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故郷の味と本の貸出し

故郷の味と本の貸出し

IBU厨房×冬瓜山書店

文・曾蘭淑  写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

4月 2020

IBU厨房×冬瓜山書店(林格立撮影)

宜蘭県冬山郷、南興路の路地にある「IBU厨房×冬瓜山書店」。壁一面に書籍が並ぶ店内では、ココナッツや香辛料の香りが鼻をくすぐる。ここは無料で本が借りられ、東南アジア料理も楽しめる、東南アジア出身の移住労働者や新住民の交流の場である。冬山郷役場の政策が縁を取り持ち、東南アジアを研究する一人の助教による社会実践と、2人の新住民の夢が融合した。

珍しく陽光が降り注ぐ宜蘭県冬山郷、羅済昆は「冬山の古い町並み」ツアーに参加した人々を率いて、広い通りから路地に入り、3階建ての一軒家の前で止まった。

「ここは新住民のレストランです。ここではインドネシア、フィリピン、ベトナムから嫁いできた女性が交替で料理を作っています。目的は利益ではなく、東南アジアから来た移住労働者や新住民のために言語学習や交流の場を提供することです。本来なら政府がやるべきことですが、言葉の通じない東南アジア出身の労働者や新住民が、中国語を学び、本を借りられるようにしています」

「皆さんも、ここへ来て本を読んでください。立って読むのは無料ですが、席に座ったら消費が必要です。ここに本を寄付して食事をすることが社会問題の解決につながるのです。冬山郷のツアーでは必ず冬瓜山書店を訪れるようになっています」と羅済昆は丁寧に説明する。

不定期に開催される「サテ・ナイト」。海外から来た労働者と台湾人が互いの挨拶の言葉などを教え合い、おいしい料理を囲んで交流する。

故郷の味でホームシック解消

これは宜蘭県冬山郷が推進する「古い家屋再利用補助プロジェクト」の最初の事案でもある。冬瓜山書店の創設者の一人で陽明大学衛生福利研究所助教の梁莉芳さんは、移住労働者の健康調査を行なっていた時、南方澳漁港で外国人労働者の通訳をしていたインドネシア出身の新住民、黄燕妮さんと知り合い、話をするうちに黄燕妮さんの長年の夢を知ることとなる。

台湾に嫁いできて20年以上になる黄燕妮さんは、東南アジア料理をシェアできる場所を持ちたいと思っていたところ、冬山郷役場が古い家屋再利用の計画を打ち出しているのを知った。

実は、東南アジアから台湾に嫁いできた人の多くと移住労働者は同じ気持ちを抱いていた。台湾人に嫁いできた彼女は、毎日三食を作っているが、夫や舅姑は東南アジア料理特有のココナッツやトウガラシの味に慣れず、子供たちもインドネシア料理を食べてくれないのである。そのため、家族が寝静まった夜中に、自分のために故郷の料理を作り、異郷での孤独を癒していたという。

2019年末、黄燕妮さんは梁莉芳さんとともに南興路の路地裏にある一軒家を借り、「IBU厨房」と名付けた。IBUとは、インドネシア語で「お母さん」の意味で、ここで料理をするのは東南アジア各国から嫁いできた新住民お母さんたちなのである。

黒板に書かれているメニューは、調理をするお母さんたちの心遣いで毎週変る。

黒板に書かれたメニューは毎週入れ替わる。

香辛料たっぷりのおいしい料理

常勤しているのはフィリピン出身の夏汀娜さんとインドネシア出身の黄燕妮さんで、日曜にはベトナムやタイ出身のお母さんが加わる。収支を考慮して、二人のシェフは普段はインドネシア語と英語を教えているため、レストランの営業日は木曜から日曜までだけだ。

フィリピンのバギオ出身の夏汀娜さんのご主人はアメリカ国籍の台湾人で、23年前に二人で台湾に移住し、二人とも台湾国籍を取得した。夏汀娜さんは、新鮮なバナナを使ってフィリピン特有のバナナ‧ケチャップを作る。これでパスタを和えると甘酸っぱく、子供たちに人気がある。

さらに、フィリピン風のカボチャ入りシナモンロールとアボカド‧ティラミス、夏はマンゴー‧ティラミスも作る。シナモンロールに添える手作りのクリームチーズソースは爽やかなレモンとココナッツの香りがし、常連客に愛されているだけでなく、テイクアウトする人も多い。

IBU厨房では不定期で「サテ‧ナイト」も開催する。黄燕妮さんはメダンとジャワ風味のサテを用意し、インドネシア人労働者を雇って焼いてもらう。メダンのサテはピーナッツと香辛料の風味が利いている。焼き上げたサテには自家製のソースとインドネシアで定番のケチャップマニスをかけると白いご飯にもよく合う。店内では移住労働者も台湾人も一緒に座り、おいしい料理を囲んで互いの挨拶の言葉を教え合ったりする。

グリーンココナッツソースのチキンライス。自家製のソースに漬け込んだ鶏肉とエビせんべい、揚げ豆腐などが彩りも美しく盛り付けられている。

移住労働者のニーズを知る

IBU厨房のもう一つの名前は「冬瓜山書店」だ。書棚には「燦爛時光冬山文庫」の看板が置かれており、ここが燦爛時光書店の精神を受け継いで、古本の「貸し出しのみ」を行なっていることがわかる。

自由に本を読めるだけではない。移住労働者の台湾での生活や仕事上の問題を解決するという趣旨から、毎週水曜日には外国人介護士のための中国語の授業、土曜日には工場で働くインドネシア人のための中国語の授業を行ない、仕事で使う言語の学習に協力している。これらの授業のために、宜蘭市や三星郷からタクシーで来る人もいる。スマホばかり見ているより、生活を充実させられるからだという。

こうしたニーズを理解できるのは、黄燕妮さん自身が同じ経験をしてきたからだ。スマトラ出身の彼女は、半分は華人の血を引いており、華人排斥事件が起こる中で成長した。台湾に嫁いできたばかりの頃は言葉も通じず、金目当てで台湾に来たのだろうと、近所の人から差別もされた。そうではないことを証明するために、彼女は家計を支えるために働き、小学生の息子とともに中国語の発音記号から勉強して卒業証書も得た。中国語も台湾語もできるようになった彼女は、移住労働者の通訳という仕事に就き、自信をもって働くようになった。

「インドネシアに住んでいた頃、私は華僑なので現地のインドネシア人を見下しているところがありました。でも、通訳を始めてから、台湾人はなぜこれほどインドネシア人の漁船員に関心を寄せるのか考えるようになり、私こそ同胞に関心を寄せなければと思うようになりました」と気持ちの変化を語る。

台湾人家庭で介護士を務める移住労働者を研究する梁莉芳さんによると、結婚で移住してきた人も含めると、台湾の人口の30人に1人は新住民または移住労働者だが、台湾社会で彼らは見えにくい存在だと言う。彼女が学生とともに訪問調査をしたところ、新住民や移住労働者は異郷で孤独を感じていて、コミュニケーションにも壁があるため協力が必要だということが分かった。冬瓜山書店を通して、彼らのための新刊発表会を開いたり、インドネシア語のコンサートを開いたりするなど、東南アジア研究の傍ら、梁莉芳さんは実践を通して人々を助けている。

黄燕妮さんの大学生の息子さんは彼女にインドネシア語を学び始めたそうだ。彼女の人生の旅路において、台湾は異郷ではなくなり、夢を実践でき人助けができる故郷となったのである。

「燦爛時光冬山書棚」の札が置かれ、東南アジアの各種言語の書籍を移住労働者に貸し出している。

台湾大学華語教学研究所で学んだアメリカ人教師ジョエル・シェヴリエさんが、インドネシアから来た介護士にボランティアで中国語を教えている。(冬瓜山書店提供)

冬瓜山書店が開催したイベント「小旅行を越えて——冬山から東南アジアへ」ではタイ舞踊が披露された。(冬瓜山書店提供)

冬瓜山書店とIBU厨房は、料理と書籍を通して東南アジア出身の 労働者や新住民のニーズに応え、交流の場を提供している。