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ポスト真実の時代の公民科

ポスト真実の時代の公民科

——数字で見る台湾社会

文・謝宜婷  写真・林旻萱 翻訳・山口 雪菜

7月 2020

台湾のRe-labという会社は、情報のビジュアル化によってデータとコンテンツをわかりやすく示している。(林旻萱撮影)

2016年、オックスフォード英語辞典はpost-truth(ポスト真実)を同年の言葉に選んだ。「世論を形成する際、客観的事実より、感情や個人的な信条へアピールする方がより影響力がある状況のこと」を意味する。近年、政治や社会運動に関わる人物の発言や理念の方が、社会的議題そのものより多くの注目を集めやすい。こうした中で真実を知るには、現代市民はどのような素養を培えばよいのだろう。どうすれば複雑なデータや情報の中から、真実につながる証拠を見出す能力を持つことができるのだろうか。

台湾のRe-labという会社は、情報のビジュアル化によってデータとコンテンツをわかりやすく示して市民の討論に提供し、人々が真実に近付けるようにしている。

選挙公報に書かれた候補者の政見は複雑で分かりにくい。

認識のギャップを見出す

Re-labは2011年に6人の大学生によって設立された、情報をビジュアル化する台湾で初めての会社である。彼らが受注する案件は多様だ。社内教育、企業イメージの宣伝、社会的議題などさまざまである。

創設者の一人、劉又瑄は、あらゆるコミュニケーションは真実をもとにしなければならないと考えており、このチームの任務は「真実に語らせること」だと言う。

2014年の台北市長選挙の際に、Re-labは「関鍵評論網」サイトと協力し「市長候補者の政見を知る」というインタラクティブゲームを打ち出した。誰の政見かわからない状況で、自分が気に入った政見を選んでいくと、最終的にシステムが、どの候補者の理念に近いかを教えてくれるというものだ。

このゲームは多くの人に衝撃をあたえた。支持していた候補者と自分の理念が合うとは限らないからだ。こうした認識のギャップは人々が政見を重視していないことを示し、市政を討論する際の盲点を突いた。ゲームを終えた人の76%が、サイト内で政見に関する記事を読み、討論に加わったのである。

Re-labが制作した、市長候補者の政見を知るためのサイト。先入観を離れ、ゲーム形式で候補者の政見だけを見ていく。(Re-lab提供)

真実への100の手掛かり

Re-labは案件を受ける傍ら、暮らしに関わるさまざまな情報をビジュアル化し、人と情報との関係を思考する。2018年にはフェイスブックに「情報改造実験室」を設け、可視化した情報を提供している。

行政院主計処が発表する「国情統計」に社会的議題に関わる豊富なデータがあるが、それが広く知られていないことに彼らは気づいた。加えて、スウェーデンの公衆衛生学者ハンス・ロスリングが講演「世界について無知にならないために」と著書『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』で、データで世界を正しく見ることの重要性を解いていることに啓発された。そこでメンバーの呉宗懋は、ハンス・ロスリングが著書で紹介した各種テーマの数字の変化を参考に、台湾のさまざまな課題のデータの変化を整理した。

チームは台湾の100の課題を整理し、過去20年の変化の趨勢をビジュアル化。それを『台湾数拠百閲』という一冊にまとめた。

同書のデザインは白と黒の二つの部分に分かれ、前半の白い部分は「台湾が進歩しつつある50のこと」、後半の黒い部分は「憂慮される50のこと」になっている。だが呉宗懋は、問題はこれほど簡単に二分されるものではないと言う。同書で示したのは趨勢に過ぎず、どのテーマにもさまざまな問題が絡み合っている。そこで彼らは一つ一つのテーマに解説をつけ、数字の背後にあるさらに深い思考へと導いている。

例えばHIV感染者数というテーマを見ると、過去20年は上昇傾向にあるが、この2年は下降している。だが、全体的な上昇傾向は実際の感染者の増加を意味するものではない。検査を受けようという意識が高まり、以前は明らかになっていなかった感染者が見えるようになったのである。読者は、現状を心配するだけでなく、いかに検査の意識を高めて早期治療を可能にし、感染リスクを低減させるかを考えることができる。

台湾の100の社会的議題に関する過去20年のデータをまとめた『台湾数拠百閲』。

データの枠

100のテーマに関するデータを完璧に収集するのは大変な作業だった。そのテクニックを問うと、劉又瑄は「Excelと気力です」と答える。

政府の各種統計はさまざまな省庁に分散していて、それを一つずつダウンロードしなければならず、時には失われたデータや不足部分を補うために探偵の精神を発揮することもあったという。劉又瑄によると、彼らは2017年から被虐待児の数が明らかに減少しているのを見てさまざまな資料に当ったが、これに関する説明が見つからなかった。その後、ある医師から衛生福利部(衛生省)が2017年から方針を変え、「家庭内」児童少年保護案件の数だけを公開することとなったためだと聞いたのである。統計の範囲が変わったための数字の変化だった。

もう一つ、Re-labを悩ませるのは数字の矛盾だ。「学習塾・予備校の数」といったテーマの場合、教育部による全国の統計を見るとその数は年々増加しているが、一方で近年は学習塾・予備校の規模が縮小しているという研究報告もある。専門家と議論した結果、それぞれの統計の条件を明らかにし、不足している資料を探す必要があった。

これらの問題から分かる通り、それぞれのデータの背後には研究の脈絡があり、その条件を知らなければ客観的な推論は困難になる。そのため『台湾数拠百閲』でも、データを見る時には、定義の変更や統計方法、計算方法の誤差などに留意するよう注意喚起している。

関心が変革のきっかけに

『台湾数拠百閲』を完成させた後、報道される数字に敏感になったかと劉又瑄と呉宗懋に問うと、二人は笑って「ニュースは見なくなった」と答える。

呉宗懋はメディアで実習したことがある。当時からデータに興味があった彼は、報道されるテーマに関する数字をサイトで確認していた。すると、多くのメディアが、議題を盛り上げるために都合の良い数字を引用していることに気づいたという。例えば労働時間の問題だ。

労働時間に関する報道でよく引用されるのは、台湾の年間平均労働時間はOECD諸国の中で日本や韓国より長い第4位というものだ。しかし、この結果はパートタイマーが全体に占める割合を見落としている。パートタイマーが多いほど、年間平均労働時間は短くなる。2017年の場合、台湾のパートタイマーは全体の3.3%で、日本の22.4%、韓国の11.4%より低いため、平均労働時間が大幅に長くなっているのである。

『台湾数拠百閲』は社会に対する台湾人の思い込みを打破することとなったが、劉又瑄によると、彼らの目標は偏った見方を正すことだけではなく、長期的な社会的コミュニケーションを盛んにすることだ。20年来のデータの変化を見て、ものごとの発展や趨勢を理解した後、思考し、関心を持ち、議論することこそ、この時代には必要だと考えるからだ。「現代人は、一つのものごとに関心を持つ期間が短すぎ、理解も浅すぎます」と語る。台湾がより一層進歩するためには、さまざまな分野が関わり合って一緒に成長していくことが必要だと劉又瑄は考えている。

関心を寄せることが変化のきっかけになる。普段は見過ごしがちなテーマが、実は非常に重要なこともある。例えば、劉又瑄は心身障害者に関するデータを集めていた時、心身障害者が台湾の全人口の5%を占めることを知った。先天的なものだけでなく、老化もその一つなのである。身近な問題ではないと思っていたが、将来は自分も向き合うことになるかも知れないのである。ただ社会的に注目されていないため、障害者に関する研究は少なく、記録されているデータも多くはない。

多くの人に真実を探ってもらうために、Re-labでは『台湾数拠百閲』に続いて質問形式の『百問』を出そうと考えている。読者が自分で答えを探す過程で、認識や考え方の違いに気づき、社会の真実に近付くことを願っているのだ。

情報をビジュアル化することで読者はイメージを深められる。(Re-lab提供)

Re-labが図解する台湾の人気B級グルメ。外国人にも必要な食材がわかる。(Re-lab提供)

Re-labが図解する台湾の人気B級グルメ。外国人にも必要な食材がわかる。(Re-lab提供)

Re-labが図解する台湾の人気B級グルメ。外国人にも必要な食材がわかる。(Re-lab提供)

『台湾数拠百閲』には、台湾で進歩しつつあること50件と心配されること50件がまとめられている。

劉又瑄(左)と呉宗懋(右)は『台湾数拠百閲』を通して社会的議題への関心を高めてほしいと考えている。