台北清真寺(モスク)は、イスラム諸国の国王や大統領を始めとする各界の首領が訪台した際に必ず足を運ぶ場所だ。
台湾は、クレセントレーティングとマスターカードが発表する「世界ムスリム旅行指数」で、イスラム教徒にやさしい旅先としてたびたび上位にランクされているほか、ハラール認証を受けた飲食店やムスリムフレンドリーなホテル、観光スポット、医療施設も増え続けており、台湾を訪れるイスラム教徒にとって台湾での食事や生活は便利さを増している。さらに「パーフェクトハラール」の認証を受けた台湾製品もイスラム諸国に進出するなど、台湾はフレンドリーさとグルメの魅力を発揮している。
4月中旬、イスラムの断食月「ラマダン」が終わった最初の日曜日、ラマダン終了の祝祭「イード・アル=フィトル」が大安森林公園で台北市政府によって催され、早朝から多くのイスラム教徒が祝祭にふさわしい服装をして集まっていた。会場には北アフリカ、中東、インド、地中海などの料理を売る屋台が出て長い列ができ、工芸品の屋台で商品を見る人、芝生の上でピクニックをしておしゃべりする人もいる。片側のテントの方では人々が楽しそうに踊ったり歌ったりしている。
会場入り口にはファミリーマートの販売車があり、ハラール認証を受けた食品を売っている。中でも魚のつみれやシイタケ、大根がぎっしり詰まった東南アジア風味のトムヤムおでんの鍋は10分もたたないうちに売り切れていた。
大安森林公園でイード・アル=フィトルの開幕式に参加するイスラム教徒たち。(台北市観光伝播局提供)
ムスリムとともに祝う
イード・アル=フィトルはイスラム教徒にとって最も重要な祝日で、華人にとっての旧暦正月に相当する。台北市によるこの催しは今年(2024年)ですでに9年目だ。台北だけでなく、基隆、台中、台南、高雄、花蓮などでもイード・アル=フィトルを祝ってきた。台湾中部では参山国家風景区管理処がレジャー農場「魔菇部落休閒農場」と提携し、同農場にハラールギフト販売コーナーを設置、また今年は初のムスリム・カーニバルを催して、新竹、苗栗、台中、彰化から食品企業41社の出店があった。いずれもハラール認証を受けている。イスラム教徒とともに祝うこうした催しは、台湾の信仰の自由や包容力を示すものだ。
イスラム教はキリスト教に次ぐ世界第2の宗教で、世界人口の4分の1に当たる約19億の信者を抱える。イスラム教の教えはイスラム教徒に深く関わる「生活の準則」だ。
ムスリム観光を推進する国際的企業「クレセントレーティング」とマスターカードが発表した2023年「世界ムスリム旅行指数」(GMTI)によれば、台湾はイスラム協力機構非加盟の旅行先の中で3位にランクされ、台北市も「最も潜在力のあるムスリムフレンドリーな観光都市(イスラム協力機構非加盟)」を受賞した。
台湾には約5万人の台湾人ムスリムがいるが、1990年に移住労働者受け入れが正式に始まったのと、台湾人と結婚する人や留学生も増加したことで、現在、台湾のムスリム人口は約30万人に上る。また観光署の統計によれば2023年に台湾を訪れた外国人観光客600万人のうち、約2割がムスリムだという。
駐台北インドネシア経済貿易代表処観光及交通部のイフワン・ユスフ主任はこう説明する。台湾は多様な社会で、世界各地の人を歓迎しているので、ムスリムフレンドリーな環境や観光の推進が支援されており、多くの観光スポットや病院に祈祷室や洗浄設備付トイレが設置されている。「多くの国がこうとは限らず、台湾は積極的です」と言う。また近隣諸国と比べても、台湾ではハラール認証済みの食品を見つけやすく、正式に認証は受けていなくても、ムスリムフレンドリーな製品やサービスが多いと付け加えた。
台北市が催した「イード・アル=フィトル」で、楽し気に交流するイスラム教徒たち。(台北市観光伝播局提供)
1990年代からのハラール認証推進
イスラム教の教義には、アルコールや豚肉の摂取の禁止のほかに、衣食住や旅行に関する多くの規則がある。例えば、食べる家禽や家畜は『イスラム法』に従って処理されなければならず、調理用品や食器の使用にも厳格な規定がある。
1990年代から、台湾の食品業者は輸出時の必要性から地元のモスクにハラール認証を求めるようになった。現在台湾でハラール認証を行なっている機関は、中国回教協会、台北清真寺(モスク)、台湾ハラール産業品質保証推進協会、台湾イスラム協会、イスラム商務発展有限公司、海外のハラール認/検証機構の台湾代理などがあり、台湾でハラール認証を受ける食品は増えている。
旅行は現地の料理を楽しむ最高の機会だ。台湾生まれの牛肉麺は、観光客が必ず食べたがる名物の一つだが、台北駅と西門町にほど近くに「張家清真黄牛肉麺館」がある。開業60年を超える同店の看板には「Halal」と書かれ、ハラール認証を受けていることがわかる。店内には「天下第一麺」と大きく書かれたポスターが貼られ、客の評価なども書き込まれている。
取材に赴くと、2代目でイスラム教徒の張亜珍さんが忙しそうに水餃子を作っていた。5秒で1個、1日に少なくとも1500個は作ると張さんは言う。調理場の鍋には「白湯」と「紅焼」の2種類のスープが用意されている。白湯は牛骨をウイキョウや桂皮、八角、花椒などと煮込んだもの、 紅焼は、当店オリジナルのラー油による味付けだが、少量の砂糖を加えて辛さを抑えている。近年開発した「牛肉捲餅」は、焼いたクレープ状の生地で牛肉を巻くほか、卵と甜麺醤も加えるのでボリュームがある。また「牛腩(牛バラ)麺」はしっかりした肉質で、 牛肉捲餅とともに人気メニューだ。夕食時や休日などいつも満席状態で、口コミでやってくるムスリム観光客も多い。
張家清真黄牛肉麺館のメニューはいたってシンプル。牛肉メニューの紅焼(スパイシー味)、清燉(あっさり味)、筋肉入り、ぶっかけのほか、牛肉を入れない麻醤麺(ゴマと香辛料味)や酸辣(サンラー)麺、沙茶(サテ味)麺などもある。牛肉はニュージーランドとオーストラリアから輸入のハラール認証を受けたものだ。
「スープをおいしくするには、骨を長時間煮込んで、スパイスの風味を肉に馴染ませなければなりません」と張亜珍さんは言う。その味に魅了されて、海外で支店を開けばと提案してくれる観光客もいるが、すでに人手が足りず、分身が欲しいと思うほどだ。
飲食店だけでなく、町の至る所にあるコンビニでも温かいハラールフードが食べられる。昨年ファミリーマートはムスリムフレンドリーな食品を意欲的に開発。店内のムスリムフレンドリー商品コーナーを拡大し、ムスリムのための調理済み食品も置く。焼き芋や茶葉味ゆで卵のほか、マレーシアのハラール認証を受けた東南アジア風のトムヤムおでん「馬尚煮」もあり、半年も経たないうちに台湾全土に拡大し、155店舗以上がムスリムフレンドリー商品を扱っている。
取材班は、台北101ビルの地下1階にあるファミリーマートを訪れた。店内のムスリムフレンドリー商品コーナーには、ハラール認証を受けた飲料水、台湾のカップ麺、ドライフルーツ、ビスケット、チョコレート、ご飯、パン、ドリップバッグ・コーヒー、スナック菓子、チューインガムなど51品目がそろっているという。「このコーナーに並べている商品はどれも売れ筋です」と蘇淑美店長は言う。
上述のおでん「馬尚煮」は、マレーシア製で人気の魚のつみれや竹輪といった練り製品、台湾のシイタケやトウモロコシ、百頁豆腐(押し豆腐)などを、タイ風のトムヤムスープで煮たものだ。このコーナーのおかげでイスラム教徒は食事の利便性が増し、おでんを一口食べて「これぞ故郷の味」と感激する人もいると、蘇店長は言う。
エバー航空の機内食を作るエバーグリーン・スカイ・ケータリング・コーポレーション(EGSC)は、ハラール料理の専用生産ラインを設置し、2014年にハラールキッチン認証とハラール食品認証の両方を取得した。ファミリーマートは今年、EGSC製のハラール冷凍食品3品目と機内食のバターパンを販売している。3品目はそれぞれチキンパテのターメリックライス添え、インドカレーフィッシュのスパイスライス添え、コルマチキンのジャスミンライス添えで、コンビニ食品も高品質になり得ることを示した。
イード・アル=フィトル会場のハラール料理を売る店には長い列ができた。(郭美瑜撮影)
「パーフェクトハラール」認証
「台湾のハラール認証制度は国際的に知られています」と言うのは、台湾ハラール産業品質保証推進協会(THIDA)の副理事長であり、中国回教協会副理事長の馬超彦氏だ。イスラム教徒が主流の国には必ずハラール認証システムと管理機構がある。例えばインドネシアでは、インドネシア政府によってハラール認証局(BPJPH)が設立され、インドネシアに輸入される製品のハラール認証はインドネシア政府認定の機関によって行われることを義務付けている。THIDA はそうした認可を受けた数少ない外国機関の一つだ。馬氏は「台湾のハラール認証が国際的にトップクラスの地位にあるのは、我々が厳格な審査システムを持っているからです」と語る。
台湾が推進するハラール認証は「パーフェクトハラール」に基づいていると馬氏は言う。製品の原料に豚肉やアルコールが含まれていないことを保証すればいいといった簡単なものではない。ほかにも、原材料や添加物がどのように作られているかも調べる。例えば、グリセリンカプセルに使用されているゼラチンは動物由来か植物由来か。動物由来の場合、原料は牛、羊、豚、それとも魚か。牛や羊の場合、イスラムの規則に従って処理されたか。こうした細かで複雑な一連の手順を「ハラール品質保証」と呼ぶのだ。
しかも原料の成分だけでなく、農場から食卓までの物流チェーン全体で交差汚染を避けなくてはならない。これがパーフェクトハラールの概念だ。台湾におけるハラール認証の厳格さが、国際的に信用の高い理由だと馬氏は言う。
また馬氏はこうも付け加える。世界に名を馳せる台湾の半導体と比べ、飲食や宿泊、みやげ物といった観光の産出額は微々たるものだ。だが、台湾の評判は高く、内需も拡大している。それに東南アジアと北東アジアの間に位置する台湾は、将来的にはハラール物流システムの拠点として重要な役割を果たせると。
張家清真黄牛肉麺館の人気メニュー
「牛肉捲餅」。
イスラム諸国への進出
台湾産ハラール製品の海外進出を推進している機関の一つが、中華民国対外貿易発展協会の下に設立されたハラール産業推進機関「台湾清真推進センター(THC)」だ。同センターの林嘉儀副主任によると、現在台湾では約1000社の企業がハラール認証を取得しており、そのうち8割が食品や原材料のメーカーで、残りの2割は医療、美容、健康食品などの製品を製造する。
近年、THC は各企業に呼び掛け、団体として中東の食品見本市「ガルフード」に参加したり、マレーシアで台湾商品を宣伝したりしている。参加企業には、金車、欧典生機(Odean)、永昇冷凍食品、台湾司麦爾食品(SMILE FOOD)、中祥食品、壮元、維力食品、紅牌(東郷食品)、黒松、統一、十全特好食品、味全食品工業、日正食品といったハラール認証企業が名を連ね、PRするのはコーヒー、カップ麺、餅、ソーダクラッカー、たれ、飲料などだ。
例えば、中美兄弟製薬はハイグレードプロテインや発泡ビタミン錠を、「葱抓餅(ネギパンケーキ)」で有名な「葱阿伯」は、植物由来の肉を使った「餡餅(肉お焼き)」を出品した。ほかにも家会香食品は、ハーゲンダッツとのコラボ商品「太妃麻糬(トフィーもち)」風味のアイスや、米国のコストコやウォルマートで売られているタピオカティー風味の餅菓子で知られるが、ハラール商品としてはオリジナルブランド「ロイヤルファミリー」の各風味の餅菓子を宣伝した。
「百聞は一見に如かずですよ」と言うのは、観光署駐クアラルンプール弁事所の周士弼主任だ。同氏はこれまで幾度もマレーシアからの団体を台湾に案内し、ムスリムフレンドリーな環境で安心して旅行できることを体験してもらってきた。かつて観光局(観光署の前身)観光サービスセンターに勤務していた同氏は、台湾のハラール認証レストランやムスリムフレンドリーな環境について情報を集め、Google Mapに表示させている。
「Taipei is a second home for me.(台北は私にとって第二の故郷です)」台湾で働いて9年になるインドネシア人は、2024年の台北イード・アル=フィトルの賞品クイズで受賞した際にそう語っている。
台湾は、治安の良さ、信仰の自由、イスラム教徒に優しい観光資源など、いずれも国際的に高い評価を受けている。今後も温かいおもてなしの心を発揮し、ムスリムフレンドリーな環境を作り続け、イスラム教徒の友人たちが台湾の多様性や利便性を五感で感じられるように歓迎したい。
台湾清真(ハラール)推進センター(THC)は台湾企業を率いて、台湾製ハラール商品の海外マーケティングに努めている。(中華民国対外貿易発展協会――THC 提供)
ファミリーマートのハラール食品コーナーは、ムスリムフレンドリーな環境作りに貢献している。
ファミリーマートでは、エバーグリーン・スカイ・ケータリング・コーポレーションが作る3種類のハラール冷凍食品が買える。(ファミリーマート提供)
台湾ハラール産業品質保証推進協会(THIDA)の馬超彦副理事長は、台湾のハラール認証が国際的に信頼を得ているのはその厳格さが理由だと言う。(郭美瑜撮影)
ファミリーマートで売られるハラール認証取得のおでんは、ムスリムの食事の悩みを解消してくれる。(郭美瑜撮影)
開業60年を超える張家清真黄牛肉麺館は、現在2代目の張亜珍さんが引き継いでいる。
イード・アル=フィトルでは特色ある商品を売る店が並んだ。(郭美瑜撮影)
台北市では、ハラール認証を受けたエキゾチックな料理を多く味わえる。(郭美瑜撮影)
台北市によるイード・アル=フィトルでは芝生の上にテントも設けられ、参加者が歌ったり踊ったりして楽しんだ。(台北市観光伝播局提供)
台湾を訪れたムスリムが必ず味わうべきなのが本場の牛肉麺だ。