高家賃=高人気
2001年、王永さんは友人と資本を出し合い、羅斯福路の台湾電力ビルの近くに、後に簡体字書店として有名になる問津堂を開いた。2年後、王さんは問津堂から独立して秋水堂をオープンした。
王さんは、資金にゆとりがあり、ビジネス思考に長けた経営者だと言える。ほかの独立書店がなるべく家賃の安い店舗を探すのとは異なり、秋水堂の店舗2フロア分の賃貸料は月15万元、業界では最高クラスだ。
「高い家賃は高い人気を表します。日本人の経営哲学では『できるだけ家賃の高い場所に支店を開け』というほどです」と王さんは言う。新生南路一帯で地価最高は台湾大学正門前の誠品書店だが、秋水堂は同じ正門から200メートル以内の路地内にあり、同様に台湾大学の教授や学生を引き付けることができる。家賃が高くてもそれに見合う収益が見込めるのだ。
会員制で分析
現在、販売が許される簡体字書籍は学術書に限られているので、秋水堂では文学、歴史、哲学、芸術の分野の書籍や、廉価なクラシック音楽、中国の地方戯曲、芸術映画のCDやDVDを置く。
王さんによれば、中国大陸は市場が大きく、翻訳者も各国語にわたり、西洋現代思潮の紹介は極めて早い。マイナーな学術書なども多く出版される。「崑曲や古琴、古代音楽の研究書など台湾ではめったに見かけませんが、うちではよく売れます」
繁体字書籍に比べて簡体字書籍は安く、同類の書籍の価格は3割以上差がある。これも台湾で売上げを伸ばしている原因だ。だが簡体字書籍はたいてい返品できないのでリスクが高く、仕入れは慎重を極める。
客の消費傾向を知るため、秋水堂は会員制で各種カードを発行し、割引などのサービスで顧客を集める。王さんは「メンバーズカードの資料を分析すれば、その人の本の好みがすぐわかります。また、専門のバイヤーを北京に常駐させ、中国市場の観察や書籍発掘に当たらせています」
明るい空間とサービス
広く明るいスペースと行き届いたサービスも、秋水堂の誇る特色だ。自らも本屋巡りが好きという王さんは「私が一番嫌なのは座るところのない書店です」と言う。客が座ってゆっくり読めるよう、秋水堂1階には長テーブルやお茶、紙コップが並べられている。
台湾大学歴史研究所で学ぶ江さんは秋水堂の常客で、ここには清潔で明るいトイレがあるので安心してゆっくり本が探せると言う。「トイレなど些細なことかもしれませんが、でもそういう点に客への心配りを感じます」
売上げも好調で、今年5月には台中の東海書苑のあった場所に、秋水堂の第一支店を開いた。
マイナー市場
簡体字の書籍や書店が増えているとはいえ、新聞局『2006年出版年鑑』によれば、2005年の簡体字書籍輸入総額は4〜5億元、総数約300万冊で、台湾図書市場全体の1.5〜2%を占めるに過ぎない。中国、香港、台湾の出版市場を観察してきた王さんによれば、繁体字に親しんだ消費者にとって簡体字はとっつきにくく、研究者や知識層以外はあまり読もうとしない。「香港が中国に返還されて10年ですが、一般人は今でも伝統的な繁体字書籍を好みます」
簡体字書籍がマイナー市場だとはいえ、近年、台湾では中国の作家や翻訳家による書籍が増えていることは間違いない。もし台湾出版界が惰性をむさぼり、台湾の作家や翻訳家の育成に力を入れなければ、それこそ出版市場にとって最も憂える事態となるだろう。