嘉義県東石郷の沖には外傘頂洲という天然の砂州があり、これが波を防ぐため、台湾最大の牡蠣の養殖場ができた。写真は筏式垂下法の養殖場。
台湾の牡蠣養殖の歴史は300年を超え、西南沿海の多くの住民の暮らしを支えてきた。中でも嘉義県東石郷の牡蠣の養殖は全台湾に広く知られており、生産量もトップとなっている。かつては、廃棄された牡蠣の殻をどう処理するかが、中央と地方にとって頭の痛い問題だったが、現在では産官学が協力し、廃棄された牡蠣殻を工業用途に応用できるようになり、百倍の経済効果を上げている。これにより小さな町である東石は、循環経済でも知られるようになったのである。
夏の早朝、私たちは潮が引く時間に合わせて台湾最大の牡蠣の生産地である嘉義県東石郷を訪れた。そして、陳長花さんと、その舅である黄長利さんとともに、沿海の寿島へ牡蠣の収穫をしにいった。
黄長利さんはバイクにまたがり、海風を受けながら養殖場の傍らの小路を進んでいく。養殖場に隣接したコンクリートの地面にバイクを止めると、竹のいかだに乗り、牡蠣棚へと漕いでいく。それから牡蠣を吊るした縄を解き、束になった牡蠣を海中から引き上げ、収穫が始まる。引き上げられた牡蠣の束から水が流れ落ちる音が耳に心地よく、この作業が3時間繰り返される。
「青蚵仔嫂」と呼ばれる女性たちは、牡蠣を剥くナイフ一本で、一家を養えるだけ稼ぎ出す。
夏も冬も苦労の多い収穫
その日に必要な量の牡蠣を収穫し終えると、いかだで浅瀬に面した陸へ戻る。黄長利さんは金属の道具を使って固まった牡蠣を分け、陳長花さんがそれらを竹籠に入れていく。それから籠を水につけて揺り動かし、殻についた藻や泥などの付着物を落とす。「うちは養殖面積が大きくなく、牡蠣の洗浄場にお願いするには時間も費用もかかるので、自分たちで洗っています」と、陳長花さんは牡蠣の入った籠を振るって洗いながら、自分たちで洗う理由を話してくれた。洗浄が終わると、それらを自宅に持ち帰り、殻から身を取り出し、包装して出荷するのである。
これらは牡蠣漁師の仕事の半分に過ぎない。これより先に、牡蠣を縄につけて吊るし、幼生を育てるなど、すべて手作業で行なわなければならない。歌手の伍佰の台湾語の歌「東石」は、夏の暑さと冬の寒さに耐えながら牡蠣を収穫する苦労を歌っている。
今回、私たちは収穫に同行し、一粒50~60グラムの庶民の美食が、産地から食卓へ届くまでの繁雑な工程と苦労を知った。
牡蠣を養殖する人々は、その場でザルを振るい、海水で牡蠣の殻についた海藻や泥を落とす。
牡蠣の養殖を体験
陳長花さんと夫の黄飛龍さんは、以前は台湾北部で働いていたが、リーマンショックの時に東石へ戻り、牡蠣養殖の家業を継ぐことにした。二人は「白水湖蚵学家」というブランドを打ち出し、牡蠣の養殖をレジャー観光体験の場へと変えた。「牡蠣巡礼」や生態ガイド、殻剥き、牡蠣焼きなどの体験を通して、牡蠣に関する知識を増やしてもらうのが目的だ。
「観光客に牡蠣の養殖産業を知ってもらい、東石のことも知ってもらいたいのです」と陳長花さんは言い、牡蠣に関する知識を伝えることによる最大の収穫を話してくれた。「多くの人が、牡蠣は生臭くて、ふにゃふにゃしているので食べたくないと言いますが、私たちのものは、そうではないので皆さん、食べられるのです」と言う。
多くの養殖業者の牡蠣棚は密集しているが、「蚵学家」の牡蠣棚は密度が低く、牡蠣を吊るす縄の長さも他の業者の半分ほどだ。これによって牡蠣は餌を豊富に得られる。さらに一般の業者は6ヶ月から1年で収穫するが「蚵学家」では2~3年待って収穫するため、輸入の生牡蠣のように大きい。陳長花さんによると、彼らの牡蠣は歯触りが良く、生臭さがなく、殻を剝くにも力がいるということだ。
広大な牡蠣の養殖場では、夏の強い日差しや冬の冷たい風を避ける場所もなく、つらい作業を続けなければならない。
本物の海の味
台湾では牡蠣は蚵仔とも呼ばれ、台湾の庶民の美食だ。蚵仔麺線(牡蠣入り素麺)、蚵仔煎(牡蠣入り卵焼き)などは、栄養豊富で親しみのある屋台料理である。かつて嘉義区漁協の総幹事を務めたこともある東石郷の林俊雄・郷長は、台湾は伝統的な養殖を行なっているので、磯の香りが豊かな牡蠣が食べられるのだと語る。
台湾西部の沿海地域では、牡蠣は重要な養殖品目で、主に嘉義県、雲林県、彰化県、台南市、離島の澎湖で養殖が行われている。漁業署の資料によると、台湾の牡蠣の年間生産量は最高で3万トン、近年は1.8万トン、生産高は約39億元だ。嘉義では東石と布袋の生産量が多く、中でも東石が全国で最も多い。嘉義の年間生産量は8521トンで全国の47%を占め、生産高は15億元に達し、量と金額ともに全国トップである。
牡蠣は潮間帯や浅い海の岩礁に生息し、プランクトンを餌とする。養殖業者は、比較的大きめの殻を選び、それを縄で一本につないで海の中にたらすと、それに牡蠣の幼生が付着する。台湾の養殖方法は、海の深さによって、平掛け方式、筏式垂下法、延縄式垂下法などがある。毎年4~10月が牡蠣が最もおいしい季節で、特に中秋節の頃は、バーベキューをする人が多いため需要が最も高くなる。牡蠣の生産地では、「青蚵仔嫂」と呼ばれる女性たちが集まって牡蠣の殻剥きをしている姿がよく見られ、また街のあちこちに牡蠣殻が山積みになっているのが特色だ。
林俊雄によると、牡蠣の養殖の最大の敵は、西南からのモンスーンや台風の起こす波だが、東石の沖には外傘頂洲という天然の砂州があって波を防いでいる。また嘉義には大型の工業エリアがないため水質が良く、水中のプランクトンも豊富だ。これらの条件がそろっていることから、東石では牡蠣の養殖が特に盛んになり、大きな牡蠣が育つようになったのである。
こうして牡蠣の養殖が盛んになった東石郷では、牡蠣の殻剥きは町民総動員で行なわれる。林俊雄によると、牡蠣の殻を剥く小さなナイフひとつで、多くの人が一家を養っているという。特に産地では、一日の殻剥きで少なくとも1000~2000元は稼げるそうだ。
東石郷では、シーズンになると10軒のうち6~7軒は牡蠣殻剥きをしている。女性たちだけでなく、子供たちも幼い頃から見ているため、牡蠣殻剥きが上手だ。東石小学校では、毎年殻剥き競争を行なっており、優勝すると学校を代表して嘉義区漁協が東石魚市場で行なうコンクールに参加できる。近年は、東石の埠頭周辺に「焼き牡蠣ストリート」が形成され、店が軒を連ねて観光客をひきつけている。
だが、近年は輸入牡蠣の数が増加しており、嘉義県では国産の競争力を高めようと力を注いでいる。嘉義県農業処漁業科の張建成科長によると、県は養殖業者にトレーサビリティ制度を取り入れるよう積極的に働きかけている。商品に生産履歴のQRコードをつけることで、東石牡蠣の信頼が高まるからだ。また、従来は牡蠣の殻剥きをする環境が整っていなかったため、嘉義県は5ヶ所に牡蠣殻剥きモデルエリアを設けた。冷房の効いた屋内で殻剥き作業ができ、鮮度を保つために保冷容器に剥き身を入れ、東石の質の高いブランドを打ち出そうとしている。また、県では古くなった筏式垂下法の牡蠣棚を回収し、養殖が環境に影響を及ぼさないようにしている。
「白水湖蚵学家」を経営する陳長花さんは、牡蠣の養殖事業を観光レジャー体験の場へと変え、牡蠣に関する知識を広めている。
牡蠣殻のリサイクル
生産規模が大きく、知名度の高い東石の牡蠣は、一連の生産販売モデルを発展させてきた。域内には台湾最大の牡蠣の洗浄場があり、他の産地の業者も収穫した牡蠣を、洗浄、殻剥き、販売のために東石へ運んでくる。そのため東石郷の牡蠣の生産高はさらに上がったが、それと同時に全台湾で牡蠣殻廃棄物が最も多く、毎年9万トンの殻が処理できずにいたのである。
嘉義県環境保護局の張輝川局長によると、かつては牡蠣殻があちらこちらに山積みにされていた。牡蠣殻には身や貝柱などが残っていて、日光や雨にさらされれば悪臭を放ち、蠅や蚊がわく。また、一部の牡蠣殻は工場で焼かれて肥料や飼料にされていたが、その廃棄物は空き地に放置されて異臭を放ち、暮らしに影響を及ぼしていた。
そこで数年前、環境保護署と嘉義県、それに台湾糖業などの産業界が協力し、まず牡蠣殻放置の問題を解決し、それから牡蠣殻を農業用途から工業用途への再利用に協力するために動き始めた。こうして牡蠣殻が本格的に再利用されることとなり、台湾の循環経済の新たなページが開かれたのである。
まず、嘉義県は東石郷で最大の規模を誇る牡蠣洗浄工場――季津公司を経営する戴森泰の支持を取り付け、私有地に環境保護法規にかなった暫定置き場を設けた。整地して防水層や塀を設け、牡蠣殻による環境汚染を防いでいる。
一方、台湾糖業は台南の永康に台湾初となる新式の「牡蠣殻加工場」を設けた。ここでは毎年およそ5万トンの牡蠣殻から4万トンの炭酸カルシウムを生産し、それを他のメーカーへ工業用に提供している。台湾糖業生物科技事業部の孫錫明CEOによると、この牡蠣殻加工場は環境対策として3セットの集塵設備を備えており、製造工程で出た粉塵を集めて土壌改良剤を生産している。これにより、工場全体で「ゼロ汚染」「ゼロ廃棄」の目標を達成することができ、循環経済の新たな手本となっている。
牡蠣殻は養殖方法や養殖期間によって品質が異なるため、台湾糖業では牡蠣殻粉の粒子の大小によって顧客の多様な用途に対応している。
東石郷には、牡蠣殻を使ったアート作品が多数飾られている。
牡蠣殻粉の多様な用途
台湾糖業では、牡蠣殻粉を使った他社の製品を見せてくれた。牡蠣殻粉を混ぜたハンドソープには臭みを消す効果がある。台湾プラスチックは、抗菌効果のある牡蠣殻とプラスチック原料を合わせて抗菌プラスチック複合材料を開発し、プラスチック製品に応用している。
徳成靴業傘下のサンダルメーカー「母子鱷魚」は、台湾プラスチックが製造した抗菌牡蠣殻粉を用いてランニングサンダルを開発した。台湾のマラソン選手、羅維銘はこのサンダルを履いてウルトラマラソンを制覇し、台湾ブランドの「母子鱷魚」が世界に知られることとなった。また、頡欣機械公司は成功大学と協力し、牡蠣殻粉をコンクリートに混ぜた構造体を開発した。この構造体は圧力に強く、軽くて比熱が低いため、環境にやさしい新たな建材となる可能性がある。
環塑科技公司は牡蠣殻粉をウッドプラスチックに添加することで、耐圧性、耐磨性、耐腐食性を高め、ウッドプラスチックを用いた建造物を維持しやすくしている。また、磁器の焼成に牡蠣殻粉を用いている企業もある。牡蠣殻粉を高温釉薬の助溶剤とすることで、まるで宋代汝窯の磁器のような茶杯ができ、その美しい貫入が特色となっている。さらには紡績や織布などに牡蠣殻粉を利用している企業もある。
嘉義県環境保護局長の張輝川によると、牡蠣殻を飼料や土壌改良剤に用いた場合の経済効果は1トン当たり2万元ほどだが、もし高機能の抗菌シューズに使用した場合の利益は1トン当たり98万元に達する。県では将来的に、廃棄された漁網や養殖用ロープなども回収し、さらなる循環経済を確立したいと考えている。
東石郷の人々は牡蠣の養殖を頼りに暮らしてきたが、その一方で大量の牡蠣殻に悩まされてきた。そして現在、この小さな漁村が牡蠣殻の循環再利用によって世界の趨勢の最前線に立つこととなったのである。伝統的な漁村であっても、前向きに努力さえすれば、循環経済という時代の最先端の町になれるのである。
東石漁港は観光漁港へと生まれ変わり、人々が海を眺めたり、散歩をしたりする場となっている。
牡蠣は栄養価が高い庶民の美食で、牡蠣入り素麺や牡蠣入り卵焼き、牡蠣の包み揚げなどが人気がある。
嘉義県は養殖業者にトレーサビリティ制度の導入を指導している。商品に生産履歴がわかるQRコードを貼れば、東石牡蠣の信頼も高まる。
養殖業者は大量に収穫した牡蠣を、まずは洗浄工場へ運ぶ。
牡蠣の生産量が多い東石郷では、養殖に用いたロープなども回収再利用し、環境に負荷をかけないようにしている。
牡蠣棚の間の距離を広くとれば、牡蠣は大きく丸々と育つ。
台湾糖業は新式の牡蠣殻加工場を建設し、粉砕した牡蠣殻粉を工業レベルの再利用に提供することで牡蠣殻の付加価値を大いに高めた。
砕いた牡蠣殻は肥料や飼料になる他、磁器の焼成原料にもなる。
牡蠣殻の新たな再利用が実現したことで養殖業者も回収に積極的になり、東石の町が循環経済という時代の最先端に立つこととなった。