芝居は人生の如く、人生は芝居の如し」と言われる。ドラマを通して私たちは共感し、登場人物に自分の姿を重ねる。ひとつの国の文化や時代もドラマを通して表現できる。
台湾のはさまざまなプラットフォームを通して海外でも見られるようになり、この土地の物語を世界へと伝えている。
2022年の第57回金鐘賞(優れたテレビ番組や関係者に贈られる賞)のノミネート一覧を見ると、ドラマのジャンルは実にさまざまだ。歴史ドラマの『茶金 ゴールドリーフ』『斯卡羅(SEQALU:Formosa 1867)』、ホームドラマの『おんなの幸せマニュアル 俗女養成記2』、サスペンスの『追撃者~逆局~』、ファンタジーの『良辰吉時』、SFの『2049』などのほかに、消防隊員をテーマとした『火神的眼涙』、また時代物とサスペンスを合わせた『華灯初上-夜を生きる女たち-』、歌仔戯(台湾オペラ)の『嘉慶君遊台湾』などだ。ジャンルもテーマもさまざまで、台湾ドラマの創作エネルギーの豊かさがうかがえる。
ディテールにもこだわった『麻酔風暴』を通して、医療現場の人々の心の葛藤を知ることができる。(公共テレビ提供)
瓊瑶、包青天から流星花園まで
「過去40年の台湾ドラマを振り返ると、それぞれの時代を反映しています」と話すのは、客家テレビの元副ディレクターで、プロデューサーや演出、音楽評論家などの経験もある瀚草文創の湯昇栄董事長だ。彼は、映像と音楽の分野での20年余りの経験を語る。初期は瓊瑶の小説をドラマ化したものや、宋代の民間の物語から展開した連続ドラマ『包青天』がアジアを席巻し、国内外の大部分の華人に共通の記憶となっている。
2001年の『流星花園〜花より男子〜』は台湾に新たなアイドルドラマの流れを巻き起こした。その成功は作品だけでなく、出演者や音楽などにも新しさがあり、海外でも注目された。このドラマは後に、日本や韓国、中国でもリメイクされ、2022年にはタイバージョンも放送されて、台湾アイドルドラマのレジェンドとなった。
この5年、映像や音楽の配信サービスOTTが盛んになり、視聴者の習慣も変化し、それによってドラマ制作にも変化が生じた。湯昇栄は、SNSが大きな話題を生み出すようになり、かつては分衆向けだったテーマや一般向けではないとされた内容が多くの人に見られるようになったと言う。
『麻酔風暴』に見る台湾ドラマの野心
2008年、台湾映画の『海角七号 君思う、国境の南』が5.3億元という興行成績をあげ、長年低迷していた映像産業は大いに自信を持った。映像制作に従事していた曾瀚賢が「瀚草影視」を創設するきっかけにもなった。
まだホームドラマやアイドルドラマが主流だった当時、曾瀚賢はこれまでにないジャンルで差別化を試み、大量の脚本の中から黄建銘の『悪火追輯』を選び、それをドラマ『麻酔風暴』へと書き換えた。
2015年に放送された『麻酔風暴』は、手術において欠かすことのできない存在でありながら、あまり注目されない麻酔医を中心とした全6話の物語だ。医療スタッフの過労や医療過誤、患者のたらいまわしといった問題も扱った。医療現場の表現はリアルで、俳優の演技もよく、大きな反響を呼んだ。第50回金鐘賞では、最優秀ミニシリーズドラマ賞、最優秀助演男優賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞などを受賞した。
『麻酔風暴』は高く評価され、瀚草はセカンドシーズン制作の機会を手にした。「同じことは繰り返さない」ことをモットーとする曾瀚賢は国際市場に目を向けていた。ドラマを輸出するには制作のスペックを高めなければならないことを知っている彼は、映画の資金集めの方法をテレビドラマ制作に導入した。
こうして1話あたり600万元の予算を得て『麻酔風暴2』はヨルダンでのロケを実現し、国境のない医師団の物語を描いた。衝撃的な爆発シーンもある。各プラットフォームで配信されると、高い視聴率をたたき出した。『麻酔風暴』が初めて試みた製作費調達と版権販売のモデルは、台湾ドラマのスケールを拡大するものである。
社会的テーマを大きく扱う
多様性を受け入れる台湾社会では、映像制作者も大いに創意を発揮でき、硬い社会的テーマをおもしろいドラマにしようとチャレンジする。
2018年に放送された『你的孩子不是你的孩子(子供はあなたの所有物じゃない)』はSF的な部分もあるドラマで、Netflixでも同時に配信され、配信前の予告編だけでものべ100万人が視聴した。教育をテーマとした従来の温かい表現を抜け出し、奇想天外な発想で物語が進んでいく。例えば、時間を巻き戻すリモコンなど、SF的なモチーフがあり、愛情という名で人を追い詰める家族関係や、成績優秀であることを追求する社会の価値観などを扱い、思わずはっとさせられる。このドラマが世界のプラットフォームで配信されると、内外の視聴者の間で盛んに議論され、台湾ドラマの注目度も高まった。
こうして台湾ドラマの一作品が注目されると、多くの人がこの分野に関わろうとする。例えば、出資者の役割を果たしてきた大慕影芸も、ストーリーテラーの列に加わった。2019年の初めての作品『我們與惡的距離(悪との距離)』の物語は、無差別殺人から始まる。被害者の家族や加害者の友人らの心の変化を描き、またマスメディアの職業倫理や精神疾患を持つ者に対する型にはまったイメージ、死刑存廃などの人権問題にも触れ、社会問題を考えさせるものとなった。
従来は硬いテーマとされてきた社会問題でも、多くの視聴者をひきつけることがある。『我們與惡的距離』が配信されると、テレビやネットでも高い視聴率を上げ、最終回がストリーミングサービスのCATCHPLAYで配信されると、400万人が視聴した。このドラマは金鐘賞の14部門にノミネートされ、硬い社会派ドラマでも、質が良ければ高い視聴率を取れることを証明した。
曾瀚賢が瀚草影視を創設したのは、小さな草のように脆い映像産業を広大な草原へと成長させたいという思いからだった。
ローカルな課題をグローバルな表現で
曾瀚賢は、海外へ輸出するドラマであっても、どの土地に立って制作するかが非常に大切だと考えている。
『誰是被害者(次の被害者)』は、瀚草がローカルの物語をグローバルな手法で表現した作品だ。アスペルガー症候群の鑑識官が、失踪した娘が関係していた殺人事件を捜査していく過程で、スクープを得るためなら手段を択ばないジャーナリストと協力していく物語で、二人は一つひとつの奇妙な事件の真相に迫っていく。一般の刑事ものが犯人捜しをしていくのと違い、このドラマは台湾でかつて発生した重大事件を巧妙に取り入れ、一つひとつ謎を解きながら真の被害者を明らかにしていく。
物語が進むにつれ、被害者は実は殺人犯である可能性が見えてくる。登場人物一人ひとりのもろさや心の傷が浮き彫りになり、分ってほしいと渇望する視聴者は共感する。
『誰是被害者』は、善人と悪人といった二分法ではなく、広い視野で社会に光を当てた。新鮮な物語の展開の中に、人間性の善と光が見え隠れする。『誰是被害者』は台湾のNetflixのランキングで連続10日以上トップに立ち、ベトナムやシンガポール、香港などでもトップ10に入り、セカンドシーズンの制作が始まる前から、Netflixは契約続行を決めた。これは台湾ドラマにとって大きな励みになる実績と言える。
曾瀚賢は、多様性を受け入れる台湾ではコンテンツ産業に対しても受容度が高く、従来とは別の視点を提供するというのが台湾ドラマの特色になっていると考える。台湾文化は大きな影響力を持ってはいないが、ルールを定めて大きな声を上げることはできる。「しかし、それよりも最も質が高く、味わい深く、人々の共鳴を得られる声を出していくべきだと思います」と言う。
ここ数年、台湾ドラマのジャンルは多様化し、質も向上し続けていると語る湯昇栄。
『茶金』が打ち出す新たな美
2021年、公共テレビと瀚草が歴史ドラマ『茶金 ゴールドリーフ』を共同制作した。1950年代台湾の政治や経済、不安定な国際情勢の中で、台湾茶が世界市場で最も輝いた時代を描いたものだ。女性商人がいなかった時代にヒロインが茶葉の商戦に加わっていく。さらに茶農家や茶師といった市井の人々の生活も描かれ、一つの時代の歴史を見せてくれるドラマだ。
湯昇栄によると、以前の時代物は時間をかけて感情表現するものが多かったが、『茶金』はテンポが速く、男女の恋愛もメインではない。ただビジネス戦のプロセスで主人公の男女が想いを抱き合い、慕い合うだけに留まる。富豪の家の典雅で堂々としたシーンや、ヒロインのたおやかで品のある着こなし、茶を嗜む文化、台湾の茶園の壮大な景観などが詳細に表現される。古い時代の物語だが、現代的なビジュアル表現がこれまでの台湾ドラマとは異なる美を醸し出した。「私たちは新しい映像言語を生み出し、ローカルな素材に新たな高みをもたらしたかったのです」と『茶金』をプロデュースした湯昇栄は言う。
グローバルな手法で台湾の物語を描いた『誰是被害者(次の被害者)』は、プラットフォーム上で世界中の視聴者が観賞し、台湾でも優れた刑事ドラマが制作できることを証明した。(瀚草文創提供)
多様な内容が台湾の
大慕影芸が制作した『我們與惡的距離(悪との距離)』は無差別殺人事件や死刑存廃、メディアの倫理といったテーマを扱い、社会問題を見ごたえのあるドラマに仕立てた。(大慕影芸提供)
価値を伝える
最近の素晴らしい作品を振り返ってきたが、今後はどのような作品が出てくるのだろう。
この業界で常に新しい世界を開いてきた瀚草は、家庭ドラマ、仮タイトル『百味小厨神(小さな天才シェフ)』を計画中だ。主人公は総舗師(台湾特有の野外宴会の料理長)の孫だ。祖父は亡くなった人々を大切にしていて、中元節になるとお供えのご馳走をたくさん作って無縁仏を供養していた。その孫が、祖父のレシピから中元節のご馳走を再現しようとする物語だ。このドラマを通して祖父母と孫世代の愛情を表現したいという。曾瀚賢は、こうして無縁仏まで供養するというのも台湾特有の文化だと言って笑う。
一方、大慕影芸は、先の『我們與惡的距離』と『做工的人』に続いて、2023年には3つ目の作品『人選之選――造波者(The Wave Makers)』を打ち出す。これも社会派のドラマで、選挙の背後で活躍する宣伝担当者の日常を描く。家庭と仕事、生活の間で折り合いをつけながら働く若い選挙スタッフと彼らの夢を追う。
大慕影芸CEOの林昱伶は、政治は敏感なテーマだが、日常のものでもあり、どの国にもそれぞれの選挙文化があると語る。この作品は、肩の凝らない滑稽なトーンで台湾の選挙文化のユニークさを表現するという。「非常に台湾的でありながら、他の国でも共感できる内容です」と言う。
また、公共テレビは『你的孩子不是你的孩子』に続いて2022年12月に同じくオムニバス形式の『你的婚姻不是你的婚姻On Marriage』を打ち出した。結婚相手との関係の脆弱さと困難を描き、前作に引き続いてSF的な設定もある。どの物語の主人公も未来のテクノロジーを使って結婚生活を維持するのだ。例えば、人の本心を教えてくれる聖筊(廟で願い事を神様に問う時に使う三日月形の二つの木片)、願いをかなえてくれるスマートマウスなどだ。緊張感のあるドラマは、人々に結婚についてあらためて考えさせる。
次々と面白いドラマが出てくるが、あなたはご覧になっただろうか。
製茶やテイスティングから人物の服装までは丁寧に場面を作り込んだ『茶金 ゴールドリーフ』は、歴史ドラマに新鮮な味わいを味わいを与え、台湾ドラマに新たな美をもたらした。(公共テレビ提供)
ミニシリーズの『2049』は、テクノロジーが進歩する中、人の心は相変わらず欲望と苦痛に満ちていることを表現する。瀚草が新たに試みたSF作品だ。(瀚草文創提供)
ドラマは想像をふくらませる。『你的婚姻不是你的婚姻』は、奇想天外なテクノロジーを使って夫婦関係を維持する物語。写真は、相手の本心を読み取る聖筊を使うところ。(公共テレビ提供)
『麻酔風暴2』はロケをヨルダンで行ない、衝撃的な爆発シーンもあるなど、台湾ドラマのスケールを大きなものとした。(瀚草文創提供)
台湾らしいモチーフを多数盛り込んだ『百味小厨神』はすでにポストプロダクションの段階に入り、まもなく配信される。