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Activator Co.提供
毎年秋から冬にかけて、北東からの季節風が吹き付け、寒気団が襲う前に、台湾各地に生息するルリマダラは静かに移動を始める。数十万匹のチョウが北回帰線より南の谷間へ移動して越冬し、ルリマダラの谷(紫蝶幽谷)が形成されるのである。春が近づいてくると、ルリマダラは再び動き始め、1分あたり1万匹を超える数のチョウが国道の上を飛ぶという景観が見られる。ここで私たちとともにそのルリマダラを追い、生命の素晴らしさを感じてみてはいかがだろう。
越冬と言うと、毎年やってくるクロツラヘラサギのような渡り鳥を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、チョウも越冬するのである。冬になると、南台湾の山間の谷あいでは数十万匹のルリマダラが集まって冬を過ごす。この紫色のチョウは台湾の固有亜種である。
群れを成して越冬するルリマダラ。地面に停まっている様子はまるでチョウの絨毯のようだ。(茂林国家風景区管理処提供)
世界に誇る自然景観
生涯をかけてチョウを追い続けてきたドキュメンタリーフィルム監督の詹家龍によると、ルリマダラは熱帯を起源とする種で、寒冷な気候には適応できないため、南北の回帰線がその生息範囲の南限と北限になる。熱帯と亜熱帯にまたがる台湾では、夏は台湾各地がその繁殖地となるが、冬の北台湾は寒すぎるため、北回帰線以南の特定の谷間に移動するのである。
想像しがたいことだが、日常的によく見られる小さなチョウが冬になると200~300キロの距離を移動するのである。ルリマダラは、まるでブドウの房のように木の枝に集まって停まり休息する。それはまるでチョウの木のようだ。時には大量のチョウが溝に集まって水を飲み、まるでチョウの絨毯のような奇観を呈することもある。このような独特の生態から、ロンドン自然史博物館が出版した『Butterflies』は、台湾のルリマダラの谷とメキシコのオオカバマダラの谷を、世界のチョウの二大越冬谷として紹介しており、CNNやBBC、ナショナルジオグラフィック(TV)なども台湾に取材に訪れた。
こうしたルリマダラの姿を見ようと、私たちは安定的に多数のチョウが越冬する高雄茂林国家風景区を訪れた。台湾紫斑蝶(ルリマダラ)生態保育協会の理事であり、茂林国家風景区管理処の解説ボランティアでもある廖金山が私たちを案内してくれた。ビジターセンターから生態公園広場まで歩いていく10分足らずの道でも、ルリマダラ、ウスコモンマダラ、カバマダラなどがたくさん飛んでいる。
メキシコのオオカバマダラの谷では単一の種だけが集まるのに対し、台湾のルリマダラの谷ではルリマダラの仲間4種を中心に、ウスコモンマダラ、スジグロカバマダラなど12種のマダラチョウ(タテハチョウ)の仲間が混在して生息しており、色彩豊かな谷を形成している。
廖金山は、よく観光客から「紫蝶幽谷」はどこにあるのかと聞かれるが、実はこれは地名ではなく、ルリマダラが集まって越冬する現象を指す言葉なのだと説明する。実際、お隣りのフィリピンや香港にもルリマダラは生息しているが、これらの地域は冬も温暖だったり、もともと冬がないことから、集まって越冬する現象は見られない。台湾には生物分布の境界線である北回帰線があるため、チョウが島内を移動し、南の谷に集まるという珍しい現象が見られるのである。
ルリマダラに印しをつける作業は台湾では十年以上続いている。これによって移動のルートを解明するためだ。
ルリマダラとともに冬を過ごす
ルリマダラは、まるでこの土地と約束を交わしたかのように、毎年10月になると茂林にやってくる。茂林国家風景区管理処でも10月から翌年2月まで、隔年でチョウ観賞フェスティバルを実施し、ルリマダラの到来を告げる。彼方から飛来するチョウのために、茂林国家風景区管理処では日頃から生息地を保護しているだけではない。廖金山は、もう一つの秘密兵器があると言って笑う。夏の終わりから秋にかけて、ルリマダラが好むヒヨドリバナなど蜜源植物を植えているのである。4~5ヶ月にわたるチョウの観賞シーズンだが、日々の天気や花の種類、開花状況などによって観賞できるチョウの様子も違ってくるので、何度でも訪れたくなる。そのため、茂林のルリマダラの谷は『ミシュラン・グリーンガイド台湾』で三つ星評価を受けているのである。また日本や韓国、欧米などからも多くの観光客がチョウを観賞しに訪れており、「帰国したら友人に推薦したい」と廖金山に話しているそうだ。冬の茂林は暖かく快適で、チョウとともに冬を越すのに最適の環境だからだ。
ルリマダラの翅の色は、光の強弱や角度、観る者の位置などによって美しく変化する。
変幻自在な光のダンサー
ルリマダラが集まる谷は、いくつかの条件を備えている。北回帰線より南に位置する標高500メートル以下の山間にあり、谷口が南向きであること、そして良い森林におおわれていて水源があることなどだ。南台湾の大武山は、南部で唯一の標高3000メートルを超える高山で、巨大な屏風のように北からの冷たい空気を遮るため、この南側の谷がチョウの越冬の地となる。現在、茂林にはルリマダラの谷が10ヶ所あり、そのうち生態公園広場と姿沙里沙トレイルは一般の人々が近寄りやすいエリアである。
私たちは姿沙里沙トレイルを歩きながら、台湾で確認されている4種のルリマダラを見たいと思っていた。マルバネルリマダラ、ルリマダラ、ツマムラサキマダラ、ホリシャルリマダラの4種である。この4種を見分けるために、ゴロの良い短い言葉がある。「ホリシャルリは一辺、マルバネは二点、ルリは三点、ツマムラサキは乱れた点」というものだ。チョウの腹面側の翅の斑点を見れば、見分けがつくのである。
幸いにも野外でルリマダラを見る機会に恵まれた人は不思議に思うかもしれない。薄暗い林の中で停まっているルリマダラは茶色く見えるのに、飛んでいる時は光って見え、スマホで写真を撮ると真っ黒なのである。詹家龍によると、ルリマダラ(紫斑蝶)の「紫」というのは実際の色ではなく、翅の鱗片にたくさんのナノメートルサイズの構造があり、光の強弱や角度、見る者の位置によって色が変化して見えるのである。「1秒に17種類の色の変化があると言いますが、実際にはもっと多いのです。濃さの違う青、濃淡のある紫、ピンク色、時には黄色にも見え、その色は瞬間で変化します」と詹家龍は楽しそうに話す。
ルリマダラは、種類によって外見や食性に違いがあるだけでなく、こうした色の変化にも違いがある。詹家龍は著書『紫斑蝶』にこう書いている。――ツマムラサキマダラは4種の中で最も目を引き、まるでゴッホが描く月夜のようなロイヤルブルーを呈する。マルバネルリマダラはチャイナドレスを着た淑女を思わせる。黒光りするビロードのような質感の、黒に近い青色をしている……。ルリマダラを色彩の魔術師と呼んでも決して過言ではない、と。
ホリシャルリマダラ
ルリマダラの一生に寄り添う
世界に台湾を知ってもらい、また身近にこのような不思議な生物が生息していることを台湾の人々に知ってもらうため、詹家龍はドキュメンタリーフィルム『消失的紫斑蝶(失われたルリマダラ)』を制作し、2023年に公開した。堅苦しいくなく、エンターテイメントとしても楽しめる作品である。
詹家龍はハイスピードカメラを用い、毎秒1000コマの撮影速度、4Kの解像度でルリマダラの色が次々と変化する姿をとらえている。これに歌手・安溥の魅力的な声のナレーションを合わせ、分りやすい言葉でルリマダラのあれこれを説明し、時にはルリマダラと対話をする。ルリマダラは卵から孵化して幼虫になり、さまざまな危機を乗り越えて成長していく。そして鏡面のように光を反射する蛹となり、ついに美しい蝶になる。
物語はこれで終わりではない。ルリマダラの寿命は平均6~9ヶ月と一般のチョウよりかなり長く、冬を前に長い旅に出る。田畑や町、港の上を飛んで温かい地域を目指していく。映像を通してチョウの長旅を目で見ることで、その一生が実は生存のための戦いの連続で、危険に満ちていることがわかる。「彼らは魂を持ったもう一つの生き物です。彼らの魂と私たちの魂の考え方は違いますが、彼らにも人間と同じように喜びや苦しみがあり、素晴らしい生涯を送るのです」と詹家龍は語っている。
マルバネルリマダラ
高速道路でチョウに道を譲る
小学生の時に図鑑を見てチョウに大きな興味を持った詹家龍は、かつては新品種や希少種を探そうと考え、台湾各地で普通に見られるルリマダラに特別な興味は抱いていなかった。しかし、ルリマダラの谷で十万匹のチョウを目の当たりにして大きな衝撃を受けた。この小さな生き物が、どうしてこれほど人の心を動かす力を持つのか。その旅を追いたいと思うようになったのである。
詹家龍はボランティアとともにルリマダラの一匹一匹にしるしをつけ、しだいにその旅のルートを解明していった。国道3号線の林内エリアは春にルリマダラが北上するルートと交差しており、高速で走る車にぶつかって死んでしまうチョウも少なくない。そこで彼らは高速道路局に働きかけ、チョウに道を譲る「国道譲蝶道」措置が採られることとなった。国道に防護ネットを設けてチョウが高い位置を飛ぶよう誘導し、また国道の上を飛ぶチョウの数が毎分250匹を超える時は、外側の車道を封鎖し、車による害を減らしている。世界でも珍しいこの保護アクションは、日本のJFAによる「日本クリエイション大賞」の海外賞に輝いた。
ルリマダラ
貴重なルリマダラ文化を守る
茂林における詹家龍の段階的任務はひとまず終了したが、廖金山や湯雄勁らがそれを引き継いでいる。有機農業を推進する慈心基金会も2011年に茂林での活動を開始し、マンゴーの農薬使用量削減を指導してきた。作物は里仁が購入してドライマンゴーに加工している。環境にやさしい農業の収穫は不安定だが、農薬を使わない土地が少しでも増えればと、多くの農家がこれに参加し、すでに十数年になる。
ルリマダラの生息に適している地域は高雄の茂林だけではない。屏東の墾丁国家公園の全域もルリマダラの繁殖地だ。近年の調査では、第三原子力発電所のある南湾エリアが最も繁殖が盛んな地域であり、毎年5~6月には多数のルリマダラが道路を横断することがわかった。そこで墾丁国家公園管理処は今年、台26号線の南湾エリアに防護ネットを設けて車との衝突を減らし、制限速度を設ける予定だ。
数の多いルリマダラをなぜ保護するのかと疑問を持つ人もいるが、数が多いから消失しないとは言えないのである。かつて各地で見られたオオルリマダラは絶滅し、その原因は今も分かっていない。詹家龍は、ルリマダラの越冬現象を台湾のチョウの特殊な文化ととらえている。ルリマダラの数はまだ豊富だが、温暖化と生息地の破壊によって越冬しなくなる可能性もあり、そうなればルリマダラの谷という貴重な文化も失われる。
有名な鳥類のドードーは300年前に絶滅したが、タンバラコクという樹木の種子はドードーの消化を経て発芽するため、この樹木も絶滅危惧種となった。チョウは環境の指標であり、その1品種の消失がどのような影響を及ぼすかは誰にもわからない。ルリマダラを守ることは、一本の樹木、一つの森林を守ることなのである。
ツマムラサキマダラ
ルリマダラの蛹には鏡面のような金属的な光沢があり、捕食者はこれを恐れて近づかない。(茂林国家風景区管理処提供)
ルリマダラの幼虫は派手な警戒色で天敵に「毒を持つ」ことを知らせる。(茂林国家風景区管理処提供)
詹家龍は、ルリマダラの越冬は台湾のチョウにおける貴重で特殊な文化であり、大切に守らなければならないと考えている。
茂林の周辺の道路には「チョウに注意」と呼びかける標識が立ち、チョウに道を譲る措置などが採られている。いずれもルリマダラを守ろうという台湾人の気持ちの表れだ。
慈心基金会は茂林周辺のマンゴー農家に農薬使用を減らすよう呼びかけ、ともにルリマダラの生息地を守っている。(慈心基金会提供)
ルリマダラが飛んでいることは、その森が守られていることを意味する。
ルリマダラの谷(紫蝶幽谷)では大量のチョウが枝に密集して停まり、チョウの木、チョウの滝を形成している。(茂林国家風景区管理処提供)