苦茶油で揚げたエノキタケは、ほぐしたホタテ貝のように見える。エノキタケの風味が移った苦茶油を上からかけると芳ばしい香りが立ち上る。
「私たちはいつか『苦茶油』に台湾を代表する食用油になってほしいと思っていて、外国の方がいらっしゃるたびに、この油を1瓶差し上げているんです。台湾の油茶の種は台湾を代表する農産物になりますよ」そう語るのは、茶種子油の原料となる油茶の木の栽培から加工品販売までを行う「小島大果」の創立者の1人である陳生慶だ。
小雨降る立夏の頃、私たちは台中市の山間部に位置する新社区から海抜800メートルの南投県国姓郷へ向かった。ここにシングルオリジンの苦茶油(単一産地の単一品種から採った種子を搾ったもの)を製造する小島大果の油茶園があるのだ。
多収品種の油茶の木は種子の生産量を4倍以上に増やすことができる。
青草とナッツの香りの苦茶油
小島大果が生産する苦茶油は、「大果油茶」(Camellia oleifera)の厳選された種をコールドプレスしたもので、2022年に、農業部農糧署(AFA)が開催した初の国産茶種子油のコンテストで金賞を受賞している。金緑色に輝く小島大果の苦茶油が持つ、青草やナッツのような香りやトロッとした豊かな口当たりが評価されたのだ。
小島大果のもう1人の代表・陳致甫は「タンカンの苦茶油マリネ」や「ピーナッツ豆腐の苦茶油・パッションフルーツソースがけ」などを紹介してくれた。ほのかにナッツの香りがする苦茶油がタンカンやパッションフルーツのフルーティーな香りを引き立てている。「苦茶油とキンカンのタレで和えた苦瓜」は苦茶油のなめらかさが苦瓜の苦味を包み込んでくれている。そして「アガリクスと豆腐の苦茶油煮込み」はおもてなしにもぴったりの一品で、苦茶油料理のバラエティーの豊かさに驚かされた。
二十四節気の霜降が収穫開始の合図だ。霜降より早ければ油分が少なく、収穫が遅くなり過ぎるとカビが生えやすく、搾油することができない。(小島大果提供)
新鮮だからこそ
コンテストで入選した苦茶油は、どれも苦味がなく、テイスティングで感じるのはフルーティーな香りと焙煎の香ばしさだ。苦味がないのは、搾油法も関係するが、最も重要なのは新鮮さだ。
実は台湾で出回っている苦茶油のうち、台湾産のものはわずか1割で、残りの9割は中国などから輸入された茶種子から作られている。収穫後、冷凍されて台湾に届くまで数か月を要し、さらに搾油過程の品質管理がきちんと行われていない場合もあり、その結果、酸化してイヤな匂いがするものや、苦味が強いものなどが市場に出回ってしまうのだ。
世界四大植物油である茶種子油、オリーブ油、パーム油、ココナッツ油の中で、茶油はオリーブ油と並んで身体にいいオメガ9脂肪酸が80%以上含まれている。国立中興大学食品・バイオテクノロジー学科教授の顔国欽によれば苦茶油の発煙点は252度で、オリーブ油の160度を大幅に上回っていて、炒め物が多い台湾料理に適しており、苦茶油にはさらに抗酸化物質や胃腸を保護する機能性成分も含まれているのだそうだ。
「『東洋のオリーブ油』とも言われる苦茶油ですが、実はオリーブ油より優れているんですよ」台湾農業科技資源物流管理学会(以下、「物流管理学会」)秘書長の李翎竹はこう指摘する。台湾産の油茶の種子は新鮮なまま低温で圧搾されるためトロッとした口当たりになり、それが台湾産の苦茶油なのかどうかを見極める特色の一つなのだ。
小島大果では収穫した油茶の種を嘉義に送って天日干しを行い、その後、乾燥機で仕上げる。完全に乾燥させることで腐敗やカビの発生を防ぐのだ。(小島大果提供)
技術指導で「加油」!
農糧署傘下の研究機関は、油茶の木の栽培面積拡大に努めており、茶及び飲料作物改良場(以下、「茶改場」)と台南区農業改良場は種子の生産量を4倍以上にする多収品種の開発に成功した。この技術はすでに嘉義県の梅山茶種油生産合作社と台中市東勢区の東栄農場に移転されている。
農糧署は物流管理学会に対して農家に油茶の木の栽培管理と病虫害防止を指導するよう委託しているが、物流管理学会はオンライン学習を提供するだけでなく、機具の使い方や種子の選別に長けた東栄農場や花蓮市瑞穂区の阿歩農園など、圃場管理の模範となる農場を見学できるよう手配している。「歩兄さん」と親しみを込めて呼ばれる先輩農家の葉歩伸は、運搬用車両の乗り入れがしやすいよう、油茶の植え付けを5メートル間隔にしたり、爆弾が爆発したような丸い形に茶の木を刈り込み、すべての葉に日光が当たるようにして、作付面積あたりの収穫量を一般の農場の4倍に増やしたりとさまざまな工夫をしている。
台湾の油茶の種から搾り出したフレッシュな苦茶油は青草やナッツを思わせる香りを持ち、滑らかでありながらすっきりとした味わいが特徴だ。(小島大果提供)
台湾産のブランド茶種子油
「油料作物産業バリューチェーン構築計画」が進められて10年近くが経ち、油茶の木の栽培面積は少なくとも50%増加して1570ヘクタールに達し、17の県や市に広く分布している。外国産の茶種子との差別化を図り、台湾の茶種子油をブランド化するため、茶改場などの機関は欧州におけるオリーブ油の品質鑑定システムを参考にして、台湾産茶種子油の「フレーバーホイール」(風味を表すフレーバーリストを円グラフ状に表したもの)を作成した。
李翎竹は台湾ブランドが茶種子油業界において発言権を得ていけば、世界市場で競争力を持つことができると言う。欧州で最大のオリーブ油生産国はスペインなのにも関わらず、イタリアブランドが市場での優位性を持っているように。
多収品種、圃場管理の改善、搾油工程の高度化などによって生み出された、台湾の風土ならではの苦茶油は健康維持効果を持ち、料理に使うだけでなく、飲用することもできる。
消費者は「生産販売履歴」と「有機栽培・加工」の認証ラベルを確認することで、正真正銘台湾産の苦茶油が購入できる。価格は250ミリリットルで1000元以上するが、現在、市販されている有機認証を得た苦茶油は品薄状態が続いており、手に入れるには予約が必須だ。
ビンロウ樹を油茶の木に植え変え、苦茶油を作る。ビンロウ栽培の中心地だった南投では静かな革命が始まったばかりだ。
食油業界のTSMC?
台湾の有機認証には規定があり、有機栽培の原料を使用するだけでなく、有機食品加工のライセンスを取得した有機認証工場で搾油されたものでなければ「有機」と表示することはできない。
2017年、新竹県峨眉郷の18人の農家によって組織された特別作物(油茶)生産販売班は、そのせいでかつてひどい目に遭ったという。有機栽培で茶種子を収穫したにも関わらず、有機認証工場が見つからなかったのだ。せっかくの努力が水の泡になってしまった彼らは、それによって発奮し、自分たちの力で1000万元を超える資金を集め、2018年に有機認証を受けた赤柯山油茶工房を立ち上げて、自らの手で油を搾り始めた。
赤柯山油茶工房の最大の特長は少量の搾油ニーズにも対応することだ。これまで搾油工場は、一定以上の量がなければ搾油できないため、小規模栽培の油茶農家の場合、他の農家の種子と一緒に搾るしかなく、せっかくの自家製苦茶油が「ブレンド油」になっていたのだ。現在では予約制になっていて、油茶の種子を預けたその日のうちに搾油してもらい、受け取ることができる。
油茶農家によって設立された赤柯山農企社で、1期、2期の班長を務めた黄守仁は半導体業界出身で、現在の班長の張為欽は定年まで士林紙業で工場長を務めていた。工場の設備や工程に詳しい彼らのおかげで赤柯山農企社は「苦茶油業界のTSMC」とまで言われるようになった。ニーズに合わせたカスタマイズに応じるだけでなく、搾油した製品の評価も高く、農糧署が行った第1回の品評会では上位3名の受賞者の製品はいずれも彼らに搾油を委託したものだった。
ビンロウ園の廃園スピードを加速するため、ビンロウ樹の幹に孔を穿ち高濃度のホウ酸溶液を注入して脱水を促す。
三層の皮を剥がす
張為欽によれば、油茶の種子には三層の皮があるそうだ。一層目は果実の皮で、これは天日干ししたり乾燥させたりすればひび割れる。第二層は種の殻で、実を干すだけではこの殻までは乾燥しないので、搾油後の風味に影響を与えるという。第三層は薄皮だ。苦茶の種子はピーナッツのように薄皮があるのだ。ピーナッツは薄皮ごと食べた方が香ばしくて美味しいという人もいるが、油茶の種子の薄皮は非常に苦い。
多くの搾油工場では、殻や薄皮を除去しないまま搾油するが、赤柯山農企社は油茶工房を設立した際、先進的な冷却工程を導入し、さらに乾燥用タンクに送風や集塵の装置を取り付け、特殊技術で皮、種子の殻、薄皮など、風味に影響を与える不純物を取り除いた。そのため、搾り出された油にはまったく苦味が残らないのだ。
実は2020 年から 2021 年にかけて、油茶工房は重要なプロセスを理解しておらず、多くの否定的な評価を受けていた。張為欽によると、油茶の種子は、熟せば甘くなるが、若いうちは酸っぱい柑橘類と同じで、二十四節気の霜降(10月23、24日頃)前に収穫された未熟な油茶の種子は酸っぱいのだそうだ。農家が持ち込む種子には乾燥していないもの、熟す前に収穫されたものが混ざることがあり、それが油の抽出率や風味に影響を与えるため、もし霜降前に収穫したものや、天日干しや乾燥が不十分なものが見つかった場合は、赤柯山油茶工房は搾油を受け付けず、返品することにしているという。
赤柯山油茶工房が温度上昇曲線の重要ポイントを把握し、油茶業者が希望する風味を実現するカスタマイズに成功した2023年は大成功の年となり、予想外の大きな収益をもたらした。
物流管理学会秘書長の李翎竹は、台湾の規定ではツバキ属の「大果油茶」と「小果油茶」の種子から生産された油だけが「苦茶油」と称すことができると教えてくれた。
ビンロウから苦茶油へ
苦茶油にはもう一つ重要な意義がある。それは、口腔癌予防のための活動を続ける陽光社会福祉基金会(以下、「陽光基金会」)が2015年から推進している「ビンロウ園から油茶園への転換プロジェクト」だ(ビンロウの実を噛む習慣は口腔がん誘発リスクが極めて高い)。金椿茶油工房の協力の下、陽光基金会は既存のビンロウ園を廃して、油茶種子を採るための果樹園に転換し、「陽光苦茶油」というブランドを立ち上げた。小島大果もまたこのプロジェクトに関わっている。
ビンロウ園転換のため、陽光基金会は無償で微生物有機液体肥料を提供している。それは中興大学植物病理学科の黄姿碧教授が原生種の茶の木から単離した枯草菌をベースに製造した液体肥料で、「何兆もの微生物が働いてくれるんですよ」と農業を学んだ陳致甫は言う。
適切な圃場管理は収穫がそれを証明する。そして油茶種子の品質にもそれは反映される。陳生慶と陳致甫が始めた小島大果の最初の生産量はわずか100キログラム余りだったが、2022年には500キログラム、3年目の2023年には2.6トンに達した。そして同年、油茶種子品評会で金賞を受賞したのだ。科学的検査の結果、彼らの油茶種子は含油率が高く、油脂に含まれる過酸化物の量を示す過酸化物価がゼロで、油脂の精製及び変質の指標となる数値の一つである酸価も国の基準よりはるかに低いということがわかった。2人の栽培方法の有効性が証明されたのだ。
新竹県峨眉郷の油茶生産販売班の班長である張為欽によると、油茶は古い木の実の方が美味しい油が搾れるのだそうだ。
少数派を多数派に
いろいろ話を聞いているうちに、深緑色のオーバーオールに長靴姿の陳生慶と陳致甫はともに、農家出身でも南投出身でもないとわかり、この「イケてる」2人がなぜ油茶栽培と生産に取り組んでいるのか不思議に思った。
実は陳致甫の父親である陳文雄は8年前、食品安全問題が騒がれた頃、4.8ヘクタールほどのビンロウ園をやめて、1万粒の油茶の種子を植えたのだそうだ。けれども5年後ついに収穫期を迎えた時、作業ができる人はもういなかった。当時、人本教育基金会と台湾動物社会研究会にそれぞれ勤務していた2人は、2021年のコロナ禍、リモートワークに切り替わったため南投に戻り、それを機に仕事を辞して農業を始めた。最も重要なのは彼らがビンロウ園を油茶の果樹園に変える活動を一種の社会運動だと捉えていたことだ。
かつて人本教育基金会で子どもへの体罰禁止を、台湾動物社会研究会で経済動物の福祉を提唱し、今では台湾産が10%を切った油茶種子の栽培に取り組む自分たちについて、陳生慶はこう分析する。「僕たちはいつも少数派でした。けれども社会の進歩は少数派の努力によるものなんですよ」そして、少数派を多数派にするのだ。
「僕たちはみなさんの認識を変えたいと思っています。フレッシュな種子を搾った苦茶油は苦くないし、油臭さもありません。栄養価や使いやすさの点でもオリーブ油に勝っているんですよ」オリーブオイルソムリエの資格を持つ陳生慶にとって、地元の油は地元の食材に合わせるのが一番で、苦茶油は台湾の食文化を代表する油なのだ。
小島大果は現在、花蓮の農家と協力して花蓮産苦茶油を生産している。人気のため品薄状態となった過去2年に鑑み、小島大果は今後もビンロウ園からの転作のモデルとなって油茶の栽培を進め、将来的には、南投市国姓郷に生産販売班を立ち上げ、ビンロウ栽培の中心地だった南投を変身させようと考えている。「農業を始めてから、台湾には本当にたくさんの素晴らしい農産物があることに気づきました。足りないのは土地への信頼と自分自身を見つめる目です」台湾の宝である苦茶油を通じて、この土地の価値に気づき、台湾の農作物に誇りに思ってほしいと2人は語った。
赤柯山油茶工房は依頼者のニーズに合わせて、搾油のカスタマイズに応じている。
「大果油茶」(左)と「小果油茶」(右)の種。「小果油茶」は暑さに弱いので、主に台湾北部で栽培されており、「大果油茶」は南部の気候に適している。
小島大果の陳生慶(左)と陳致甫(右)は、高品質の苦茶油を作ることで、人々に台湾という土地の価値に気づいてもらいたいと思っている。
季節の野菜とひよこ豆テンペの苦茶油ソテー。
シシリア料理にインスパイアされたタンカンの苦茶油マリネ。最後にナッツを添える。
ベジタリアン向け植物由来エビの苦茶油炒め。
小島大果の苦茶油の瓶は綿麻の袋に包まれ、ビンロウの葉が飾られている。ビンロウ園からの転作をイメージしたパッケージだ。
簡単に作れる「麺線」(素麺のような極細麺)の苦茶油和え。ヘルシーで美味しく、軽いけれど満足できる一品だ。