日の出、夕霞、雲海で有名な阿里山。では、それに加えて台湾の1000元紙幣に描かれている阿里山の景色をご存知だろうか。そして阿里山では「神木」と呼ばれる樹齢千年を超える巨木や、満開になると一幅の絵のように美しい桜が有名だが、世界でここにしかないという植物を見たことはあるだろうか。また、阿里山特産のお茶といえば高山茶が有名だが、阿里山の菊花茶を飲んだことがある人はいるだろうか。
「みなさん、お宝を見つけましたよ!」阿里山の遊歩道「水山療癒歩道」を歩く阿里山エコツアーの解説員がこう告げると、人々は遊歩道脇の斜面に生えるシロカネソウ属の台湾固有種「鉄線蕨葉人字果」の可愛らしい姿にスマホをかざす。
葉がホウライシダに似ていて、果実が「人」という文字を逆さまにしたような形状をしているこの野草は、世界で台湾の苗栗県観霧と阿里山にしか自生していないと、嘉義大学森林と自然資源学科張坤城副教授によって確認された植物だ。
目の上と顎の辺りに白い線を持つタイワンキンバネガビチョウは、少しも人を恐れず小笠原展望台を飛び交う。
癒しの遊歩道
阿里山に新たに設置され、今年(2023年)から利用できるようになった癒しの遊歩道「水山療癒歩道」は、かつて森林鉄道祝山線の一部だったところで、台湾で初めて「癒しの遊歩道」と命名された森林遊歩道だ。農業部林業及び自然保育署嘉義分署(以下、嘉義分署)は、森林セラピーに関する解説を遊歩道に掲示している。木々から発散されるフィトンチッドやマイナスイオンを浴びながら、目を閉じて、深呼吸をして、森に体を横たえることで心身を解放し、森林と対話することを、訪れた人々に呼びかけている。
秋の阿里山で目を楽しませてくれるのは楓や銀杏だけではない。「水山療癒歩道」の入口近くにそびえる「阿里山千金楡」(アリサンシデ)も秋になると黄金色に染まり、遊歩道に彩りを添えてくれる。嘉義分署は阿里山エコツーリズム協会に委託して、遊歩道の植物のモニタリングと、森林セラピーの有料ガイドサービスを行っている。
阿里山エコツーリズム協会の呉志清理事長は阿里山育ちで、子どもの頃はいつも身近な草花でままごと遊びをしたという。遊歩道のそばに咲く「長梗盤花麻」(チョクザキミズ)を指差すと、その花柄で腕輪を編むのだと話す。以前、長年付き合っていたカップルが阿里山を訪れ、周りの声援を受けて、突然プロポーズをしたことがあったそうで、その時は道端のチョクザキミズを、まるで3カラットのルビーを戴いた指輪のように編んで差し出したという微笑ましい話もある。
嘉義大学森林及び自然資源学科の張坤城副教授は植物を知るのも、新しい植物を発見するのも縁だと語る。
1000元紙幣の風景
ほとんどの観光客は森林鉄道やシャトルバスで祝山に登って日の出を見る。さらに800メートル歩くことを厭わないなら、小笠原山展望台まで行くといい。運がよければ台湾最高峰・玉山からのご来光を見ることができるからだ。彩雲の向こうから降り注ぐ陽光が大地を照らし、晴朗ならば台湾五大山脈のうち中央山脈、玉山山脈、雪山山脈、阿里山山脈の四つを見ることができる。
高山だけでなく、途中にあるログハウス「茶田35号」ではツバキ油を使った素麺料理「茶油麺線」や阿里山茶が楽しめる。その周りでは青黒い光沢と長尾羽が美しい台湾固有種ミカドキジのオスが草地で餌を啄み、メスがそのあとを追っている。さすがは1000元紙幣のデザインにもなっている国鳥だけあり、人間をちっとも怖がらない。
1000元紙幣でミカドキジの後ろに描かれている植物は「七葉一枝花」というツクバネソウの仲間で、小笠原山展望台に行く途中にある高山植物園で見ることができる。ここは一時、荒廃していたが、現在は嘉儀分署によって高山植物園が造られ、今後、一般開放することも計画されている。
嘉儀分署の委託を受けて阿里山の植物資源調査を行っている張坤城副教授によれば、同じ台湾固有種でも、台湾全島に分布する「玉山紫金牛」(ニイタカマンリョウ)とは異なり、植物園で栽培している「阿里山紫金牛」(アリサンコウジ)は世界でも阿里山から渓頭にかけての一帯でしか見られないという。小さな白い花を咲かせて赤い実がなることから、旧正月の縁起物として喜ばれる。1000元紙幣に描かれるもう一つの植物「紫花阿里山薊」(アリサンアザミ)は、お茶として楽しめるティーバッグが開発されている。
阿里山の生物多様性
張副教授は2年かけて阿里山の植物調査を行い、『以阿里山之名植物図誌(阿里山の名を持つ植物図誌)』を発表した。阿里山の見どころは鉄道文化だけでなく、ひとたび訪れれば暖帯~温帯の植物を見ることができるし、広葉樹林から針葉樹と広葉樹の混交林への林相の変化が見渡せる。また欧米ではなかなか見ることができない熱帯植物、ツル植物、シダ植物も見ることができる。
とりわけ台湾はシダ植物に恵まれ、その数は1000種近い。雲霧帯に位置する阿里山には低地から高地まで200種以上が生息しており、植物の多様性を十分に示している。「すでに知られている5000種近い台湾固有種のうち、阿里山の名を冠するものは120種もあり、『台湾』の名を持つ植物の次に多いんですよ」と張副教授は言う。
中でも阿里山でしか見られないものは、稀少植物写真愛好家を引き付けてやまない。たとえば阿里山賓館、生態教育館にはそれぞれ大きな松の木「阿里山松」がそびえ立っているが、これもまた阿里山ならではの景観だ。その下で松ぼっくりを拾ってみると、鱗片が反り返っている「台湾五葉松」のものとは異なり、「阿里山松」の鱗片は直立していて、よく見ると種子に羽が生えている。
張副教授によると、世界に現存する裸子植物は少なく、1913年に日本人植物分類学者早田文藏が「阿里山松」を発見した際、多くの研究者はそれを五葉松の一種だとした。しかし、張副教授は調査によって阿里山松が五葉松とは異なることを明らかにし、先進機器がない時代に厳密で正確であった早田文藏の学識は尊敬に値すると語った。
塔山から森林鉄道の眠月線で山を登れば、阿里山でしか見られないトウゲシバの仲間「阿里山千層塔」を見ることができる。小さな緑色のブラシのようなこのシダ植物は、他のグループとの遺伝的交流がなく、眠山と塔山一帯に隔絶された状態で生息している。薬草にもなるが稀少なため絶滅の危機に瀕しており、早急な保護と個体数の回復が必要とされている。
春は阿里山でも花見シーズンで、初春から4月にかけて40種もの桜が満開を迎える。阿里山は台湾で最も多くのソメイヨシノを有しているが、開花時期が一番早いのはヤマザクラ(ヒカンザクラ)だ。その名に「阿里山」を冠する唯一のサクラは「阿里山山桜」で、これは塔山の遊歩道でしか見られない。
張副教授によると、「阿里山山桜」とヤマザクラ、白い「霧社山桜」もまた台湾でしか見られない固有種で、結実しない観賞用のサクラと異なり、台湾の原生種は実を結び鳥の食料になるため、生態系維持のために保護が必要である。
阿里山、合歓山、玉山など海抜の高いエリアでよく見る「矮菊」(キクタビラコ)。
定番ルートで特産を探す
森を抜ける巨木群桟道を訪れるなら、「香山神木」と呼ばれる阿里山で最大のタイワンベニヒノキは外せない。これはネット投票で阿里山の「二代目神木」に選ばれた木だ。また慈雲寺の近くには阿里山の植物調査を行った河合鈰太郎博士を記念した「琴山河合博士旌功碑」(「琴山」は河合博士の号)がある。河合博士は阿里山にヒノキが豊富に自生していることを発見し、木材運搬のために森林鉄道敷設を提起した人物で、それによって阿里山の植物資源開発が進んだ。阿里山林業鉄道眠月線の「眠月」は河合博士が石を枕に横たわり、月を見上げたことにちなんでいる。
雄大な神木を仰ぎ、遠くに塔山と雲海の壮大な景色を望むだけでなく、このルートに来たからには阿里山の名がつく「阿里山特産」を忘れてはならない。たとえば生垣に植える「阿里山月桃」(アリサンゲットウ)は日陰に強く、ピンクがかった花と実が上向きに並んでいるのが最大の特徴だ。ショウガ科に属する「阿里山月桃」は地元で大事にされてきた植物で、その葉を搗き砕いてお茶にしたり、精油を抽出して健康食品にしたりする。そのほか葉や茎、葉鞘の繊維を干して、むしろや縄を編むこともできるそうだ。
月桃の葉は台湾でチマキを包むのに使われるが、古くから阿里山に住む人々やツォウ族の人々は月桃ではなく、「阿里山蜘蛛抱蛋」(アリサンバラン)の葉を使う。爽やかな香りのハランで包んだチマキは「イノシシの耳のチマキ」と呼ばれ、石棹で販売されている。十字村の住民は庭先にアリサンバランを植え、ツォウ族が猟で仕留めたイノシシの肉にタロ芋を合わせ、アワや米と一緒に包んで煮た「猟師包」を作り、山仕事の際の弁当にするという。
ほかにも「阿里山十大功労」(アリサンホソバヒイラギナンテン)を沿路で見ることができる。8月から翌年1月にかけて明るい黄色の花を咲かせるが、茎を裂いてみると中も黄色で、キハダと同様に苦みを持つ。昔はこれを干して粉にしたり、酒に漬けたりして薬用にしたという。解熱作用など十の効能があるため「十大功労」と呼ばれていたが、その数は次第に減り、今では嘉義分署が管轄する林に植えてあるものが最も多い。
「阿里山油菊」(アリサンアブラギク)は、爽やかな香りと甘みが特長の菊花茶の原料だ。
大自然との出会いは四季折々
海抜2000メートルに自生する台湾の固有種「阿里山油菊」(アリサンアブラギク)は、爽やかな香りと甘みが特長の菊花茶の原料だ。張副教授の成分分析によると、「阿里山油菊」は肝臓や目にいいだけでなく、ボルネオールという成分がコウギクよりも多く含まれているため、覚醒効果があるという。現在、嘉義大学が十字村の路傍の斜面から種を採集して育苗を支援しており、海抜が低い地域での栽培にも成功し、原住民の集落に苗を提供しているだけでなく、工業技術研究院ではさらに美白製品を開発しており、今後の発展が期待される植物となっている。
5月を過ぎると、様々な花が一斉に開花する。地面に広がる「阿里山酢漿草」(アリサンカタバミ)をよく見ると、小さな逆三角形の葉に、淡紫の縞模様の小さな白い花を咲かせている。また盛夏に咲く「阿里山竜胆」(アリサンリンドウ)は日当たりのいい岩礫地に生育し、特徴的な花冠を持ち、紫色の花びらがとても美しい。そのほか、夏にはツツジの仲間の「西施花」(セイシカ)、チゴユリの仲間の「宝鐸花」、「阿里山紫金牛」(アリサンコウジ)が咲く。
阿里山エコツーリズム協会が来年提供するパッケージツアーは、日の出とお茶を楽しみ、遊歩道を歩いて阿里山特有の植物を鑑賞し、植物プリントのDIYにチャレンジするというもので、日本時代に建てられた阿里山気象観測所も観光ルートに含まれている。ここは総ヒノキ造りで、二つの測量塔があり、最も海抜の高い所にある歴史的文化財だ。入り口には「玉山円柏」(ニイタカビャクシン)と「冷杉」(タイワンレイスギ)が聳え、阿里山で二番目に古いソメイヨシノが風情を添えている。
植物との出会いはすべて縁だと張副教授は言う。彼自身が新たに発見したコトネアスターの仲間の「清水山栒子」と「粉紅花舖地蜈蚣」は、道に迷ったり、わき道にそれてしまった時に、思いがけず発見したものだそうだ。阿里山を歩けば阿里山の固有種に出会うことができる。見る物、食べる物、飲む物など、阿里山の名を持つすべてのものとの出会いもまた縁なのだ。
アリサンバランで包んだチマキは「イノシシの耳のチマキ」とも呼ばれている。
「阿里山十大功労」(アリサンホソバヒイラギナンテン)の花の付き方はとても美しい。(呂碧鳳提供)
世界で阿里山でしか見られないトウゲシバの仲間「阿里山千層塔」。(張坤城提供)
サネカズラの仲間で台湾固有種の「阿里山五味子」の実はその名の通り酸味、甘味、苦味、辛味、塩味がある。(呂碧鳳提供)
夏から秋にかけて咲き誇る「阿里山油菊」の黄金色の花は阿里山の風物詩だ。(王秋美提供)
モミジハグマの仲間「阿里山鬼督郵」は風がなくても自ら揺れるので、「鬼独揺草」とも呼ばれている。独特な形の花が美しい。(王秋美提供)
アリサンバランはその実がまるで蜘蛛が卵を抱いている姿のようで「阿里山蜘蛛抱蛋」と名付けられた。(張坤城提供)
張坤城副教授はハコベの仲間「阿里山繁縷」の花びらは5羽のウサギが輪になって議論している姿のようだと言う。(呂碧鳳提供)
台湾の高山植物の調査は日本時代の阿里山から始まった。
癒しの歩道で行われる森林セラピーはストレスや緊張、抑うつなどの症状を低下させ、心身の健康と免疫力を向上させる。
「阿里山杜鵑」とも呼ばれる「西施花」は喬木型のツツジで、「西施」の名の通り非常に美しい。(張坤城提供)
艶やかなリンドウ。花言葉は「悲しむあなたを愛す」。(張坤城提供)