
光華取材班は2日をかけて、台南の400年(1624年にオランダ人が台南安平に上陸し、台湾が世界と関わりを持つようになった年から起算)にわたる建築物を訪ね歩いた。初日は明代から清代にかけての歴史的建築物をめぐり、二日目は日本統治時代から現代にかけての建物を見て回った。この二日にわたる探訪で、まるで時空を通り抜けるかのように過去400年にわたる歴史と文化の輪郭を描き出すことができ、その奥深さを肌で感じることができた。
先頃、陳建仁・行政院長(当時)から「行政院文化賞」を授与されたばかりの成功大学建築学科特任教授・傅朝卿は、台南史400年の起源である「ゼーランジャ城」について語るに当たり、まず、長年にわたって続いてきた誤解を強い言葉で指摘する。
第一の誤解は、多くの機関が安平古堡(ゼーランジャ城)に立つ展望台をここのシンボルとして打ち出し、1624年にオランダ人の手によって建てられたとしていることだ。実はこの展望台は1975年に台湾人が建てたものなのである。
もう一つの誤解は、昔からゼーランジャ「城」(熱蘭遮城)と呼ばれてきたが、オランダ人が「Fort Zeelandia」と名付けたことから分かる通り、正しくは「城」ではなく、「砦」だという点である。

台湾の建築史を研究して30年になる傅朝卿は、台南人が日頃から見慣れた建築物の背後に、実はおもしろい歴史が潜んでいると語る。
鄭氏政権時代の道を歩く
30年にわたって台湾建築史を研究してきた傅朝卿によると、鄭氏政権(1661~1683年)にとって台南は極めて重要な拠点だった。台湾全土を見回しても鄭氏政権時代には台南以外の都市は一つも建設されておらず、台湾の建設は台南から始まったことが見て取れる。
「台湾に初めて建てられた玉皇大帝を祀る廟、台湾で最も古い土地公廟、台湾初の玄天上帝廟、台湾初の孔子廟もすべて台南にあります。これらの廟を地図上に示すと、今も狭い道でつながっています。当時の人々がよく歩いていた道だということがわかり、非常に興味深いですね」と傅朝卿は言う。

台南市図書館の建築イメージは、台南の古い民家に見られる窓の飾り格子から来ている。1階ずつ後退させる設計により、強い日差しや地表の熱を避けられる。
歴史の積み重ねでできた台南
傅朝卿によると、台南市内の細い道を歩いていると、一ヶ所で三つの時代の空間を目にすることがあるそうで、「これが台南のおもしろいところですよ」と語る。
「台南は、鄭氏政権、清朝、日本統治時代という三つの異なる時期の建設が積み重なってできているのです」と言う。例えば、民権路と公園路の交差点は台南人が鷺嶺と呼ぶ場所だ。鷺嶺は海抜14メートルの台南の最高地点で、ここに鄭氏時代には北極殿が建てられ、続く清の時代には北極殿の後ろに天壇と台湾初の天公廟が建てられた。さらにその左にある台南測候所は日本統治時代の1898年に建てられた気象ステーションである。これら三つの建物が、台南の最高地点に建てられているのである。

清朝の三つのレベルの行政機関
清の時代、台湾全体を治める台湾道署と台湾府、それに台湾県はすべて台南に置かれていた。日本統治時代には、中央政府の総督府と、地方政府である台北州庁と台北市役所がすべて台北に置かれていたのと同じである。
行政に中央と地方のレベルがあるように、台南では孔子廟や城隍廟も中央と地方に分かれている。孔子廟には府学と県学があり、城隍廟も府城隍廟と県城隍廟に分かれているのである。傅朝卿によると、さらに興味深いことに、通常は府署と県署が城隍廟の両側に建てられていた。昔は司法制度がなく、事件の取り調べは衙門(府署を指す)が行なっていた。容疑者が正直に話さない時は、夜間に隣りの城隍廟で手練手管を使って取り調べを続けたのである。
文官体系の他に、清の時代には重要な武官の役所も二つあった。一つは台湾総兵官事務所である「総鎮署」で、現在は台南公園横の台南バスターミナルになっている。その近くには土地公廟の「鎮轅境」があった。これは総兵官が参拝する土地公であったため、土地公の神像は宰相の帽子をかぶっており、全台湾で最も位の高い土地公と呼ばれている。
もう一つの武官の役所は「海防同知」で、今日で言うと海巡署と港務局の業務を行なっていた。現在の友愛街ホテルの近くにあった。

日本統治時代の新たなタイプの建築物
日本統治時代に入ると行政区が改めて区画され、新たに都市計画が立てられて市街地はいくつかのロータリーを結ぶ形で形成された。また、台湾に新しいタイプの建築物が出現したのも、日本統治時代の大きな特徴である。
中でも代表的なのは、湯徳章記念公園の近くにある現在の台湾文学館だ。これは日本統治時代には台南州庁だった建物で、その横には市役所と警察局があり、このエリアを取り囲むようにして重要な商業行為が行なわれていた。さらに、1926年には台南運河が竣工、1936年には台南駅が完成し、これら陸路と海路が交差する場所である中正路には林百貨(ハヤシ百貨店)がオープンし、当時台南で最もにぎわう場所となった。
林百貨と台南警察局の外壁には黄土色のタイルが貼られており、多くの人はこれを米軍の爆撃から守るための国防色だったと解釈している。しかし、傅朝卿は「これらが建てられた1930~1931年にはまだ戦争は始まっていなかったのに、建築家はなぜ保護色が必要だと思ったのでしょう?」と問いかける。黄土色を使った本当の理由は、当時建物の外観としてこの色が流行していたからではないかと傅は考えている。
1923年に日本で関東大震災が発生した時、関東地方のレンガ造りの建造物の多くが倒壊したが、アメリカの建築家であるフランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル(旧本館)だけは被害が出なかった。それは、ロイドが「浮き基礎」という方法で耐震性を持たせていためだったが、このことによって帝国ホテルの外壁に用いられていた黄色いタイルまでが流行し始めたのである。そのため建築家の梅澤捨次郎が設計した台南警察局(現在の台南美術館一館)や林百貨などの鉄筋コンクリートの建物の外壁にも温かみのある黄色いタイルが用いられているのである。

ドイツの建築家ゴットフリート・ベームが設計した台南後壁菁寮聖十字天主堂。地域文化と宗教精神、現代建築のエレメントを巧みに融合している。
インターナショナル・スタイル
第二次世界大戦が終わって1950年代になると、台湾各地で新しい校舎が建てられたが、その多くはアメリカからの援助と関わっている。台南の成功大学には当時全国で唯一の建築学科があったため、アメリカ顧問と同大学建築学科教員の共同作業によってインターナショナル・スタイルの建築物が誕生した。中でも成功大学の旧図書館と台南電信局は標準的な「インターナショナル・スタイル」建築である。従来の建築では、マッスと対称、求心が強調されたのに対して、インターナショナル・スタイルではボリュームと遠心が重視される。設計の特徴としては、スチールフレームの大きなガラス窓で透明感を出し、中空の階段を設けて遠心効果を際立たせ、さらに非対称の空間を設けることなどが挙げられる。

台南地方裁判所のホール。天窓のあるドーム、イオニア式の円柱、半円形の付柱など、西洋建築のさまざまな手法が用いられている。
現代的な公共建築

台南美術館第2館のメイン建築は五角形をしている。科学的データを駆使して幾何学造形を組み合わせることで省エネを実現している。
古い建築の再生ブーム
傅朝卿は、1999年から始まった古都保存再生文教基金会による古い建築の再生運動も、台南400年の歴史における重要な一部分を成していると考える(詳しくは本誌38ページの『400年受け継がれたバトン』を参照)。「すべての古い建築物に歴史文化遺産としての価値を凝集させると言うより、日常のものにしていくということです。古い建物に新たな記憶を生み出させ、すべての古い建築物に未来を持たせることなのです」と傅朝卿は語る。台南の歴史400年に当たって過去を振り返るだけでなく、これからの400年のまた違う台南を期待することができるのである。

中国古典建築の特色を取り入れた台南の中華聖母主教座堂。

1912年に建てられた台南地方裁判所。バロック様式のドームとマンサード屋根、古典主義風のポーチが特徴だ。

モダニズムの建築家・王大閎が設計した成功大学文学部の校舎。斜め屋根と合院形式の空間は中国古典建築のエレメントである。

成功大学旧図書館(現在は未来館)。広い面積のガラス窓、中空にかかる階段、非対称の空間など「インターナショナル・スタイル」の特徴が見て取れる。

現在の台湾文学館の建物は西洋建築で、入口ポーチには12本の柱があり、左右両側には塔がある。かつて州庁庁舎として建てられたため、荘厳で気品のある造りとなっている。

台南中華聖母主教座堂の聖壇部分にも中国古典様式の装飾が施されている。

台南では現在でも清朝の三つのレベルの行政機関の跡を見ることができる。写真は永福小学校にある台湾道署の遺構。
府署:現在の城隍廟の前に府署跡の碑が立っている。
県署:県署も城隍廟の隣りに位置し、成功小学校のグラウンドに遺構がある。

昔の武官の役所「海防同知」は、現在の友愛街ホテルの近くにあった。

台南市にある成功大学の旧文学部ビル(現在は歴史学科館)。アーチが連なる回廊にローマ様式のポーチというのは日本統治時代の代表的なデザインである。

開基武廟:台湾初の「関帝廟」。

大天后宮:台湾で最初に当局によって建てられた媽祖廟。

開基玉皇宮:台湾で最も古い玉皇大帝を祀った廟。

大観音亭(左):台湾で最初に観音を祀った寺院。
興済宮(右):台湾で最初に保生大帝を祀った廟。

小南天:台湾初の土地公廟。

天壇:明・鄭氏が天公に祈りをささげた場所。

台南孔子廟:長く続く文明の歴史を象徴する。

東獄殿:東獄大帝は人間の生死を司る神である。

台湾府城隍廟:衙門(役所)の構造を模して建てられている。城隍爺は冥界の地方長官とされる。

北極殿:明朝の国教である玄天上帝を祀る廟。

延平郡王祠:鄭成功を祀っている。重要な台湾独自の神と言える。

1930年代にアールデコ様式で建てられた林百貨。台南初のエレベーターが設けられた。

「鎮轅境」の土地公は宰相の帽子をかぶっており、全台湾で最も地位の高い土地公とされている。

台湾府城隍廟にかけられた巨大なそろばん。城隍爺が人々の善行と悪行を見てそろばんをはじいていることを意味し、勧善懲悪の意味が込められている。