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台湾をめぐる

森の中で深呼吸――

森の中で深呼吸――

台湾の森林が持つ いやしの力

文・蘇晨瑜  写真・莊坤儒 翻訳・山口 雪菜

5月 2023

林格立撮影

森林資源が豊富な台湾は、国土の60.71%、全体の3分の2が緑の森林に覆われている。そして長年にわたり、この島の水と土は5188種もの原生植物を育んできた。ここは植物学者にとって研究の楽園であり、山と海を持つ台湾人は早くから森林から資源を得て、香りの産業を育ててきたのである。

台湾のクスノキは樹木全体が精油を豊富に含んでおり、精製した樟脳には軍事、医薬、アロマ、防虫などの用途がある。(上は外交部資料、下は肯園提供)

樹齢千年の香り

台湾人は昔から香りを利用してきた。中でも一番に挙げられるのはクスノキであろう。「早くも200年余り前、台湾のクスノキは世界から注目されていました」と話すのは屏東科技大学森林学科助教の楊智凱だ。時は1897年にさかのぼる。クスノキは日本や中国にもあるが、台湾のクスノキから取った精油の質が最も高いことをアメリカの植物学者Lyster H.Deweyが発見した。この研究により、後に台湾の樟脳輸出の輝かしい歴史が始まる。最盛期には、台湾の北から南まで各地に樟脳を作る作業場があった。作業員はクスノキの皮をはぎ、加熱して結晶化させる。台湾の樟脳油の年間生産量は一度は世界の7~8割を占めた。世界の7割以上の人が、台湾から来た香りを嗅いだことがあったのである。

初春の肌寒い日、私たちはアロマセラピストの温佑君とともに台北植物園の名人園区を訪ね、巨大なタイワンフウの木の下に立った。温佑君は一枚の枯葉を拾って手で揉むと、「匂いを嗅いでみてください」と言う。その萎れた葉はすがすがしい香りを放ち、植物の生命力を感じさせた。「新鮮な葉なら、もっと甘い香りがします」と言う。温佑君はここの植物の一つひとつについて詳しく説明してくれる。彼女は毎年生徒たちを率いて欧米に香りの旅に出かける。世界各国の植物の香りを嗅いできたが、台湾島の香りは地中海のリゾートであるコルシカ島に匹敵し、「台湾は香りの島なのです」と言う。

温佑君は台湾の植物の香りを観察し、本も書いているが、彼女の口から語られる植物の物語は、より生き生きしている。「台湾のクスノキの香りの変化と品種は世界でも最も多様です」同じクスノキでも生長する環境や微気候の影響で異なる香りを放つのである。樟脳、ローズウッド、ラベンダー、ローズマリー、ユーカリ、さらにはビンロウや台湾の清涼飲料水‧沙士の香りなど「これらはすべてクスノキの香りで、その豊かさに驚かされます」と温佑君は言う。クスノキはまた気の流れを促すという。「気功をしていて気の滞りがある時は、クスノキの香りがその流れを促してくれます」と言う。

もう一つの台湾の香りは、北部の拉拉山にある。「外国人は目を開いて驚くでしょう。ここはすべてベニヒノキなのですから」

温佑君はベニヒノキを「天長地久」の香りと形容し、「目の前の小さな物事にとらわれなくなります」と言う。樹齢千年の神木が放つエネルギーは非常に神秘的だ。「ヒノキのエネルギーにはすごいものがあります」と言う。温佑君が生徒たちを連れて塔塔加トレイルを標高2000メートルまで登った時、マスクをしていた生徒が息苦しさを感じた。そこで彼女はマスクの中にベニヒノキの精油をたらした紙を入れたところ、呼吸が楽になった。科学的な実験においても、ベニヒノキの精油の香りを5分間嗅ぐと、ストレスが軽減して身体がリラックスし、緊張や怒りや困惑の感情が低減することが証明されている。

産官学が協力して台湾の植物の秘密を解き、国産のエッセンシャルオイルに新たな契機をもたらしている。

実験室で植物を解読

中興大学森林学科特別教授の王升陽の研究室に入ると、壁はぬくもりのある木の板で、山小屋に来たような感じがする。ここには、新たな産業の契機を見出そうと台湾の植物の化合物構造の鑑定を依頼しに多くの起業家が訪ねて来る。王升陽は台湾で初めて森林の空気を持ち帰り、実験室でフィトンチッドを分析した学者であり、台湾の天然物化学および植物代謝体学の先駆者でもある。「台湾は生物多様性のホットスポットで、4株に1株は固有種です。固有種というのは世界の他の地域では見られないものをいいます」と王升陽は言う。彼が作った「林木代謝学および天然薬物開発」実験室の中には、高価な精密機器がひしめいている。数百万元するガスクロマトグラフィー分光器、核磁気共鳴画像分光器、液体クロマトグラフなどだ。これらの計測器を活かし、王升陽とそのチームは植物から抽出した天然成分を分析し、その機能や効能を研究することで植物の商業開発や応用の潜在力を見出している。林務局も王升陽に依頼して国産精油認証実験室を設立し、台湾の重要な、経済的価値のあるエッセンシャルオイルの認証基準を確立しようとしている。

「私の実験室では、学生とアシスタントがエッセンシャルオイルを使ったマッサージや、匂いを嗅ぐ実験を行ない、それがもたらす脈拍や血圧、脳波、アミラーゼなどの変化を見ています」と言う。産業界は、植物の精油による皮膚の引き締めや美白などさまざまな効果に興味を持っており、王升陽の実験結果は人々を興奮させる。

2020年、王升陽は、ゼラニウムとレモンの精油に含まれる活性成分がACE2の働きを抑え、新型コロナウイルスの感染リスクを低下させる可能性があることを発見した。また、貴重な針葉樹のランダイスギは抗菌効果を持つことがわかった。これだけでは珍しいことではない。彼らはラットの背中の毛を剃り落とし、蜜蠟で毛嚢まで除去したうえで、ランダイスギの精油を14週間にわたって塗布したところ、毛が生えてきたのである。「しかも対照するラットと同じ長さまで毛が生えました」と言う。そこで王升陽はランダイスギの精油でシャンプーを作ったところ、4000本がすぐに完売した。日本人もランダイスギを非常に好む。抗菌や育毛のほか、細胞に気体を生じさせ、中医学で言う気を補う効果があり、うつ症状を軽減するとされている。

屏東で生産されるレモンや蜜柑の皮から取れるフラボノイドは高価な保健‧医薬用品であり、薬品開発の素材である。ゲットウの精油の匂いを嗅ぐと心は落ち着き、美白の効果もある。「私のこの話を聞いてゲットウのフェイスマスクを作った人もいますよ」と王升陽は笑う。彼の学生もゲットウの精油を商品化し、技術移転に成功した。

循環経済やサステナビリティの流れの中、「木を伐採するのではなく、葉や間伐した枝を使うことできれば林業農家の収益になるのではないか」と、樹木の伐採を好まない王升陽は考え、その科学的実証や標準作業を用いて林業農家に新たな道を提供したいと考えている。「林相の変更や新たな森林経営を始める時、国産の農業余剰資材をどう生かして生産につなげるか。国産精油の付加価値を高めることに私たちは力を注いでいます」と王升陽は言う。

王升陽の実験室には百万元を超える精密機器が並び、科学的な方法で産業界のために標準作業手順を確立している。

レジリエンスの島の願い

台湾の3分の2の土地は文明の手が入っていない森林、すなわち中央山脈だ。「台湾人は、私たちが極めて豊かな山林資源を有していることを知るべきです。ただし、これらの資源は私たちが略奪し開発するためのものではなく、分かち合い、共存するべきものなのです」と温佑君は言う。

ポストコロナの時代、誰もが新たな力を求めている。台湾の緑の山林には癒しの力があり、人々の心を再生する力になるかも知れない。1854年4月20日、イギリスの植物学者ロバート‧フォーチュンは淡水から台湾に上陸しようとしていた。彼は望遠鏡で、彼が知る限り最も強靭な植物であるタカサゴユリが風に揺れる姿を見ていた。その後、この植物は彼の手によって台湾の文献の中に最初に登場する固有植物となった。「タカサゴユリは、風と暑さと雪にも耐える強靭な植物で、標高の低いエリアから3700メートルの高山まで、さまざまな時間に見ることができます」と楊智凱が語る強靭なタイワンユリは、まさに台湾から世界への祝福であるかのようだ。

ベニクスノキタケ(王升陽提供)

ゲットウ(楊智凱提供)

温佑君は、真に台湾を守っているのは森林なのだから、大切にしなければならないと語る。

台湾の樟脳油はかつて最高級の精油として世界に知られていた。(外交部資料)

(外交部資料)

ベニヒノキ(楊智凱提供)

タカサゴユリ(楊智凱提供)