
eゲームは中毒性があり、時間の浪費である。一方で強い志を鍛え、勇気をもって夢を追う精神を培うこともできる。eスポーツが発展を遂げ、汚名を返上したのは、選手、企業、コーチの静かな努力の積み重ねが、歴史の新たなページを作ったからである。
新北市永和にあるahq eSports Club。台湾では数少ないeスポーツクラブである。eスポーツの華々しいイメージとは裏腹に、ここは一風変わった男子寮のようである。60人を超える選手、コーチは、平均年齢20歳前後である。2階建ての民家にすし詰めになって、規則正しい生活、競技、団体行動をする。それぞれが果たすべき目標、そして全員が守るべき規約がある。まるで訓練を積んだ軍隊のようである。
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18歳でこの世界に入った陳奕(Ziv)は競技経験が豊富で、eスポーツ産業の萌芽期から今日までの成長とともに歩んできた。
台湾大学より狭き門
台湾トップクラスの陳奕は「eスポーツの選手に憧れたことはありません」と打ち明ける。ゲームを始めたのも、単に楽しむためだった。「好きだからプレイする。バスケが好きでも、NBAの人気選手になりたいとは限りません」
最初は友達にネットカフェに連れていかれ、ゲームに触れた。ゲームが好きでも、普段は宿題も塾もある。そこで、まだ暗い時間に起きて、学校へ行く前にゲームをした。
天分があれば、いつまでも埋もれてはいない。ゲームに表示されるランキングが注意を引き、大学に入った18歳で、香港チームから声がかかった。だが当時、ゲームを見る社会の目は厳しかった。また、新しい産業で、将来性が分からないにも関わらず、プロになるには学業を中断して専念しなければならない。香港へ行きたい一心の陳奕に、家庭内革命は避けられなかった。
最終的には「父もあきらめたのでしょう。1年間やってみることを許してくれました」こうして、プロゲーマーとしての道がスタートした。
ゲーム界で流行っている言葉がある。「プロゲーマーは台湾大学より狭き門」まったく的確である。台湾大学の学生募集は毎年数千人だが、台湾のプロチームを全部合わせても、80人程度である。一方、ゲーム人口は百万を超える。
もっとも、ゲームができても選手にはほど遠い。天分は必要だが、最大要件ではない。「ゲームがうまい人は山ほどいても、それだけでは選手にはなれません」陳奕は言う。リーグ‧オブ‧レジェンド(LoL)の場合、団体戦は5人制で、球技のように、それぞれ担当する戦略ポジションがある。重要なのはチームプレイができ、チームとして最大の効果を生み出すことである。
「一番大切なのはハートです」陳奕はそう考える。情熱がなければ、選手になる前の練習生の段階の、いつゴールに到達するかわからない苦しい時期を耐え抜くことはできない。そこには、一日十時間以上の長時間練習や、観戦者の無情な冷笑や罵倒も避けられない。
eゲームが現れて僅か三、四十年だが、この十年、高速ネットワーク、インターネット、生配信プラットフォーム、スマートフォン等の技術が成熟し、産業発展の条件が整い躍進した。
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eスポーツクラブには体育会の寮のような雰囲気がある。選手たちは朝から晩まで一緒に過ごして互いに腕を競い合い、チームワークを育んでいく。
eスポーツの進展
中心的な価値において、eスポーツは従来のスポーツ競技と何ら変わりはない。スポーツマン精神を重んじ、エンタテインメント性と商業的価値がある。だがその爆発的な成長と、急速に高まった注目度は、前例がない。一番人気のLoL、ハースストーン、ドータ‧ツー(Dota 2)等の人気はプロ球技スポーツに引けを取らない。LoLは、台湾での最大同時接続数が200万人を記録した。世界大会では、世界の延べ1億人以上が視聴した。そしてこの数字は、成長し続けている。
こうした状況から、eスポーツが少しずつ認められるようになってきた。2013年、アジアインドア&マーシャルアーツゲームズが、初めてeスポーツを取り入れ、2018年のアジア競技大会では公式競技となった。台湾では、2017年に立法院の法改正でeスポーツが「スポーツ産業発展条例」に含まれることになり、政府文化部も、兵役に「eスポーツ代替役」を設置した。eスポーツ産業が正式に認められたと言っていい。
しかし、別の視点では、マーケットは急速に拡大しても、それを支えるエコシステムが発展していないことが、大きな懸念となっている。ahq eSports ClubのCEO林呈洋は吐露する。「この産業は、競技とビジネスが先行してきました」だが、従来のスポーツと同じく、eスポーツも健康管理、心理カウンセリング、物理療法、ライフプランなどの専門家が選手をサポートするべきだが、こうした人材は欠けているという。
変化に追いつけないのは、社会も同じである。だから、陳奕のように、家族がeスポーツをよく知らないがために、世代間の衝突が起きる例は、枚挙にいとまがない。だがeスポーツのイメージに関わらず、eスポーツ産業が発展しつつあることは事実である。統計によると、eスポーツは年間11億米ドルの生産額を生み出し、その数字は毎年伸びている。

新北eスポーツセンターに飾られたトロフィーは台湾の輝かしい実績を象徴している。
eスポーツ教育を正規教育に
「以前は子供がゲームをするのが嫌でした」城市科技大学コンピューター‧コミュニケーション工学科の学科主任‧詹勲鴻は言う。台湾で最も早くにeスポーツ産業のポテンシャルに気づき、eスポーツ教育を推進した立役者である。
十年前にクラスにプロゲーマーが現れたとき、詹勲鴻は初めてこの分野に触れた。eゲームの悪いイメージから、そのプラスの価値を肯定するに至るまで、半年かけて、海外の研究から産業の状況までを整理し、最後には「eスポーツの選手は1%を占めるに過ぎず、99%はそれに関わる仕事をしている」ことを認識した。
そして、2016年には、城市科技大、遠東科技大、また、能仁家商高、南強工商高、東泰高、立志高の6校がアライアンスを結成し、「高校3年+大学4年」カリキュラムを打ち出し、eスポーツを正規の教育系統に取り込んだ。eスポーツに憧れる次の世代のために、成長に適した豊かな土壌を切り開くことを願ったのである。
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平均年齢20歳前後の選手たち。若さこそ最大の強みである。
新産業‧新文化‧新時代
「eスポーツはゲームをプレイすることとイコールではありません」業界で苦労してきた人は誰もがそう思う。
eスポーツは、ストレスも強度も、集中度も高い。LoLの場合、春‧夏2シーズンのプロ競技、ポストシーズン、招待試合、オールスター等の大小の競技があり、トップクラスは年中無休である。正規競技は5戦3勝制、1試合30~40分で、途中タイムアウトはない。一日終わるころにはヘトヘトになる。普段から自分に厳しく、コンディションを保てないと、本番で力が出せない。
また、スポットライトを浴びる選手には、背後にチームがいることを忘れてはならない。コーチ、アナリストから、ゲームデザイン、プロデューサー、音響、編集、審査員、更にはイベントの企画実行、マーケティング企画といった周辺人材もいる。詹勲鴻はその幅広い人材不足に狙いを定め、更にコンピューター‧コミュニケーション工学科の専門とを結びつけてカリキュラムデザインを改めた。学生には、できるかぎり知識を広げ、専門性を培うよう求める。
城市科技大のeスポーツ館に足を踏み入れると、詹勲鴻が誇らしげに話す。スタジアムは、自身と学生が、設計図から一つ一つ作り上げたという。小さなスペースに設備がすべて揃う。実況アナウンス室、中継室、対戦ブースがあり、小規模な競技会を開催できる。学科でも30人規模の専門チームを擁し、正式な競技会の実行もできる。2019年は、新北市クリスマスランドでeスポーツ国際大会「琉熱」を運営している。
eスポーツ教育は、未だ成熟したとは言い難い。詹勲鴻は、学生と共に「実践から学ぶ」途上だという。だがそれも萌芽期で、産業が必ず通る華麗な冒険なのかもしれない。eスポーツ産業の面白みもそこにある。ahq eSports ClubのCEO林呈洋が、安定した会計士からeスポーツ産業に転向したのは、ゲームに没頭したからではない。ゲームなどしない林は、選手と一緒に新しい文化を創り出す過程を楽しんでいる。
林呈洋は語る。「私のeスポーツの定義は、新文化のナビゲーターです」中心理論も人材需要も、従来のスポーツと違いはない。ただ、ビジネスモデル、ファンとの関係、文化の美学は、全く異なる。eゲームの影響は良し悪しある。人はどう見ているか、しっかり見つめ、パイオニアとしてできる限りのことをして、正しい道へと発展するよう導いていきたいと考えている。
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eスポーツ産業は第一線の選手だけでなく、バックに巨大なチームを必要とする。他のプロスポーツと同様、実況中継や評論などにも専門の人材が求められる。(台北城市科技大学コンピュータ・コミュニケーション工学科提供)
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詹勲鴻はeスポーツ産業の将来性を見込んで正規の学校教育に取り入れた。台湾のeスポーツ教育推進の立役者である。

eスポーツ産業の発展に合わせ、周辺設備のビジネスも拡大している。
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2015年、ahqはリーグ・オブ・レジェンド(LoL)マスター・シリーズで一挙に知名度を高め、台湾のeスポーツ史に新たな一ページを記した。(ahq eSports Club提供)