台湾で、真っ黒なドリンクを勧められても驚いてはいけない。肝試しでもなければ、恐ろしいドリンクでもない。これは「仙草」(センソウ、Platostoma palustre)というシソ科のハーブを乾燥させて煮出したもので、夏は冷たくひやしてプルプルのゼリー状にして食べ、冬は「焼仙草」といって、温かいものに芋団子や小豆、ゆでたピーナッツなどを合わせていただく。
台湾特有の味覚を求めるなら、夏に身体のほてりをさましてくれる青草茶(ハーブティー)を見逃してはならない。青草茶は台湾ローカルのドリンクで、ハーブの配合はさまざまだが、「仙草」という植物が基礎になっているのが共通点だ。
かつて交通の便が悪く、移動手段が徒歩しかなかった時代、街道沿いの民家は「奉茶」といって、家の前を歩く人のためにお茶を用意し、自由に飲んで休んでもらっていた。そこで青草茶を提供すると、暑気あたりで疲れ切っていた旅人も回復するという話が広まり、これは仙人から授けられたものに違いないと言われるようになった。こうして青草は「仙草」と呼ばれるようになったという説がある。
刈り取った仙草は、風に当てて乾燥させてから熟成させると、より香り高い汁を煮出すことができる。
新品種の育成
仙草のドリンクは「黒い」のが特徴だ。農業部桃園区農業改良場新埔分場(以下、桃改場)で仙草の研究や改良を行なっているアシスタント研究員の葉永銘によると、仙草の株にはゼリー状に固まる成分が含まれており、煮出すと細胞壁からその成分が溶け出して、黒くなるのだと言う。
だが、仙草という植物自体は黒くはない。葉永銘は畑に生えている仙草を見せてくれた。仙草は地面を這うか、または半直立式に生え、外見はミントとよく似ているが、ミントの葉には香りがあるのに対し、仙草は質感が荒々しく、手を切ってしまうこともあるそうだ。
昔、仙草は田畑や果樹園の周りに自然に生えていた。古い記載によると、仙草は暑気あたりや喉の渇きをいやし、薬にも食用にもなるという。そこで農家の人々は仙草を副産物として収穫して陰干しし、必要な時に煎じて仙草茶にしていた。田畑での労働の際の、水分補給と熱中症予防のために重宝されてきたのである。
1960年代以降、仙草は新竹県の関西や苗栗県銅鑼、嘉義県水上などで集中的に栽培されるようになった。葉永銘によると、こうして生産された仙草の多くは農協が買い取っていた。農協は乾物の重量で価格を決めていたため、農家の人々は収入を増やすために密生する品種を求めるようになった。そこで農業改良場ではこの需要に応えるための品種選別を行なうこととなった。
葉永銘によると、「桃園一号」という品種がすでに20年余りにわたって栽培されている。葉は楕円形で茎は赤く、ゼリー状に固まる成分が多いのが特徴だ。もう一つの「桃園二号」は2014年に「香華」と命名され、その名の通り香りが強く、仙草茶の製造に適している。桃園一号と桃園二号を掛け合わせた新品種の「桃園三号」は「仙豊」と命名された。これは固まる成分がさらに多く、香りも良く、生産量が多いため、仙草茶や仙草ゼリーの生産に非常に適している。
暑気あたりに効き、喉の渇きをいやす仙草茶は、昔の農家には欠かせない飲み物で、家々が道行く人に無料で提供する「奉茶」としても愛されてきた。
九降風が天然の乾燥機
仙草はシソ科の植物で、東アジアの中国や台湾が原産だ。東南アジアのマレーシアやインドネシア、タイなどの山沿いにも生息し、地域によって異なる名称で呼ばれている。広東語では涼粉草、潮州や汕頭などでは草粿草と言い、台湾のタイヤル族はSuperekku、パイワン族はRyarikan、タイではChokaiと呼ばれる。
台湾最大の産地である新竹県関西の農協の陳進喜主任によると、関西地区では現在約50ヘクタールの土地で仙草が栽培されており、生産量は全国の7割、すでにブランドを打ち出している。
仙草は3~4月に植え付け、9~10月に収穫される。「新竹は九降風という山から吹き下ろす風で有名ですが、仙草の収穫期はちょうどその風が強い時期に当たり、これが天然の乾燥機の役割を果たすのです」と陳進喜は言う。収穫前、農協の契約農家は残留農薬がないように多項目の農薬検査を受ける。そして根の部分から刈り取り、畦に並べる。そこで九降風に3~4日晒すことで7割がた乾燥させ、それから屋内での乾燥に移る。
陳喜進は私たちに、2年以上寝かせた「老仙草」を見せてくれた。束ねられ乾燥した仙草は、普通の枯草のように見えるが、これが歳月をかけた滋味を持っている。「仙草の苗は10グラム、収穫時は9キロになりますが、乾燥させると1.8キロまで縮小します」と言う。では、なぜ「老仙草」でなければならないのだろう。陳進喜はこう話す。「収穫して乾燥させたばかりの仙草には、まだ青臭さがあります。それを寝かせて熟成させると、年代物の茶葉のように空中の水分を吸収していきます。自然の風が通る中に2年さらしておくと熟成して青臭さが消え、香りのよい仙草茶を作ることができるのです」
葉永銘によると、農業改良場が農家の需要に応えて生み出した桃園三号「仙豊」は、ゼリー状に固まりやすく、香りも生産量も高い新品種だ。
羅氏秋水茶
仙草はそれだけを煮出して仙草茶にすることもできるし、他のハーブと合わせることもできる。台中の旧市街には60年以上の老舗――羅氏秋水茶があり、そこでは仙草と他のハーブと配合した青草茶を作っている。
羅家の三代目である羅孟芷によると、同家の出身地は福建省で、代々医者をしていたそうだ。ある年、故郷で疫病が発生し、祖先の羅秋水は自ら配合した飲み薬を近所の人々に配ったところ、疫病の流行が緩和したという。以来、地域の人々の間では「秋水先生にお茶をもらう」というのが習慣になったという。
羅孟芷によると、祖父の羅漢平は国民政府とともに台湾へ逃れてきて台中に住むこととなった。そして台湾の気候に合わせ、祖先の配合を調整してあらゆる体質の人に合う飲み物を作り、そこへ台湾の高山烏龍茶を合わせた。「漢人には食で身体を調整するという伝統があり、茶葉は『本草綱目』でも身体をほてりを和らげる効能があります」と羅孟芷は言う。
「当時、台湾は経済成長の時期を迎え、多くの人が屋外で働いていました。祖父は、強い日差しを浴びながら働いている人々にこの飲み物が非常に適していると考えました。ただ、労働者にも買える価格でなければならないので、薄利多売の路線をとったのです」
羅氏明水茶は、以前は主に路傍のビンロウスタンドで売っていて、多くの人がそこで涼を取っていた。羅孟芷によると、まるで将来が見えるかのような祖父は、自社の商品名を入れた冷蔵庫を生産し、ビンロウスタンドと交渉した。「私の秋水茶を売ってくれるなら、他のドリンクも一緒に冷やせる冷蔵庫を貸し出しますよ」と。こうして台中一帯の500余りのビンロウスタンドが羅氏秋水茶を扱うようになったのである。素晴らしいビジネスセンスと言えるだろう。
羅氏秋水茶は時代とともに変化してきた飲料でもある。最初の頃の秋水茶は塊状のもので、買って帰って自分で湯を注いで飲んだ。その後、社会が変化して利便性が求めらえるようになると、そのまま飲めるドリンクの方が便利だというので、ガラス瓶での販売を開始した。ただガラス瓶は割れやすく、輸送に不便で衛生面での不安もあり、30数年前に全面的にアルミパウチに変えた。だがアルミパウチでは5日しか保存できないため、賞味期限3年の缶飲料を開発した。
液体を入れる素材によって製造工程も異なり、風味にも若干の違いが出る。「茶は匂いが付着しやすく、味にも影響が出るため、容器は非常に重要です。一般のアルミパウチは3層で通気性が高いのですが、私たちは特製の4層のものを使い、5日保存しても味が変わらないようにしています」という。羅家では今も毎日原料を煎じており、アルミパウチは限定量を販売している。
アルミ缶の場合、高温殺菌という工程があり、茶の中の砂糖の味が変わってしまうため、融点の高い氷砂糖に変えて本来の味を確保している。一度はテトラパックを使うことも考えたが、テトラパックは機械による工程の関係で濃縮液を薄める形で生産しなければならず、味が変わってしまうと羅孟芷は説明する。本来の味を取り戻すには、他の成分を加えなければならず、メーカーは他の抽出方法を提案する。しかし、「祖先から伝わる家訓では、化学原料を加えてはならないとされています」という。
羅氏秋水茶の成分は非常にシンプルで、ニガウリ、仙草、サンザシ、陳皮(チンピ)、ミントだけだ。これらの効能は身体のほてりを冷ますというもので、ここに台湾の烏龍茶を加える。手がかかるのは製造工程である。羅孟芷によると、原料はそれぞれきれいに洗浄した後、夏に天日干ししなければならない。「焙煎による乾燥はできません。赤外線もオーブンもダメで、天日干しにしなければ味が変わってしまいます」という。そのため、原料はすべて前の年の夏までに仕入れる必要がある。さらに包装形態による違いもある。アルミパウチの場合は、3時間以上煎じる必要があり、缶の場合は1時間煎じる。いずれも人が付いていなければならない作業だ。「家族では、会社勤めの方が楽じゃないか、と話しているほどです」と言って笑う。
これらの話を聞くと、代々続く家業を守ることがどんなに大変かがよくわかる。
仙草が好きな台湾人は、ティーバッグやボトル飲料、仙草ゼリー、お湯で溶かせるパウダーなども開発している。
仙草の花
1989年に政府が打ち出した「一町村ごとに一つの特産を」という政策に合わせ、新竹県関西では仙草を地元の特産品に選び、それと同時に、仙草を利用したさまざまな商品を開発し始めた。
陳進喜は、私たちを機械の音が鳴り響く仙草加工工場へ案内してくれた。仙草を煎じる仕事は、以前はすべて手作業で行なっており、時間も労力もかかった。現在は半自動の段階にあり、蒸気を利用して高圧抽出している。抽出した原液はパイプを通って貯蔵タンクに入れられ、さらに蒸発の工程を経て濃縮液の半製品になり、これが加工の原料となる。
関西農協で開発した仙草製品は20品目を超える。初期に桃改場と台湾大学の教授とともに開発した水に溶ける仙草粉はヒット商品だ。この他に、仙草茶、仙草とチキンのレトルトパック、仙草マスク、仙草ゼリー、仙草ラーメンなど、さまざまな商品があり、関西農協の販売店を訪れれば、どれも買って帰りたくなることだろう。
仙草の滋味を、作家の魚夫は次のように記している。「ひとくち飲むと最初は微かに苦く、その後に甘みを感じ、すぐに爽やかな感覚に襲われる」と。
近年は都市観光に合わせ、桃園市楊梅や嘉義県水上など他の仙草産地でも仙草花フェスティバルを開催している。淡い紫色の花畑は観光の人気スポットとなる。「以前なら、仙草の花が咲いていると年配の農家の人から、もったいない、売れるものなのになぜ花を咲かせるんだ、と言われたものです」と葉永銘は笑う。仙草は花を開くと養分が種子に送られるので、仙草茶の風味に影響してしまうのである。それでも仙草の花はロマンチックで、小さな花弁をつけた様は、まるでラベンダー畑のように見え、プロヴァンスのようだと言う人もいる。この黒い飲み物と薄紫色の小さな花のコントラストも、仙草の魅力のひとつと言えるのではないだろうか。
仙草はチキンスープなどの料理にも使える。写真は仙草入りの冷麺だ。
新竹関西にある仙草工場では、蒸気の高圧で仙草液を濃縮抽出する。
羅氏秋水茶は台中の旧市街地で60年にわたって愛されてきた老舗だ。独自の配合の仙草茶をティーバッグやアルミパウチ、缶飲料などにして提供している。
羅氏秋水茶の成分は、写真右からニガウリ、仙草、サンザシ、陳皮、ミント、高山烏龍茶だけで、いずれも身体のほてりを抑える「退火」の効能がある。
羅孟芷は、かつて祖父がビンロウスタンドに貸し出した冷蔵庫を見せてくれた。ビジネスセンスのある祖父は、これによって台中一帯に500店余りもあるビンロウスタンドで羅氏秋水茶を販売することに成功した。
関西農協では仙草を用いたさまざまな商品を開発している。
薄紫色でロマンチックな仙草の花。多くの人が写真を撮りに訪れる。(林格立撮影)