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芸術文化

竹のアートと工芸――

竹のアートと工芸――

伝統工芸から現代的デザインへ

文・蘇俐穎  写真・林旻萱 翻訳・山口 雪菜

10月 2024

(范承宗提供)

 

物質が豊かな今日の商業社会においては、常にさまざまな製品が消費を待っている。しかし、農業時代の日用品を見返すと、その素朴な美しさに気付くことだろう。これらの製品は現代の暮らしに合わなくなっているかもしれないが、そこに蓄積された文化と美、知恵と技は、クリエイターの無限の想像力をかきたてる。

猛暑の夏の日、南投県草屯にある工芸研究発展センター(以下、工芸センター)を訪れた。「43椅」という名の竹の椅子は台湾のモウソウチク(孟宗竹)の平らな竹の板を組み合わせて出来ている。人体工学を考慮して身体にフィットするように竹板を湾曲させて並べたもので、ひじ掛けはない。これに座ると、台湾人には親しみのある、竹ござのひんやりした涼しさが感じられる。

范承宗の竹の作品「荃屋」。サオ族伝統の魚荃という漁具(竹製の仕掛け)から発想を得た作品。(范承宗提供)

 

竹工芸の演繹

工芸センターの陳殿礼主任は、工芸は農業社会と商業社会の懸け橋となるもので、工業製品の前身だと説明する。機械による大量生産がなかった時代、人々の日常生活は身近な素材を使った工芸品とともにあった。自産、自消、自用、低炭素、エコ、サステナビリティといった特色を持つ工芸品はESGの精神にもかなっている。

工芸センター設計組の許峰旗・組長が、同センター内で開かれていた「竹跡+」展覧会を案内してくれた。展示エリアの1階には、顔水龍の竹の椅子が陳列されている。顔水龍は伝統的な竹椅子を簡略化して設計図を描いて制作する。有名な「竹製客庁椅」(客間用の椅子)は、背もたれがやや後ろに倒れたシンプルで力強いデザインで、竹の節を論理的に配してあり、伝統工芸と現代的デザインの初歩的な融合を試みている。

続いて目に入るのは伝統的な工芸作品だ。黄塗山、李栄烈、張憲平ら、国宝級の作家の力作である。2階へ上がると、今度はモダンなデザインの作品が並んでいる。工芸センターが打ち出すブランド「Yii」には、人目を惹く「43椅」の他に、イタリアの雑誌の表紙を飾った周育潤の作品、竹の球をつなぎ合わせて作ったソファー「Bubble Sofa」がある。さらに周育潤と蘇素任が共同でデザインした竹の腰掛「Bambool」、朱志康と葉基祥が制作した竹のハンガー「竹片」が展示されている。このほかにデザイナーのラシェル・ダグナランと「大禾竹芸工房」を経営する劉文煌が、竹の集成材を利用して作った胡椒入れや小物入れなどが並んでいる。どれを見ても竹材応用の多様さをあらためて認識させられる。

工芸はESGの精神にかなう地に足の着いたものだと語る台湾工芸研究発展センターの陳殿礼主任。

時代を経てきた庶民の知恵

私たちは工芸センターを後にして、近くにアトリエを設けているアーティスト范承宗を訪ねた。「大多数の人は伝統工芸は『手がかかる』ものだと考えていますが、実際には非常に『聡明』なものなのです」という言葉が印象に残った。

「竹跡+」に展示されている「Flow」は范承宗の作品だ。これはサンラウンジャーで、床と接する部分は三つの軸がある竹のボールでできており、椅子の座面は火であぶって流れるような曲線を出した竹でできている。

工業デザインを専攻した范承宗は工芸品制作で独立し、現在はインスタレーションアートと彫塑をメインに活動している。さまざまな分野で多数の作品を発表している范承宗にとって、竹はその創作キャリアのカギとなった素材だ。

工芸の話になると目を輝かせる范承宗は、工芸というのは一般の人々がイメージするものとは異なると語る。一つひとつの工芸品の製造工程は非常にシンプルで聡明なものなのだという。熟練した職人は、最も少ない道具と最も簡単な材料、最も手間のかからない方法で制作する。「これは職人が徒弟制度を通して代々伝えてきたもので、数百年、数千年をかけて、これ以上改善できないところまで到達した知恵の結晶なのです」

一般の人々は、工芸品の制作には「手がかかる」と考える。「作るのが難しく」「生産量が少ない」ため「価格も高い」のだと思われいるが、実際はそうではないと范承宗は言う。多くの工芸品は時代のニーズに合わなくなったために淘汰されてしまっただけなのだ。しかし、かつてこれらの工芸品は庶民が日々使用するものであり、熟練した職人の生産能力は高く、品質も安定していたのである。

43本の竹板を湾曲させて作った「43椅」は世界にひとつしかない作品である。

現代のデザインと伝統工芸

竹は「存三去四不留七」と言われ、4年で成熟した竹材となるため、金属や陶磁器などより原価は安く、手に入れやすい。生産の道具もシンプルで、高価な専門器具などは必要なく、范承宗にとっては画用紙と同じぐらい簡単に手に入る。彼は作品制作に取り組み始めた当初、手当たり次第に竹材を持ってきて試作した。「竹がもたらす自由がなければ、始めることはできなかったでしょう」と范承宗は感慨を込めて語る。

竹工芸から始めたため、彼が創設した考工記工作室の作品の4割は竹を素材としている。初期に制作した「Circle」という鏡は、竹家具の枠組みと蒸篭の輪という二つの伝統技法を活かして作られている。

また彼は、日月潭に暮らすサオ族の長老から、すでに失われた魚筌(伝統の竹製漁具)の作り方を学んだことがあり、この技法を大型インスタレーションアートに活用した。魚筌は水中に沈めて魚を捕る仕掛けで、入った魚が出にくい仕組みになっている。この技法を用いた大型作品を博物館や劇場、屋外などの空間に置くと、人々は仕掛けにかかったかのように、その美しさに魅了され、離れ難く感じるのである。

顔水龍の「竹製客庁椅」(客間用の椅子)。伝統工芸と現代的デザインの初歩的な融合を試みた作品である。

台湾独自の表現を探る

近年は竹を用いたデザインが注目されるようになったが、ランドスケープアーティストの王文志が20年前に大型のインスタレーションアートを制作したころは、まだ珍しかった。

王文志は竹との関わりをこのように振り返る。大学で美術を専攻した彼は卒業後にフランスに渡ったが、西洋の美術には隔たりを感じていて、常に「台湾の彫塑とは何か」と考えていた。そして1993年、帰国した彼は、故郷の嘉義に答えを見出そうと考えた。自分の内面に答えを探す芸術家が多い中、彼は五感でアートを体験し、多くの人と交流することを好み、自分の作品が建築物のように人と空間との関係を促すものであってほしいと考えていた。

ただ、大型の作品を一人で完成させるのは難しい。彼は幼い頃に標高1000メートルの梅山に住んでいて、工事現場の監督をしていた兄とその仲間と一緒に山に木を伐りに行ったことを思い出した。この集団労働の経験が独特な創作モデルの原型となったのである。台湾ではごくありふれた竹材をとってきて、集団で制作し、チームによる共同創作としたのである。

1999年、彼は九九峰の山麓にある南投県草屯青少年活動センターに初の大型竹編作品「九九連環」を展示した。竹編み細工の職人たちを招いて一緒に製作し、原住民族が用いる伝統の背負いかごの技法を取り入れた。これ以降、大型の竹編みランドスケープアートという創作の方向が定まったのである。

「竹跡+」展覧会には国宝級工芸家による作品も多数展示されている。

国境を越えて

現在、王文志の大型竹編作品は世界的に知られている。長年にわたって瀬戸内海国際芸術祭に参加し、「小豆島の家」「小豆島の光」「オリーブの夢」などを制作、オーストラリアのウッドフォードフォークフェスティバルでは「編織天幕」「浮雲」「樹屋夢」などを展示した。

彼は太くてよくしなるモウソウチクを主構造に用い、ケイチクを使って不規則な「乱編法」や秩序ある「規則編」などで形を作っていく。

彼はこれら作品の誕生の経緯を話してくれた。瀬戸内海国際芸術祭では現地の人々に地元の竹材の提供を依頼し、長年にわたってチームを組んできた嘉義の人々を率いて作業をした。また、ブラジルやオーストラリアなど、世界各地からボランティアを募り、小豆島の住民にも加わってもらい、集団で創作したのである。

その話によると、それまで島の二つの村の人々の関係はあまり良くなかったが、この共同作業によって関係は深まり、完成時には作品の下で台湾の高山茶を一緒に味わうことができたという。また、以前は観光客が島に宿泊することは少なかったが、夜にライトアップされた彼の作品を見るために小豆島に一泊する人も増えたそうだ。

天然の竹材の作品は長くて2~3年しか持たないため、今は見ることができないが、その素晴らしい記憶は人々の心の中に残っている。竹という素材は国境を越えて人と人とをつなぎ、自然回帰の道を示してくれるのである。

工業デザイン、工芸、芸術などさまざまな分野で活躍する范承宗。写真の鏡「Circle」は竹椅子と蒸篭の技法を用いている。

夜間にライトアップした竹編作品の景観にひかれ、多くの人が夜に小豆島を訪れるようになった。写真は2022年、王文志が瀬戸内国際芸術祭で制作した「帰霊」。(幼葉林芸術創作工作室提供)

范承宗と舞台監督・陳煜典が共同制作した作品。演劇「脱殻」の舞台に設置され、節のある竹を活かして伊勢海老など海の生物を表現している。(范承宗提供、秦大悲撮影)

(范承宗提供)

(幼葉林芸術創作工作室提供)

王文志がオーストラリアのウッドフォードフォークフェスティバルで制作した作品「樹屋夢」。大自然と融合したランドスケープ作品の中に入ると、心からリラックスできる。(幼葉林芸術創作工作室提供)

王文志は長年にわたって瀬戸内海国際芸術祭に参加している。写真は2013年に製作した「小豆島の光」。5000本の竹を編んだ巨大なドーム建築である。(幼葉林芸術創作工作室提供)

建築空間での体験を愛する王文志。

范承宗の作品にはシリーズ性がある。写真の作品はイギリスのコロネット劇場に展示された「غق屋Ⅸ」。(范承宗提供)

范承宗が富岡鉄道芸術祭に出品した作品「落来坐」。巨大な竹のボールの球体内に竹の椅子が並んでおり、中で休むことができる。(范承宗提供)