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台湾をめぐる

大きな実を結ぶ 王政忠の夢――草の根の「反転」教育

大きな実を結ぶ 王政忠の夢――草の根の「反転」教育

文・陳亮君  写真・莊坤儒 翻訳・笹岡 敦子

10月 2017

王政忠と爽文中学の生徒たち。(荘坤儒教撮影)

陽がさんさんと降り注ぐ中、車は南投県中寮郷の林間道路を行く。遠くを山々が取り囲み、木々は陰をなして、曲がりくねる山道の両側に繁る。龍草大橋を渡ると、目に映るのが今回取材する目的地、爽文国民中学である。ここで、台湾の草の根「反転授業」が繰り広げられている。

1999年の921大地震後の再建で、校舎は生まれ変わった。それ以上に素晴らしいことがある。リソースに乏しい僻地の学校である南投県爽文国民中学が、人口流出、教師不足、社会的弱者家庭の多さ等々の困難を乗り越え、2017年の全国国語試験で、校内Aレベル比率が24%となり、全台湾の平均17.9%を6.1ポイント上回った。

また、国家教育研究院が発表した中1・中2の読解試験でも、同校の1年生の平均成績が台湾平均を2.6点、南投県を4点上回った。2年生は台湾平均を6.9点、県を7点上回った。全校平均が全国平均を下回った入学前から大幅に向上している。いったい何があったのだろうか。教導主任・王政忠の授業に焦点を当ててみよう。

教室両側の座席はL字型、中央はコの字型に並べることで、どの生徒からも先生が見える。

現場を直撃

学校側の案内で、教導主任(教頭に相当)王政忠の教室に入る。短く刈った髪に、黒いTシャツと短パン、黒縁めがねの王政忠は、明るく親しみのもてる声で生徒と話をしていた。

夏期講習の一時間目、新しいクラスで、王政忠は一人ひとりの対話と積極性をもとに、適時に席を入れ替えつつ、机の配置にも注意を払う。教室の机は4~5人一組で5班に分ける。左右両側の班はL字型に、中間はコの字型に席に着く。こうすると全員から先生が見える。

今日は国語第三冊第4課『歳月跟著』(歳月は後について)、作家・向陽の現代詩である。

まず、新出漢字の読み書きをテストして理解度を把握する。40問中不正解は、ほとんどの生徒で5~6問だった。宿題は自分が不正解だった部分だけでいい。従来の同じ授業、同じ宿題に比べ、ずっと効率がいい。続いて「ウォームアップ問題」を配る。家での自習の状況がわかるとともに、生徒の方でも今日の内容の予測がつき、頭の中で新しい内容と経験とが結びつく。

質問は学びのためであり、学びは対話の中に生まれる。「現代詩には格律はない?」「この自由詩が描いているのは人生のどの段階?」「第一連で子供に繋がるヒントは?」王政忠は回答の様子を見ながら、次の問題を投げかける。「子供から、大人、歳をとって死ぬまで」「ひづめを使ったのは子供は駆け回るものだから」「秒針の速さが子供の活発さ軽快さを表現している」生徒が答える中、王政忠は適度に多様な答えを導き出し、文中から基本の設問のヒントを見つけさせる。卓上のホワイトボードが教室の対話の道具になる。「字数、行数、押韻、平仄、対句。誰が一番速く言えるかな?」早口ゲームが飛び出した。

基本の設問は、文章を読み解く方法を学び、作者の観点を読み取り、その根拠を探す力を育てることに狙いを置く。そして、チャレンジ問題が展開する。「自分なら子供をどう描く?」根本の問題に関わることもある。「死んだら、どんな方法で生き続けるのだろう」「何を残したいか」「自分のアイデンティティは?」こうした討論を通じて生徒に内在する自己と結びつけて、読書の楽しみを感じ、人生に対する認識を呼び覚ます。

小6から中1に上る段階では行動の転換に重心を置く。ポイントやコイン制度、奨励策といった刺激で学習をサポートする。だが徐々に学びそのものの楽しさを実感させ、中2では重点を「何を学ぶか」に移していく。詩のリズム、隠喩の運用、作者の言葉選びなど、その頃には生徒は学びに面白みを感じ、それが最大の動機にもなる。

事前の予習とグループ討論、そして先生からの問いかけによって文章の内容が深く理解され、図として具象化していく。

動機と学びの反転

「反転」の柱として、授業の前に教師は自作のコンテンツを学習サイトにアップロードし、生徒はサイトで「自主学習」する。授業では、予習で生じた疑問に教師が答えた後、話し合う。この順序は、講義をしてから授業の後に宿題をする従来の方法とは大きく異なる。

王政忠が主張する「足場づくり」(Scaffolding Instruction)と「発問」(Asking Questions)は、能力の異なる生徒が予習・話し合いと教師の質問に導かれ、自分なりのイメージを形成することを期待する。これには教師の熱意と指導経験を必要とする。適切なタイミングで、生徒の深い思考を導き出すことができるのである。

文章の情報・テーマ・構成といった作者の視点が、基本の設問の中心である。だがチャレンジ問題では「自分の人生で何を残したいか」「なぜそれを残したいのか」など読者の視点に移る。さらに頭の中の成果を描き出す。マインドマップである。最後にプレゼンテーションで、学び合った成果、自らが学んだ成果を発表する。

生徒はどうだろう。「話し合いが面白い。問題を班ごとに話し合って、どんな解答ができるか、考えを持ち寄ります」「問題を分析する方法がわかるようになりました。理由も自分の説明ではなくて、根拠を求められたりします」異口同音に楽しい、面白い、それでいて学ぶことがあるという。予習にもあまり時間がかからないという。

机の上の小さなホワイトボードは、グループ討論の道具である。

教室の雰囲気作り

王政忠がリードする授業は、明快なリズムでオープンなスタイルである。「昨日、新1年生の授業を代替教員が見学に来ていました。私と生徒が前から互いに知っていたみたいだと不思議そうでした」最初は教師も生徒も互いの言葉や性格を探り合うが、教師の責任は、生徒が信頼・安心できる学習環境を作ることだという。そうして生徒が考え、勇気をもって表現することを応援する。教師は傍で注意を促し導くことで、自由で和やかな、それでいて教育を損なわない対話のフィールドを創造することができる。

「私は、拘らない豪快な性格で、頭の回転が速く、論理的に見えるでしょう」王政忠は、大雑把な中に細かさがあると自分を評す。一人ひとりに必要なことや思いに目を向け、仕事の範囲外のことにも力を惜しまない。「自分の仕事ではなくても、結局は自分のことに関わってきて、自分のことがより順調になるんです」

いったん仕事を離れたら、実はモノグサなのだという。ダラダラ、ゴロゴロ、一日中映画を見たりする。仕事には全力を注ぎ、遊ぶ時間は全部忘れる。オン・オフ切り替えの巧さが、この熱血教師の人を惹きつけるところなのかもしれない。

1999年の台湾大地震で倒壊した校舎も今は立派に再建された。

教育から変えていく

生徒は教室に舞台を見出すと、進んで学び、分かち合う。「草の根」とは、どんなに教育資源が乏しくても、探索と答えの発見の過程で、得られるのは「知識」であり、解決するのは「能力」であり、感じて自分のものになるのが「素養」なのだと生徒が体得することである。

反転授業は進度が犠牲になるといわれるが、詰め込み式で学習の喜びを抹殺することこそ問題である。「中1に上がって最初の中間試験は2科目しか行いません。学べるようになることが最重要であって、どう学ぶかは、何を学んだかより大切なのです」学べるようになればついて行ける。ついて行ければ追い越して行く。生徒の学びのリズムに応じてカリキュラムを決めるべきであり、問題集や参考書が決めるわけではない。

爽文中の卒業生も百人以上のボランティアチームを組織して、毎年冬と夏休みには後輩のために働く。こうした若い人が、地域の未来を変える中堅になる。卒業生の学校への求心力が強まって若い人の帰郷を促し、店ができ、Uターンして住む人も増えた。20年前には台中から僻地の学校に授業を受けに来るなど、考えられなかった。「今日、国語の授業をしたクラスの生徒は22人ですが、そのうち3人は毎日台中から車で来ます」王政忠はいう。家を借りたり、土地を買って家を建てたりする人もいるという。こうして今、この地は少しずつ変わってきている。

生涯の先生と出会い、前向きな影響とエネルギーを与えられたら、とても幸せである。スーパー教師賞・パワー教師賞・師鐸賞の三冠を獲得した教導主任・王政忠は、爽文中の教育運営のほか、近年はワークショップを開催し、全国から延べ2万人の教師が参加している。海外から授業を見学に来る教師は千人を超え、ウェブ教育コミュニティは10万人に迫る。僻地の草の根である王政忠の反転の力が、台湾史上最大の教師の自主学習の波を引き起こしている。

1999年の台湾大地震で倒壊した校舎も今は立派に再建された。

スーパー教師賞、パワー教師賞、師鐸賞の三つの「全国一」を獲得した王政忠・教導主任は、爽文中学校の授業運営のほかに、近年は「私には夢がある」と題する教員自己啓発ワークショップを開催し、全国からのべ2万人の教師が参加している。

教員啓発ワークショップ「私には夢がある」には全国から2万人を超える教師が集まる。(夢的N次方プラットフォーム提供)