台湾政府は近年「漫画創作及び出版マーケティング奨励要点」を制定して漫画助成金を出し、それによって700以上の漫画作品が世に送り出された。次の段階で問われるのは「台湾漫画の特徴とは何か」という点である。
産業が急速に変化する時代、漫画をスマホで縦読みするウェブトゥーン(Webtoon)が台頭してきた。題材の多様化や閲覧プラットフォームの増加に伴い、市場は分衆化、微衆化している。国のサポートを受ける台湾漫画だが、幸いなことに政府による規制は少ない。
同人イベント「開拓動漫祭Fancy Frontier」のCEOであり、漫画博物館準備諮問委員も務めた蘇微希は、漫画の話になると熱がこもる。
台湾漫画の多様性
産業が十分に成熟していない段階ではスタイルや特色を語るのはまだ早い。台湾動漫(漫画アニメ)推広協会理事長の蘇微希は、それよりも「まずは量を増やすこと」と考えている。国家漫画博物館準備諮問委員を務めたこともある彼女からのこの提案を、政策決定者は受け入れた。
台湾で優れた漫画作品や関係者に贈られる「金漫賞」を見ると、「ここ5年の受賞作品は意外性に富んでいます」と蘇微希は言う。2019年は女性同性愛をテーマとした『粉紅緞帯(ピンクのリボン)』、2020年は独特の画風の『時渦』、2021年は『獅子蔵匿的書屋(本屋に潜むライオン)』などが大賞を受賞したが、これらの作品が扱うテーマは従来の商業漫画のそれとは大きく異なる。
また、2022年に金漫大賞を受賞した『星咒之絆』は、従来の横読みではなく、縦読みの形のLine Webtoonで連載された。同年、女性同性愛の歴史小説をもとにした『綺潭花物語』が年度漫画賞を受賞。2023年には香港出身の柳広成が、台湾で出版された『北港香炉人人挿』で初めて外国籍の作家としてノミネートされた。こうした作品が受賞したことについて蘇微希は「許容度の高さから、政府の態度が開放的であり、いわゆる『良い漫画』という枠を定義していないことがわかります」と肯定する。
2022年の金漫賞に輝いた『星咒之絆』は従来の横読み漫画の枠を打破し、縦スクロールの形にした。(LINE WEBTOON提供)
名と利を勝ち取る
では、「良い漫画」とは何だろう。
蘇微希は「市場と国際的な賞、海外への版権販売」で決まると考えている。これにより名声も利益も得ることができる。蘇微希は、2010年以降の第三波の黄金期の到来は、これがカギになったと考えている。
確かに、近年の台湾漫画は国内だけでなく、海外からも大きく注目されている。大辣出版編集長の黄健和は、いくつかの代表作を挙げる。
まず、日本の外務省が海外の作品や関係者に贈る「国際漫画賞」を見てみよう。2011年以前、台湾の漫画家は個人として応募しており、稀に入賞(佳作受賞)する程度だった。それが2011年から、漫画家の顆粒(柯宥希)が『許個願吧!大喜(願いごとを!大喜)』で「第5回国際漫画賞」優秀賞(銀賞)に輝き、それ以降、台湾の漫画家は同賞で勝ち続けてきた。2020年には韋蘺若明の『葬送協奏曲(葬送のコンチェルト)』が最優秀賞(金賞)、阮光民の『天橋上的魔術師(歩道橋の魔術師)』が優秀賞に輝き、D.S.の『百花百色』も入賞した。
第二に、台湾はフランスのアングレーム国際漫画祭などの主要な国際見本市に、国を代表する「台湾館」として常態的に出展してきたことが挙げられる。一つの産業が国内で成熟すると、自ずと海外へと向かう力が働くものだと黄健和は言う。1990年代には鄭問が講談社に招かれて日本で『東周英雄伝』の連載を開始し、初期に海外での活動に成功した数少ない例の一つとなった。
2010年には陳弘耀、王登鈺、林莉菁ら12人の漫画家が『Taiwan Comix』を出してアングレーム国際漫画祭に出展、多くの人が初めて台湾の漫画に触れ、旋風を巻き起こした。翌年、同漫画祭主催機関は台湾に招待状を出し、2012年に初めてテーマ館を出したことが現在まで続いている。
つまり、台湾の漫画は金漫賞や日本の国際漫画賞などの栄誉を勝ち取り、国際見本市などで常に露出して海外の読者を育て、さらに近年は台湾に対する国際社会の注目度が高まっていることなどにより、台湾の漫画もしだいに認知されるようになってきたのである。大辣出版編集長の黄健和の見積もりでは、ここ3年で100を超える作品の版権が海外に販売されている。中でも異文化を積極的に受け入れる漫画大国フランスには60作品以上、イタリアにも30作品以上が販売された。
そうした中で、『DAY OFF』が海外で最も人気があり、9ヶ国以上にライセンスが販売され、続いて『葬送協奏曲』と『来自清水的孩子(台湾の少年)』が7ヶ国へ、『閻鉄花』が6ヶ国へ販売されている。
「漫画によって、台湾は多くの思いがけない地域ともつながりを深めるようになりました」と黄健和は言う。
遠く離れたタイやベトナムでも同性愛漫画のファンたちが、都会のホワイトカラーの男性同性愛を題材とした『DAY OFF』を楽しく読んでいる。また出版業界で名を知られた蔡焜霖の実話をもとにした『来自清水的孩子(台湾の少年)』は、かつての白色テロを子供の視点でとらえた作品だが、これがアメリカで大きな反響を得ている。さらに、フランスやイタリア、スペイン、ロシアなどの読者は、京劇俳優のスーパーヒーロー『閻鉄花』に熱狂している。
台湾は漫画を通して、より遠くの国々との関係を深めている。
国内の漫画産業が成熟すると、自ずと外へと向かう力が働く。写真はフランスのアングレーム国際漫画祭に出展した台湾の漫画関係者が、外国の出版社や読者と交流する様子。原画展やサイン会なども開催する。(文化内容策進院提供)
国際市場から続々と朗報が
近年は、海外市場から台湾漫画に関する朗報が届くようになった。
例えば2023年に出版された若い漫画家・高妍の『緑之歌(緑の歌-収集群風-)』は、日本のアーティストである細野晴臣の楽曲や村上春樹の作品をモチーフとしている。この作品は最初は自費出版で、わずか32ページの短編だった。だが、繊細な物語と絵が特徴のこの作品は、思いがけず細野晴臣氏の目に留まり、ドキュメンタリーフィルムへの参加を依頼された。さらに村上春樹氏にも絵が評価され、氏の新刊『猫を棄てる 父親について語るとき』の表紙を依頼されたのである。こうして高く評価されたことから、高妍は短編作品を上下二巻の長編へと改編し、台湾と日本で同時に発売すると、日本では「このマンガがすごい!2023オトコ編」の第9位に輝いたのである。
もう一つ、漫画家・小島の作品『獅子蔵匿的書屋(本屋に潜むライオン)』は、プロ棋士、貸本屋、精神疾患などをテーマとした作品だ。そのユニークな物語がフランス人をひきつけ、フランスの少なからぬ出版社から版権取得のオファーがあった。そして最終的に、20代の若い兄弟が版権を取得し、彼らが創設した出版社の最初の作品となったのである。
台湾の漫画が海外の市場でこれほど受ける理由は、世界の漫画市場から検討することができる。世界の漫画市場は大きくいくつかに分類できる。日本の漫画(マンガ)、アメリカの漫画(コミック)、ヨーロッパの漫画(バンド・デシネ)などだ。このほかに、最近台頭してきたものとして、韓国のウェブトゥーン(縦読み漫画)や、テーマの深さと芸術性の高さを強調するグラフィックノベルといったものもある。
これらの中で、日本の漫画は台湾だけでなく世界的にも強い競争力を持つが、漫画を「第9の芸術」とするフランスでは、市場が大きいため多くの出版社が日本以外のアジアの漫画市場にも注目している。そうした中で、日本に次ぐ品質を持つ台湾の作品が注目されつつあるのである。
台湾の漫画が日本の漫画に似すぎているのは、仕方のない原罪だと言われてきた。かつて半世紀にわたって日本に植民地統治され、地理的にも文化的にも近いからである。また、台湾は島国であることから、もともと外来の文化を受け入れやすい。研究者は、台湾漫画の第一波黄金期においても日本の漫画の影響が見られると指摘する。
長年にわたって台湾の漫画やアニメを研究している台湾師範大学台湾語文学科の劉定綱助教は、台湾の漫画は、日本の漫画と同様にストーリー性を重んじると指摘する。「起承転結を重視し、物語に意外性を持たせながら、前後の因果関係を明確にしているのです」と言う。
しかしその一方で、台湾の漫画はヨーロッパのバンド・デシネに見られるような、画面の雰囲気やイメージの創出にも力を注いでいると劉定綱は指摘する。
形式上のこのような特質は、台湾国内の市場メカニズムがまだ完全に成熟していないことに起因しているかもしれない。主流の型にはまったスタイルというものがまだ形成されていないのである。また蘇微希は、2000年以降に台湾の大学・短大に多数のビジュアルデザイン・動画学科が設けられたことも要因ではないかと考えている。
こうした背景に加えて政府による漫画助成金が投入されたことによって、美術学科出身の多くの若者が漫画家を目指すようになった。例えば、『暫時先這様(しばらくこのままで)』の作者、陳沛珛は本来はイラストレーターだったが、漫画助成金が得られることから漫画を描くようになり、イラストレーターと兼職することとなった。同じく漫画家の艾姆兎、左萱、61Chi、曾耀慶、それにベルギーのレイモンド・ルブラン賞を受賞した呉識鴻は、いずれも師範大学美術学科出身で陳沛珛の同級生である。以前の漫画黄金期の作家の多くが復興美工出身だったことを思い出させるエピソードだ。
ストーリーテリングと美術的表現に長けているという点は、台湾漫画の特質と言える。蘇微希によると、台湾の漫画家は物語や個人的な好みで選択しつつ、商業市場と芸術性のバランスを取り、台湾文化の主体性を際立たせ、これによって海外市場への道を開いているのである。
漫画家たちによるリレー創作。(文化内容策進院提供)
台湾漫画の「視」界
若い世代の漫画家たちが持つ独特の道徳観や理念も、上の世代の作品とはまったく異なる形で表現されている。
劉定綱は、「台湾漫画のブランドイメージはすでに成熟している」と語る。現在市場に出ている台湾の作品は、いくつかのタイプに分類することができる。最も代表的なのは『CCC(Creative Comic Collection)創作集』から発展してきた文化歴史物で、例えば左萱の初めてドラマ化された作品『神之郷』が挙げられる。また、オランダ人の視点から鄭成功を悪役に仕立てた李隆杰の『1661国姓来襲』、狼七が国家発展基金会アーカイブ管理局と協力し、史実を基礎として海洋精神と青春の夢を描いた『湧与浪:自由中国号』などが、近年高く評価されている作品だ。
また、ジェンダー平等でアジアの手本とされている台湾では、漫画でもこの精神が発揮されている。著名脚本家の簡莉穎と漫画家の廃廃子が手を組んだ『直到夜色温柔(夜がやさしくなるまで)』や、女性の性の解放を題材にした穀子の『T子%%走(T子の一発旅行)』、それに文化歴史に取材し、女幽霊や女性の自主性を題材にした小峱峱の『守娘』の他、現在は海外への版権販売でトップに立っている男性同性愛をテーマとした『DAY OFF』も忘れてはならない。
劉定綱によると、台湾漫画は商業漫画の主流分野(熱血もの、友情もの、戦闘ものなど)はあまり得意ではないかもしれないが、文化・歴史やLGBTQといった分衆を対象とするテーマにおいては大きく注目されている。読者が分衆化、微衆化している時代において、こうしたテーマがむしろ読者の目をひいているのである。
振り返ってみると、台湾の漫画の内容は多様性に富み、スタイルもさまざまで、一つのテーマに深く切り込んでおり、それが人々の心に届く。新しい台湾漫画は、まさに台湾社会の今日の姿を表していると言えるだろう。
漫画家の簡嘉誠と国家発展委員会アーカイブ管理局が共同で制作した『青空下的追風少年(青空のもと、風追う少年)』は、2023年、第17回日本国際漫画賞最優秀賞に輝いた。(©2023簡嘉誠/国家発展委員会アーカイブ管理局/蓋亜文化)
台湾より先に日本で注目を浴びた『緑之歌(緑の歌-収集群風-)』は、日本の細野晴臣氏や村上春樹氏に評価され、「このマンガがすごい!2023」オトコ編の第9位に選ばれた。
台湾漫画は特に小衆向けの題材に長けている。写真は現在海外への版権販売が最も多い男性同性愛をテーマとした作品『DAY OFF』。
フランスのブロアにアーティストインレジデンスで滞在したことのある陳沛珛は、異国での経験をもとに創作に取り組んでおり、アーティスティックな作品で知られている。(陳沛珛提供)
葉長青の『遺忘之神』は、上海の連環漫画の形式と日本の漫画の画風を融合した作品で、フランスで大きな反響を得ている。
劉定綱は、第三波黄金時代の発展で、台湾漫画のスタイルとジャンルはすでに成熟したと評価する。
©2024 張季雅/台南市文化資産管理処/蓋亜文化
陳沛珛/大辣出版/『暫時先這様(しばらくこのままで)』
台北の女子の生活模様を描いた文学的なグラフィック・ノベル。素朴で温かみのある画風が、台北の景観や暮らしの風景を程よく伝えている。
葉長青/奇異果文創/『遺忘之神』
日本の漫画の作風と上海の連環図画の形式を融合。阿里山の樹霊碑の背景にある民間信仰や伝説を描く。
星期一回収日・楊双子/台湾東販/『綺潭花物語』
小説家・楊双子の作品をもとにした漫画。日本統治時代の台湾を舞台に、歴史とファンタジー、女性同性愛を描いた短編集。