2021年、台湾でも新型コロナウイルスの感染が拡大し、重症患者用の病室の需要が急増した。この頃、世界の海運はほぼ停止しており、建築材料の不足が深刻化していた。そうした中で、台湾の材料リサイクルテクノロジー企業である小智研発(Miniwiz)は、国内にある材料を用い、コロナ禍で発生した大量の医療廃棄物を「有毒物質を出さない」方法で再生し、世界初のモジュール化した隔離病室「MAC Ward」を40室建造してニーズに応えた。さまざまな需要に応えられるこの病室は、短時間で解体、移動、組立ができる。そのうち6室はICUに対応した陰圧病室で、厳格な医療基準もクリアしていた。
2010年、台北花博の会場の一つとして、世界で初めて完全に廃棄物だけを再利用した、モジュール化サステナブル建築「EcoARK」が誕生した。これを生み出したMiniwizの黄謙智CEOは、これを機に「有害物質のない未来‧ゼロウェイスト」を究極の目標として歩み始めた。「MAC Ward」も、Miniwizの技術がすでに成熟していることを示していた。「私は常々、工業生産でよく言われるMAC(モジュール化、調整可能性、機能転換可能性)を建築の空間と機能に応用したいと考えていたのです」と言う。
黄謙智は「原料の用量」と「温室効果ガス排出量」の面で建築業が他の産業より多いことを考慮し、これをエネルギー消費量と温室効果ガス排出量が低く、デザイン性も備えたものに変えることを目標としている。「Miniwizには廃棄物を建築に必要な新素材へと変える技術があります。しかもその工程では有毒物質も温室効果ガスも出しません。台湾はゴミの分類回収の効率という面で世界3位なのですから、世界のモデルとなるポテンシャルがあります」と言う。材料使用量の最も大きい建築‧内装業に、ゴミからの再生素材を活かすことができれば、全国一体となって環境保全に取り組め、ゴミに「使い道」ができれば廃棄物を原料とした循環経済が実現できる。
2021年にドイツのiFデザイン賞を受賞したスマートMACモジュール病室。輔仁大学の医療チーム、台湾設計研究院、経済部工業局とMiniwizが協力して作り上げた。すべてにアップサイクルした持続可能な素材が使われている。陰圧病室の内部には紫外線自動消毒システムが内蔵されており、細菌やウイルスを99%除菌できる。(上の写真は台湾設計研究院提供)
いま変えなければ、未来はどうなる?
地球環境をテーマとするCNNの番組「Call to Earth」は、Miniwizの事業を「One man's mission to make treasure out of trash(ゴミを宝に変える)」として紹介した。その中で黄謙智は「人類は生存に必要のない『欲望』のために極端な消費経済を追求し、それによって短期間のうちに出された廃棄物と温室効果ガスが地球の存亡にまで影響を及ぼしています」と述べた。例えば、ファストファッションがわずか数年で生み出した大量の衣料廃棄物は、チリ北部のアタカマ砂漠を覆いつくし、その面積は10万5000ヘクタールに達しているのである。
2021年に開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)ではドキュメンタリーフィルム『Going Circular』が上映された。アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー作品賞に輝いたチームOff The Fenceが台湾とイタリアで撮影した作品で、Miniwizの技術と内外での実際の成果を紹介した。このフィルムは、回収した廃棄物を循環再利用することの経済効率と可能性を探り、世界に向けて「Take Action(行動せよ)」と呼びかけるものだった。
「古い材料が新しい素材に生まれ変われば、消費者が再利用者になります」と映像の中で黄謙智は語り、世界のリーダーにサスティナビリティへのソリューションを提案した。
台湾で開発、世界に発信
Miniwizの成果は世界各地で示されているが、その技術センターは台湾に置かれている。「台湾は研究開発が非常に優れています。特に私たちは回収した素材のアップサイクルを行ない、古いものを新しいものに変えるので、さまざまな分野の人材が必要です」と黄謙智は言う。彼は当初、アメリカで夢を実現しようと考えていたが、この点を考慮して台湾に帰国してチームを結成することにしたという。
「Miniwizは、リサイクル上の習慣的な思考の数々を突破し、誰もやったことのない方向を歩むことで廃棄物の問題を根本的に解決しようと考えています」と言う。17年にわたり、彼らは多くの前例のない問題に直面したが、それを解決するたびに思いがけない飛躍を遂げてきた。「材料を『再生』した後、もしその新材料に単一の用途しかなければ『循環再利用』にはなりませんから、常に用途の最大化を考えています」
チームを率いる黄謙智は、台湾人の柔軟さと知恵を誇らしそうに語る。「ですからMiniwizが世界各国で循環再利用の成功事例を生み出していても、核心技術は常に台湾で生み出しているのです」各界から評価されるたびに、彼は「循環経済は台湾から実現できる」と伝えてきた。
黄謙智CEOが身につけている衣類や周囲のものもすべて再生素材で、主に海の敵とされるプラスチックから作られている。(林旻萱撮影)
廃棄物再生の美学
ハーバード大学の大学院で建築学を修めた黄謙智だが、建築家の道は選ばなかった。「コーネル大学建築学科にいた時に、現在教えられている『建築』と、当時流行し始め、必須とされていた『グリーン建築』には大きな問題があると感じていました」と言う。真っ直ぐな性格の彼は、常に「カギとなる問題点」から考え始める。なぜ建築からリサイクル事業へと転換したかと問うと「私の大学の卒業論文の趣旨は『自然と人と構造物(建築を含む)の関係』でした」と語る。
その論文の結論は「ゼロ‧ウェイスト」——「この結論への最良のソリューションは『素材の循環再利用』でした」と言う。ここから数年後にMiniwizと、世界を覆すゼロ‧ウェイストへのソリューションが生まれたのである。
工業時代からテクノロジーの時代まで、さまざまな素材はすでに研究しつくされてきた。環境のための資源回収とリサイクルも長年にわたって行われてきたが、その主な方法は廃棄された材料を粒子状にして新しいものに作り直すという方法である。例えば、医療用のプラスチック廃棄物は工事現場のカラーコーンや扇風機の羽などに再生される。「しかし、再生された製品に十分な需要がなく、消費市場に入り込めなければ、それも形を変えたゴミに過ぎません」と黄謙智は言う。
そこで、本当にゼロウェイストと循環経済を実現するために彼が考えたのは「回収した素材を全く新しい素材に作り変えることです。そのためには本来の素材より使いやすく、耐用性も高く、しかも将来再びリサイクルできるものでなければなりません」と言う。
そこで「回収素材オープンデータベース」が生まれた。膨大な量の素材研究と実験を通して構造強化と特殊な組み合わせを追求する過程で、12の特許を取得し、回収した素材から新たな素材を開発した。そしていくつかの製造工程を組み合わせることで、再生素材の実用性と耐久性を高めていったのである。
こうしてデータベースを拡張していくことでMiniwizには堅固な基礎ができた。「例えばプラスチック素材の場合、その特性は6種に分けることができ(A)、それにミックスできる素材の数(B)、必要な製造工程の数(C)があり、これらを掛け合わせると5桁の新素材が得られます」と言う。A×B×Cで得られる新素材は、衣料品、家具、内装‧建築材料まである。しかも、このAは回収した1種類の素材に過ぎない。
こうして素材の問題は解決したとして、顧客への「用途」の提案はどうするのだろうか。
Miniwizのオフィスに陳列されている品物は、すべて回収した廃棄物をリサイクルした素材でできている。(林旻萱撮影)
魔法の箱——TRASHPRESSO
黄謙智は「お時間を3分だけいただけますか?」という言葉で営業を始めるという。言葉で説明するより、直接見てもらう方が早いからだ。彼とそのチームが開発した世界初の製品は、ゴミを直接製品に変えるマシン「TRASHPRESSO」だ。トラック2台分の大きさのオリジナル版と、業務用エアコン2台分のサイズの2種類がある。「お客様に、このマシンにゴミを入れてもらいます。すると、コーヒーも飲み終わらないうちに製品が出てくるのです」と言う。こうして彼はマシンに営業を任せるのである。昨年は、この小型のTRASHPRESSOが「持続可能な都市と人間の居住賞(SCAHSA)」グローバル‧グリーンテクノロジー‧モデル部門賞に輝いた。無駄を出さずにゴミを製品へと作り変える、しかも、検査機器で測定しても有毒物質は検出されず、温室効果ガスもほとんど排出しないのである。
「協力した外国の人々が驚くのはゴミのアップサイクル技術だけではありません。ゴミから作った製品や建築素材が、温室効果ガスや有毒物質を出さず、強度や機能はより高まり、しかも見た目も良く、セクシーだという点です」黄謙智は構造工学に精通しているだけでなく、デザイナーでもあるのだ。「人間はもともと、質感が高く美しいものを選ぶものです。ですから、ゴミを再生した製品が目を見張るようなものであることがMiniwizの強みであり、これによって競争力を高めているのです」と言う。
昨年末、Miniwizは台湾の富邦金融ホールディングスに依頼され、創業60周年の記念品として「ポジティブ‧パワー」という充電ボードを製作した。この充電ボードは、1点につき、廃棄された使い捨てマスクが9枚使われている。従業員が会社の回収箱に捨てたものを再利用した。
有毒物質も温室効果ガスも出さず、ゼロウェイストで、消費者向けの製品へとアップサイクルする。この魔法のような成果の背後には数々の試練があった。だが、これは現在のMiniwizにとって最低限の基本に過ぎない。現在、Miniwizのチームはさらに遠い先を見ている。彼らが解決に取り組むのはゴミの「数量」の問題なのである。「建築が最良の選択です。建築の構造部分から内装まで、廃棄物再生製品を大量に用いることができるからです」と言う。台北花博の会場となったEcoARKは外壁部分だけでポリブロック(Polli-Brick™、特殊なほぞ継ぎ構造を持つMiniwizの特許製品)30万個を用いており、それだけでペットボトル152万本を再利用した。
Miniwizがイタリアのサルデーニャ島に作った交換商店(exchange by Miniwiz)。小型のゴミリサイクルマシンTRASHPRESSOが数分のうちにゴミを新製品に生まれ変わらせる。
素材のライフサイクルを無限に伸ばす
Miniwizは独自のデータベースと特許、リサイクルマシンのTRASHPRESSOを持つ。しかも世界各国の異なる安全基準もクリアし、素材は完全に「現地調達」できる。Miniwizが持続可能な素材を用いた構造物は、国際的な大都市の30万平米の空間に建っている。
台北花博のEcoARKとモジュール病室のMAC Wardの他にも、日本のNikeLabやニューヨークのNike本社オフィス、イタリアのIQOSショールーム、ミラノのハウス‧オブ‧トラッシュなどにも使われている。
「環境保全は人類が打ち込むべきビジネスで、市場における需要と、価値に対する共感が必要です」と黄謙智は語り、これまで数十年にわたる環境産業が発展せず、長続きしなかった問題を指摘する。
「人類は大自然に依存しており、あまりにも多くの原生の素材を奪って製品にし、それを消費して使用した後は捨てているのです」と言う。黄謙智は、素材のライフサイクルをこのように終わらせてゴミにするべきではないと考える。人間は、素材のライフサイクルを延長させ、温室効果ガスを出さない方法で環境にやさしい素材や製品に再生して再び市場へ投入することで、サステナブルな利用とクローズドループのリサイクルを実現しなければならない。「台湾の技術はこれを可能にできるばかりか、非常によくでき、さらに素材の多様化も実現しています」17年にわたるチャレンジを乗り越えて世界に認められたMiniwizは独自の優れたソリューションを手に、世界の持続可能な発展に貢献していく。
2018年のミラノ・ファッションウィークの期間中、スフォルツェスコ城横の広場で行われたMiniwizのデモンストレーション。通行人が投入したコーヒーカップやプラスチック製品が新しい製品に生まれ変わり、有害物質や温室効果ガスも出さないというので評判を呼んだ。
壁面の建材からタイルモジュール、装飾品や日用品まで、Miniwizは特許技術を用いてゴミを多機能で耐久性も高く、ファッショナブルな製品へと再生し、素材のライフサイクルを延ばしている。(林旻萱撮影)
(林旻萱撮影)
(林旻萱撮影)
(林旻萱撮影)
2019年、MiniwizはOne Ocean Foundationと手を組み、YCCS航海学校の生徒とともにイタリアのサルデーニャ島でビーチクリーン活動を行なった。生徒たちは拾い集めたゴミを交換商店に持っていき、TRASHPRESSOによって海洋ゴミが新製品に生まれ変わる様子を目の当たりにした。(One Ocean Foundation提供)