
外国人客専門にガイドをするアメリカ人のシェリル・ロビンスは、台湾の山々と原住民文化を台湾のセールスポイントだと考える。ドイツ出身の音楽家ロルフ・ペーター・ヴィレ、メルセデス・ベンツ台湾の元CEOエッカート・マイヤー、台東県都蘭を故郷と定めたオーストラリア出身の医師ピーター・ケンリックといった、長く台湾に暮らす外国人たちも口をそろえて台湾の山が好きだという。いったい台湾の山にはどんな魅力があり、彼らをとりこにするのだろう。
飛行機で南から台湾に入ると、白雲をたなびかせた雄大な山々が続くさまが見渡せる。
山は台湾の最も特徴的な風景だ。国土の7割が丘陵か山地で、しかも北東アジア最高峰である標高3952メートルの玉山を始め、3000メートルを超える山々が269座もある。
また台湾には、尺度がコンパクトに圧縮されたような自然環境がある。例えば東部海岸では、船で30分ほど沖に出ればクジラやイルカが見られるし、その夜に太魯閣峡谷の山奥で宿泊もできる。台湾人にとっては日常のことでも、多くの外国人には驚きだ。

登山仲間から「楊大」と呼ばれる楊志明にとって、山は台湾を紹介する名刺のようなものだ。
アジアの穴場
これは台湾が地質的に若いためだ。ユーラシアプレートとフィリピン海プレートの衝突による若い造山帯にあり、しかも熱帯と亜熱帯をまたぐので多様な地形や生物が存在する。
とりわけ山は外国人観光客に深い印象を残す。チェコ出身で長く台湾に住むトレイルランナーのミロスラフ・ロゼフナルは、雪覇国家公園で環境整備のボランティアもしている。彼は「台湾の山はワイルドです。ヨーロッパでは気軽に森林を歩けますが、台湾の山は登山道が敷かれていないと前に進めないことが多いのです」と言う。
B級グルメ、夜市、台北101、廟など、台湾名物は各種ある。だがB級グルメは香港にも、夜市はタイにもあり、廟は華人圏共通の特色だ。だからこそ山が、台湾の特に誇れる特色なのだ。
しかし台湾人はそれを自覚していないことが多い。原因の一つとして、台湾では長年にわたり高山への入山制限政策が採られていたことがある。だがそれも2019年11月に「山林解禁」が発表され、多くの林道が使用可能になり、入山制限は大幅に緩和された。続く2020年にはパンデミックで海外旅行ができなくなったことで、国内を探索しようという人も増えた。
台湾は、国内外に対してイメージを再構築しつつある過渡期にあると言える。その曖昧で謎めいたところが外国人の好奇心をそそるのかもしれない。「Asia’s Best-Kept Secret(アジアの穴場)」を、台湾観光のキャッチフレーズにすればいいとシェリル・ロビンスも提案している。

盆地の台北では、山に多くの観光資源がある。陽明山の小油坑(上)と擎天崗(下)では、大都会・台北の異なる一面にふれることができる。
自分にぴったりの道が
インバウンド専門の旅行業者も口をそろえて「台湾は山を観光のセールスポイントにすべき」と言う。
では、四方を山に囲まれた台北でそれを確認してみよう。我々は平日の朝、野樵国際旅行社の創業者・楊志明に連れられ、駅から徒歩で象山の登山口へと向かった。
四獣山のうちの一つ象山は、週末にはハイキングを楽しむ市民でにぎわうが、平日は少し様子が異なる。身なりの整った観光客が多く、聞こえてくる言葉は日、韓、英、仏語、それにマレーシア訛りの中国語などだ。
コース途中の六つの巨岩は必見だが、外国人の一番のお目当ては、台北101を臨む展望台だ。夕方などには、酒やおつまみを持ってきて、ここで小さなパーティーを始める外国人もいるという。
山に囲まれた台北市の幸せはこれだろう。家から少し足を延ばせば、登山コースの敷かれた山がある。「南には猫空エリアのトレイル網が、北には天母古道や陽明山国家公園の多くのコースがあります」と宏祥旅行社の総経理・郭岱奇も言う。
国内の登山ブームもあり、中央から地方まで各政府機関によって次々とトレイルの整備や連結が進められてきた。郭岱奇によれば、体力の有無に関わらず、日帰りや縦走など、さまざまなコースが楽しめる。しかも、鳥や蝶が見たい、北東アジア最高峰に上りたい、氷河地形が見たい、原住民文化を体験したいなど、特別な希望にも応え得る多様なリソースが台湾の山にはある。そして「自分にぴったりの道を誰でも見つけられます」と郭岱奇は言う。
郭岱奇の宏祥旅行社はインバウンドの登山観光を主に扱って36年になる。郭の分析によれば、外国人観光客の7割が台北を訪れる。本格登山のウォーミングアップとしても、単に風景を眺め渡すためでであっても、台北には半日か1日で日帰りできるトレイルが数多くある。
取材時は冬で、暑さを嫌う欧米人客の多いシーズンだった。宏祥旅行社の陽明山・日帰りツアーは連日満員で「お客さんもみな良い評価をくれます」と郭は言う。陽明山の冷水坑、擎天崗、小油坑といった定番スポットを巡り、最後に北投の地獄谷や温泉博物館を訪れるコースで、大都会・台北の異なる風貌を知ることができる。

北東アジア最高峰の玉山には国内外から登山愛好者が訪れる。(宏祥旅行社提供)
いにしえを偲ぶ古道
台湾を深く知る旅として近年人気なのが、車も電車もなかった時代に使われていた古道を歩く旅だ。台北、基隆、宜蘭をつなぐ淡蘭古道は秋にはススキの茂る景色が美しく、またカナダ人宣教師マッケイ(馬偕)が布教のために歩いた道として北米からの観光客にも好評だ。また新北市と宜蘭県を結ぶ哈盆越嶺古道や、新北市烏来から桃園市の拉拉山に直結する、かつてタイヤル族が狩猟や通婚のために使った福巴越嶺古道などもある。
コロナ禍による観光業低迷期に、楊志明は国が進める山間のトレイル整備に協力した。いつもならネパールやマレーシア、ペルーなどで登山ツアーを率いる彼にとって、理想に描くトレイルは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道や、日本の熊野古道、香港のマクリホース・トレイルだ。1本の道が「台湾の名刺」代わりになるようなトレイルをと、彼は願う。
台湾のトレイルの中でも全行程に10日ほどかかる山海圳緑道は「海外の有名なトレイルと競える資格がある」と楊志明は考える。台南市の台江国家公園の海抜0メートル地点から玉山山頂の標高3952メートルに続く道だ。
もう1本は、桃園市龍潭から台中市東勢までの山道「樟之細路」で、異なるグループの原住民族間の往来の歴史や樟脳産業史が感じられるトレイルだ。台湾はかつて樟脳生産の中心地で、世界生産量の70%を占める樟脳が淡水河から世界各地へと輸出されていた。

太魯閣国家公園にある錐麓古道は近年人気の高いトレッキングコースだ。(宏祥旅行社提供)
見逃せない絶景
「ご存知ですか。台湾の玉山は富士山より高いことを」郭岱奇は国際的なアウトドア・フェアや観光フェアに参加して、よくこう言う。
台湾で見逃せない名山と言えばどれか。まずは北東アジア最高峰の玉山。広葉樹林から混合林、針葉樹林、高山植物へと植物相の急激な変化が見られるし、頂上近くには風化で砕かれた岩屑からなるガレ場もある。唯一の欠点は、山上の排雲山荘には外国人旅行者のために1日24人分の宿泊枠しかないことで、「玉山登山は難しくないが宿泊するのが難しい」と揶揄されるほどだ。
氷河地形のカールで知られるのは台湾第2の高峰・雪山だ。雪山山脈には、バードウォッチングの名所である大雪山もある。ほかにも、世界で台湾とイタリアにしかない、白い大理石の河床が見られる太魯閣峡谷も魅力的だ。
大学で登山部に入っていた楊志明のお薦めは、南湖大山だ。断崖絶壁、雲海や日の出、滝や渓流など、他所にはない美しい風景が広がる。楊志明はこんなエピソードも紹介してくれた。日本統治時代、博物学者の鹿野忠雄は、師である田中薫に「最も台湾を代表する山を選べ」と言われ、南湖大山を挙げたという。やがて二人はその山で12のカールを始めとする氷蝕地形を発見していく。
山の雄大さは言い尽くせない。「とにかく美しいのですよ」と楊志明はため息をつく。たった数日で楽しむには足りず、登山ツアーの日程はたいてい長めだし、もっと長く滞在する外国人観光客もいる。ここには、彼らがはるばる訪れる理由があるのだから。

嘉明湖は、マレーシア人観光客の間で特によく知られている。(野樵国際旅行社提供)

多様な鳥類が生息する大雪山は、台湾を訪れる鳥類愛好家にとって必見のスポットだ。(林旻萱撮影)

プレート同士の衝突と、渓流による長年の浸食で、垂直に切り立った太魯閣峡谷が生まれた。その白い大理石の景観は世界でも珍しい。
