木彫、陶芸の東方芸術の殿堂
木彫師の洪耀輝は、1986年から2001年にかけて祖師廟の修復に加わった。中学を卒業してから木彫を始め、師匠について台湾各地の廟を回り、技術の基礎を教わった。
道具袋を開くと、大きさや形の異なる工具が並んでいる。洪耀輝が彫刻刀を操ると、木板が正確に彫られていき、その一彫りの積み重ねが生き生きした作品になる。今の若い人はこんな技を学ばないと、30年を超える経験を有する洪耀輝は言う。その苦労を知りつつ、技の伝承という使命感から、大学に講座を開設し、伝承に期待を繋いでいるのである。
陶芸と言うと、三峡の隣の鶯歌が思い浮かぶ。最初は彫刻を学んだのだが、縁あって鶯歌の陶磁器工場に就職した李志豪は、10年をかけて確かな陶芸の技術と知識を学んだ。
その後、陶芸職人として彼が創作の場に選んだのは三峡であった。もともと彫刻を愛する李志豪は陶芸との融合を試み、自分のスタイル確立を模索していた。「陶芸の創作では土との対話が必要です」と語るように土と火、そして心の調和が陶芸には重要である。彫刻の美を作品に表現するため釉薬を用いず、薪窯を研究し、さらに三峡の土を陶芸素材に用いる。「三峡は環境がよく、水や土の質も良いし、中でも豊かな鉱物質を含んだ土を窯で焼くと、魅力的な趣きの色が生まれます」と話す。
異なる土を使うと、陶器には異なる肌合いが生まれてくる。これに、薪窯の焼成過程で落ちる灰が自然釉となり生み出す色合いが、李志豪の作品に自然な素朴さと独自性を加える。こうして生まれた陶器は、食器でも茶器でも薪窯が生み出す美となり、日常生活に趣きを添える。
洪耀輝は常に静かに神経を集中させて作品と向き合い、熟練の腕で工具と技法を操る。こうして何の変哲もない木の塊が生き生きとした彫刻作品へと生まれ変わる。