
インドネシアのイスラム教団体「ナフダトゥル・ウラマー(NU)」は台湾でも2007年に設立され、在台インドネシア人の85%が加入する。宜蘭、台北、台中、彰化、斗六、屏東東港、澎湖馬公に支部を持つほか、2013年には青年女性部(Fatayat NU)を設立、ムスリム女性のための学習コース開設など、NUの発展とともに各地で活動を広げている。
世界に18億人に上るイスラム教徒は、急進派から穏健派まで多様だ。そのうち比較的保守的で温和なNUは、インドネシア最大かつ世界最大のイスラム教団体であり、約5000万人の会員を抱える。団体の主な任務はイスラム教の儀式や教義の保存と発揚にあり、すでに緻密なネットワークを持ち、学校や病院、社会福祉システムも発展させ、インドネシア社会に不可欠な安定したパワーとなっている。

駐台北インドネシア経済貿易代表処のRobert James Bintaryo 代表もNUの友人で、その活動にしばしば参加している。
NUが集会場所を提供
2017年の大晦日、MRT中山地下街を長安西路に出た辺りの路地では、ムスリムの服装をした人々が1軒の民家に集まっていた。靴を脱いで緑の絨毯の上にきちんと座る。礼拝が始まるのだ。
例年と異なり、今日はNU台湾分会会長の息子の結婚式もあるので、他県・市からも会員が参列し、久しぶりだねと挨拶が交わされていた。台所から美味しそうな料理が運び込まれ、彼らは車座になって世間話をしながら食べ始めた。夜が更けるにつれ、町ではニューイヤーズイブの賑わいが増す中、ここでも祝賀ムードが高まっていた。
決して広くはないこの集会場所は土曜夜と日曜にだけ開けられる。NU青年女性部もここに女性会員集会場所を設けている。同台北支部会長のTarnia Tariさんは来台11年、現在介護の仕事をしながら日曜の休憩時にNUの事務をこなす。彼女によれば、台湾で働くインドネシア人には女性が多いため、女性だけの集まりを持って助け合い、ケアをするのが、NU総会の願いだという。現在は台中と彰化にも青年女性部支部がある。
NUがムスリムにとっていかに大切か、Tariさんはこう語る。教義を重視するイスラム教は、聖職者イマームによる説教を毎日聞くことを勧める。「NUに参加すれば、定期的にイマームの話を聞けます。毎月1~2回は規模の大きい布教活動があって、大イマームを台湾に招くこともでき、私たちはそれをとても楽しみにしています」しかも今やソーシャルネットワークでグループを作り、各自が同じ時間にスマートフォンを通してイマームの話を聞くこともできる。それは台湾のムスリムにとって大切な日課だ。
労働部の統計によれば、2017年11月末までに台湾で働く外国人労働者は67万人、そのうち26万人近くがインドネシア出身で、またその9割がムスリムであり、台湾のムスリムの多数を彼らが占める。台北、中壢、桃園大園、台中、台南、高雄、屏東東港などにはモスクがあるものの、労働時間の長い彼らにとって、たびたび足を運ぶのは難しいし、モスクは駅の近くにあるわけでもない。だが台湾のNU支部はほとんどが駅の近くにあり、集会も毎月第2、第4日曜と決まっていて覚えやすいので、台湾ではほぼモスク代わりの機能を果たしている。
「かつてインドネシアのムスリムは礼拝の場所を探すのに苦労しましたが、熱心なムスリムたちによって台湾NUが作られ、NU総会の全面的協力を得られました」台湾NU設立後、自ずと台北駅が礼拝の場となっていたが、3カ月に1度しか開けなかった。2014年にやっと長安西路に場所を見つけ、毎週日曜の礼拝と毎月の大型礼拝も行えるようになり、信徒の帰属の場ができた。

NUはインドネシア出身のイスラム教徒に帰属感をもたらし、台湾での重要な心の支えとなっている。
政府機関との協力で問題解決
NUは伝統教義とスーフィズム(神秘主義哲学)を中心に、宗教的規範の順守や、日常生活における善の実践、心の浄化などを重視する。また、急進主義や過激派、テロリズムの抑制に努め、世界におけるイスラム教反急進派の主要勢力となっており、インドネシアで大きい影響力を持つ。台湾NUは、駐台北インドネシア経済貿易代表処との緊密な協力により、移住労働者が遭遇する問題の処理にも当たっている。
インドネシア人労働者の抱える問題はさまざまだが、最も多いのは、台湾に来たばかりで中国語が話せず、雇用者とコミュニケーションがうまく取れないことだ。仲介業者が忙しくてケアの手が回らなかったり、或いはまったく世話してくれない業者だったりすると、NUが手を差し伸べる。また、パスポートの期限が切れた際、余計に費用を払って仲介業者に頼みたくない人や、仕事を辞めて帰国したい人も、まずNUに助けを求め、パスポート申請や移民署での手続き、航空チケットの予約方法を教えてもらう。もし台湾で労働者が亡くなれば、NUには納棺作業をする専門ボランティアがいるし、労働者たちに呼びかけて葬儀を行い、駐台北インドネシア経済貿易代表処の協力で、遺体を帰国させることができる。
「台風の日に起こったことですが、ある雇い主がうっかり5階から物を落としてしまい、介護に雇っていたインドネシア人に下まで拾いに行けと命じました。風雨の激しさを恐れて彼女は外に行けず、雇い主に罵倒されて泣いていたところ、翌日NUが駆けつけたこともありました」Tariさんと青年女性部幹部が懸命に彼女をなだめて会所に泊め、仲介業者に連絡を取った。「最初、業者の態度はかんばしくなかったのですが、NUが駐台北インドネシア代表処と関係があることを知って積極的に処理してくれ、最後には雇い主も謝り、彼女に危険なことはさせないと約束してくれて円満解決しました」また別の労働者が海辺で行方不明になったことがあった。当日は風が強く波も高かったので波にさらわれたのではと心配した友人がNUに助けを求めた。NUはすぐにインドネシア代表処に通報、消防機関との協力で、ついに本人を見つけ出した。波にさらわれたのではなく、別の所へ行っていただけであったが。
協力は生活上の問題だけではない。14年の労働期間終了後は再び台湾で働くことはできないので、彼らが技術を身につけて帰国後の起業や就職に生かせるよう、インドネシア代表処は台湾の学校や企業と協力して技術訓練を行っている。これも大切な協力活動の一つだ。「訓練参加をNUも勧めています。仕事の合間に専門技術も身につけられれば、未来が開けます」

NUはインドネシア出身のイスラム教徒に帰属感をもたらし、台湾での重要な心の支えとなっている。
異郷での心の支え
異郷での最大の心配は、問題が起こった際に言葉が通じないうえ、誰に助けを求めればいいのかもわからないことだ。Tariさんは自分が台湾に来た11年前を思い出す。中国語がうまく話せず、生活習慣にも適応できず、寒い気候と地震の多さも恐怖の種だった。「当時は雇用者から不平等な扱いを受けることが多く、携帯電話の所有や、日曜に仕事を休んでの外出も許されませんでした」特にムスリムにとって、豚肉を食べないこと、毎日の礼拝、年に1カ月のラマダンは大切だが、雇用者はそれを理解してくれないばかりか干渉してくることもあり、つらさで郷愁はより募った。だが今日では、台湾も多文化を受け入れるムードが一般的になり、雇用者も外国人労働者の権利を重んじてくれると、Tariさんは感じている。自分たちを家族同様に見なしてくれる雇用者も多いし、携帯電話の所有も当然になった。また無料通信のツールが一般的になり、故郷の家族と顔を見ながら話せる。文化の差と望郷の念は、インドネシア人労働者をさほど悩ませなくなったという。
「心の拠り所があるので、生活に目標も生まれます。だから皆、やはり台湾に来て働きたいと思うのです」Tariさんは、多くの外国人労働者が仕事に追われ、将来に希望も持てないまま空虚な心を抱えるのを見てきた。そのまま帰国しても発展の道は見えず、また別の国へ行っても同じことの繰り返しになるだけだ。「NUに加われば、家族のようにアドバイスや励ましをもらえます。それに宗教が心を満たしてくれるので、充実して幸せで、それが仕事にも生かせます」
台湾NU青年女性部の各支部にいる2~3名の幹部は主に女性会員の生活のケアと、法律と関連知識の教育を行う。青年女性部はできてまだ間もないが活動は多い。台北のNU集会場の下には2坪の地下室があり、そこを女性会員の教室にしている。「毎週日曜に、ミシンでの服作りや化粧方法の授業、インドネシア人大学生による英語やパソコンの授業も行います」女性専用のこの空間ができて、Tariさんはとても喜んでいる。ここで恋愛や結婚などプライベートな話もできるし、ムスリムの衣装やヒジャブも買える。女性同士のふれあいがこの小さな空間で育まれているのだ。
今後はボランティアチームを作り、ムスリムでない女性労働者のケアや台湾社会の公益活動にも関わりたいと考える。「イスラム教の教えは『向善、行善』です。仕事が忙しくて行善の時間は取りにくいかもしれませんが、まずはできることから行動すればいいのです」多くのムスリム女性がTariさんと同様に、台湾の環境や温かな人情を愛する。彼女らはここで得た喜びを、イスラム教の教えに従い、より多くの人に還元したいと願う。

NU青年女性部では、裁縫など多くの教育プログラムを提供している。
NUの女性たちは休暇を利用して技術を学ぶ。これが帰国後の起業や就職に役立つ。

台湾NU青年女性部会長のTarnia Tariさんは長年台湾に暮らし、公益活動に熱心に参加している。ボランティアグループを結成し、機会があれば台湾社会のために役立ちたいと語る。

NUはインドネシア出身のイスラム教徒に帰属感をもたらし、台湾での重要な心の支えとなっている。