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市民の力で大気を守る コミュニティが推進する エアボックス

市民の力で大気を守る コミュニティが推進する エアボックス

コミュニティが推進する エアボックス

文・謝宜婷  写真・林旻萱 翻訳・山口 雪菜

6月 2020

PM2.5は2.5μmの微小粒子状物質で、吸い込むと健康に害を及ぼす。

台湾では、きれいな空気を求める人々の思いが「エアボックス(空気盒子)」を生み出した。マイクロセンサーを用いて大気汚染を観測し、オンラインでリアルタイムの汚染状況を公開するシステムだ。世界に先駆けた技術により、台湾は豊富なデータを手にすることができ、世界各国から提携を求めるオファーが来ている。

訊舟科技(Edimax)が生産するエアボックスは国内に6000台、海外に4000台設置され、人々はサイト「EdiGreen空気盒子」で設置箇所のPM2.5の数値を見ることができる。これは、学界と民間のメイカーコミュニティと政府の三者が協力した成果である。

中央研究院の陳伶志研究員は、民間でデータを集めて研究する「参加型センシング」の概念を取り入れた。

産官学の協力でビッグデータ収集

エアボックスを発案したのは中央研究院の陳伶志研究員とLASS(位置認識センサーシステム)コミュニティ創設者の許武龍だ。2015年、すでにマイクロセンサーの研究をしていた陳伶志は、許武龍と出会い、ともに大気汚染に関心を持っていたことからオープンソースの空気品質センサーの開発に取り組むこととなった。

そこで、フェイスブックのLASSコミュニティでエアボックスのプログラム、ハードの製造方法、設置方法などを公開した。すると多くのメイカーが自腹でこれを製作し、離島の澎湖に設置する人もいて、台湾各地の大気環境観測データが収集できるようになった。

しかし、このコミュニティの力には限界があった。まだデータが充分ではなかったところ、台北市のスマートシティ‧プロジェクトに加わることができ、大きな関心を集めることとなる。エアボックスのシステムを統合するEdimax社は企業の社会的責任を考え、このデバイスを台湾の6都市に提供し、民間でもこれをアドプトする人が出てきてセンサー設置地点が大幅に増えた。

こうした市民の力は政府の目に留まった。2017年に政府が前瞻プロジェクトを打ち出し、陳伶志にエアボックスの配置を求めたのである。そこで彼は教育部と協力し、エアボックスを全国各地の小学校に設置することにした。こうして大量のデータが収集できるようになり、学校も大気汚染の状況を見て生徒の屋外活動を調整できるようになった。

2017年、アメリカのヒューストンをハリケーン・ハービーが襲った時、化学工場の有毒物質が住宅街に流出した。台湾のエアボックスに揮発性物質を検知するセンサーを取り付けたものが、被災後の大気の質をモニタリングしている。(陳伶志提供)

誤解が解け、環境保護署も活用

しかし、LASSが設計したエアボックスに対し、環境工学の専門家からはデータの精確さや信頼性を疑問視する声が上った。これに対して陳伶志は「私たちのやっていることと環境工学はまったく違うのです」と言う。

その話によると、環境工学の空気品質モニターは1時間以上の平均値を出すが、マイクロセンサーは5分以内の瞬間の状態を観測するため、喫煙や一時的な粉塵の影響も受ける。両者の用途は異なり、それぞれにメリット‧デメリットがあるため、相互補完の効果が期待できるのである。

「最初の頃、環境工学の専門家からは私たちの製品は玩具扱いされました」と許武龍は笑う。メイカーの手作りで専門性に欠けるとされたのである。環境工学のモニターと違い、エアボックスは情報工学とビッグデータ分析の角度からIoTを通して空気の状態を示すことで市民のニーズを満たす。環境工学モニタリングステーションの方は、大気中の指標となる各種数値を収集するもので、市民との関連性は高くないが、両者は衝突するものではない。

「エアボックスの重要な目的は汚染源の追跡です」と陳伶志は言う。エアボックスを設置した各地点の、時間ごとのデータの変化を分析すれば汚染源の方角が推定できる。最初は疑問視していた環境保護署も、こうしてエアボックスの品質を認め、今では汚染源の特定と違法工場取締りに活用している。

訊舟科技(Edimax)の空気モニター掲示板。これを見て活動を調整できる。

異分野との協力

エアボックスが軌道に乗り、コミュニティの力も発揮された。地方の民間団体によるアドプトも始まり、フェイスブックでは宜蘭、台中、桃園など各地の空気観測コミュニティが裁ち上がり、大気汚染の状況を討論している。LASSコミュニティにも、学界や産業界、民間のメイカーなど多様なユーザーが加わり、リンクも広がった。

現在、PM2.5の分布地図は主に4つの部門が作成している。環境保護署、LASS、gOv零時政府、Edigreenだ。陳伶志によると、オンライン上ではオリジナルのデータを用いたさまざまな分析が行われている。医学界では、PM2.5と喘息や睡眠時無呼吸症候群の関係の分析が行われ、地理統計の分野では公式とエアボックスのデータを用いて中央山脈の大気環境を推測し、電力供給のない山地の状況理解に役立てている。

エアボックスを学校内に設置すれば、教員は大気汚染の状況を見て活動の場を屋内にするか屋外にするか決めることができる。

オープンソースの精神

エアボックスはメイカーの作品から発展し、韓国やシンガポール、アメリカにも販売されるようになった。成功のカギは「オープンソース」の精神にある。創作者がプログラムをネット上に公開し、興味のある人はそれを応用し調整することができるシステムだ。こうして空気品質モニタリングが広まっていった。

「エアボックスが出始めた頃、なぜ特許を申請しないのかと多くの人から聞かれました。実は、これは難しい技術ではなく、私が人より先に作っただけなのです。特許を取ったら、これは私だけのシステムとなり、成長することができません。プログラムをオープンにすれば、多くの人がこれを利用し、どんどん広がっていくのです」と語る陳伶志と許武龍にとって、エアボックス‧プロジェクトにおいて最も重要なのは、最終的な成果であって、利益ではないのである。

こうしてエアボックスは商品となったが、Edimaxはオープンの精神を堅持し、今もデータを公開して各界の利用に供している。「メイカーは大量生産できず、学界は研究が中心なので、そこに産業を組み入れることで規模を拡大できます」と許武龍は言う。計画の当初から、コミュニティには社会を変える力はあるが、それだけでは不十分なことを理解していたのである。

「台湾におけるLASSのコミュニティは非常に大きく、メイカーだけでなくさまざまな分野の人が加わり、そこから新しい発想が生まれています」と語る陳伶志は、台湾の現在の大気環境モニタリング分野での成果を評価している。さまざまな部門がこの領域に取り組み、国内には非常に豊富なデータが蓄積されている。台湾は大気環境モニタリングの研究で世界をリードすることができるようになったのである。

Edimaxの応用プログラムEdigreenが台湾全土のエアボックスのデータを示す。緑色の標示は安全範囲内であることを意味する。

Edimaxのエアボックスは世界の注目を集め、韓国やタイの学者も視察に訪れた。

許武龍は「オープンソース」の精神こそ社会の進歩に役立つと考え、ネット上にLASSコミュニティを立ち上げた。(LASS提供)

エアボックスは社会の関心を集め、さまざまな背景の一般市民や専門家が討論に加わるようになった。(LASS提供)