ビッグデータ時代に身を置く我々にとって、データの世界は探検すべきもう一つの宇宙に似ている。データを分析すれば、社会問題の根源を突き止め、その解決策を見出すことも可能だ。単なる数字とはいえ、その付加価値を利用することはより良い未来への鍵となる。
今年(2003年)3月、台湾政府は全国民に現金6000元を支給する政策を実施し、国民が給付金を受け取れるATMの位置やそのバリアフリー設備などの情報を政府のオープンプラットフォームで公開した。情報が公開されると、LINEは直ちにこのデータを運用して「6000元支給ATM位置情報マップ」を作成、最寄りのATMを人々が素早く見つけられるようにした。
世界の多くの情報科学者が「オープンデータはイノベーションをもたらし、公益や社会の進歩のために利用できる」と強調する中、情報通信技術の発達した台湾では、公益のためのデータ活用は早くから私たちの生活の中で行われている。 例えば、新型コロナウイルス・パンデミックの時期には、政府がマスクやワクチン、検査キットの在庫情報を公開、またそのデータを利用してハイテク技術に長けた民間人が、更に人々が利用しやすいようマップなどを作成した。視覚障害者のための音声ガイド・バージョンもあったほどで、これらはすべてデータの付加価値利用が公益をもたらした実例だと言えよう。
唐鳳は、プライバシー保護技術の強化によって非個人データと個人情報を完全に分離し、公益のためにデータの新たな活用を進めることは、デジタル省の重点事項だと言う。
ビッグデータを社会に
データの付加価値を活用して理想的な社会を目指すには、データを自由に利用できる「オープンライセンス」が重要な鍵となる。台湾では2012年から政府がデータの公開(オープンデータ)を推進、翌年にはオープンデータ・プラットフォームを立ち上げた。これによって行政の透明性を高めるとともに、人々が付加価値のあるデータを応用することで、さらに多くの新たなサービスが生まれることを目指す。例えば降雨警報と組み合わせた農業灌漑システムや、大気汚染のリアルタイム予測など、いずれもオープンデータの活用から生み出されたものだ。
政府によるオープンデータ・プラットフォームが開設されてすでに10年、デジタル発展省(以下「デジタル省」)は、各界からの提案を取り入れ、気候環境、防災救援、交通運輸、健康医療、エネルギー管理、社会支援からなる六つのテーマをプラットフォームに設定している。各テーマをクリックすると、さらに細かいカテゴリーに分かれている。例えば、「社会支援」のテーマに入れば、「エイジフレンドリー」「恵まれない人への平等な権利」「福祉援助」などのカテゴリーがあり、いずれも解決策を皆で見つける必要のある注目されるべき問題が示されている。「テーマ別にしたことで情報の精度が高まりますし、各省で調整して以前は開示されていなかった情報を公開できます」と唐鳳(オードリー・タン)デジタル相は言う。
ただ、情報の公開は一夜にしてなるものではなく、官民の協力が必要となることが多い。「緑色公民行動聯盟(GCAA)」が立ち上げた「透明足跡」プロジェクトはその一例だ。これまで環境保護運動といえば、現場での抗議行動が主流で、政府、企業、市民の間には不信感が満ちていた。「私たちはどうすれば運動のジレンマを打破し、対話の場を作れるか、ずっと考えてきました」と、GCAAの曽虹文・副事務局長は言う。
GCAAの第一歩は、環境情報の公開だった。客観的なデータを対話の基礎とすれば、それぞれが自らの主張だけを語るという膠着状態を打破できる。GCAAが政府と協議を重ねた結果、企業の排気・排水に関するリアルタイムのモニタリングデータ、企業の違反行為に対する制裁の記録などがオープンデータとなった。また、ハイテク関連のコミュニティグループとの協力によってデータベースが作られ、「透明足跡」のサイトで利用できるようになった。曽虹文によれば、毎月約10万人のアクセスがある同サイトは、企業がサプライチェーンを把握したり、金融業界がグリーン投資を行ったりする際の参考資料として活用できる。「透明足跡」によって、環境データを市民が監視ツールとして使え、また企業が環境への社会的責任を果たすよう促すことができる。これがオープンデータの持つ力だ。
10年、最近は市民によるイノベーションを促進するため、応用価値の高いデータを掲載したページが設けられている。(同サイトより)
データで環境保護
工業汚染に対する人々の関心を高め、環境データを生活の一部とすることが、GCAAの考える次のステップだ。そこでGCAAが開発したのが、商品のバーコードを読み取るかキーワードを入力することで、メーカーの違反記録がわかるアプリ「掃了再買(読み取ってから買おう)」だ。
曽虹文はこう言う。「2020年にこのアプリが出ると、人々は買い物するたびにコードを読み取ってみたようです。そして、よく買う商品のメーカーに多くの違反記録があることがわかると、わざわざメーカーに手紙を書いた人もいて、それに応じて改善の約束を公にした企業もありました。我々が望むのは不買運動などではなく、情報公開を通じて好循環が生まれることです」市民参加を促すこのアプリは海外の注目も浴び、日本テレビの「日テレNEWS24」や「週刊文春WOMAN」「PEN」などの雑誌でも紹介され、またGoogle Playのアプリ「ベストオブ2020」で、最も潜在力のあるアプリにも選ばれた。
国際的な炭素削減の目標を前にGCAAは、オープンデータや分厚いCSR(企業の社会的責任)報告書などの情報を60余りのESG(環境・社会・ガバナンス)指標にまとめた「ESGテスター」を昨年立ち上げた。これは台湾初の無料のESGデータバンクで、そのシミュレーターを使えば、企業の炭素削減公約の履行状況を監視でき、環境配慮を掲げただけといった企業のごまかしも見抜くことができる。
GCAAが数年以上にわたり進めてきた「透明足跡」プロジェクトは、オープンデータによって環境ガバナンスの流れを変え、多くの法改正につなげてきた。曽虹文は、全体的に見れば、確かに良い方向に進んでいると評価している。
全国民に現金6000元を支給する政策では、中国語と英語の公式サイトを開設し、現金を受け取れるATMの地点なども公開した。(同サイトより)
公益イノベーション
データの付加価値を公益のために活用する、これは常に台湾が歩んできた方向だ。デジタル省の設立後、データの公益利用は施政の重点となった。唐鳳は「これまでのオープンデータに比べ、『公益データ』はデータの公益性とデータ保有者の主体性をより重んじるもので、データに利他的貢献の価値を与えることで相互信頼を構築します」と語る。政府だけでなく、ユーザーや企業がデータの公益性を理解し、主体的に貢献することが望まれる。
公益データの発展を促すため、デジタル省はさまざまな取組みを進めている。その一つが「公共イノベーション募集100件」だ。そこで選ばれたイノベーションのうち最も印象的なものとして、社会的企業「孔雀魚・古比」と「臻佶祥フードバンク」のコラボによる「e-Foodbank」がある。方荷生が始めた臻佶祥フードバンクは、食品メーカーから無償で提供された食料品を、それを必要とする家庭に届けてきた。消費期限切れの食料品が燃やされてしまう問題を解決してきたのだ。
方荷生と「孔雀魚」創業者の林坤正は知り合った後、台湾西部から東部へ食料品を届ける計画で意気投合した。当初は自分たちの運転で運んでいたが、疲れるだけでなく、二酸化炭素排出につながることに気づいたた。そこで、花蓮・台東方面に向かう個人や企業を募集するための共同輸送プラットフォームを開発した。つまり、車の空きスペースを利用して東部まで食料品を輸送する。花蓮で現地の牧師が食料品を受け取り、恵まれない家庭に配るという仕組みだ。
電子商取引の経験を持つ林坤正は、このプラットフォームにより多くの人に参加してもらい、影響力をさらに広げたいと考えた。 そこでハイテクを駆使して、牧師が回る家庭のニーズや輸送状況を同じシステムに統合することで、食料を寄付する側もフードバンクも、物資の流れを随時把握できるようにした。しかもNFT(非代替性トークン)の専門知識を持つ若者でチームを作り、ユーザーに公益的な行為を促すシステムを開発した。つまり公益的な行為をするたびに、それが仮想通貨に換算されて配布されるというもので、改竄不可能なブロックチェーンの性質を利用して、二酸化炭素削減という公益にかなった行為を奨励できるようになっている。
GCAAが立ち上げた「透明足跡」プロジェクトでは、環境モニタリングのデータや企業の違反記録を公開している。曽虹文・副事務局長(左)は、情報公開は変革の推進力になると考える。
プライバシー保護の強化
データの収集や分析と聞くと、人々が連想するのはインターネットの閲覧記録を利用してマーケティング会社が狙いを定めて広告を出すことや、ひいては個人情報が違法に利用されることなどかもしれない。個人の財産が失われるようなことになれば、と心配する人は少なくない。
だが実は、個人情報とデジタルデータはまったくの別物だ。それについて唐鳳は、データの枠組みでは、個人情報とデジタルデータは異なる領域に属すると説明する。EUの関連法による定義を見ると明確で、デジタルデータは「非個人データ(NPD)」、個人情報は「個人データ(PD)」と呼ばれている。「デジタルデータは個人情報ではないので、デジタルデータをいかに利用しても個人情報が漏洩することはありません」と唐風は断言する。
しかし、データと個人情報は混同されやすいので、データ保有者と利用者の間にいかに信頼を構築するかが、ここ数年の国際的な取組みだ。唐鳳は「デジタル省は、各省庁がプライバシー強化技術を導入するよう指導すると同時に、他国にも参考にしてもらえるよう、準拠技術に関するガイドラインを公開しています」と言う。
データの公益性の考えは、相互信頼に基づいてデータを公開することで公益を促進することだ。 GCAAが「透明足跡」のソースコードを無料で自由に使えるMITライセンスで公開したように、林坤正も「e-Foodbank」の開発で期待するのは、ブロックチェーンの透明性によって世界中のあらゆる公益団体がこのシステムで協力し合うことで、この場をNGOが社会的投資収益率(SROI)を管理するためのプラットフォームとすることだ。また唐風も、政府が6000元を全国民に支給する政策でATMの情報を公開した例を挙げ、「これは、このデータを利用して民間がさらに良い革新的なアイディアを生み出せることを期待したものだ」と言う。データの公益性はみなの参加に依存している。つまり、我々一人一人がより良い世界の実現に貢献できるのだ。
アプリ「掃了再買(読み取ってから買おう)」を使えば、メーカーの環境汚染の違反記録がわかり、環境にやさしい企業かどうかが一目瞭然だ。
「孔雀魚・古比」と方荷生(右図の右から1人目)の「臻佶祥フードバンク」によるコラボで、皆に車の空きスペースを提供してもらい、花蓮・台東地方へ物資を運ぶ輸送プラットフォームが作られた。
「孔雀魚・古比」と方荷生(右図の右から1人目)の「臻佶祥フードバンク」によるコラボで、皆に車の空きスペースを提供してもらい、花蓮・台東地方へ物資を運ぶ輸送プラットフォームが作られた。
「孔雀魚・古比」創設者の林坤正(左から2人目)とスタッフは、専門技術を駆使して「e-Foodbank」を企画した。その影響力をさらに拡大し、より多くの人に炭素削減に加わってもらおうと考えている。