。「彼女の自己防衛的な性格は、後にヒロインのキャラクター設定にインスピレーションを与えてくれました」
短気で好き嫌いがはっきりしているヒロインの包小葉は、実は繊細で心優しい少女で、自立心の強さは一家の経済的支柱として働かざるを得ないがゆえのものだった。『檳榔美少女』の登場人物を見ると、彼の人間観察の細やかさがわかる。あるいはそれは彼が育ったブラジル社会の多様性や、彼が憧れる日本の女性漫画家グループCLAMPの影響かもしれない。
物語の登場人物はそれぞれ立体的なイメージを持ち、たとえ悪役であっても、物語の中で社会のもう一つの声を伝えるという意味を担い、物語に深みを与えている。
さらに彼はブラジルと台湾での生活体験とそこで得た文化的洞察を物語に織り込んでいて、アルツハイマー病患者と介護者、トランスジェンダーの人々、異文化間の対立などの要素を描くことで涙あり笑いありの物語になっている。
「台湾社会はLGBTQ+の人々に対して非常に進歩的な態度をとっていることを知りました」 パイションは、台北芸術大学で学んでいた頃の経験を挙げた。大学には性別適合手術を受けた学生がいたが、彼女に対して差別したり無礼な発言をする者は全くいなかったという。
安全、自由、利便性が、パイションが台湾に住むことを決めた理由だ。彼はまた、台湾の漫画産業の将来性についても同じような気持ちを抱いている。「文化部と市場全体が台湾の漫画産業を促進しようとしていることを知っています。だから僕も安心できるんです」
ルーカス‧パイションは漫画だけでなく、最近では動画配信やストリーミングサービスなどを提供するTaiwan Plusと共同で、台北の「民生社区」を舞台に旧正月をテーマにした台湾らしさ全開の短編アニメを制作している。
異なる答えを与えてくれた台湾
香港生まれの柳広成は「独自のスタイルがある」と評価されている漫画家だ。鉛筆を創作ツールとして使っている彼が描き出す絵からは精確で厳格な筆遣いが見て取れる。
ところがインタビューの中で、ここ3年間の台湾での生活について聞かれた彼は、絵を描いている時にはなかった穏やかな笑みを浮かべてこう言った。「とってもいいと思います。インタビューだから言ってるんじゃないですよ。本当にいいんです」
シャープでエッジの効いた筆運びと、穏やかでのんびりとした人柄の「コントラスト」が彼のトレードマークだ。彼自身もそれを認めているが、宮崎駿や伊藤潤二といった多くのクリエーターもまた同様であるとして「(作家の)内面は創作を通じてしか表現できないわけで、自然と作品には普段見られない側面が表れるんですよ」と言う。
漫画は彼にとって幼い頃には自分を守る傘であり、世界とコミュニケーションをとるためのツールでもあった。そして不正と闘うための武器でもある。
2019年8月11日、香港の深水埗で、民主化デモに参加していた女性が警察の発射したビーンバッグ弾で右目を撃たれて眼球破裂の重傷を負った。この衝撃的な事件は世界的なニュースになり、彼が作品を通じて声を挙げるきっかけとなった。5つの短編と32枚のイラスト、自伝的作品を収録して2020年に出版された彼の作品『被消失的香港(消された香港)』は、香港の歴史の中で最も重要な1ページを記録している。
だが、その鋭い筆致でも香港を縛り付けている鎖を断ち切ることはできず、彼は絶望の淵に追い込まれた。「『被消失的香港』」を描き上げたことさえ徒労だったような気がしました」と言う彼がどん底から這い出られたのは、非営利のネットメディア「報導者(The Reporter)」と共同で『困在隧道的青春』(トンネルに閉じ込められた青春)を発表してからだった。これは台湾で低賃金の肉体労働を強いられているウガンダ人学生たちを描いた作品で、「事件が明るみに出て、学生たちの状況が注目されたことで、漫画は人の助けになると感じたんです」。民主国家である台湾は、香港とは異なる答えを彼に与えてくれたのだ。
そして同年、彼は台湾の作家‧李昂の小説『北港香炉人人挿(人みな香挿す北港の炉)』の漫画版を出版した。
ルーカス‧パイション『檳榔美少女』(遠流出版提供)
緻密なライン、繊細な陰影
柳広成は5Bの鉛筆を使って香港社会に広がる陰鬱さと不安を、緻密な黒い線で描き出し読者の心に衝撃を与えた。『北港香炉人人挿』でも主人公‧林麗姿の蠱惑的な姿や表情豊かな動作、何もかも見透かしているような瞳をソフトで繊細な筆致で写し取り、戒厳令解除前後の台湾の政治情勢の中でカメレオンのように生き抜く女性を描いた。
ふだんからバーで1杯飲むのが好きな柳広成だが、この作品の制作に取りかかり始めた頃、飲み仲間にこのプロジェクトについて話したところ、予想外の反応を食らい、この作品が25年前にどれほど物議を醸していたかを思い知らされた。「でも、彼らがさらに詳しく話し始めた時、僕は彼らを止めました」
実は漫画化するに当たり李昂は事件に詳しくない外国人漫画家を希望していたと柳広成は明かす。そして、もしあの夜「地元の噂」をすべて聞いてしまっていたら、彼自身の自由な作品理解が制限されていたかもしれないと率直に語った。
他人の思惑や揉め事に邪魔されることなく、柳広成は力強さと繊細さを融合した画風で、女性たちのために声を挙げる有名な小説の漫画版を完成させた。原作者の李昂は一部の宗教関連の要素と事実と合致しない部分の調整を求めただけで、漫画版のほとんどの設定を「ボーダーを超えたことによる必然現象」であるとして完全に尊重した。
作品の中で江明台と史麗麗が盛大な結婚式を挙げる場面では、さまざまな登場人物がそれぞれの面持ちで会場に集まるが、それについて李昂は「どの人物も過度にデフォルメされていないところが素晴らしい」と述べている。柳広成は日本、中国、香港で暮らした経験が無意識のうちに文化的ステレオタイプを中和させたのかもしれないと考えるが、彼の来し方がもたらした「個々のキャラクターをあまり厳密に定義しない」という能力は、偶然にも李昂の考えと一致し、彼が台湾の漫画界にすんなり溶け込むことを助けた。
「日本や米国と比べて、台湾の漫画は一目ではどこの国のものかわかりにくいです」と柳広成は言うが、これこそが台湾漫画の利点だとも考えている。台湾の漫画には多様性があり、固定されたイメージがないため、作者が自由に創作を展開できる空間があるからだ。「そして私自身も台湾の漫画シーンの多様性や豊かさを証明する存在の一人だと思っています」
ルーカス‧パイション「橘子男孩(オレンジ‧ボーイ)」(© Lucas Paixão/大辣出版)
ルーカス‧パイション「畢卡索強迫症(ピカソの強迫性障害)」(© Lucas Paixão/大辣出版)
ルーカス‧パイション「達令士(ダーリン‧ナイト)」(© Lucas Paixão/大辣出版)
柳広成『被消失的香港(消された香港)』(©2020 柳廣成/蓋亜文化)
温かい笑顔で話す柳広成。その作品のイメージとは全く異なる優しい雰囲気だ。
柳広成の力強さと優しさを兼ね備えた鉛筆のタッチは、他の誰とも違う独特の画風を生み出した。
原作‧李昂、漫画‧柳広成『北港香炉人人挿(人みな香挿す北港の炉)』(©柳廣成/大辣出版)
柳広成『報導者事件簿001(報道者事件簿001)』(©2020 柳廣成/財団法人報導者文化基金会/蓋亜文化)
台湾の漫画業界の多様性と多彩さは、世界中の漫画家に新たな創造の場を提供している。