ランタンにこめられた意味
国立台中教育大学台湾語文学科准教授の林茂賢さんは台湾の民俗儀礼を専門としている。曰く、「ランタンの本来の機能は純粋な照明用でしたが、後に幸福祈願という文化的な側面が加わりました」とのことだ。例えば、巡行や巡礼の行列の先頭には必ず提灯を持った「頭灯」がいる。頭灯はもともと照明のためだったが、後に「引率」の象徴となり、人々が頭灯に付き従うようになった。
夏の中元節の間、廟では霊を供養する「普渡」が行われ、ランタンが掲げられる。「ランタンは竹の上に吊るされ『灯篙』と呼ばれ、さまよう孤独な霊を呼び寄せるために使われます」と説明する林さん、メールを持たずLINEグループにも入っていない霊たち、と生き生きとした比喩を使いながら、その呼び寄せ方について「道端にいる孤独な霊には灯篙を使い、水中にいる孤独な霊には灯篭流しをして、岸に上がり供養を受けるように知らせるんです」と教えてくれた。ランタンは、人とあの世の橋渡しをするものなのだ。
伝統的な村落では、通りにランタンが一列に吊るされているのをよく見かけるが、「あれは祭祀圏(同じ主神を崇拝する人たちが居住する地域)の概念を示していて、祭がおこなわれる地域であるという意味」と林さんは説明する。
「灯」は伝統的には生命と密接な関係があるとして、林さんは『三国演義』の中で、諸葛孔明が七つの灯明で寿命を維持したというエピソードに触れ、「灯がともれば人は生き、灯が消えれば人は死ぬ」という意味だと語る。寺や廟には「斗灯」という木箱があり、中にはさまざまな象徴的な意味を持つ物が収められている。四角い箱は方形の地を表し、涼傘という傘は円い天だ。七星剣は北方を表し、定規は長さを測る用途があるほか、長い体をした龍の中でも東の青龍を意味する。はかりの竿にある一つひとつの目盛は虎の尾に見立てられ、西の白虎を意味する。ハサミは鳥のくちばしのように開くことから、南の朱雀を表す。ハサミと分銅は金属製、斗灯の台座は木製で、中には火を表すロウソクが収められ、台地から育つ米も入っている。「斗灯は通常、一つの集団が一つ供えるもので、その集団の生命の源を象徴します」
「たくさんのランタンをずらっと並べる排灯というお祭りもありますが、同じようにそのコミュニティの明るい未来を表しているんですよ」と林さん。「彰化県花壇郷には100年以上続く迎排灯という行事があり、これは(雲林県)北港でも行われています。媽祖の巡行の際は、各行列の前方に必ずランタンが並びますが、その集団の繁栄を表しています」とのことだ。
台北にある艋舺龍山寺には、唐さん父子が描いたランタンが高く掲げられている。