世界文化遺産に登録されているフィリピン・イフガオの棚田群。台湾とフィリピンのチームはここで交流し、国境を越えた対話を続けている。(楊暁珞撮影)
台湾とフィリピンンの間には非常に深い縁があり、それはオーストロネシア人が拡散し始めた時期にまでさかのぼる。従来の考古学的証拠から、台湾はオーストロネシア人の発祥の地であるとする説が打ち出された。その移住・拡散のルートは台湾からスタートし、まずフィリピン群島に渡り、さらに南のボルネオ島一帯に移り、そこから東の太平洋と西のインド洋へと別れていったとされている。
オーストロネシア人拡散のルートから見ると、台湾とフィリピンの先住民族の間には深いつながりがあり、文化的にも近いところがある。彼らはその土地に先に住んでいたにも関わらず、いずれも歴史的に外来の民族に迫害され、1980年代になってから、民族運動を通して覚醒した。21世紀に入ってからは、文化復興というテーマが議論されるようになり、国境を越えた民族間のつながりが重要な意味を持つようになる。
台湾とフィリピンの先住民族は、同じように脱植民地化の過程において近代化という課題に直面してきたと語る呉宜瑾。
人を基本とすること
政治大学民族学科の官大偉・主任のフェイスブックを見ると、東南アジアの先住民族に関するフォーラムや講座、シンポジウムなどの情報が一面に書いてある。東南アジア研究がこれほど多様で、ローカルかつグローバルに討論されていることに驚かされる。
長年にわたて東南アジア地域研究に取り組んできた政治大学は、すでに少なからぬ成果を上げている。2015年には米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)とともにフィリピンのイフガオ州でフィールドワークのカリキュラムを設け、2016年には東南アジア研究センターを設立、2018年には国家科学技術委員会のサポートを得て「台湾-フィリピン先住民知識、ローカル知識およびサステナビリティ科学研究センター」プロジェクトを立ち上げた。アメリカのUCLAやハワイ大学マノア校東南アジア研究センター、フィリピンのイフガオ州立大学、イフガオの棚田を救う運動を推進する地元のNGO「Save the Ifugao Rice Teraces Movement (SITMo)」、パルティド州立大学など、国際的なリソースを統合して交流を重ねてきた。これによって台湾とフィリピンのイフガオ地域はしだいに信頼関係を構築し、イフガオ地域と台湾のタイヤル族環山集落に、相互にフィールドワークベースを設けるに至った。
2019年、政治大学はフィリピンのイフガオ州立大学ラマット・キャンパスに「台湾-フィリピン海外科学研究センター・フィリピンオフィス」を設けた。「新型コロナウイルスの影響がなければ、学生たちはすでに各国でフィールドワークを学べていたはずです」と官大偉は残念そうに語る。だが、パンデミックの期間中でも、双方はオンラインで対話や交流を続け、先住民の知識やローカル知識に関する国境を越えた比較研究を行なってきたのである。
プロジェクトの執行長を兼務する官大偉によると、これら活動の基礎となったのは政府の「新南向政策」だと言う。「かつての南向政策は経済面に重きを置いていましたが、新南向政策は、まず人的・文化的に深い関係を築き、真の友人となって互いを尊重してこそ経済面でのつながりも堅固なものになる、という考えです」と言う。
政治大学は、フィリピンのイフガオ州立大学ラマットキャンパスに「台湾-フィリピン先住民知識・ローカル知識およびサステナビリティ科学研究センター」フィリピンオフィスを設置した。(官大偉絵提供)
共通の課題
「台湾とフィリピン、両国の先住民族は外来の植民地当局が最後に入った山地に暮らしていたのです」と官大偉は言う。台湾の山地には、20世紀初頭になって日本当局がようやく強大な武力を持って進出した。フィリピンは早くも1565年にスペイン植民地となたが、実際にスペインによる支配はフィリピン全土に及んでいたわけではない。例えばルソン島北部に位置するイフガオ州コルディリェーラ山地にはその力は及んでいなかった。それが1898年、植民地支配者がスペインからアメリカに変わって以降、アメリカは各地に教育体系を確立し、ようやく山地にもその支配が及ぶようになり、先住民族の日常生活に影響が及び始めたのである。
このように似通った背景を持つ両国の先住民族は、それぞれの国において、伝統の維持と発展や市場経済にいかに対応するか、また国家民族という議題にどう向き合うかといった課題に直面してきた。例えば、台湾の原住民族の重要な主食は粟、イフガオ州では米が主要な作物で、多くの祭祀はこうした伝統の作物と結びついている。台湾の原住民族は粟の生産復活を文化復興の手段の一つとしており、フィリピンでは棚田での農耕再開によって経済や社会発展の問題を解決しようとしている。「これらは非常に代表的なテーマで、現代と伝統のせめぎ合いを示しています」と官大偉は言う。
呉宜瑾は昨年(2023年)、イギリスのサセックス大学で開発学博士の学位を取得した。彼女の論文のテーマは先住民族の伝統的知識と現代文明の相互関係というもので、この研究のために彼女はイフガオに1年間滞在し、先住民族がどのように伝統知識を実践し、伝統知識と現代文化がいかに融合し、あるいは衝突しているかを研究した。例えば、伝統知識における農耕や機織り、医療などを見ると、農耕と機織りは重要な文化遺産とされているため保存が強化されているが、一方、フィリピンの宗教はカトリックが主流であるため、シャーマンによる伝統医療や儀式はネガティブなレッテルを貼られて抑圧されてきた。「イフガオ地域の文化遺産はなぜ発展し、あるいは発展していないのか。表面的な状態の他に、実際には多くの複雑な要素があるのです」と呉宜瑾は言う。
これは民族学が重視する点でもある。言語学や考古学などでは過去の手がかりを整理していくのに対し、民族学では先住民集落が現代社会において直面する困難の全貌に注目する。「こうした視野の下では、台湾とフィリピンの先住民は歴史的に類似した経験をしているだけでなく、脱植民地化の過程でも、近代化という課題に直面していることがわかります」
政治大学の官大偉によると、新南向政策の理念においては、海外との交流は文化と現地の知識に重点を置いて進め、真の友人となり、互いを尊重してこそ安定的なつながりが確立できると考える。
台湾とイフガオをつなぐ
世界のさまざまなリソースが集まるイフガオ州は、フィリピン最大の島、ルソン島の北部に位置し、首都マニラからは車で10時間かかる。この地域の人々は祖先の知恵を継承しており、山の斜面に岩や土を使って棚田を作り、人と自然が共存していることから、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されている。イフガオは、学術、自然保護、先住民族の権益といった面において世界的に注目され、台湾の政治大学もここで対話を進めてきた。
2015年から、官大偉は、台湾の学生や原住民族の長老、集落の青年、先住民教育推進者などを率いてイフガオを訪れ、交流を進めてきた。それぞれが自分の専門分野や関心のある分野で現地の人々と対話し、経験を共有している。官大偉によると、原住民族の長老とともにイフガオの考古学遺跡の発掘現場を訪れた時、長老は、このような行動は集落の同意を得ているのか、と非常に気にして幾度も訊ねていたという。学界においては遺跡を発掘するのは当然のことだが、立場が変われば見方も違うのである。このように現代科学と伝統が衝突する時には、より深い思考と対話が必要だと官大偉は語る。
呉宜瑾は、台湾とイフガオの先住民運動の違いについて語る。「フィリピンは国連のメンバーであるという優位性をうまく生かしています。また、彼らは先住民族の問題を議論する際の視野が広く、先住民族だけでなく、労働者や女性に関するテーマも一緒に扱っています。例えば、フィリピンは長年にわたって国際企業の影響を大きく受けているため、現地の団体も、発展に関しては国内で議論するだけでなく、国際的な場で話し合う必要があることを知っています」。これに対して台湾での議論は、民族に関する範囲にとどまっている。「台湾の原住民に関する議論が、他の弱者の課題と結び付けられていないのは、少し残念だと思います」と語る。
イフガオにおいては観光産業が強みとなっている。当局は独特の棚田の景観をオープン・エア・ミュージアムとしており、こうした文化体験は台湾にも参考になる。先住民族の文化遺産やランドスケープの保存、そして相互交流といった経験は、学術面での集落との協力においても重要なテーマとなる。
世界中が先住民の知識や現地の知識の重要性を論じている現在、国境を越えた先住民コミュニティのつながりには大きな意義がある。(楊暁珞撮影)
学術の社会的実験
官大偉は、先住民族の研究は人々が抱える苦悩や課題を研究して調査報告をまとめて提出するだけのものではないと言う。「エンゲージド・スカラーとなるには、社会と結びつかなければなりません。研究自体を一つの行動として地域の課題を解決しなければならないのです」と言う。そのため、プロジェクトを立ち上げるに当たり、彼らは文化エコロジー、社会発展、環境ガバナンスという三つの側面から交流することとした。例えば文化エコロジーとしては、稲作の復活を通して人と環境の関係性に注目し、社会発展の面では文化が市場メカニズムの中に置かれた時の発展を考え、環境ガバナンスの面では棚田での耕作を再開した後の環境や水の保全のテーマを扱う。これらはすべて、台湾とフィリピンの先住民がともに直面している課題であり、両国の先住民族の知識と経験を共有することで、考え方や実践のヒントが得られるのである。
ピリン・ヤプによると、イフガオの民族教育は現地の実践者、特に大学の資源に頼っている。(ピリン・ヤプ提供)
民族教育
先住民族の伝統的知識と言えば、教育を論じないわけにはいかない。2022年、台湾初の原住民実験学校――台中博屋瑪小学校の校長で、台湾原住民実験教育の生みの親でもあるピリン・ヤプは、官大偉に依頼されてイフガオに調査に訪れた。
非常に印象的な交流だったと語るピリン・ヤプはこう話す。「台湾では政府が一貫して原住民政策を強力に推進しているのに対し、フィリピンでは多くの場合、地域の大学が非常に大きな力を発揮しています」と言う。フィリピンでは現地のエスニックが多様であるためか、エスニックごとのカリキュラムを作ることができず、現地の大学の手を借りて教材をモジュール化し、それぞれのエスニックがそれを利用している。このような方法から分かるように、イフガオでは大学の自主的開発が活発に行なわれており、教員育成のルートも多様だ。ピリン・ヤプは、こうした点でフィリピンは優れており、台湾でも教員育成の参考になると考えている。
台湾では、原住民族教育法が制定されているため、各エスニックがそれぞれ専用のカリキュラムを作成することができる。例えばタイヤル族の場合、ピリン・ヤプは集落の長老に教えを請い、タイヤル文化における教育の目的を「Atayal na balay Kinya lyutu na Atayan(真の人になり、タイヤルの魂を持つ人になる)」としている。そしてGAGAというタイヤルの祖先からの教えを中心として、7大科目、26のテーマ、228の単元、合計2560節のカリキュラムに整理した。この経験をフィリピンで共有すると、非常に驚かれ称賛されたという。
両国の教材の内容を比較すると、イフガオの教材は文化や技術の継承に重きを置いているため、機織りや彫刻の技法などについて多く記載している。一方、台湾のカリキュラムはより全面的で、タイヤル族の精神、宇宙観、哲学観、歳時や祭祀、さらに集落の歴史や社会組織、歌謡、民族の移住の歴史などまで入っている。「私たちの教材の方がより全面的と言えるでしょう」とピリン・ヤプ校長は語る。
フィリピンも台湾も、島国でありながらそれぞれ異なる機織りの特色と技術を持っており、いずれの地域でもこの伝統文化を受け継ぐための努力をしている。(ピリン・ヤプ提供)
ローカルからグローバルへ
台湾とイフガオの交流は語り尽くすことができない。これらの交流の内容は一つひとつの報告書にまとめられるだけでなく、参加した人々の心の中の種となり、それが世界をつないでいく。
世界中で先住民族の知識の重要性が論じられている現在、台湾とフィリピンは同じように伝統文化と現代社会との向き合い方という課題に直面している。「ローカルからグローバルへと広げていく中で、経験の共有を通して双方の先住民族を支え合い、これらの課題に向き合っていかなければなりません」と官大偉は、フィリピン先住民族との交流の核心を語ってくれた。
フィリピンでは棚田での耕作再開によって、経済的、社会的発展の問題を解決している。(上)イフガオ人の稲の収穫儀式はmumbaki と呼ばれる3人の祭司が執り行なう。(右)稲を収穫し終えると、イフガオの人々祝いの儀式として水の中で綱引きを行なう。(楊暁珞撮影)
ピリン・ヤプ校長(左)はフィリピンのイフガオに招かれて台湾の原住民実験教育の経験をシェアした。(ピリン・ヤプ提供)
イフガオのコミュニティは世界文化遺産を屋外博物館にしてガイドや解説を提供しようと考えている。このような文化体験の提供は台湾にとっても参考になる。(官大偉提供)