台湾のために歴史を残す

パンチは速く、鋭く、精確で、表情は猛々しい。一秒に6発のパンチを繰り出す頼主恩だが、話す声は小さく、スリムで内気な青年だ。

台湾を代表して世界へ出ていく頼主恩は、世界の強豪の間でも尊敬される選手である。彼の成功は、数々の失敗に倒れつつ、常に立ち上がってきた努力から来ている。

強靭な持久力と精神力を持つ頼主恩は、2023年のアジア大会で銀メダルに輝いた。（李天助提供）

倒れては立ち上がる

頼主恩は崇文中学2年生の時からボクシングを始め、第11回全国大会で総統杯第3位に輝いた。国内では常に入賞していたが、初めて国際大会に出た時に完全に打ちのめされた。

高校の時、ブルガリアで開かれた世界選手権大会に出て1回戦で敗れた。「この時に、ボクシングの世界の大きさを知りました。ボクシングは簡単ではなかったのです」と言う。

さらに失敗談を語る。「2015年にアジア選手権に出た時は、国際大会の経験不足からリングの上でも怖くてたまらず、逃げてばかりいて、3ラウンドで8発のパンチも打てませんでした」

2016年には希望を持ってリオ五輪に出場したが、やはり1回戦で負けてしまい、スランプに陥った。そこから立ち直って今日まで頑張ってこれたのは、すべて「家族」がいたからだと言う。母親が家計を支え、ボクシングの道具は祖母が年金で買ってくれたのだ。「私にとって家族はすごく大切で、ボクシングを通して家族に楽をさせてあげたいと思っているのです」と言う。

ボクシング・ライトウエルター級代表の頼主恩は、爆発的な攻撃力と、スピーディかつ冷静なステップで移動するディフェンスに長けている。（李天助提供）

挫折してもあきらめない

「成功の定義がメダルを取ることではないとすれば、失敗してもあきらめないことこそ成功だと思います」と、ずっと頼主恩のスランプに寄り添ってきた羅尚策コーチは言い、声を詰まらせる。「この7年、負けた試合は10本の指では数えきれません。懸命に努力して、ようやく第一ラウンドでは勝っても第二ラウンドで負けてしまうこともありました。それでも、台湾に帰った翌日からまた練習を再開するのです」

他のアスリートの姿が励みになることもある。頼主恩と同じパイワン族で同じ学校出身の「柔道の男神」楊勇緯は、努力を怠らないだけでなく、自分で目標を立ててそれに向かっていく。楊が東京五輪で銀メダルを取ったのを見て、頼主恩も彼に学ぼうと思った。そして気持ちを切り替え、新たに訓練の目標を立て直した。

2021年、セルビアで開かれた世界選手権大会では、モンゴルの選手にも勝つことができた。ウズベキスタンの強豪選手には3対2の僅差で敗れ、メダルこそ逃したものの、技能とメンタルの面で大きく前進したことを実感できた。

試合を恐れることはなくなり、むしろ対戦を待ち望むようになった。より強い相手と戦って己の限界を知れば、さらに成長できると考えるようになったのである。

頼主恩は、決してあきらめないスポーツマンシップを見せる。

オリンピックの表彰台へ

2022年のアジア選手権で、頼主恩は63.5キロ級の銅メダルに輝いた。これは台湾の男子ボクシング競技にとって11年ぶりのアジア選手権でのメダルとなった。そして彼は羅尚策に「コーチ、僕がオリンピックに連れて行ってあげますよ」と豪語したのである。

2023年の杭州アジア大会で、頼主恩は驚くべき持久力と精神力を発揮した。イランやキルギスなどの強敵を相手に、負傷して疲労が限界に達した第3ラウンドで勝ち、銀メダルに輝いたのである。これは台湾の男子ボクシングにとって同大会での53年ぶりのメダルだった。台湾ボクシング界にとって栄光の歴史となり、オリンピックでのメダル獲得への道を示すものとなった。

オリンピックのリングに立つこととなった頼主恩の強みは、素早い動きとパンチである。左利きの彼のパンチは相手の肝臓に当たり、立ち上がれないほどのダメージをあたえることができる。そして現在の彼の動きは、以前よりきめ細かく繊細になっており、集中力も高まっている。

羅尚策によると、一般のスポーツでは血が出るとすぐにストップするが、ボクシングだけは血を流していても続けなければならない。「私たちは今までに十分に負けており、失敗こそ最大のギフトなのです」と言う。失敗の中から学ぶことで、頼主恩は成熟した選手へと生まれ変わった。「悔いの残らない戦いをして、台湾ボクシングの可能性を世界に見せるつもりです」と言う。

「ボクシングは私の人生です」と語る頼主恩は闘い続けることで人生の物語を綴っていく。

長年にわたって頼主恩に寄り添ってきた羅尚策コーチは、ともに生活の困窮に向き合い、壁を乗り越え、人生の新たな意義を見出してきた。