若者のアイドルと聞いて思い浮かぶのはタレントかスポーツ選手だが、ネット時代はそうとは限らない。通信のスピードアップと情報デバイスの進歩で、誰もが簡単に映像を発信して有名人になれる時代になった。YouTubeのチャンネル登録数で見ると、2014年の金曲賞最優秀国語男性歌手・林俊傑(JJ Lin)は2006年以来36万人が登録している。もう一人、大学を出て2年、ハンドルネーム「魚乾」でゲーム実況動画を配信している女性は、3年で登録者数が50万人を超えた。
この2年、台湾では魚乾のような若者が増え、彼らはフルタイムでゲームプレイをライブストリーミングしている。それで生活していけるばかりか、インターネットのオピニオンリーダーにもなっている。肝心なのはそれを楽しんでいることである。家でゲームをして稼げるのだから、何の文句があるだろう。
もっとも、こうした「実況者」は本当に簡単に大金を得ているのだろうか。誰でもゲームを職業にできるのだろうか。
ゲーム実況はゲームだけじゃない
ゲーム実況プレイは文字通り、プレイヤーが自分が遊ぶゲームのライブ映像をウェブ上に配信することである。そしてカメラとマイクを通じて観客と対話する。観客はチャットルームで意見を発表できる。
配信サービスサイトは観客数と流量に応じて広告収益の配分比率を計算する。つまり、見る人が多いほど実況者は儲かるのである。
魚乾はインターネットで高い人気がある。昨年はYouTubeの年間最優秀クリエイティビティ賞を受賞した。「賞をとってから母はあまり仕事を探しなさいと言わなくなりましたし、私のファンになってくれました」と魚乾は笑う。
実況者の収入は気になるところだ。高収入ではないが大卒の平均初任給よりはいいと魚乾は謙遜する。だからこそ卒業後、フルタイムの仕事にしようと決めたのである。「実況者になりたいというコメントをもらいますが、現実は甘くありません」実況者の収入はチャンネル登録数と流量で決まる。登録が10万未満では生活は難しい。
「最初はどの実況者もゼロからスタートし、知名度を蓄積して今の成功にいたっています。背後の努力はスクリーンからは見えません」魚乾がストリーミングを開始して2時間ゲームをしたら、その編集には6~8時間かかるという。ゲームの途中でパソコンがフリーズしたりマイクが故障したりすれば、観客はすぐに離れてしまう。またネット上の悪口や辛辣なコメントに耐えられず、何日もゲームできなかったこともある。
だが知名度確立にもっとも大切なのは、ゲーム実況の内容である。観客の目を引き、チャンネル登録してもらえなければならない。
ゲーム実況は何を見る?
魚乾がよく実況するゲーム『マインクラフト』は、鉱物・木材・食物などの資源を手に入れて自分の家・農地・城を造り、広い未知の世界を探索する探検ゲームである。ストーリーがないから、実況者が好き勝手に動き回るだけでは観客には面白くない。魚乾は自分でゲームのエピソードを作ってストーリー性を出したり、コメントシステムを使って魚乾にゲームでしてほしいことをリクエストしてもらったりする。ランダムにコメントを3つ選び、次のチャレンジ目標にするのである。
チャレンジシリーズ動画は全部で10本あり、ファンから寄せられた30の奇妙極まりないミッションを、魚乾は1年弱かかってようやく達成した。ゲームで一番稀少な鉱物はダイヤモンドなのだが、コメントのミッションはダイヤモンドを見つけ出し、更にダイヤモンドをマグマに投げ込むというものだった。魚乾は1時間近くかけてダイヤモンドを探し出し、すぐに投げ捨てた。「その時は本当に泣きたくなりました」過程は辛いが、観客とのインタラクション増加に成功し、YouTube年間最優秀クリエイティビティ賞の受賞にも結びついたと魚乾は話す。
実況者の特殊な才能は、話題を作り出して人気を高めるほか、副業にもつながっていく。歌のうまい魚乾は実況中にリクエストを受け付ける。昨年は友人と一緒にシングルを出し、アクセス300万を達成した。プロの歌手を大きく上回る数字である。もう一人の人気実況者である「亜洲統神(Asiagod)」は大げさで鋭い物言いで人気を博し、招かれてゲーム大会の実況アナウンサーを務め、それも重要な収入源になっている。
一定の知名度に達すると実況者にはスポンサーとの協力の機会がある。新作ゲームのテスト、商品テスト、ゲームサイトの宣伝等である。パソコンハードウェアメーカーが実況者に出資して協賛したり、グループを結成してチャンネル開設率を上げたりしており、実況人気の勢いが窺える。実況者も事業を多角経営することになる。
実況の人気はどれほど?
若い人が実況を職業として経営するというだけでは、実況がどれほど人気なのか十分に証明できない。アマゾン傘下の世界最大のゲーム実況サービスサイトTwitchのデータが物語る。2015年、世界中でアクティブユーザーが月6000万人を超えた。台湾には推計200万人以上いる。そこでグーグルもYouTubeゲーミングサイトを立ち上げた。国際大手が次々とゲーム実況に参入しており、台湾のゲーム実況サイトはLIVEhouse.inが最も積極的である。
「実況の技術は難しくありません。大切なのはユーザーの受容度を高めコンテンツを深めることです」LIVEhouse.in共同創設者・鄭鎧尹は、実況人気は裏を返せば「テレビを見る人がどんどん減っていく」ことを意味すると考えている。
20年前、連続ドラマのためにテレビの前に陣取った光景は、今では見られなくなってきた。取って代わったのは見たい時に見られるビデオ・オン・デマンド(VOD)である。ニュース、バラエティ、教育、ドラマ、映画のどれも、テレビにあるコンテンツは全てウェブで見られる。「35歳以下の半分近くがテレビをあまり見なくなっています」鄭鎧尹は、カギになったのがウェブ映像とソーシャルメディアの急速な普及だという。ウェブ実況はこうして兵家必争の地となった。
レッドオーシャンの中のブルー
ゲーム実況ストリーミングの市場シェア拡大に向け、配信サイトはあの手この手を繰り出し、資金が潤沢なサイトは帯域向上を重ねて高速・高画質を謳う。Twitchは大流量と収益の良さを売りに版図を拡大している。LIVEhouse.inのような新しいチームは出血大サービスで勝負する。広告の利益を100%実況者に渡し、サイトは一銭も取らない方法で観客の変わりやすい心を捉える。
「平たく言えば、今は金儲けは考えていません」と鄭鎧尹はいう。ウェブ実況サイトのシェア争いが、ブルーオーシャンを赤く染めていく。実況者はこうした趨勢をどう見ているのだろう。
「個性がなければダメ。特色がないなら、自分で特色を生み出すのです」魚乾は、女性実況者も少なくないが、彼女のように顔を出さず、大声で笑い、イメージが壊れるのを恐れない女子は少ないから、観客うけするのだという。
次はユーモアである。笑いがあり、ゲームのスキルの良し悪しに関わらず、観客が見たいと思うのがよい実況者である。
そして一番難しいのが、コミュニティの運営である。実況者の多くは視聴のピーク時間帯にライブを始めるから、昼間は休み、放課後の5~6時からストリーミングを開始する。保護者は子供がゲームをしたり実況を見るのを禁止こそしないが「子供にとって私はアイドルだから、汚い言葉遣いはしないでほしいという保護者もいます」魚乾もライブではできるだけセーブしていると笑う。勉強が嫌だから実況者になりたいというコメントにも、しっかり勉強するよう励ます。「中身がなければ実況のネタに困りますから」
ウェブ実況によって、ゲームも今では、まともな人のすることではないとか、時間を浪費する暇つぶしだとかいう先入観とは違う、若い人の趣味と実益を兼ねた夢の仕事になったのである。
最高の人気を誇る「リーグ・オブ・レジェンド」は観客が最も多いゲーム実況サイトで、台湾からは今年2組のチームが世界大会のベスト8まで進んだ。写真は欧州での台湾代表チームAHQのプレーの様子。(RIOT提供)
人気実況者の魚乾の場合、ネットユーザーが彼女のアバターを作っており、彼女の愛猫も実況ファンのお気に入りだ。
台湾で最も有名な実況者、亜洲統神(右)はTVのバラエティ番組などにも出演し、ファン層を広げている。(LIVEhouse.in提供)
密室から脱出するリアルゲームの実況。毎週脱出に挑戦するゲストが招かれ、現場でネット上の観客とやり取りしながらゲームを進める。写真は、脱出にチャレンジするゲストが密室の謎を解こうとしているところ。
eスポーツからライブストリーミングへと発展し、ゲームファンは大会を見るために台北内湖の電競館まで足を運び、台湾代表チームを応援する。ゲーム産業の可能性をあなどることはできない。