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台湾の医療ブランドを打ち立てる

台湾の医療ブランドを打ち立てる

医療衛生の新南向政策

文・曾蘭淑  写真・彰化基督教醫院 翻訳・笹岡 敦子

5月 2020

慧誠智医がタイに輸出したバイタルサイン測定機器。タイ語の説明と音声に従って、患者は自分で受付を済ませ、血圧や心拍数を測る。(林旻萱撮影)

ベトナムのハノイ国立小児病院が、2019年に成し遂げたベトナム肝移植史上最年少の肝移植手術は、台北栄民総医院(病院)の肝移植チームにより行われた。タイ政府のスマート医療PR動画に出てくるバイタルサイン測定機器は、台湾製である。米空軍エアフォースワンの機内に、台湾製の遠隔医療デジタル撮影カメラが搭載されたことで、東南アジア市場への販売拡大にも大いに貢献した。

台湾の医療の実力は、世界が認める。この2年、政府衛生福利部の呼びかけで、台湾医療衛生ナショナルチームが結成され、新南向政策の対象国(ASEAN、印、豪、ニュージーランド等)に進出している。ある医療機関は、国交のある国に向けて優れた医術と医療の実力を展開している。またある医療機関は、自らのリソースを統合し、台湾の医療材料企業と製薬会社とともに、馴染みのない東南アジアとインドの医療市場に進出し、台湾の医療ブランドを輝かせている。

スマート医療視察のために台湾を訪れた東南アジア医療代表団は、台北から高速鉄道(新幹線)、さらに乗り継いで彰化県員林市に着くと、違和感を覚える。首都の台北から片田舎の町までやってきて、急性期病床300床に満たない彰化キリスト教病院(CCH)の分院を視察するのである。

だが、この員林キリスト教病院(YCH)は、台湾初のグリーンエネルギースマート病院である。明るいホールで、高齢者も自分で受付けを済ませ、慢性疾患の処方箋を受け取っている。外来ゾーンでは看護スタッフに頼らず、患者が自分で血圧と心拍数を測る。スマートナースステーションにはホワイトボードはなく、看護師がタブレットPCを片手に患者の診療録を調べている。病室では患者の家族が、ベッドサイドケアシステムのタッチパネルで食事を注文し、ついでに点滴が終わったことを知らせる。

「受付けから薬の受取りまで、手術から退院のスケジュールまで、モノのインターネット(IoT)で医療情報システムを統合し、スマート受診サービスを行うことで、一日最大3000人の患者を診察できています」とスマート病院の効率を聞くと、同じく患者の多さに悩むタイやベトナムの病院長から驚きの声が漏れる。移動の煩わしさなど、とうに忘れ去っている。

YCHは雨水‧廃水回収による省資源設計である。地下フロアでは夜間電力で製氷し、昼間は氷の融解で建物を冷やすことで、電力料金が30%節約される。手術の後には、医療スタッフがタブレットでORberを呼ぶ。ORberは、入出管理‧通報‧ビデオ等のシステムを統合し、手術室から100kg以上の医療廃棄物と手術設備を運ぶ牽引ロボットである。感染リスク軽減に貢献している。荷物が重いと、ORberの顔に汗が浮かぶ。訪問客の「Wow」の声が続く。

慧誠智医がタイに輸出したバイタルサイン測定機器。タイ語の説明と音声に従って、患者は自分で受付を済ませ、血圧や心拍数を測る。(林旻萱撮影)

官民協力で医療産業を橋渡し

衛生福利部長‧陳時中は、2018年に「一国に一メディカルセンター」とする医療衛生新南向政策をスタートし、参加した6医療機関(2019年に7機関に増加)に、それぞれ担当する国と医療衛生交流基盤を作るよう求めた。台湾の医療材料メーカーと製薬会社を率いて新南向国市場を開拓し、新南向政策がかかげる市場分散の精神を貫き、パートナー国との連絡強化を目指す。

中華経済研究院衛生福利新南向プロジェクト事務室のプログラム主宰‧顔慧欣は、この政策の核心は公共利益よりビジネス思考にあるという。

経済貿易法規に詳しい顔慧欣によると、東南アジア諸国は経済成長を経て、重要な貿易市場になった。各国でもASEAN統合の進捗を受け、国内法を調整しつつある。インドネシアは、外国資本が医薬品産業に投資できる比率を緩和した。また、欧米日で販売の承認を受けた医薬品であれば、ベトナムではこれに準じて申請できるようになった。

医療新南向政策のビジネス思考では、病院が先鋒となって、医療機関が長年培ってきた人脈と声望を大いに活用する。これまで輸出先の7割以上が欧米‧日韓‧大陸であった医療材料メーカーや製薬会社を、新興市場に牽引しようというのである。CCHと成功大学医学部付属病院(成大病院)は、官民協力アクションの模範生である。

看護師長が新南向政策対象国から来た研修生にスマートホワイトボードの効率の良さを説明する。

新南向のスポットライト

CCHは2009年から、タイ北部のオーバーブルック病院のボランティア診療とスタッフトレーニングで協力している。「医療衛生新南向」政策を通じて、協力地域はタイ北部から全国に広がり、協力項目も多様化した。

CCH海外医療センターの高小玲は「まずリサーチ‧スタディで、タイがインダストリー4.0と東部経済回廊(EEC)政策を推進していて、CCHは台湾で初のグリーンエネルギー病院を建設した経験から、タイが進めるeヘルス計画が必要とするノウハウを提供できることがわかりました」

「ビジネス思考」に基づき、衛生福利部はリーダー役の病院に、メーカーを率いて台湾イメージ展と医療材料見本市に出展するよう求めた。2019年にタイで開催された見本市MDA(メディカル‧デバイス‧アセアン)では、台湾企業16社がメインステージで台湾製品を展示し、台湾ブースに人だかりができ、日韓のブースは閑古鳥が鳴く様相だった。米国市場が中心だった晋弘科技(MiiS)は、米空軍エアフォースワンが同社の遠隔医療用デジタル‧ホルススコープを搭載したことで、MDAへの出展で即受注に結び付いたうえに、2019年のASEAN市場の売り上げが2018年から25%成長した。

親鳥が雛の面倒を見る体制にメーカーは感謝する。海外の病院長に、設立3年の医療材料企業が信頼してもらえるのか。慧誠智医(imedtac)社マネージャー謝秉融は打ち明けた。政府の医療衛生新南向政策とCCHの橋渡しで、こうした病院長が慧誠智医のバイタルサインステーションやORber等の製品がYCHで作動する様子を実地に見る。言葉を尽くした広告よりも、百聞は一見に如かずである。

成功大学医学部付属病院で、2018~19年の一国一プロジェクトを担当する許以霖医師も、力を借りて、力を発揮している。インド市場に進出して十数年の康揚輔具(Karma)社と共同で、2019年6月にウェブサイト「Taiwan M-Team」を開設した。サイトは、インド市場に興味あるメーカー40社を呼び込んだ。

インドに1700を超える販売拠点と24か所の物流倉庫を展開するKarmaは、寛大にもインドの拠点を台湾企業に利用させている。委託販売を引き受け、ローカライズ、カスタマイズしたマーケティングやノウハウを後進企業に伝授し、模索期間を短縮して戦力の「アライアンス」を形成している。

中華経済研究院は台湾の病院チームと海外の橋渡しをし、台湾の医療関係企業の東南アジア進出をサポートしている。(林旻萱撮影)

医療ナショナルチーム

企業の新南向市場への参入をサポートして、七カ国七センターからなるナショナルチームを結成し、「台湾医療ブランド」にも磨きをかける。

特に、交流と協力は台湾医療ブランド最大の強みである。ベトナムを担当する台北栄民総医院(VGH)の場合、ベトナム最大の外科病院であるベトドク病院の移植外科チームの全員がVGHでトレーニングを受けているだけでなく、2019年にはVGHの医療チームが、ベトナムの15年の肝移植史上最年少の肝移植術を行っている。

CCHは地域医療ケアと政府の長期介護2.0政策に取り組み、軽度認知症から入院患者までを対象に、一本化した認知症ケア系統を作り上げた。そこで得られた全面的なノウハウと経験は、海外輸出の魅力になっている。

CCHはタイ保健省タイ式医療‧代替医療開発局の招請で、長期介護ワークショップを開催した。CCH長期介護e病院の院長‧王文甫は、地域ケア拠点の新サービスには、中医学に基づく座ってできる太極拳、座ってできる八段錦を長期ケアに取り入れているという。また、展示してある点睛科技(IdeaBus)のSODA認知トレーナーも、タイの看護スタッフを驚嘆させ、台湾と共同での専門トレーニング実施を希望している。タイ式医療の医師もヒントを得て、タイ式マッサージが長期ケアに使えると考えている。

員林キリスト教病院のホールでは、患者は自分で受付を済ませ、慢性疾患の処方箋を受け取ることができる。

新南向パートナーと新たな関係

衛生福利部の統計によると、2018年に台湾で医療サービスを利用した外国人は42万人を超え、その3分の1が東南アジアから来ている。マレーシアを担当する長庚病院の胸腔外科医‧劉会平は、自身もマレーシア華僑である。故郷に還元したいという思いから、マレーシアでのシンポジウムやビジネスマッチング、マレーシア国営Bernama通信ニュースチャンネルのインタビューでも、長庚病院のがん治療と口腔再建の統合など世界的に知られる技術力を力説する。

新光病院の場合、長年パラオの国際医療に取り組んできた。医師と看護師の派遣駐在、現地医療人材のトレーニングに始まり、のちに国際搬送体制を立ち上げた。また、公立小学校では栄養教育を実施している。2019年から医療新南向計画に加わり、蓄積した医療協力の経験を、ミャンマーにも拡大している。新光病院には明確な構想があり、今年3月には遠隔会議で、ミャンマーの新型コロナウイルス感染拡大防止対策を支援している。

一国一センター政策の調整を行う中華経済研究院執行秘書(事務局長)蘇怡文はしみじみ話す。台湾医療ナショナルチームの東南アジアにおける医療材料見本市やシンポジウムでのパフォーマンスに、現地は目を輝かせた。医療新南向政策は東南アジア市場を掘り下げ、いつか、台湾人が東南アジアを旅すると、台湾と聞けば知らない人がいないだけでなく、「医療が素晴らしい」と付け加える日がきっと来る。

ORberは手術室に物資を運ぶ牽引ロボットで、カートが重い時は顔に汗を浮かべる。

彰化キリスト教病院海外医療センターの高小玲ディレクターは、スマート医療における同病院の強みを発揮し、台湾医療のナショナルブランドを輝かせている。(林旻萱撮影)

員林キリスト教病院1階のホールにあるインタラクティブ・ウォール。

中華経済研究院衛生福利新南向プロジェクト事務室が製作した「一国一センター」のしおり。(林旻萱撮影)

2019年、タイで開催されたMDAメディカル・デバイス・アセアンのメインステージで、台湾の製品を紹介する台湾企業。

2018年にタイで開催されたスマート医療会議で注目された台湾の医療ロボット。

彰化キリスト教病院は十年にわたり、タイ北部での無料診療を通して人材を育成している。

タイのMDAメディカル・デバイス・アセアンで製品を紹介する台湾メーカー。