台湾では米の消費量が過去最低を更新し続けている。1960~70年代には一人当たり年に80~90キロも食べていたのが、今ではほぼ半分まで減少し、逆に小麦粉の消費量が伸びて、まさに逆転しそうな勢いである。これは工業化が進んだことによる必然的な流れであり、またかつて米国から援助を受けていた時代に大量の小麦粉が輸入され、米と小麦粉の両方を主食とするようになったこととも関わっている。
その一方で、稲作農家や米のプロフェッショナル、飲食店などの間で協力関係が出来つつあり、米の消費量増加のための努力が続いている。これは、満腹になることより、スマートに食べることを目指す物語である。
台湾の米は日本の米ほどおいしくない、という声をよく聞く。台湾では普通の食堂でも料理はうまいのだが、ご飯が今ひとつなのだと言う。それが日本へ旅行に行くと、きらきらと光る白いご飯のおいしさに驚かされ、糖質制限が流行る中で、重い米を日本から持ち返る人もいる。
果たして台湾米は日本米より劣るのだろうか。『食貨誌』の著者‧鄧士瑋はかつて台湾米の歴史を調べ、台湾と日本の米の焚き方の違いなどを研究した結果「問題は品種ではなく、焚き方の違いだ」と結論付けた。
台湾の風土に合った米
台湾には風土に合った農産物がある。2002年、多くの農家が抗議する中、台湾は正式にWTOに加盟し、米の輸入自由化を宣言した。こうして国産米は、食習慣の変化による消費量の減少と、輸入米という脅威にさらされることとなる。しかし、危機は転機でもあり、気骨ある農家は米の質の向上に取り組み始めた。
そして現在はSNSの発達もあって、ブランド‧マーケティングのハードルは下がり、消費者の購買ルートも多様化した。スーパーでの販売のほかに、「農家からの直接購入」や、オンラインストアでの小規模ブランド販売も増え、価格を重視する消費者にとっても、環境にやさしい農業を支持する消費者にとっても、選択肢は多様化し、台湾米は百花斉放の戦国時代に入った。
台湾には米のブランドがたくさんある。品種や産地の違い、量り売りや真空パックなど、消費者はそれぞれのニーズに合わせて選ぶことができる。
日本人との好みの違い
台湾人は日本米が好きだが、そこには味覚の違いも見られる。農業の歴史を見ると、台湾原産の米はもともと細長いインディカ米だったところへ、日本統治時代に日本人がジャポニカ米を持ち込んだことで台湾人の嗜好が変わり、日本と同じように、ふっくらとして甘みのある米が好まれるようになった。
だが、厳密に言うと日本人と台湾人の好みは少し違う。日本では、純粋で雑味のない純白の米が好まれ、だからこそ繊細な味付けの和食によく合う。しかし、油を多く使う台湾料理に合わせるには米も香りが強くなければならない。
こうした違いから台湾では米の香りが重視される。市場に出回っている二大系統も、パンダナスやジャスミンの香りを謳う一般品種と、タロイモの香りを打ち出した「香米」でが主流で、市場ではいずれも人気がある。
また、日本では精白米が主流だが、健康ブームの台湾では玄米のほかに黒米や紫米、赤米なども多数出回っている。
何事も自らの手で行なわなければ気が済まない農家の呉亮寛は、控えめだが専門性の高い生産者だ。
米の仲人
台湾人の米の好みと基準を理解したあとは、「どんな米を、どう食べるか」だ。台湾の稲作技術は優れており、民間でも農業改良場でも積極的に新品種の開発が行われており、市場には少なくとも200以上の品種が流通している。かつてコンビニがおにぎりに採用したことで知られるようになった「台稉9号」や全国稲米コンクールで連続優勝して有名になった「桃園3号」など、さまざまな選択肢を前に、消費者はどうすれば自分の好みに合う米を選べるのだろう。
台湾では政府機関が「茶葉のテイスター」認証制度を設けているが、米に関してはそういう制度はない。しかし、民間では多くの人がプロフェッショナルなレベルで台湾米の推進に黙々と取り組んでいる。彼らはさまざまな品種をテイスティングし、消費者に代わって産地で農家と交流し、気候や風土と栽培技術を理解することで、消費者のために好みに合う品種を選び出す。まるで農家と消費者を結ぶ仲人のような存在だ。
林茂生(右)と呉亮寛(左)は、米にこだわる消費者のために、協力して質の高い商品を生み出している。
台湾米の輪郭を描き出す
数年前、ある大手精米会社が、ベトナム産の米を台湾米に混入させて販売していたことが明らかになり、人々は大きな衝撃を受けた。これに対して、逆に産地や協力農家を明確に表示し、さらには「単一品種」を打ち出す会社も出てきた。
季節は秋、苗栗県西湖を訪れると、田んぼでは先月田植えをしたばかりの稲が伸び始めていた。「私がやりたいのはシンプルなことです。皆さんに、自分が食べている米の品種を知ってもらうことです」と力強く話すのは「茂生米糧」を創設した林茂生だ。
林茂生は米の分野に携わると同時に、果物販売も行っていて、長年にわたって農村と交流してきた。農業や食などについて、控えめながら明確な理論を持ち、言葉には自信がうかがえる。
「米」で起業しようと考えたのは、数年前、代々農家の呉亮寛と知り合ったことがきっかけだ。県職員を辞職して農業を始めた呉亮寛は几帳面で、育苗から田植え、収穫、乾燥、精米、包装まですべて自分でやり、0.8ヘクタールの農地に大金を注いで加工場まで作った。全力で良い米を作ろうとしているのだが、控えめな性格のため、せいぜい地元の郵便局で販売したり、知り合いに売るぐらいだった。林茂生は、この世間に知られていない優れた米に賭けることにし、ブランドを打ち立てて市場に送り出すことにした。
茂生米糧では、三つの品種に限定して米を扱っているが、消費者が米の品種をよく知らないことを考慮し、品種ごとに用途がわかる名をつけた。「台農77号」は歯ごたえがあり、輝いていて、高級な日本米に劣らないことから「越光米」と呼ぶ。「台農71号」は水分が多く、糊化しやすく柔らかいため「熬粥米」と呼ぶ。「台農秈22号」は直鎖デンプンが多く、パラパラで噛み応えがあるため炒飯にふさわしく「炒飯米」と呼ぶ。
林茂生は、小規模農家を支えて農家の暮らしを改善することを謳うより、農作物を一つの商品として市場メカニズムに立ち返る方が現実的だと考える。そこで顧客開拓に力を注ぎ、シンガポールへの輸出を実現した。また、食の安全を重視する消費者や、米の質にこだわるレストランにも卸している。高級レストランやプライベートキッチンの顧客も少なくない。
食文化の発展過程を見ると、林茂生が行っているのは単純なビジネスであるだけではなく、食農教育の一面もある。単一品種の識別は食の精緻化への第一歩であり、味が識別できて、はじめて味を知ることになるのだ。
「消費者が品種ごとの長所や短所を知れば、しだいに自分は何を好み、誰から買い、どう選ぶべきか分かるようになり、これは良い循環を生みます。人々が食物をコントロールする力を持てば、産業も活性化します。これがすべての根本なのです」と林茂生は言う。
米選びの専門家
新北市板橋の僑中市場で「富興米店」を経営する石傑方も、同じく「米の代弁者」である。
子供の頃、彼の家は路地裏で米屋を営んでいた。店先には米や雑穀の大袋が積んであり、調味料なども扱っていた。このような昔ながらの店は時代の変化とともに消えていく運命にあったが、富興米店はそうはならなかった。一昨年、彼は家族の反対を押し切って仕事を辞め、父の米屋を継いだのである。そして店を改築し、米に関する知識や生活へのこだわりといった要素を取り入れ、店を生まれ変わらせたのである。
これは茂生米糧とまったく異なる路線だ。富興米店では、米を量り売りするだけでなく、真空パックや高単価のブランド米も扱っており、米だけで20種になる。
著名なセレクトショップで16年も働いていた石傑方は「物選びの標準」について独自の考えを持つ。「多くの人は、他人が良いと言ったものを良いと思い、良くないと言われれば良くないと思います。しかし、一人ひとり経験や標準は違うので、良いかどうか、好きかどうかの判断は実は非常に主観的なものです」と。そのため彼は、決してお客に強く勧めることはしない。逆に商品開発に力を注いで各地の良い米を発掘し、販売する時はお客の好みやニーズを十分に把握してから、ふさわしいものを提案している。
例えば、市場のお客の多くは日々家族のために料理を作る主婦層だが、この層は値段にも厳しく、安価に買える量り売りを好む。新しいものが好きな若者は、自炊する頻度も高くないため、たくさん買っても食べきれないというので価格は高くても小さいパッケージや真空パックのブランド米を買っていく。この他に、市場の周囲には工場が多いため、外国人労働者が買いに来ることもある。彼らは品質よりも故郷の米に近いものを求めるため、石傑方はタイ米も扱っている。
富興米店は数十軒のレストランとも取引をしている。料理の種類によって合う米も違うため、石傑方は専門家としてふさわしい品種を推薦する。例えば、香港料理の粥や中華風釜飯には伝統的に中国産の「絲苗米」が使われており、それに食感が近く、手に入れやすいタイのジャスミンライスを勧める。台湾料理の定番である滷肉飯では、ご飯に肉入りの醤油だれをかけてもべたつかないことが重要だが、多くの店は原価を重視するため、彼はしっとりした台湾米とタイのジャスミンライスをミックスする方法を勧める。
林茂生は、米の品種ごとの特色やふさわしい用途を解説し、 消費者が選びやすいように工夫している。
米へのこだわり
時代の変化とともに、台湾では米の消費量が年々減少している。農政部門が「もっと台湾米を食べよう」と呼びかけても、この流れを変えることは難しい。しかし、さらに観察していくと、米食文化は人々の暮らしに深く根を張っており、近年はむしろ多様な姿を見せている。
米のブランドが次々と誕生し、米を原料とした塩麹や甘酒、せんべいなどが、その時々にブームを巻き起こして一般家庭に普及している。また、巷には「米」をテーマとしたレストランが登場したり、「米」を中心とするさまざまな食事会が開かれたりしている。いずれも、米食の多様性と、それにマッチする料理を通して、米の鮮明なイメージを打ち出そうとするものだ。
また、米のプロが各地で講演などを行ない、「おいしいご飯の炊き方」を指導している。家での食事においても、もっとおいしい米を食べたいと考える人が増えているのである。さらに、多くのレストランが「地産地消」の思考から積極的に台湾米を用い、また料理人の創意をもって台湾米の隠れた力を発掘しようとしている。
最も典型的な事例は、西洋料理やフュージョン料理のレストランでよく出されるリゾットだ。本来のリゾットは輸入したイタリア米を使うのだが、それでは原価が高くなるため、少なからぬ店がデンプン質の含有量が多い台湾の台稉9号を使っている。また、チマキを食べる端午節に、ライスプディングと台湾風のおこわの概念を融合して、台湾米でチマキの形をした美しいスイーツを作ったパティシエもいる。
一膳のご飯もお粥も、その背後には無数の農家の苦労があり、また数々の専門家によるチェックがあって得られたものだ。このことに思いを馳せ、食卓の米の一粒一粒と真剣に向き合ってみたいものである。
石傑方のアドバイスを受けてパティシエが台稉9号にバニラやミルクなどを組み合わせ、チマキの形に作ったスイーツは、大きな話題になった。
調理方法が正しければ、台湾米の風味も決して日本米に劣らない。
石傑方は異業種と協同で米をテーマとする講座を開き、食農教育を推進している。
味覚を向上させ、文化を蓄積するには、まず食卓上の米から始めてみよう。(富興米店提供)