鍋に油を熱し、ひき肉を炒めて香りを出したら、四川から取り寄せた豆豉(トウチ。黒豆を発酵させた調味料。日本の大徳寺納豆や浜納豆の原型)と四川トウガラシや豆板醤を加えて香りを立て、塩コショウで味を調えてからハナニラを加えて炒め合わせる。
レストラン「皇城老媽」の料理人は、息を止めたまま大きなお玉を巧みに操り、完成した蒼蠅頭を皿に盛る。作り始めてから1分もたたないうちに出来上がる。
皇城老媽オーナーの鄭文強によると、息を止めていないと鍋の熱気に咽てしまうのである。
次々と訪れる日本と韓国からの観光客
テーブルに出された蒼蠅頭はいい香りを放っている。豆豉には甘みがあり、ハナニラと挽肉には強い辛味がからんでいる。この料理は鄭文強が1988年に発明して以来、常に黄城老媽で一番人気のあるメニューだ。
「今でもこの料理を見ると緊張しますよ」と鄭文強は自嘲的に言うが、そこには達成感が見て取れる。現在では、蒼蠅頭は台湾中の町中にある一般の食堂でも出されており、これを入れた飯団(台湾式おにぎり)を売る朝食店もあり、またイタリアンレストランの中には蒼蠅頭パスタを出す店もある。NVIDIAのジェンスン・フアン(黃仁勳)CEOも台湾に来るたびに蒼蠅頭を食べるというので、また大きく注目された。
元祖・蒼蠅頭の店というので、同業者が食べに来ることも多い。なぜ同業者だと分かるかと言うと「どの料理も、違う角度から写真を6枚ずつ撮っていくんですよ」と鄭文強は笑う。
外国人が多く訪れるようになったのは、日本の志村けんさんのおかげだと言う。彼は蒼蠅頭だけでなく、チャーハンも世界で二番目においしいと絶賛し、以来、多くの日本人が来て同じメニューを注文するようになったそうだ。
2023年には韓国のブロガーの影響で韓国人観光客が大勢訪れるようになり、「台湾に来て一番おいしかったレストラン」という評価も受けた。
あふれ出す創意
「蒼蠅頭」が誕生したきっかけは「余りものの有効利用」だったと鄭文強は言う。厨房ではお客に出す料理の食材は、両端を切り落としてから使うので、それらの部分が残ってしまう。そうした中で、余っていたハナニラの先端部分に四川の豆豉と挽肉や豆板醤を合わせて炒め、「まかない」に出したところ従業員から大好評だった。そこで彼は、これをお客に出せるレベルに調整してメニューに載せたところ、大ヒットし、広く知られるようになったのである。
ハナニラの鮮やかな緑に豆豉の黒が映え、離れて見ると緑の頭の蠅のようだというので「蒼蠅頭」と名付けた。恐ろしい名前だが、以来注文が絶えることはない。
このほかに2000年には、店に届いた卵にひびが入っていたので、それを蒸蛋(玉子豆腐)にして油で揚げたところ、外はカリッとして中はふわふわな仕上がりになった。これを注文したお客が、互いに「老皮嫩肉(外見は老けているが中身は若い)」とからかい合っていたことから、この名をつけることにしたという。
こうした「創意」と「胆力」のある鄭文強は、以前は週刊誌「独家報道」の副編集長や「好楽迪」雑誌の編集長を務めるなど、20年余りにわたって報道に携わってきた。だからこそ時事に敏感で、またタイトルをつける文才があるのは言うまでもない。
その後、筆を捨てて鍋を手にしたのだが、それは金もうけのためだったと鄭文強は言う。彼は四川省の成都で3ケ月にわたって四川料理を学んだ。ちょうどその頃、台湾で第二波の四川料理ブームが起きてきたため、かなりの利益を上げることができたそうだ。
常に消費者の注意を惹く
鄭文強は、「蒼蠅頭」は四川料理でもなければ台湾料理でもないと言うが、多くの外国人がこの名を慕って来店する。普段は白米を口にしない外国人も、この「めし泥棒」にあうと、必ずご飯をお代わりするという。
また、この辛い料理のために店では飲み物もよく売れる。台湾人なら口の中の辛さを和らげてくれる梅ジュースの「酸梅湯」を注文するのだが、外国人の多くはビールを注文し、蒼蠅頭とビールがよく合うと絶賛する。
メニューの外国語翻訳では、「蒼蠅頭」を「蠅の頭」と訳しているのだろうか。二代目の鄭翰は、やはり外国人を驚かせてしまわぬよう「ハナニラと挽肉の炒め物」と訳しているという。また、有名な四川料理の「夫妻肺片」については、以前は牛の肺や心臓、舌などを出していたが、今は牛の胃袋(ハチノス)と肉をメインとしていて、メニューでも食材を挙げて説明している。
もう一つ、辛い物の好きな人がチャレンジする、トウガラシマークが3つついた「辣子封鶏」がある。店員は「すごく辛いですよ」と注意するが、チャレンジしようというお客は「大丈夫」と言う。だが、最終的には「大丈夫ではない」状況に陥ることが多いという。鄭翰によると、台湾で働く日本人4人が来店した時、その中の1人があまりの辛さに横になってしまい、あとの3人は楽しく飲み続けていたことがあるそうだ。本当に恐ろしい料理は、こちらの方かもしれない。
豚ひき肉、豆豉(トウチ)、トウガラシ、ハナニラなどのシンプルな材料が、シャキシャキして香り高い「めし泥棒」になる。
強火で炒めること1分ほど。鍋から辛い熱気が立ち上れば、蒼蠅頭はおいしく出来上がる。
鄭文強が1988年に発明した「蒼蠅頭」は、彼のレストラン皇城老媽で常に一番人気のある一品だ。