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台湾で夢を追う華人映画監督

台湾で夢を追う華人映画監督

ホー・ウィディンとリー・ヨンチャオ

文・蘇晨瑜  写真・莊坤儒 翻訳・松本 幸子

2月 2022

昔懐かしい台北の雰囲気を好むホー・ウィディンは、しばしば台北の路地裏を訪ね、そこから映画のインスピレーションを得ている。

台湾映画と言えば、侯孝賢、エドワード‧ヤン(楊徳昌)、アン‧リー(李安)など大監督の名が上がるだろう。近年はほかにも、マレーシア出身のホー‧ウィディン(何蔚庭)、ミャンマー出身のリー‧ヨンチャオ(李永超)やミディ‧ジー(趙德胤)など、若手監督が国際的にも注目を集める。他国出身者の視点で創作する彼らは、台湾映画に新たな風を吹き込んでいる。

「台湾で映画を作ったほうが多くの人に見てもらえます」カンヌ映画祭、スペインのシッチェス‧カタロニア国際映画祭、金馬国際映画祭などで受賞を重ねたホー‧ウィディンは、ニューヨーク大学卒業後に台湾に来て活動を始めた。

ホーの新作『テロライザーズ(青春弑恋)』が再び第58回金馬奨5部門でノミネートされると、カナダ、アメリカ、日本、イタリアなどの映画祭でも報道されて注目を浴びた。これまでのホーの作品と同様にファンタジー仕立ての同作は、青春映画を思わせる原題だが、現実とヴァーチャルな世界を行き来するZ世代の若者の苦悩を描き、無差別殺人、のぞき、レズビアン、異性愛などの問題にも踏み込む。

リー・ヨンチャオ

題材や創作の自由さ

「この題材ではマレーシアでは撮影できないし、シンガポールや香港でも21歳未満は見ることができません」同性愛やセックスを扱うと保守的なマレーシアでは上映すらかなわないが、台湾では「保護級」指定となり、保護者が同伴すれば6歳以上は見られる。文化の差もあるが、台湾の映画鑑賞制度には芸術への尊重が感じられる。

ホーは高校時代から映画評を書いていた。1年に50本以上、良作駄作に関らずあらゆる映画を見て、同級生からは映画専門家と見られていた。「当時、最もよく読んだのは焦雄屏先生の叢書『電影館』でした」同著を読んで、フランスのヌーヴェルヴァーグやフェリーニ、黒澤明などを知り、映画学校というものがあることも知った。ある日、中文·英文2言語版の『光華画法(『台湾光華雑誌』の前身)』で、ニューヨーク大学には自由で開放的な学習環境があることを知り、留学したいと思うようになった。

ニューヨーク大学留学中、大学でよく台湾映画回顧展をやっていた。「当時は侯監督、蔡監督、ヤン監督、それからウォン‧カーウァイも人気でした。蔡監督の『愛情万歳』はニューヨーク近代美術館で見たし、リンカーン‧センターで行われた侯孝賢回顧展では全作品を見ました。35ミリプリントですよ。台湾映画には一種の畏敬の念があったのです」

ホー・ウィディン(映画『テロライザーズ(青春弑恋)』提供)

台北の町を歩きながら

ホーはよく台北の町を歩いてインスピレーションを得る。「台北もニューヨークも歩ける町です。台北の東区、安和路、天母には蔡監督やヤン監督、侯監督の映画のロケ地が多く、歩いて味わえます。中山区、中正紀念堂、万華、広州街、和平西路など古い町並みの残る地区も、貧しいとか時代遅れとかいうわけではありません。だから私の映画でも、台北西区を舞台に若者の世界を描くことに違和感はありませんでした。とても台湾らしいし、ああいう感じが好きです」

「台湾の町はとても映画チックです。かっこよくて乱雑で、路地裏や町の片隅にサプライズがあります。静かな路地にきれいな草花や生け垣があり、その角を曲がると高層マンションが突如現われる。これが台湾のおもしろさです」

台湾在住20年を超えたホーは、娯楽的なテレビ‧ニュース番組からもインスピレーションを得ることがあり、台湾のエネルギッシュな面や寛容性を愛する。「警察の汚職を描いた作品では、警察局の2階でロケをしました。毎日、警察の人たちに挨拶して2階に上がり、どたんばたんと大きな音をたてて撮影しましたが、誰も2階に上がってきたことはありませんでした」

普段はエンタメ系のアクション映画などを見ていると言って笑うホーだが、彼の作品は観客に深い思考を促す。「さまざまなものを盛り込んで、視点が多ければ、観客も作品を見終えて何か思うところがあるはずです。そういう作品こそ、時間や精力、資金をかけても惜しくありません」

ホー・ウィディンは若い男女の苦しみと性を描く。(映画『テロライザーズ(青春弑恋)』提供)

青年監督が国際舞台へ

台湾の開放的な創作環境は、リー‧ヨンチャオのような新世代の監督も生んだ。ミャンマー北部の農村で生まれたリーの作品は、ミャンマーの底辺で生きる人々に焦点を当て、デリケートな問題にもふれる。富を求めて命がけで琥珀を掘る人々を撮った『血琥珀』は、戦火の絶えないミャンマー北部の森林に入り、琥珀の世界四大産地の一つと言われる鉱山での悲惨な現状を伝えた。ドキュメンタリー『悪人之煞(The Bad Man)』は、薬物と殺人のとりこになったカチン族の青年を、じっくりと2年かけて追った作品だ。この2作品は、台湾のドキュメンタリー作品として、はじめてロカルノ国際映画祭で批評家週間部門設立以来初めてノミネートされた。

子供の時から映画好きだったリー‧ヨンチャオは、『カンフーキッド/好小子』などの台湾映画を見て育った。ミャンマー北部の故郷の村にあった唯一の映画館は藁葺きで、上映機器はビデオテープの再生できるテレビ、客席はまばらに置かれた板の腰掛だった。魚や鳥を捕まえるほかは、映画が村人の最大の娯楽だった。「新しい作品が来るたびに、村人が自分の作ったポップコーンの屋台を出していました」リー‧ヨンチャオが初めて映画界と接したのは、台湾の雲林科技大学デジタルメディア‧デザイン学科に入学してからで、短編作品の応募から始め、次第に国際的舞台へと歩みを進めていった。

映画『テロライザーズ(青春弑恋)』提供

映画人材を養成する台湾

「当時のミャンマー華人にとって、台湾で働くことは誰もが憧れる道でした。学校でも授業で『台湾はアジア四小龍の一つだ』と教えられ、龍ってかっこいいなと皆が思いました」20歳になるまでパソコンを見たことも触ったこともなく、大学で初めて文字入力を学んだ。「同級生がアニメやグラフィックデザイン、Webデザインなどが得意だと言っているそばで、私は線と丸でしか絵がかけませんでした」

だが、台湾で大学教育を受け、創作環境に身を置けたことで、ビルマ残留国民党軍兵士の末裔である彼は、その才を伸ばすことになった。「自分は非常に幸運だったと思います。多くのミャンマー人が台湾に来て苦労しながら国に仕送りしているのに、私は映画の夢を追いかけているのですから」ドキュメンタリー『悪人之煞』の撮影時、殺人を重ねてきたこの若い兵士に近距離でカメラを向けるのは恐怖との闘いだった。「撮影で幾度もミャンマーに飛びましたが、その度に行くべきか葛藤がありました」当初は薬物中毒者更生施設の、他の青年を撮影するつもりだった。だが、このカチン族の若者に出会ってすぐに構想を変更、台湾の公共テレビからも強い支持を得た。

この青年は子供の時に軍に拉致されたことで人生が狂った。リーは「8歳の時、私も深夜に軍に拉致されそうになりました。両親が酒や料理で彼らを必死にもてなし、私が連れて行かれるのを防いでくれたのです」とため息をつく。彼は光と影を駆使した映像で、社会の底辺にいる人々を記録する。伝えたいのは人の本質は善だという考えだ。彼の作品はミャンマーでは審査を通らず上映できないが、台湾でなら自分に忠実に作品を作り、真実のミャンマーを撮ることができる。これもまた、ミャンマーのことを世界に発信する一つの方法であり、一つの時代の証言となる。

ホー・ウィディン(左)は、カメラを通して彼が見た台湾とこの島のさまざまな側面を表現する。(映画『テロライザーズ(青春弑恋)』提供)

自由で開かれた製作環境

国家電影及視聴文化センターの王君琦CEOは、「台湾には自由で民主的な環境があり、それが映画界を含む創作環境に利点、つまり自由な創作空間をもたらしています」と言う。こうした環境で、蔡明亮やホー‧ウィディンなどのマレーシア華人監督、ミャンマー人の趙德胤(ミディ‧ジー)監督らが才能を発揮している。

2018年、台湾映画産業は224.73億元を生み出し、同年だけで323本の台湾映画が国際市場に進出、国際合作作品も多い。制作環境が良いだけでなく、開かれた政策、政府による融資や国際合作支援も大きな役割を果たしている。

『テロライザーズ(青春弑恋)』は金馬賞の5部門にノミネートされた。異質の青春ラブロマンスは人の愛憎や葛藤を描き、タブーにも深く切り込んでいく。

男女平等や多様性

ホー‧ウィディンによるレズビアンの世界、リー‧ヨンチャオの撮る社会の底辺など、台湾はどんな題材も寛容に受け入れる。また、文化内容策進院の2020年「台湾文化内容(コンテンツ)産業調査報告」によると、2019年に台湾の映画産業就業者に占める男女比は48.71対51.29で、女性が男性を超えている。

韓国やハリウッドのような工業化された映画産業と比べ、台湾の映画界は高度な資本集中がないこともメリットだと王君琦は考える。「韓国ではインディペンデントの入り込む余地はありません。でも台湾は多様な映画が存在するので、韓国の監督もうらやましがっています」

かつては台湾の特殊な時代環境が「台湾ニューシネマ」を生み、今や映画の夢を追って海外から人材がやってくる。恵まれた創作環境のあるこの地で、その実力や才能を発揮している。

リー・ヨンチャオの『血琥珀』は、2017年の釜山国際映画祭ワイド・アングル部門にノミネートされた。(リー・ヨンチャオ提供)

リー・ヨンチャオが2年の歳月をかけて完成させた『悪人之煞(The Bad Man)』は、ミャンマーのカチン族の若者の心に踏み込み、時代の変化に抗えないミャンマー人の苦しみと人間の善の本質を描く。下は『悪人の煞』のスチル写真。(リー・ヨンチャオ提供)

『悪人の煞』のスチル写真。(リー・ヨンチャオ提供)

『悪人の煞』のスチル写真。(リー・ヨンチャオ提供)

『悪人の煞』のスチル写真。(リー・ヨンチャオ提供)

ミャンマー北部の農村に生まれたリー・ヨンチャオは、台湾の大学で学んでいる時に映画に触れた。その作品『血琥珀』はロカルノ国際映画祭の批評家週間部門にノミネートされ、『2020年的一場雨』は第58回金馬賞のドキュメンタリー部門にノミネートされた。