改築後の屏東図書館も、以前の建物と周辺環境のフレンドリーな関係を保っている。
神殿を思わせる図書館を設計すると称えられたアメリカの建築家ルイス‧カーンはこう語った。「書籍が提供する価値は極めて貴重なものだ。この価値を誰が提供できるのかと言えば、それは図書館をおいて他にない」と。
ルイス‧カーンが1970年代に設計した図書館は、その時代を代表するものとなった。時代が変わっていく中、図書館が提供する読書と蔵書の機能は変わらないが、「公共性」は大きく変化している。この2年の間に、台湾で新たに開館した屏東県立図書館と台南市立図書館が、その問いかけに答えを出している。
2021年にリニューアルオープンした屏東県立図書館本館では、ガラスのカーテンウォールの壁面に屋外のクスノキの林が映りこむ。内部から外を見れば、青空と緑が目に入り、「森林図書館」とも呼ばれている。
実はこれは築30年になる建築物で、前身は屏東県立文化センターだった。改築前、屏東の人々がここを訪れるには、大連路から入って遠回りし、強い日差しを浴びながらヤシ並木の通りを歩き、さらにコンクリートの広場を通って、ようやく巨大な指令台のような中正図書館へたどり着くのだった。
螺旋階段をのぼっていくと、空間に施された工夫や配慮が一望できる。
世界の趨勢に応える
かつて全国でも重要な文化建築だった建物は、広さが不十分で設備も老朽化していたため、2018年に改築が始まった。
屏東県は6都のように豊富な予算や文化的リソースを持たないため、設計を請け負った建築家の張瑪龍は県長(知事)の潘孟安にこう提案した。新たに図書館を建てるより、改築の方法を採れば予算を削減できるうえ、従来の建物の特色と歴史的意義も残せ、文化の蓄積につながると。
建物の従来の構造を残して新たな生命を吹き込む。そうすることで膨大な建築廃棄物を出すこともなく、サステナビリティの概念にかなう。さらに、優れた建築にあたえられるプリツカー賞の受賞作が、この5年ほど目を引くランドマーク的な建物ではなく、気候変動や環境変化と人のニーズを出発点としている点にも呼応する。
こうしてサステナブル建築の理念を実践した屏東図書館は、従来の建物と周囲の環境との間にフレンドリーな関係を創出し、今年(2022年)、世界的に権威のある建築賞ArchitezerのA+Awardsの増改築部門人気賞と、図書館部門の佳作を受賞し、台湾の一地方の図書館が世界的に評価されることとなった。
屏東県立図書館の一角で本を読む市民。
ユーザー‧インターフェースの更新
「デジタルの時代である21世紀における図書館の機能とは?」という問いに対し、設計を担当した陳玉霖はこう答える。「私たちの結論は、図書館はデジタルメディアと競い合うものではなく、現代の図書館は美術館や博物館などほかの文化施設と競い合うものだということです」
このような競争の中で、どのように一歩抜きん出るのか。張瑪龍陳玉霖建築士事務所の設計チームは「ユーザー‧インターフェースの更新」という概念を打ち出した。OSを更新するのと同じように、現代のニーズに適応していくのである。
古い建築物に出来た新たなホールが陳玉霖の言うユーザー‧インターフェースである。ここにはカフェと誠品書店があり、展覧会や講座も開かれ、普段は図書館に縁のない人も訪れる場所となっている。
ここは屏東図書館の中で最も注目すべき場所でもある。以前はクスノキの林の中にあったバイクの駐車場を大きなホールに変え、図書館の正門の向きを南から西に変えたことで、大きく迂回しなければ正門へ行けなかったのを、今では緑陰の道を少し歩くだけで入れるようになった。
「図書館の公共性もここにあります」と陳玉霖は言う。図書館は一般市民にとって最も馴染みのある文化施設であり、最も公共性の高い公共建築でもある。設計を通して人々が来たいと思う場所にし、しかもさまざまな年齢層の好みやニーズにマッチすることが重要なのである。
新たなホールにはカフェや誠品書店があり、図書館の公共性が高まっている。
図書館の公共性の変化
陳玉霖は、時代は変化しており、図書館も単に蔵書と読書の場所にとどまっていてはならないと考える。現代の図書館は講座や展覧会も開催でき、さまざまな学習の機会とその空間を提供するべきなのだという。
かつて、社会の進歩の象徴だった文化センターが持っていた公共性は、多くの人が同じことをすることを意味していた。例えば、一緒に音楽会を聴いたり、一緒に国旗掲揚式に参加したりするというものだ。しかし「私が定義する現代の公共性とは、同じ空間にいながら一人一人が異なることをすることです」と陳玉霖は言う。
大衆から小衆へ。屏東図書館の目標は、小衆がここで自分の居場所を見つけられるようにすることなのである。
例えば、若者をひきつけるために3階には漫画や映像‧音楽などの蔵書があり、大きな階段がある。ここはかつて建物全体の中心的な場所で、中二階にびっしりと書架が並ぶ書庫だった。設計チームはここの書架を取り払い、上の階までの吹き抜けの白い大きな階段を設けてイベントを開催できるようにした。当初、階段エリアは映画を上映したり、講座を開くために設けたのだが、現在では若者が逆向きに座り、階段を机替わりにして宿題をしたり話し合ったりするなど、勉強の場になっている。
図書館は都市にも似ていて、さまざまなエリアがある。だが、設計チームはここを碁盤の目の整然とした都市にするのではなく、鹿港や台南安平にあるような古い市街地に見立てて思いのままに歩けるようにした。道に迷っても有名な廟やランドマークがあって自分の居場所が分かる。そこで設計チームは館内に二つの吹き抜け空間を作り、空間の流動性を高めた。
「道に迷うのも楽しいものです」と話す陳玉霖は、道に迷っても歩いていけば自分の位置が分かると言う。感覚を頼りにしていても出口やトイレ、主要なエリアは見つけられ、これは公共建築の設計にとって重要なことだと言う。
屏東県立図書館3階の閲覧室。
読書空間の空気を感じる
屏東図書館のホールは黒を基調とし、柱や壁は単調な直線のラインではなく、V字型の柱が天井と交錯して三角形や台形を成している。天窓や明り取り、中二階や吊り下げられた大きなライトの間に三角形の要素がちりばめられている。これは建築家がパイワン族の黒い石板屋の飾り模様からインスピレーションを得て、それを現代的なトーテムにしたものだという。
石板屋と言えば、屏東図書館にはパイワン族の本物の石板屋がある。長年手入れされておらず、4階の暗い場所に放置されていた。
屏東県政府文化処図書情報科の林怡如によると、石板屋は3階から4階に行くには必ず通る動線をつなぎ、図書館では月桃の葉や粟、ライトなどを配置して原住民関連の書籍を置くエリアとしていた。しばしば学生が石板屋の椅子や床に座って勉強していたという。
紙の本を読むのにはどのような空間がふさわしいのか、これも現代の図書館設計の重点の一つだ。「私たちの答えは、気が散る場所、というものです」と、とんでもない答えが返ってきた。陳玉霖によれば、集中したいのならK書センター(受験勉強のための勉強机のあるブースを貸し出している場所)へ行けばよい。「真剣に考えたのですが、小説を読むのにふさわしいのは、いろいろな思いが浮かんでくる場所です」と言う。コーヒーを飲みながら、小説の中の情景を思い浮かべ、外の緑を眺めたりするのである。
建築家の張瑪龍は屏東図書館を改造することで、サステナブル建築の理念を実践した。(張瑪龍建築士事務所提供)
台南市立図書館:文化のランドマーク
図書館内の窓辺で本を読んだり、ぼんやりしたりしたい時、さまざまな背もたれのある椅子やソファーやデスクがある台南市立図書館本館は、よい選択肢になるだろう。
103年の歴史を持つ台南市立図書館は、老朽化が進んでいたため、頼清徳‧前市長の任期中に18億元の予算を組んで建て替えられ、2017年に着工し、2021年1月にオープンした。オランダのメカノー建築事務所がメインの設計を請け負い、張瑪龍陳玉霖建築事務所が細部の設計を担当した。
当初は、寒帯に暮らすオランダ人は広く陽光を取り入れた設計を好むのではないかと心配されたが、陳玉霖によると、コンペ前に双方が設計案を持ち寄ると、期せずして同じように屋根が張り出して建物が奥まった設計になっており、最も簡単な方法で現地の気候に合わせていることがわかった。どの階もガラス張りの壁面で透明度は高いが、日差しや雨は避けられる設計である。
建物全体のイメージは台南の古い民家の飾り窓から取った。外観にはアルミの柵が設けられ、日差しを遮るとともに、館内に差し込む光と影も変化する。配色も台南の環境に配慮している。
メカノー建築事務所は、エリアの使用目的ごとの設計を得意とし、図書館内部の空間と使用行為を冷静に分析してあった。空間を見渡せば書架はすっきりとしていて、開放的な空間では静けさと同時に自由な雰囲気も味わえる。
陳玉霖によると、協力した二つの建築事務所はいずれも建築学における自由の価値を重んじている。「私たちがイメージする図書館は一つの器であり、そこには本を入れてもいいし、イベントを入れることもできます」と言う。この図書館の形は四角く、どのフロアも一つのプラットフォームとなり、家具を移動すれば空間の機能も変えられる。こうしたフレキシビリティが、時代の変化に対応するためには求められる。
建築家の陳玉霖は、土地への理解を通して土地から生まれる建築こそ台湾のシンボルの一部となると考える。
開放的でフレキシブル、透明な公共性
1階は来訪者が最も多いエリアなので、メカノーは、地下への吹き抜けを設けて地下1階にも自然光を取り入れたので、利用者は気軽に地下室へ降りることができる。
1階には3階までの吹き抜けがあり、イギリスのアーティスト、ポール‧コクセッジの作品「Gust of Wind」が飾られている。これは空中に紙がばらまかれたような作品で、思想の自由と紙の本を読む喜びという図書館の本質を伝えている。
市民に読書を推進するため、図書館ではさまざまな書展やテーマ展を開いている。台南図書館特有の日本の古い書籍のエリアには、日本統治時代の1万6000冊の蔵書があり、防虫処理を施すほか、デジタル化も進めており、日本統治時代の研究に貢献している。
台南図書館では空間をフレキシブルに活用し、1階の大ホールは休日には弦楽や舞踊団の公演会場となる。3階には烏邦図独立書店が入り、市民は図書館とデパートを合わせたような雰囲気を楽しめる。図書館で働いて30年余りになる台南図書館館長の洪玉貞は、図書館は一つの有機体であり、過去は「書」が中心だったが、今は「人」が中心になったと考えている。
ここでは手作り教室や調理教室を開催したり、メイカースペースを設けるなど、市民にさまざまな学習の機会を提供している。4階ではハイテクを用いて台南出身著名人の展示を行なっており、台南の物語や歴史に触れることができる。
図書館は知識を載せた宝だ。洪玉貞が言う通り、その公共性はかつての市民の読書空間というものから、学習と交流の空間へと変わった。公共図書館は知識の平等を実践する場でもある。図書館は今では図書館であるだけではない。これこそが時代の問いに対する最良の答えなのではないだろうか。
台湾で唯一、パイワン族の石板屋がある屏東県立博物館には原住民族関連書籍のエリアがある。
ガラスのカーテンウォールに木々が映り込み、緑を増幅させる効果が得られる。
建物の外壁を構成するアルミの柵は、日差しを遮る効果を発揮するほか、時間の変化にともなって館内に降り注ぐ光と影も変化する。
大胆に赤を採用した台南市立図書館のメイン階段。インスピレーションは台南の廟のイメージから得たという。
イギリスのアーティスト、ポール‧コクセッジの作品「Gust of Wind」は読書のイメージを無限に広げる。
夜の台南市立図書館。