憐みの心
基隆では、好兄弟(無縁仏)は山盛りのご馳走を食べられるだけでなく、「気配りの効いた」もてなしも受けられる。
旧暦7月1日に鬼門が開いた後、7月11日には「豎灯篙」と言って竹竿を立てて灯籠が掲げられる。昼間にあげる「日灯」は神々をお招きするもので、夕方6時以降にあげる「夜灯」は海上や陸上にいる死者の霊に、主普壇での供養の法要に参加するようお招きするものである。旧暦の7月14日には、パレードを終えた水灯頭(昔の建物の形をした灯籠。宗親会がそれぞれ用意する)が望海巷に運ばれ、海にいる好兄弟のために放流される。これは海にいる無縁仏に向けて出される招待状でもある。
水灯頭は、竹の骨組みに紙を貼って作ってあり、内部は3部屋や5部屋に分けられた「海上ホテル」のような造りとなっている。この中に銀紙(無縁仏のための冥銭)を入れ、また身づくろいのための洗面道具や衣服、日用品などの絵を描いた「経衣」(「巾衣」「更衣」とも呼ぶ)を納める。これらは、海にいる好兄弟がさっぱりと身なりを整えて陸に上がり、法要に来られるようにするためである。
ここで燃やされる細長い冥銭は、中元普度(中元の済度の法要)に用いるもので、法要の前にそれを燃やすのは、無縁仏への招待の意味がある。この時に燃やす冥銭の数はお供えの品や料理の数と合っていなければならない。大勢の好兄弟が来てくれたのに、それに足りる十分な食べ物やお供えがなければ失礼になるからだ。しかし、宗親会では水灯頭が海上を遠くへ流れていけばいくほど、その宗族の一年の運勢が良くなると信じられている。「人のお世話になったら、お返しをしなければという心理があるからでしょう」と游淑珺は説明する。
旧暦7月15日になると、主普壇(供養の会場)には長いテーブルが5列に並べられ、当年の祭司ではない宗親会がスポンサーとなってお供えの料理や品物を用意してテーブルに並べる。当年の祭司を担当する宗親会の「主普」の席もあり、肉や魚を使った料理と精進料理、それに西洋料理のテーブルに分けられ、料理の盛り付けや並べ方も豪華で美しい。
テーブルの端には、洗面器やタオルなどといった洗面用具が置かれ、法要にやってきた好兄弟が食事の前に顔や手を洗って身なりを整えられるようにしている。続いて五果(5種類の果物)、十二菜椀(12種類の精進料理)、五牲彫(5種類の動物の彫刻)、漢食椀卓(中華料理)などのテーブルがあり、好兄弟に好きなだけ食事を楽しんでいただく。満腹になった後は「看生」と言って、さまざまな食べ物を使った彫刻品が並んでいる。どれも生きているかのように見事に彫られており、まるで芝居を見ているようだ。最後に夜も更けてくると、夜食の「九龍碟」やフルーツの「水果籠」が並ぶ。料理が置かれるのはテーブルの上だけではない。テーブルの下には、かつて難産のために亡くなった妊婦の霊のために、昔から産後の肥立ちに良いとされる麻油鶏湯(ゴマ油とショウガのチキンスープ)が置かれている。
これら台湾の料理を食べ慣れない異国の「好兄弟」のためには「西洋料理」のテーブルもある。ステーキやワイン、コーヒー、ケーキ、刺身、味噌汁、軍艦巻きの寿司などもあり、西洋出身の「好兄弟」が食べやすいようにナイフとフォークも用意されている。食後には淋浴亭(シャワールーム)で身を清めることもできるし、翰林院(昔の役所、学者や官僚、紳士が集う場)や同帰所(軍人や兵士が集う場)などで休むこともできる。また、これらの儀式の合間には「経衣」が焼かれ、法要に来た「好兄弟」たちの暮らしに提供される。
「本国の霊も外国の霊も、子供の霊、老人の霊も、この法要に来てくださったら、すべて同じように供養し、おもてなしをするのです」と游淑珺は言う。これこそが鶏籠中元祭の最も重要な価値--憐みの心なのである。
各宗親会が用意した水灯頭を流す前には、大量の銀紙(冥銭)を入れ、焼香や扉の封印といった儀式を行なう。
水灯頭はかつては旧暦7月24日に放流していたが、財政支出削減のために7月14日に変更された。
「金松宴」とも呼ばれる基隆主普壇での済度の法要は、非常に大規模かつ盛大に行なわれる。
清仏戦争で亡くなった兵士を供養するため、清国とフランスの軍服を着た人々が、フランス人墓地(法国公墓)で来賓を出迎えるというのが、この済度の活動の特色だ。写真は2022年の法要の様子。(右の写真:張廖簡宗親会提供、張晋超撮影/左の写真:李雨莘撮影)