WHO世界保健機関の推計によると、世界では毎日15万人が人工中絶をしており、そのうち500名の女性が中絶が原因で死亡しているという。
中絶は古くから議論を呼んできた話題だ。たとえ医療や薬剤の発達によって危険性は低くなっても、議論はますます盛んである。問題が人権や生命、人口、道徳、経済など多岐にわたり、どの観点から見るかで答えが異なってくるからだ。
台湾の中絶率は高い。衛生署の推計によれば、台湾では毎年平均28万〜30万の胎児が中絶で失われており、これは1年の出生人口に匹敵する。この数値を低く見積もり過ぎだという声もあるが、これでもスウェーデンの1万倍である。
実際に台湾で中絶がどれほど行なわれているのか、正確な数字は今もって把握できない。統計のある「治療性人工中絶」が年間平均4万件余りあるが、それ以外の非治療性のものや保険未給付の場合は統計に残らない。
多くの産婦人科クリニックが実際の収入を明らかにしたがらなかったり、法にひっかかるようなケースもあって、報告されないためだ。
女性にとって一大福音となった経口中絶薬RU486が2000年末に台湾で解禁されるや、輸入品が店頭やインターネット上で一気に出回った。このため、産婦人科の診断を経ずにこの薬で中絶してしまう件数となるともはや把握は不可能だ。
ただ、未成年者の中絶数は出産数の9倍と言われており、彼女らが出産する新生児が年に1万5000人という数値から中絶件数を推計し、そこに成年女性の中絶を加えると(低く見積もって)すでに27万人を越えていることになる。
妊娠中絶が増えるにしたがって水子を供養する行事も増えている。赤子の霊を祭るとともに、中絶した女性の心を慰めるためでもある。
中絶にはわけがある?
中絶はずいぶん古くから行なわれており、人口抑制の手段と見なされていた。19世紀に初めて「中絶は子を持ちたいという父親の願いに背くもの」「胎児は独立した個体であって、中絶は殺人の一種」という考えが生まれ、各国で中絶を取り締まり始めたのである。だが、それも20世紀には再び転換を見せる。女性の体の自主権が唱えられ始め、中絶を禁止していた国々も再び合法化へと方向修正を始めたのだ。
中絶合法化が趨勢とはいえ、例えば中絶が可能な胎児の週数など、各国の事情によって合法とする条件も異なる。
欧米諸国では英国が最も早く、1967年に人工中絶を合法化した。
米国では60年代以降、中絶をめぐり二大陣営が分裂した。いわゆる「選択支持」と呼ばれる中絶賛成派と、「生命支持」の反対派に分かれた。母親の自主権と胎児の生命権をめぐって争われるこの終りのない議論は、とりわけ大統領選挙が近づくと激しさを増す。各候補者は中絶に対する考えを明らかにし、論争を繰り広げる。
カトリックの国、アイルランドでは憲法で中絶が禁止されている。だが1992年の国民投票により、外国で中絶手術を行なうこと、またそれらについての情報を国内で流すことが許されるようになった。
アジアでは、中絶が無条件に許されている国もある。シンガポールでは1969年から、ベトナムでは南北統一の1975年から、中絶が全面的に合法化された。中国大陸では、一人っ子政策の下、公権力によって中絶が強制執行される場合もある。だが、母親の感情を無視し、胎児の生命をないがしろにするようなこの政策には、各方面から疑問の声が上がっている。
産むか産まないかは難しい選択だ。すべての子供が両親に望まれて誕生するようになってほしいものである。(荘坤儒撮影)
誰でも中絶できる?
優生保健法の庇護の下、台湾では現在、中絶手術は条件付で合法化されている。だが合法化以前から、望まぬ妊娠を非合法で解決する方法は行われていた。
当時の台湾省家庭計画研究所が行なった「家庭と出産」に関する調査によると、優生保健法がまだ実施されない1984年以前に、中絶手術の経験のあった女性は32%に及び、ほぼ3人に1人の割合だった。
優生保健法実施の1985年以降は、中絶件数も大幅に上昇し、台北市衛生局が1999年に行なった調査によると、成年女性の半数近くが中絶手術を経験していた。性経験のある未婚者でも、中絶経験は4割に上っていた。
驚くのは、これほど中絶の普及した台湾に「堕胎罪」があることだ。台湾の刑法第24章には「堕胎は有罪」と記されている。刑法第288〜292条の堕胎罪には、妊娠した本人の「自発的に或いは他者に従って堕胎した罪」、医師の「堕胎をさせた罪」と「営利目的で堕胎をさせた罪」、夫や男友達の「堕胎を教唆した罪」がある。
一昨年にあった、ある堕胎罪の刑事判決は、医学界や法曹界などで広く議論を巻き起こした。ある女性が中絶手術後に男友達から冷たい扱いを受け、別れ話を持ち出されたことがきっかけで、その男性と、手術をした医師とを「堕胎教唆」及び「堕胎をさせた罪」で訴えたのである。被告はいずれも有罪となった。
だが、堕胎罪で刑罰を受ける例は台湾では実際には多くない。その原因は20年前から実施されている優生保健法にありそうだ。
同法規は中絶を合法化する、いわば「恩恵的な」法規と言える。遺伝的疾病の罹患やレイプによる妊娠などに中絶が認められている以外に、第9条第6項では「妊娠や出産が心理的健康や家庭生活に影響を及ぼす場合は人工中絶を実施できる」とあり、いわば誰でもこれを理由に合法的に中絶ができるのである。「例外が絶対多数を占める」と言って、現状を笑う人もいう。
非合法手術の危険性
優生保健法によって非合法に中絶をする必要もなくなり、手術の安全性も大きく高まった。国泰病院産婦人科の鄭丞傑医師は昔を感慨深げに思い出す。1985年以前は、大出血や感染による腹膜炎といった中絶手術の後遺症で再び病院を訪れる女性が多く、医師の技術不足による深刻な医療事故も存在した。
ところが、優生保健法が作られた本来の目的は、女性の体の自主権を保証することでなく、人口抑制にあった。当時は「家庭計画」が推進され、出生率を下げるため、避妊薬や避妊具の配布だけでなく、中絶の合法化も行なわれたのである。
果たして優生保健法の成立直後、しかも実施前に出生率の下降が始まり、それまで1000分の20〜30あった出生率が、実施2年目には1000分の15ほどに下がった。同法規は確かに効果を奏したようである。
生命の始まり
胎児の生命権と女性の選択権と、どちらが大切かは議論のつきない問題であるが、いつを生命の始まりとするかについても見方は分かれる。受精の瞬間からとする人もいれば、心臓が鼓動を打つようになった時と考える人もいるし、母体を離れても生命が維持できる時点(約24週)と言う人もいる。または出産後初めて子供は独立した生命体になるとする考えもある。
生命の始まりがいつであれ、中絶手術をする婦人科医の心理は複雑だ。
産婦人科医は中絶によって利益を得るとか、中絶を勧めていると思う人もいるかもしれないが、実際は、未成年や未婚か否かに関わらず、たいていの医師がもう一度よく考えるよう助言していると、鄭丞傑医師は言う。ときには医師の言葉に本人も心を動かされ、手術を思いとどまることもある。
鄭医師によれば、中絶薬RU486の服用は妊娠7週以内、中絶手術は24週以内と優生保健法で規定されている。だが、胎児は6週で心臓が鼓動を打ち始め、8週で体のようなものが認められ、10週になると手足ができている。このような胎児に手術を施せば、どうしても殺すという感覚になる。このため国泰病院の院内規定では、18週以上の胎児には特別な理由がない限り手術はしないこととされている。
やむを得ぬ選択
未成年者の妊娠については、医学界でも考えが分かれるが、こんな風に考える人もいる。子宮の発育の未熟な未成年者は、出産にも中絶にもある程度のリスクを伴うという点では変わりがない。だが、中絶は手術さえうまくやれば、肉体的にも将来に影響を残さないというのである。また40年の歴史を持つ学生平安保険は、今年から時代のニーズに合わせ、高校生を対象に堕胎或いは出産を保険給付項目に入れた。
「もし、あなたの娘が未成年で妊娠したら、産んでもいいと思いますか」と産婦人科医の高添富さんは問う。だが、どちらを選ぶにせよ悩みや後悔を伴うことも、高医師は知っている。
このような心理的葛藤をどうすれば減らせるか。両派に分かれた、接点のない議論からどうやって解決の道を探るか。どうすればすべての子供が望まれて生まれてくるようになるのか。これらは難しいが、見つめなければならない問題である。