みんなのアートセンター
2015年、簡文彬は「みんなのアートセンター」を衛武営のスローガンに定めた。
これは衛武営を手掛けたオランダの建築家フランシーヌ・ホウベン(Francine Houben)の設計理念とも呼応する。ホウベンが高雄のガジュマルの林にインスピレーションを得て設計した一枚の大きく波打つ屋根は、連なるガジュマルの樹冠を描き出し、垂れ下がる気根が木の洞を作り出し、屋根の下の通路と休息スペースを形作る。くりぬいた天井から差し込む光が木漏れ日のようである。風の通り道ができ、木陰の広場は涼やかである。1階のスロープは衛武営メトロポリタン公園の歩道と連なり、ガジュマル広場に誘われた人々が、半屋外のスペースに憩う。
流線形の曲面の屋根の下、室内には4つのスペースがある。コンサートホール、リサイタルホール、オペラハウス、プレイハウスである。
台湾で唯一ヴィンヤード(ぶどう園)形式を採用したコンサートホールは、客席がステージをぐるりと囲む。ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ウォルト・ディズニー・コンサートホール、東京サントリーホール、フィルハーモニー・ド・パリがこの形式である。9085本のパイプが並ぶパイプオルガンはアジア最大である。
リサイタルホールは室内楽やリサイタルのために、反響板、吸音パネルカーテン、斜め格子の壁がぐるりと囲む設計で、最高の音響を目指した。
12月のクラウドゲート・ダンスシアター45周年記念「林懐民傑作選」が初公開となるオペラハウスは、台湾最大の劇場である。「台湾レッド」を基調とした馬蹄型の客席設計で、最大2260人収容可能である。
プレイハウスはデルフトブルーを基調に、額縁舞台と張り出し舞台とを切り替えられる。張り出し舞台は観客と役者の距離が近くなり、喜怒哀楽の表現を間近に感じて臨場感が伝わる。
南台湾も世界レベルのパフォーマンススペースを手に入れた。だが、簡文彬はアートが高尚なものになってしまうことは望まなかった。「『殿堂』ではなく、誰でも足が向く『場所』であってほしいのです」そこで、ガジュマル広場で「衛武営・木の洞」プロジェクトを開催している。皆でヨガをしたりブランコで遊んだり、「木の洞シネマ」ではガジュマル広場で寝そべって、鋼板の壁面に映し出された映画を鑑賞する。しかも、衛武営には正門がなく、すべての人に開かれた空間である。人々は八方からやってきて、様々な接し方で衛武営に親しむ。
毎年開催する「衛武営アートフェスティバル」では国際フォーラムの第一セッションが必ず市民フォーラムである。各界から招いた人が衛武営と自身の関係を考え、話し合い、衛武営の今後がどのように外界とつながるのかを描き出す。
タイムギャラリーを歩いて衛武営の歴史を読むと、清代から日本統治時代まで軍の要地だったことがわかる。戦後は新兵訓練センターになり、1979年に軍が手放し、1992年には曾貴海医師をはじめとする民間の力で衛武営の公園化が推進され、十余年にわたる南方のグリーン革命運動が始まった。2003年に政府が「衛武営芸術文化センター」計画を採択し、メトロポリタン公園に10ヘクタールの用地を保留し、2018年に「衛武営国家芸術文化センター」が落成した。この道のりは、蔡英文総統が開幕式典で述べた通り、台湾の空間の戒厳令解除と文化の権利平等の努力を示している。
欧州から帰国した簡文彬は、衛武営を彼の新たな創作ととらえている。