廃棄された牡蠣養殖ロープや漁網は、台化の先端技術によってリサイクルされ、環境に優しい糸に生まれ変わる。
台湾では養殖技術と漁業が発達しており、食卓に上る新鮮で美味しい魚介類に事欠くことはない。
しかし、かつて台湾の周辺海域にはたくさんの漁網や牡蠣の養殖ロープが廃棄され、海洋生物の命を脅かす存在となっていた。
現在、台湾では漁業者、市民、企業、政府が手を携えて、こうした海洋廃棄物を積極的にリサイクルし、循環経済に組み込もうという取組みが進んでいる。リサイクルされた材料は、高品質の衣料品や日用品となる。海洋廃棄物が付加価値のある商品として、新たな命を吹き込まれるのだ。
暖かな冬の日差しの下、嘉義県東石郷にある季津協同組合の牡蠣洗浄浄化場では、他の県や市の養殖業者が収穫した牡蠣が多く持ち込まれ、洗浄、むき作業、廃棄殻や養殖ロープの処理がされる。
取材当日、運ばれてきたカゴの中には台南産の牡蠣が付いたロープの束が入っていた。それを分離槽に入れると、牡蠣とロープが瞬時に分離する。分離が済んだロープは仮置き場で日干しされる。ロープに残った牡蠣の殻は小型重機のローラーで砕かれ、殻が取り除かれたロープは洗って日干しされ、最後に梱包される。そして嘉義県新港郷の台湾化学繊維股份有限公司(以下、「台化」)に送られ、リサイクルの次の段階へと進んでいく。
漁網の解体・分別・再利用は多くの人手を必要とする。ここに廃漁網リサイクルの難しさがある
嘉義県政府 廃棄ロープ活用法を見出す
プランクトンをろ過摂食する牡蠣の養殖方法はこうだ。プラスチック製のロープで繋いだ牡蠣の殻の束を海中に入れると、牡蠣の幼生が殻に付着して成長する。収穫まで最短で半年、長いと2~3年かかる。
台湾の牡蠣養殖は、主に彰化県、雲林県、嘉義県、台南市、澎湖県、連江県の南西部の沿海で行われている。嘉義県では、外傘頂洲と呼ばれる砂州が天然の防波堤となっているおかげで、水中の栄養分が豊富で、台湾最大の牡蠣の産地となっている。嘉義県で東石郷と布袋鎮の養殖海域面積は10,000ヘクタールにもなり、年間生産量は9,181トンで全国生産量の47.15%を占める。同県政府の推計では、年間1,300トンの廃ロープが出る。台湾の海岸線を1周1,200キロと計算すると、他の県や市から嘉義に送られてくる分を差し引いても、台湾10周分相当の長さになる。
プラスチック製の養殖ロープは、海水に浸かって時間が経つと硬くなるため、一度きりしか使えない。廃ロープのうち、かつてリサイクルされていたのはごく一部で、溶融してから再度ロープが作られていた。用途が限られ、多くは行き場を失っていた。廃棄・焼却・埋立、最終処理をどうするのかが、廃棄物ガバナンスの難題となっている。
「2019年、八掌渓河口で海底ゴミ調査をしていた同僚が、鋼線のような硬いものがあるのを発見しましてね。持ち帰り調べると、長年海水に浸かっていた牡蠣の養殖ロープだとわかりました」と嘉義県環境保護局の張輝川局長は語る。
遡ること4年前、牡蠣の廃ロープを再利用できないかと前局長の張根穆さんが台化を訪れた。その時点では、台化はロープに使われるプラスチックの種類を把握していなかったというが、分析の結果、この素材がナイロン6(以下、「N6」)であると判明し、リサイクルにこぎつけた。
嘉義県環境保護局の張輝川局長は、海洋廃棄物のリサイクルにおける最大の難関は最終処分であると語る。
台化の「自社生産・自社リサイクル」
「私どもはN6をリサイクルし、カプロラクタム(以下、「CPL」)に戻してはいましたが、全て廃材のリサイクルでした」と言うように、台化はN6含有の繊維糸を生産し、廃材のケミカルリサイクル(解重合、分解)もしていたため、N6の廃ロープリサイクルは難しくはない。しかもこの技術を持つのは台湾の台化、韓国の暁星TNC、イタリアのAquafilのみということだ。
台化のN6製品リサイクルへの参入は、2018年に国際的なアウトドアウェアのブランド・パタゴニアとの提携から始まった。当時、台化のベトナム工場で、廃棄ナイロン漁網をCPLに戻し、環境に優しい糸として再生した後、パタゴニアへ提供することで機能的なアウトドア・スポーツウェアが生産されることになった。
それまで、台化はN6を世界第2位の漁網メーカー・金洲海洋にも提供していた。パタゴニアとの提携の経験を生かし、台化は2022年に金洲海洋と廃漁網リサイクルにおける協力意向書を取り交わし、洪福源董事長は、企業の社会的責任である「We produce. We recycle.(自社生産・自社リサイクル)」の達成を目指すとコメントした。
台化新港工場の重合(高分子を構成する基になる低分子化合物のモノマーを多数結合させて、高分子を作る化学反応のこと)エリアに到着し、製造ラインに沿って案内された私たちは、牡蠣養殖廃ロープと廃漁網のリサイクル工程について学んだ。回収され束ねられた漁網が整然と並べられ、反対側には、短く切断されたロープが溶融炉に入るのを待っている。作業員が、検査器具を手にそれが全てN6であることを確認していた。
積み上げられた廃ロープは、リサイクル成分検証のGRS認証を取得した溶融炉で、溶融、解重合という化学的な分解、ろ過という純化の3段階を経てN6の材料となるCPLに戻される。
CPLは原糸工場に送られ再製産される。触媒を加え、貯蔵タンクで加熱・重合し、N6顆粒となり、押出機で環境に優しい糸として加工される。糸が巻かれたロールは、袋詰め・包装を経て出荷され、川下メーカーで加工に使われる。
台化によると、「リサイクルCPLと、石油化学製品から製造されるバージンCPLの品質に大きな違いはない」とのことだが、回収された後に化学分解(解重合)されることで得られるリサイクルCPLは、バージンCPLと比べて15%の節電になり、炭素排出量は 49% 削減、石油消費量も削減でき、資源の無駄を減らせるそうだ。
2021年には、金門県政府も台化の廃漁網のケミカルリサイクル技術を活用し、それまで数十年にわたって金湖鎮の新塘埋立地に山積みされていた70トンを超える廃漁網問題の解決にこぎつけた。また、将来的に廃漁具もリサイクルできるようにと、リサイクルチェーンを構築した。
今年(2024年)、台化の新港工場では第2のN6リサイクルラインを新設した。将来的に、台湾・ベトナム工場での廃漁網と廃ロープのリサイクル生産能力は毎月1,250トンになる見込みだ。近年、海洋委員会海洋保育署(以下、「海保署」)が推進する海洋廃棄物再生連盟に加入した台化は、これら廃棄物を環境に優しい糸にリサイクルし、ナイキ、アディダス、パタゴニア、福懋 (FORMOSA TAFFETA) などの大手ブランドに機能性衣料用として提供している。
プラスチック製の牡蠣養殖ロープは海水に長時間浸かると硬くなってしまうため、一度きりしか使えない。(撮影:郭美瑜)
政府主導のマッチング
漁師が収穫した牡蠣を洗浄浄化場に送ると、養殖ロープはその場で回収される。(撮影:荘坤儒)
リサイクル産業バリューチェーン
「海洋廃棄物のリサイクルには3つの難題がある」と張局長は指摘する。牡蠣養殖廃ロープと漁網のリサイクルを例に、まず、漁業者の意識をどのように向上させるか、次に、回収物の仮置き場をどのように確保するか、最後に最も重要な点として、どのように最終処分を行うか、という3つの課題が挙げられた。
2020年には海保署が「海へ敬意を―海岸清潔維持計画」を実施、海洋廃棄物リサイクル産業チェーンを統合し、19の臨海地域の自治体に海洋廃棄物除去のための補助金を交付した。台湾海域の海洋廃棄物除去とリサイクルの外部委託、海洋清掃大連盟を設立したほか、環境保護に取り組む漁民チームや市民ダイバー募集といった海岸清掃参加の呼びかけをするなど、海洋廃棄物や漂流ゴミ除去の支援をしている。
嘉義県政府の取組みはどうか。東石漁港と布袋漁港では廃漁網と牡蠣ロープ回収場が設置され、漁民のリサイクル意欲を高めるため、廃ロープは1キロ15元の高値で買い取られる。また、リサイクル業者に委託して、分類、不純物の除去がおこなわれ、最終的に台化に提供される。
張局長は、海洋廃棄物リサイクルの最終段階として処分の道筋が必要であると指摘し、高品質の製品が創りだせれば、リサイクルのインセンティブが高まるとする。例えば、スウェーデンのブランド「FJALL RAVEN(フェールラーベン)」のバックパックは、原材料のひとつに牡蠣養殖廃ロープをプラスチックに戻した原料を使用している。このように高品質製品に再利用すると、養殖ロープとしてリサイクルした場合の100~200倍の価値が付くという。張局長はスウェーデン訪問の際に、そのバックパックをお土産に持っていった。贈る相手に「廃ロープでできているんですよ」と伝えると、不思議がられたという。
2021年、海保署はリサイクル業者、ブランド企業、デザイン企業、金融機関、研究機関に呼びかけ、海洋廃棄物のリサイクル商品の研究開発を目的とする「海洋廃棄物再生連盟」を設立した。これまでに49の企業が参加している。
昨年、海保署主催の海洋廃棄物再生連盟の年会では、海洋廃棄物商業化の成果が発表された。産業界で採用された廃漁網リサイクルの製品には、メガネフレーム、台湾の繊維製品の安全標準・CNS15290に合格した肌触りの良いベビー用タオル、シャンプーボトル、オフィスチェアのキャスターなどがある。
また、熱で軟化し冷却で固まる熱可塑性樹脂の再利用を手掛ける台捷精密股份有限公司(以下、「TjG」)は、主に廃漁具のブイ、浮き、発泡スチロールPS・HIPSなどをリサイクルし、他の材料と一緒に改質して複合材料とし、工業用パレット、陳列棚、学校用机・椅子、キャビネット、あずまや、小屋、置物カゴ、小型スツール、スマホスタンドなどを生産している。
TjGの劉興朋董事長は、「海外からのお客様の多くは、リサイクル熱可塑性樹脂に木材や板材の質感があるとは想像もつかないようです」と語る。
TjGは、インドネシア政府推進の東南アジア初の主要都市でのネットゼロ・グリーンシティ建設プロジェクトにも招かれ、熱可塑性樹脂の処分、生産拠点の設備計画、技術者育成を主導している。
海保署の黄尚文署長によると、廃漁網に経済的価値が付与されてから、漁業者や企業が率先してリサイクルをするようになったという。東南アジア諸国の多くは廃漁網の処理問題を抱えている。台湾企業には廃漁網処分技術があるため、将来的には国境を越えた協力により、持続可能性と環境保護の問題解決ができると期待されている。
廃棄された牡蠣の殻も循環経済に組み込むことで、建材、サンダル、ファブリックなどにリサイクルできる。(撮影:荘坤儒)
循環経済の取組みと持続可能な海洋
嘉義県牡蠣養殖生産販売協会の理事・蕭明富さんは牡蠣を養殖し、漁もする。自宅前は小さな漁具工場のようになっており、自ら牡蠣の殻を吊るし、漁網を編み、解体もこなす。新しい漁網の浮きや鉛は全てリサイクル材料で作られている。
「昔は、廃漁網はお金になりませんでしたが、今ではリサイクルに補助金が出るようになり、循環利用されるようになりました。道に捨てられた網も拾う人が出るようになったんです」
小琉球は台湾の離島の中で唯一のサンゴ礁からできた島で、観光名所でもある。
過去14年間、小琉球海洋ボランティアチームは430回に亘り、廃漁網など多くの海洋廃棄物を除去してきた。くわえて政府が当エリアでの刺し網使用を禁止したことで、サンゴを始めとする生物が生息空間を取り戻した。リーダーの許博翰さんは「廃漁網が生態系に与えるダメージはとても大きく、想像も及ばないほどですよ。チームメンバーの多くが以前は魚銃を手に巻網で魚群を囲っていたのですが、今は思いが違いますね」と語る。
海は海鮮文化を提供し循環経済を取り入れるだけではない。海洋環境のさらなる悪化をどう防ぐのか、廃ロープや廃漁網の存在が、私たちに問いかけ、反省を促してくる。もう待ったなしなのだ。
収穫されたばかりの牡蠣は回転ドラムにかけられ、殻とロープに分離される。養殖ロープは全てリサイクル可能だ。
養殖ロープは海水に長時間浸すと硬くなるため、一度しか使えない。
日干しされている廃棄ロープや廃漁網の処理に小型重機を使う作業員。(撮影:荘坤儒)
廃棄ロープは不純物を除去してから日干しをして台化に送られ、循環経済の生産プロセスに組み込まれる。
廃漁網と廃棄ロープをカプロラクタムに戻すプロセスを説明する台化の担当者。
台化の作業員が廃漁網を検査し、材料がナイロン 6 であることを確認する。
廃漁網と廃棄ロープは、ケミカルリサイクルによってカプロラクタムに戻すことができる。
カプロラクタムに戻された繊維は、環境に優しい糸として再生産される。
台化の作業員の仕事には、環境に優しい糸の品質の目視検査が追加される。
廃漁網や廃棄ロープはリサイクルされ、カプロラクタムに戻される。石油化学製品から製造されるバージンカプロラクタムよりも節電、炭素削減効果が高い。
私たちは、海の恵みを享受するだけでなく、海洋文化についてより深く考えるべきだ。(撮影:荘坤儒)