
台湾や南太平洋の島嶼国家にとって、食料安全保障は生存に関わる重要なテーマである。農業はかねてから台湾による対外援助の強みのひとつだ。台湾の産業の根は農業であり、もともと物産が豊富なこともあり、長年にわたる農業面の研究は良好な成果を上げてきた。その技術と知識を、農業面で困難な課題に直面する国々と共有し、助け合うことによってのみ、将来の食料安全保障の課題を克服できるのである。
国連食糧農業機関(FAO)の試算によると、世界の人口は2050年には90億人まで増え、すべての人が食べていくには食料生産を70%増やさなければならない。そのため、食料安全保障は世界各国が正視すべき課題となっている。
では、食料安全保障とは何か。1996年に開かれた世界食料サミットでは「すべての人が、いかなる時も、十分な食料と飢餓を免れる基本的権利を有し、すべての人が安全で栄養のある食料を得る権利を有する」と定義されたが、私たちは本当に食料安全保障の理解し、それが人々の暮らしと密接に関わっていることを知っているだろうか。

財団法人国際合作発展基金会と国家災害防救科技センターが手を組み、台湾のテクノロジーツールをもって災害や気候変動に苦しむパートナー国の農家に協力することとなった。
パンデミック下の食料安全保障
昨(2020)年、突然襲ってきた新型コロナウイルスのパンデミックで、それまで世界が依存していた食料貿易が一時的に中断し、大きな価格変動が起きた。しかし、各国で感染拡大が深刻化しても、より大きな食料危機は生じなかった。これについて政治大学国家発展研究所の林義鈞‧准教授は「地域主義」がバランスを取る重要な役割を果たしたとみている。食料貿易の透明性が維持され、地域内での食料安全保障ガバナンスが働いたということだ。特にヨーロッパ大陸と北米大陸、アジア太平洋地域という三大エリアで食料安全保障のガバナンスメカニズムにより「開放と予測可能」な農業貿易が長期的な食料安全保障を実現した。また、昨年の中頃に台頭し始めた食料保護主義を有効に抑えることもできたという。
「台湾に生まれたのは幸せなことで、多くの人は『食料安全保障』という問題を実感しにくいと思います。それは常に政府がこの問題に備えて解決しており、また前倒しで重要な食料の安全在庫を確保しているからです。しかし、世界では多くの地域が今もこの課題と戦っています」
現在のところ、コロナ禍は食料危機をもたらしていないが、将来的にはインフレと気候変動という二大要素が次なる食料危機の主な要因になると見られている。

台湾のテクノロジーは、年間生産高60億元の釈迦頭(バンレイシ)をフェーン現象の被害から守ることに成功した。
気候変動——科学技術で農業を救う
「気候の極端現象は、すでに世界的な現象となっています」と話す財団法人国際合作発展基金会技術合作処の顔銘宏‧処長は、農業の将来の話になると表情を曇らせる。「こうした状況に、思いがけずも新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が加わり、世界経済は大打撃を受けました。農業もインフラ建設も大変な緊張状態にあります」と言う。農業は天候が頼りの産業だ。近年は異常気象が激増しているが、顔銘宏はこれが間もなく「日常的」になると見ている。
その話によると、台湾で最も頻繁に発生する農業危機は「水」と関わっている。現在、全世界の総降水量は例年と変わらないが、降水の分布が極端化しており、これが農業の発展に重大な影響をおよぼしている。
大部分の農家は過去の経験に基づいて状況を判断するが、現在の極端現象に対しては打つ手がない。こうした状況に対し、財団法人国際合作発展基金会と国家災害防救科技センターの技術部門が手を組んだ。科学技術の力で、変化する気候や突然のパンデミックに対抗し、対応のスピードと精確さを高めるのが目的だ。さらに、開発されたテクノロジーの応用範囲を「災害前」の予防と「災害後」の復興や再建にも広げていく。
顔銘宏は、台湾で年間生産高60億元の商品作物への応用を例に挙げる。「台東の釈迦頭(バンレイシ)は、毎年10月前が重要な生長期ですが、それはちょうど台風の季節と重なります」バンレイシは台風がもたらす強風と豪雨よりも、台風が中央山脈を越えた後に起きるフェーン現象の影響を受けやすい。フェーン現象による異常な高温と乾燥が深刻なダメージをもたらす。
「そこでバンレイシに被害をもたらす気温と乾燥の限界値を研究し、IoT(モノのインターネット)デバイスを通してそのデータと畑に設けた自動観測設備をつなぎ、予測データによってスプリンクラーを起動するようにしました」と言う。天候の影響を直接受ける農業においては、タイミングが最も重要なのである。
IoTの応用範囲は広がりつつある。この設備の原価は5万元ほどで、農家にとってもコストパフォーマンスは非常に高く、こうした研究は農家に新たな希望をもたらしている。

スマート農業とテクノロジー防災
農業委員会が推進する「スマート農業プログラム」では「大穀倉計画」「対地緑色環境給付計画」などの政策を打ち出すほか、テクノロジーを用いて、環境に抵抗する育種計画を進めている。強固な温室やネットハウス、スマート管理プラットフォームなどを用い、環境の変化に対応して農業の強靭性を高める計画だ。
災害後の復興は、農家にとっては大きなチャレンジだが、ここで役に立つのはドローンである。「農業委員会の調査によると、台湾の農業被害の最大の要因は台風、次が全体の4分の1を占める水害です」と顔銘宏は言う。災害後の被害規模の確認は完全にドローンで行なうことができ、明瞭かつスピーディにリアルタイムの画像とデータを確認することができる。これによって、農家は農業再開の評価ができ、また農業委員会も素早く補償の検討に入れる。
テクノロジーによる農業貢献の他に、ソフトウエアによる日常生活の安全確保も可能だ。気候の極端現象や天災が頻発するようになり、政府は2003年に国家災害防救科技センターを設立した。そして今日では安定したネット環境を利用してIoT技術が普及している。「水利署と協力しての水害モニタリングシステムは、非常に大きなアラート機能を発揮します」と話すのは、同センターの蘇文瑞‧研究員だ。「台風被害や水害、寒害などに関する情報網は、今回の新型コロナ感染拡大においても効果を発揮しました。人流モニタリング技術の導入が政策決定の根拠になり、国民の感染リスクを低減することにつながったのです」
さらに、SNSを利用してデータを濾過し、情報を拡散することで、人々は災害や感染拡大に迅速に対応できるようになった。蘇文瑞が分析したデータは人々の暮らしをより安全なものにしているのである。「政府が2017年からAIとIoTの活用を大々的に推進し始めたことで、台湾のテクノロジーツールはさらに向上しました。今では『空気の質』『地震』『水資源』『防災救助』の四大分野でも詳細なモニタリングが行なわれています」

食料安全保障に関する国際合作発展基金会の研究内容には、このQRコードからアクセスできる。
台湾に何ができるのか?
「国際合作発展基金会では、農業に打撃を受けている国を、台湾の経験を活かしてサポートしています」と顔銘宏は言う。「災害前の予防から災害中の救助、災害後の復興までのBBB(より良い復興/Build Back Better)を行なうことが、農業対外援助において特に強調されます」と言う。国家災害防救科技センターによる災害情報分析モデルも、対象国の人々を助ける大きな力になる。例えば地震の場合、わずか数秒前のアラートで無数の命を救うことができる。
テクノロジーツールを提供することで、パートナー国の農家は精確なデータと情報を得ることができる。気候や災害などのリアルタイムの状況を見て、より合理的な判断や決定ができるようになり、農作物の収穫を高め、損害を減らすことができるのである。
「カリブ海に浮かぶセントクリストファー‧ネイビスは干害とハリケーンに繰り返し見舞われる島国です。ここで私たちはテクノロジーツールとソフトウエアを用いて4ヶ所に気象ステーションを構築しました。国際熱帯農業センター(CIAT)と協力して設けた情報プラットフォームArroz Nicaは、オフライン状態でも利用でき、ニカラグアの質の良いコメの供給量を全体の4%から34.6%まで向上させることができました」と、対外援助における台湾のテクノロジーの貢献を顔銘宏は誇らしそうに語る。
「魚を取る方法を伝えるというのが、我が国の農業技術支援における核心理念です」と顔銘宏は言う。パートナー国の農家の自主的参加を促し、彼らを農耕過程における重要な行為者としていく。「こうした長年の努力により、パートナー国では知識と技術を蓄積できます。優れたテクノロジーツールを使いこなすことで食料危機から脱することができ、農業自給率も高まり、よい循環が生じるのです」台湾がテクノロジーで気候変動を克服し、農業面で国際協力を進める目標は、まさにこの点にあるのだ。

国際合作発展基金会は、毎年干害とハリケーンに繰り返し見舞われるセントクリストファー・ネイビスの農家のために4ヶ所に気象ステーションを設置した。

国際合作発展基金会が国際熱帯農業センター(CIAT)と協同で開発した情報プラットフォームArroz Nicaは、オフラインでも利用でき、ニカラグアの高品質米の供給量が全体の4%から34.6%へ向上した。

国際合作発展基金会は、パートナー国の農家の自主的な参加を促して食料自給率向上と食料安全保障の実現に協力している。

林格立撮影