
自然資源を守り、文化と歴史を保存し、人々の暮らしと産業を受け継いでいくという、海と共存する概念が台南の台江では完全に解釈され実現されている。私たちはこの大地の価値といかに向き合えばいいのか、真剣に考えていかなければならない。先人の知恵をいかに継承し、さまざまな生物とどのように関わって生態バランスを維持していくべきか。また、国際的な生物保護活動に、台湾としてどのように関わり貢献していくべきなのだろうか。
1990年の時点で、全世界のクロツラヘラサギの数は300羽に満たず、そのうち台湾で冬を越すものは150羽程度と絶滅の危機に瀕していたが、2017年、クロツラヘラサギの数は世界で3941羽、台湾で越冬するものはその66%の2601羽となり、世界で最も多くのクロツラヘラサギを台湾で観察できる。
これは、台湾における野生動物保護の一大成果であり、民間と政府が手を取り合い、また国際協力を経てきた結果である。台湾で行われてきたクロツラヘラサギにやさしい養殖方法とはどのようなものなのか。経済発展を持続させるとともに自然景観を守るにはどうすればいいのか。台湾の過去、現在、未来を見てみよう。

台南の七股地区では、養殖池の10分の1の養殖方法を変えるだけでクロツラヘラサギやその他の水鳥の越冬に十分なエサを提供できる。
ボトムアップの動物保護
「1988~1989年にクロツラヘラサギが絶滅危惧種であることがわかった時から、NGOや林務局、学者・専門家と自治体の努力により、動物保護の意識がしだいに高まり、ようやくその命が守られるようになったのです」と話すのは台江国立公園管理処六孔管理ステーションの黄光瀛主任だ。それは長い年月をかけた保護のプロセスだった。当時、台湾では東帝士や燁隆といった企業による台南沿海地域の工業区開発計画が議論の的となり、一方、台湾では保護対象動物を用いた製品の販売が有効に禁止されていないというので、アメリカは台湾に対して経済制裁措置を採った。これらの問題によって、経済発展を主としてきた台湾の政策に環境保護の概念が取り入れられるようになっていったのである。
こうした問題を背景に、1992年に台南市野鳥学界が発足し、まず絶滅の危機に瀕したクロツラヘラサギが保護の対象となった。台南市野鳥学会の郭東輝総幹事は過去を振り返る。「野鳥保護の観念を伝え広めることで、地元の人々は野鳥の存在に気付き始めました。クロツラヘラサギの存在は観光促進につながるだけでなく、地元のサバヒー(虱目魚/ミルクフィッシュ)養殖業の副産物である池の底の雑魚を食べてくれるので、養殖産業にも打撃とならないことが分かったのです」現地のNGOや学者専門家、そして地元有力者が奔走し、また当時の台南県と台南市も協力して、2009年にはこの地域が台江国立公園に指定され、クロツラヘラサギに安全な越冬の地がもたらされたのである。

養殖魚を収穫した後、池の水位を下げるだけでクロツラヘラサギや他の水鳥にとっての良好なエサ場となる。(林格立撮影)
半年は人間が利用、半年は鳥が利用
台江と台南沿海地域の養殖業者は、段階を追って経営を転換していった。「初期はエビの養殖でしたが、病気が流行してからは経済的価値の高いハタの養殖に切り替わり、現在はハマグリやシロエビへと変わりました。サバヒーの養殖は昔から続いています」と黄光瀛は説明する。ハタであれハマグリであれ、養殖池は深く掘らなければならず、一年を通した高密度の養殖は地力を低下させ、また大量の養殖廃水が出る。クロツラヘラサギは渉禽で、浅瀬でエサをとるが、以前はサバヒーの養殖池の水深と養殖周期はちょうどそのエサにふさわしかった。だが、深い池での養殖方式に変えてからは、クロツラヘラサギのエサが減ってしまい、その生存を脅かしていた。
「半年は人間が利用、半年は鳥が利用」――毎年4月から10月はもともとサバヒーの養殖期間で、10月から翌年の4月まではクロツラヘラサギが越冬に来る時期である。この時期、養殖池ではサバヒーの収穫を終えて水を抜くので、池の底に残った小魚や小エビがクロツラヘラサギのエサになる。こうした循環方式は、300余年前にオランダ人がサバヒーの養殖を導入した頃の伝統に立ち返るものであり、動態的な文化の継承であるとともに、生態保護の理念にもかなっている。この転換について営建署国立公園組の張維銓組長は次のように説明する。「台湾で越冬するクロツラヘラサギの数が2011年に激減した時、私たちは台南大学と協力して環境にやさしい養殖を試みました。魚を収穫した後、養殖池の水位を下げ、陽に当てることで消毒します。2~3月になったら放水して米ぬかを天日干しします。米ぬかはサバヒーのエサとなる藻類の繁殖に役立つのです」
「浅い池でのサバヒーの養殖は4月から10月末で、収穫を終えたら水位を下げて比較してみました」七股西校区の実験的な養殖について、台南大学生態および環境資源学科の王一匡准教授は話す。サバヒーなどの養殖池合計4組を二つに分け、過去の養殖方法を採用する池では水位を下げ、もう一方の池では水位を維持して比較した。その結果、水位を下げた池ではクロツラヘラサギがよくエサを採ることがわかったのである。さらにはシラサギなど他の水鳥もやってきて、数年の実験の結果、冬に池の水位を下げることが鳥類保護に有効なことがわかった。
4月から10月は従来の浅い養殖池でのサバヒーの養殖期間で、10月から翌年の4月まではクロツラヘラサギが越冬に来る時期である。この時期、収穫後の養殖池の水位を下げれば、池の底に残った小魚や小エビがクロツラヘラサギのエサになる。
クロツラヘラサギをブランドに
「七股地区の養殖面積の10分の1でこの方法を採用すればクロツラヘラサギや他の水鳥に十分なエサを供給できます」と黄光瀛は言う。所有する養殖池の10分の1だけ水位を下げればよいので、他の池では通常通り、深い池でハタやシロエビ、ハマグリなどの養殖が続けられる。それならと養殖業者の間でもこの持続可能な経営形態が受け入れられ、クロツラヘラサギの越冬に貢献できるようになった。
主に藻類を摂食するサバヒーは、エネルギー消費の少ない魚と言える。魚食魚は小魚やエビなどを捕食し、食物連鎖の一段階上に行くにしたがって利用できるエネルギーは10分の1に減少するのである。「ですからサバヒーを食べればエネルギー転換の浪費がありません」と黄光瀛は言う。そこで「半年は人間が利用、半年は鳥が利用」する浅い養殖池で育てたサバヒーと地元食材を用いた缶詰や加工食品に、環境にやさしい「クロツラヘラサギ・ブランド」認証を付け、付加価値の高い商品として売り出すこととなった。
このほかに湿地保護認証マークがある。「湿地保育法が成立して、台江国立公園が全国で初めて湿地保護認証マークを取得しました。湿地とクロツラヘラサギを保護するだけでなく、環境にやさしい商品を打ち出し、消費者にも広めていきたいと考えています」と張維銓は言う。2016年には国際湿地会議に合わせて、台北花博パークで湿地クリエイティブマーケットが開催され、クロツラヘラサギ・ブランドの商品が人気を博し、瞬く間に売り切れたのである。

恥ずかしがるかのように白い羽に顔を隠すクロツラヘラサギ。
持続可能なエコツーリズム
エコツーリズムには三つの特色がある。少人数に制限した高単価のツアーであること、参加者が知識面で収穫を得られること、そして利益は地元に還元することである。「漁業者が解説員となり、養殖の合間に船を出して案内します」と黄光瀛は説明する。台江七股潟湖では、現在15隻の筏がエコツーリズムに参加しており、漁業者が見学者を率いて潟湖を巡っている。ここではクロツラヘラサギの生態を理解できるほか、国の重要な湿地や台湾最大の潟湖環境に触れられ、他の鳥の姿を見ることもできる。動態的文化景観というのは、文化的な背景を持ち、生態・生物保護の機能を兼ね備えたものなのである。
ツアー参加者の宿泊施設に関して郭東輝は「ホテルを建てるより、民宿のような地域色を持つものの方がふさわしい」と考える。放置されていた漁村の古い民家や長屋などを再利用し、台江国立公園の賞鳥亭(バードウォッチングエリア)や四草緑色トンネルなどへの小旅行を組み合わせることができる。こうした自然と文化と産業を融合させたライフスタイルは、2010年に開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)で提唱された「SATOYAMAイニシアティブ」の精神にも合致する。沿海地域住民が、自らの生活と土地への認識、生物保護の意識を通して持続可能な発展を目指すということだ。こうした行動と精神が高く評価され、2013年、台江国立公園と行政院農業委員会林務局と台南市は世界最大の鳥類保護組織バードライフ・インターナショナルの保護成就賞を受賞することとなった。

クロツラヘラサギと地域の景観が完全に融合した台南土城一帯。
国際協力のモデル
クロツラヘラサギ保護の国際協力においても台湾は常に積極的に参加している。「韓国、中国、日本との協力の他、2014年にはロシア科学アカデミー極東支部のシバエフ博士と協力しました。2016年の春、こちらから発信機を持っていき、世界的に知られているクロツラヘラサギ繁殖地の最北端であるロシア極東の小島で2羽のクロツラヘラサギにこれを取付けました。これは台湾とロシアによる初の試みでした」と黄光瀛は言う。そのうち1羽は残念ながら1カ月余り後に信号が途絶えてしまったが、もう1羽の方は順調に韓国まで移動してそこの群れに加わり、黄海から東シナ海を通って江蘇省の崇明島の北側で越冬した。今年は台湾まで渡ってくることが期待される。
このほかに、台江国立公園と台南市野鳥学会、そして台湾師範大学生命科学学科の王穎教授が協力し、十数羽のクロツラヘラサギに足環をつけて、韓国、日本、中国、ベトナムなどと情報を共有し、その生息地と移動経路を描き出している。ひとつの生物種を保護するためには、その生息圏全体を知ることが必要となる。その繁殖地だけでなく、移動経路や中継地、越冬地などを理解して国境を越えた保護に取り組むことが重要なのである。繁殖地や移動経路、中継地のどこか一カ所で問題が起きれば、種の生存を脅かすこととなるのだから、各国が協力しなければならない。

繁殖期を迎えた成鳥のクロツラヘラサギは、頭部と胸部に黄色い繁殖羽が生える。
クロツラヘラサギがもたらす意義
森林を地球の肺に喩えるなら、湿地は地球の腎臓と言える。流域全体の水質浄化や洪水防止の機能を備えるほか、稚魚や小エビを育む場でもある。黄光瀛は「この台湾最大の潟湖では、春になるとさまざまな種類の稚魚が見られ、それが南台湾の近海漁業に重要な資源を供給しているのです」と語る。これも、クロツラヘラサギ保護によって得られる副産物なのである。
政府や民間の保護団体、それに学界や産業界の努力を通して、クロツラヘラサギにやさしいさまざまな措置が取られ、動態的かつ有機的な文化景観が守られている。これはクロツラヘラサギ保護の最も重要な意義と言えるだろう。300年余りにわたる台南の養殖の歴史を受け継ぐものであり、また暮らしの中の塩分湿地をどう理解し、どう向き合っていくかを象徴しているのである。

クロツラヘラサギにやさしい養殖をすることでクロツラヘラサギ・ブランド認証を取得すれば、商品の価値も高まる。

(左)高雄の茄萣で。白黒混血種のクロツラヘラサギ(中央)に付けられた足環は生息圏の理解に役立つ。

足に発信機を取り付ける。

(右)台湾のクロツラヘラサギ保護団体は3年連続して韓国に赴き、学術面や生息地の管理経験などについて交流している。

三百年余り前にオランダ人が導入したサバヒー養殖の伝統は、有機的かつ文化的景観と産業の継承につながり、自然保護の概念にもかなっている。